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第五章

第五章-05-

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 天々来に戻って来た輝斗たちは、本部に提出するための書類作成に追われていた。狼男の件だけでなく『破壊者フェアニヒター』のこともあるため、その量は膨大だ。
 ミーティングルーム内は、早く終わらせようとパソコンのキーボードを叩く音が響くだけで、全員無言である。
 全ての報告書が完成した頃には、すっかり夜も更けていた。
「疲れた……」
 ソファーにもたれかかった威はぐったりしている。隣に座る嵐など眠気がピークに達しているのか、うとうとと船を漕いでいた。
「お疲れ様。これは俺がまとめて提出しておくから、もう帰っていいぞ」
 提出された全員分のファイルを確認し終えた政宗が、にこやかに笑いかける。
「お疲れっす」
 真っ先に出て行ったのは忍だった。早く帰って寝たいのか、もう階段を降りる音が聞こえる。
「隊長、後はよろしくお願いします。お疲れ様でした」
「お先に失礼します」
 一礼し、輝斗と幸弘も出て行く。
「今回のことで、一番参ってるのは輝斗と幸弘だよね。ふたりとも大丈夫かな」
 閉じられた扉を見つめながら、羽鳥は心配そうに呟いた。
「僕たちが何を言ったところで意味ないと思う。自分たちで折り合いをつけないと……」
 パソコンの電源を落とした千景は椅子から立ち上がる。
「今は見守ることにしよう。根詰めすぎて潰れそうなら、その時こそ僕たちが手を差し伸べればいい」
「うん……そうだね」
 千景の言う通りだ、と羽鳥は微笑を浮かべて頷く。
「さてと、僕も帰ろうかな。ほら、嵐起きて?」
「う~ん……」
 千景が揺さぶっても、嵐は唸るだけで目を開けようとしない。
「早く着替えて帰ろう。途中まで送ってあげるからさ」
「分かった……」
 ようやく立ち上がった嵐は、威と一緒に部屋を後にした。
「隊長、お先に失礼します。みなさんもお疲れ様でした」
 政宗に深々とお辞儀をした後、侑李は千景と羽鳥にも一声かけてから出て行く。階段を降り、地面に足を踏み出したその時、ちょうど帰宅する美華と鉢合わせになった。
「ユーリ、お疲れ様」
「美華……」
 無邪気な笑顔に、侑李は本部で会った男の言葉を思い出す。

 ――まだきみの部隊に“数字なし”はいるのか?

