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第六章
第六章-08-
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「――分かった。ありがとう。くれぐれも無理しないで。うん、それじゃ。……侑李、嵐と威が二人を救出。現在、カオルとヤマトと交戦中だって」
羽鳥は千景の遠方感知で得た情報を、そのまま侑李に伝えた。
「じゃあ、僕たちが救出した三人を加えて五人は発見できたんですね」
発見した二十代男性を救出した男女の傍に寝かせ、侑李は一息つく。これまでのことを振り返ると、ため息ぐらいつきたくなるものだ。
「一人目の時は、コンテナの扉を開けた瞬間に大量の悪霊が飛び出してきて強制的に戦闘開始でしたね。二人目の時は、行き止まりかと思ったら頭上から無数の氷の刃が振ってきて、危うく串刺しになることろでした。まあ、その間も散々でしたけど……」
人間に化けた悪霊と戦闘も一度や二度ではない、と侑李は遠い目をして呟く。
「うん、大変だったね。でも、俺たちが動いた分だけ行方不明者を助けられる。侑李、もうひと頑張りだ」
「はい」
苦笑を漏らしながらも励ます羽鳥に、侑李も口元を緩めて頷く。
直江が始めたゲームが始まってから一時間が過ぎている。
「早く残りの三人を見つけないと……」
天を仰ぎ、羽鳥は目を細めた。
「素晴らしい! キミたちは三人も救出したんですね。おめでとうございます!」
「誰だ!」
不意に響いた男の声に、羽鳥は厳しい表情で気配を探ろうと周囲を見回した。
「あそこです!」
すぐに透視能力で相手を探った侑李が、ある一点を指さす。
暗闇の中で、ぼんやりと白いものが見える。ゆったりとした足取りでこちらに近づいてくるが、一人ではない。足音はふたりだ。
「なんだ?」
「青い火の玉……?」
警戒する羽鳥と侑李を囲むように、青白い火の玉がいくつも灯る。
「アナタたちとは、はじめましてですね」
現れたのは背の高い異国の男だ。一定の距離を保って立ち止まると、形の良い唇を歪めた。
灰金髪の髪に白いスーツ姿だ左手にステッキを持ち、一見すると品のいい紳士のようだ。
「どうぞ、お見知りおきを」
男は被っていた帽子を手に取り、優雅な動作で一礼した。
「…………」
彼の背後に控えているロングドレスのメイドは、肩まで綺麗に切りそろえた黒髪に眼鏡をかけている。少し冷たい印象だが赤紫の瞳が特徴的な美女だ。
二人の容姿を見て、羽鳥は何者か瞬時に察した。
「この前の外国人墓地で、輝斗と忍が交戦したという悪魔だな?」
「お前が美華を攫ったベルゼブブか!」
羽鳥の言葉をついで侑李がまなじりをつり上げて叫んだ。この男のせいで美華は悪霊に取り憑かれ、危うくTJ部隊を除隊させられそうになったのだ。過去の心の傷を抉られ深い悲しみに涙した美華を思うと、頭が燃え出すように血が逆上して熱してきた。
「はい、私が七つの大罪『暴食』を司る蠅の王です。人間の名はアレクセイと申します。彼女は私の使い魔のローザです」
憤る侑李を目の前にしても涼しい顔をしている。慇懃な態度が鼻につく男だ。
「許さない……」
奥歯を音が鳴るくらい噛みしめ、侑李は拳を硬く握り締める。
「俺たちの前に現れたということは、捜索の邪魔をするつもりか?」
羽鳥は銃を構え、アレクセイに狙いを定めたまま問うた。
「ええ。アナタたちを足止めしてほしい、とベルフェゴールに頼まれたのですが……ふたりとも戦う気に満ちているようで良かった。では、ローザ。始めましょうか」
「はい、ご主人様」
身長ほどもある大鎌を出現させたローザは、アレクセイの前に進むと一度頭を下げた。
「参ります」
「来る!」
すぐに羽鳥は発砲したが、弾丸はローザに当たることはなかった。それどころか、一足飛びで羽鳥の目の前に現れた。
「速い!」