「…………」
 嫌なことを思い出した、と侑李は顔を渋面にする。
「どうしたの?」
 その様子に気づいた美華は不思議そうに小首を傾げていた。
「……ううん、なんでもない。美華も、これから帰るところ?」
「そうだよ」
 侑李は少し考える仕草を見せてから口を開いた。
「夜遅くに女性の一人歩きは危ないから、途中まで送るよ」
「いいの?」
「うん。確か、美華の家は駅の途中だったよね。すぐ着替えるから、ちょっと待ってて」
 そう言い残し、侑李は急いで地下のロッカールームへ向かった。
 しばらくして、私服に着替えた侑李は店の前で待っている美華の元へ駆け寄る。
「お待たせ。待った?」
「ううん、そんなに待ってないよ」
 緩く頭を振った美華は微笑を浮かべる。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
 ふたりは並んで歩きだした。秋も深まってきたので、夜になると上着だけでは肌寒い。ふたりともマフラーを首に巻いていた。
「ユーリに会う前ね、アキトとユキヒロに会ったの。なんだか元気なかったよ。出張先で何かあった?」
「ああ、美華は知らないんだっけ」
 侑李は昨日あった出来事をかいつまんで説明する。輝斗と幸弘の親友が悪魔と契約し、北都市バラトシティを壊滅状態に追い込んだ仲間であることを話すと、美華は悲しそうに眉を下げた。
「そう……。親友と敵対するのは辛いね」
「でも、割り切ってもらわないと」
 冷めた口調の侑李に、美華は小さく頷く。
「そうかもしれない。けど、アキトとユキヒロも辛いよ。それに隊長も心配だな……」
「……えっ? どうして隊長が?」
 隊長を案じるのは予想外だったので、侑李は聞き返した。
「だって……アタシがいるから。上層部は、アタシがここにいることを快く思ってないもの」
 美華は地面に視線を落とし、小声で答える。
「今回のことで、もっと隊長の風当たりが強くなるのかと思うと心配だよ」
 本部で会った男は、美華のことを“数字なし”や“半端者”と蔑んだ。
 これはコードネームを持たない者を指す。
 侑李ならば『Nr.6ヌマー・ゼクス』というコードネームを持っている。前線に立たない隊長の政宗はもちろん、天々来の店主である小鉄も後方支援サポートとして数字を与えられていた。
 天々来にいる仲間の中で、数字を持たないのは美華だけである。
「悪魔狩りの仕事は実力がすべてじゃないか。結果を出せば、階級や家柄も……それに数字のありなしも関係ない。少なくとも僕はそう思う」
 侑李のことを親の七光りだと揶揄する者は、あの男だけではない。
 家柄や親の役職にあやかろうと、侑李に近づく卑しい大人たちは大勢いる。
(みんな、父のことばかり……。僕のことを見てくれる人はいなかった。僕自身を評価してくれる部隊でないと意味がない!)
 父親が上層部の幹部だから、その息子も特別視するのではなく、自身の実力で上を目指したかった。
 美華も自分のことを足枷のように思ってほしくない。
 侑李だけでなく、天々来の仲間たちは誰も彼女のことを“数字なし”と蔑んでいないのだから。
「それに美華がいるからって、任務に支障きたすことも迷惑だと思ったことも一度もないよ。僕たちのために、いつもサポートしてくれて助かってる。きみは僕たちの仲間だ」
 はっきりと言い切る侑李に、沈んだ表情を浮かべていた美華の顔に笑顔が戻る。
「……ありがとう。ユーリは優しいね」
「っ!」
 あまりに眩しい笑顔だったので、侑李の心臓の鼓動が高鳴る。
(可愛い……じゃないっ! 僕は何を考えてるんだ!?)
 ぶんぶんと左右に首を振る。先ほどからドキドキと心臓が煩い。頬が熱くなっているのも気のせいだ、と必死に言い聞かせる。
 しかし、平静を装おうとすればするほど美華の笑顔が眩しく、そして愛らしく映る。更に心臓が大きく脈打った。
(落ち着け、落ち着くんだ……!)
 侑李は胸元に手を当てると、ギュッと服を掴んだ。
「ユーリ?」
 急に黙り込んでしまったので、どうしたのだろう、と美華は目をぱちくりさせる。
「な、なに?」
 我に返った侑李は慌てて返事をするも、声が上擦ってしまう。
「顔が赤いけど、寒い?」
「いや、寒くないよ。むしろ暑いくらいだし……」
 何でもない振りをして侑李は一歩、足を踏み出した。

「きゃあああっ!」

 闇夜に女性の悲鳴が響き渡る。
「悲鳴?」
「すぐ近くだ!」
 表情を引き締め、侑李は悲鳴が聞こえた方を睨んだ。
「行こう!」
「うん!」
 走り出した侑李を追って美華も駆け出す。
 ほどなくして、路地裏で若い女性が倒れているのが目に入った。
「大丈夫ですか!?」
 美華は傍らに膝をつき、ぐったりしている女性に話しかける。
 青い顔をしており、首から大量の血が流れ出していた。
「首筋に噛まれた痕……。まるで、大きな獣にやられたみたいだ」
 こんな街中に野生の熊が出るとは思えない。考えられるのは悪魔の襲撃だ。
 侑李は女性の手を取って脈を確かめる。
「……死んでる」
「そんな……」
「――っ! 美華、離れて!」
 不意に殺気を感じ取り、侑李は美華の手を取って、その場から離れる。
「きゃっ!?」
 数秒後、ズシンと地響きがした。
 死体の前に巨大な獣が降り立つ。
 外灯に照らされたそれは銀色の毛に覆われていた。二本足で直立しており、長い耳と突き出た鼻。大きく避けた口から鋭い牙が覗かせている。灰色の瞳は、ふたりに敵意を向けていた。
 その容姿は北部で捜索していた狼男の特徴と酷似している。
「まさか北部から、東部ここまで移動していたなんて……」
「ヒッ……」
 怯える美華を落ち着かせようと、侑李は強く手を握る。
(一刻も早く知らせないと!)
 連絡を取ろうにも、今は自分たちの命が危ない。銃も戦闘用のアミュレットも装備していなかった。手持ちの武器は、護身用に携帯している札の束とお守りのアミュレットだけだ。
(気休め程度の石じゃ、満足に戦えない……)
 お守りの石は、市民全員が所持している誕生石だ。生まれた時に相性の良い石を役所から教えてもらい、家族や親戚がお祝いとして子供に与える。
 TJ部隊が装備する戦闘用アミュレットほど強力ではないが、悪魔除けの効果がそこそこあるため、市民は肌に話さず持ち歩いていた。
(なんとか隙を作って、ここから逃げることが先決だ!)
 美華の手を離した侑李は懐から真っ白な札を取り出す。念じると黄色い光の紋様が浮かび上がった。クラフトの自動書記で、即座に護符として機能するように術を施したのだ。
「はあっ!」
 狼男に向けて、それらを放つ。護符は狼男を取り囲み、光の結界に閉じ込めた。
「ガオオオオオッ!」
 狼男が吠えた。すると、あっさり結界は砕け散ってしまう。
「気休め程度の術じゃ意味ないか。もっと強力な結界を張らないと……!」
 今度は枚数を多めにしようと、懐に手を伸ばす。
「グオオオッ!」
 狼男が再び吠えた。衝撃波となって襲いかかってくる。
「くっ……」
 咄嗟に防御の結界に切り替えた。

 ――ビキビキッ……!

 最初は持ちこたえていたが、ガラスにヒビが入るように無数の亀裂が走る。
(これ以上は……)
 そう思った瞬間、結界がバラバラに砕け散った。
「うわっ」
「きゃあっ」
 吹き飛ばされた侑李と美華は、ごろごろと地面に転がってしまう。
「美華……大丈夫?」
「平気……」
 よろよろと上体を起こしたふたりは互いの無事を確認して安堵する。
「っ! ユーリ、狼男がいないよ!?」
 先ほどまで佇んでいた場所に狼男の姿はない。
「気配がしない……。逃げたのか?」
 透視能力を使って周囲を探るが探知できなかった。
「恐らく、もう襲ってこないはずだ。ひとまず、隊長に報告しよう」
「うん……」
 侑李は鞄からスマートフォンを取り出し、すぐに連絡を取る。
「もしもし、夜分遅くに申し訳ありません。高千穂です。実は……」
 電波が入りづらいのか、ぶつ切りに聞こえるため侑李は美華から離れる。
 その間、美華は亡くなった女性の前に立ち、両手を合わせた。
「助けられなくて、ごめんなさい……」

「そんなに悲しむことはありませんよ」

「えっ?」
 背後で、知らない男の声がした。
 振り返ると、いつの間にそこにいたのだろう。白いスーツ姿の男が佇んでいる。
「こんばんは、可愛らしいお嬢さん」
「!?」
 声を上げるよりも早く、男の手が伸びた。口を塞ぎ、持っていたステッキで美華の腹を突く。
「うっ」
 小さく呻いた美華は意識を失った。
 流れるような動作で男は美華を抱き留めると、まだ通話中の侑李の背中に向けて口元を緩める。
「ふふっ」
 ステッキの先端で地面を軽く叩くと、男の足が地面に沈んでいった。

「……はい。では、警察が到着するまで、その場に待機します」
 通話を終え、侑李は美華の方へ身体の向きを変えた。
「お待たせ……って、美華?」
 そこにいるはずの美華の姿はなく、彼女が巻いていたマフラーだけが残されていた。
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