「桜庭さん!」
大鎌の刃が羽鳥の首にかかっていることに気付いた侑李が、素早く護符を放った。
キン、と甲高い金属音が響き渡る。羽鳥の首に刃が食い込む――のではなく、彼を守るように皮膚に護符が幾重にも張り付いて刃を防いでいた。
「くっ……!」
至近距離で羽鳥はローザに向かって弾丸を何発も撃ち込む。
「…………」
瞬き一つせずにローザは、真っ直ぐ羽鳥を見据えている。弾丸は彼女に命中するすれすれのところで停止し、やがて足元に転がった。
「念力か!」
すぐに後退して距離を取った羽鳥を守ろうと、侑李が携帯していた拳銃を放つ。しかし、ローザは無表情で避ける。
「なるほど、接近戦はあまり慣れていないようですね」
「――っ!」
侑李の銃の腕を見抜いたローザは、静かに言うと再び姿が掻き消えた。
「危ない!」
「わっ!?」
侑李を掬い上げるように羽鳥が片手で抱き上げると、フックショットを使って跳躍する。数秒後、ローザの大鎌の先端がアスファルトに食い込んだ。
「ありがとうございます……」
「どういたしまして」
積み上がったコンテナの上に着地したふたりは、こちらを見上げているローザを警戒しながら会話を続ける。
「加速と念力を使う判断に迷いがない。もしかしたら予測感知も同時に併用しているのかも」
「三つのクラフト使いか……。厄介ですね」
「いいえ。私のクラフトは五つです」
背後で声がした――。
「なっ!?」
「んだと……!?」
ほぼ同時に振り返った羽鳥と侑李は、空中に浮遊しているローザと目が合い瞠目する。
あろうことか空中浮遊と瞬間移動を同時に使用している。動揺しているふたりに向かって、ローザが大鎌を振り下ろした。ふたりが立っているコンテナが真っ二つに割れ、真っ逆さまに落下する。
「うわっ」
「捕まってください!」
今度は侑李が自身のフックショットを使って別のコンテナへ移動する。羽鳥の手を掴んだものの、体格差もあってふたりは転がるよにして倒れ込んだ。
「びっくりした……。人間がクラフトを五つも所持できるものなのか?」
「それは悪魔だからとしか言いようがないですね。それにしたって反則ですが……」
よろめきながら立ち上がったふたりは、宙に浮いたままのローザを見上げる。
悪魔と契約して能力を底上げにするにしても、宿主である人間のポテンシャルが高くなければここまで力を発揮できないはずだ。
「まさか、人間じゃない――?」
「その可能性は大いにあり得ますね」
敵の中には妖との混血の可能性が高いマオもいる。ローザもまた同じ部類なのかもしれない。
「マオのような混血だったら、瞳がオッドアイの特徴があるものだけど。こっちは妖そのものかもね」
「だとしたら、御堂さんが彼女相手に苦戦するのも頷けます」
西国の特徴である目鼻立ちの整った容姿をしているので、妖と呼ぶよりも妖精――精霊種と呼んだ方が正しい。絵本などに登場する妖精は草花の上に座る小人くらいの大きさだが、ローザは人間と姿が変わらない。妖精も様々な姿をしており、耳が長く昆虫の翅を持った小さな姿もいれば、人間と大差ない姿をした者。そして妖同様に異形の者と千差万別だ。
五つのクラフトを駆使するということは、かなり人間に近いようだが、本部に記録されている妖精伝承の中にローザの特徴に該当する者はなかったように思える。
「消えた妖精だとしたら、むしろ存在そのものが消滅しているんじゃ?」
「それを繋ぎとめたのが、あそこにいるベルゼブブだとしたら?」
傍観者に徹しているアレクセイへ視線を移す。彼は視線に気付くと青緑の瞳を細めた。
「悪魔と契約した妖精って……そんなのあり得るのでしょうか?」
「悪魔は必ずしも人間と契約するとは限らないってことだろうね。ほら、妖精ってもともと堕天した姿だという説もあるくらいだし」
羽鳥の言葉に侑李は顔をしかめた。例外中の例外だろうが、反則にも程がある。
「僕たちのクラフトでは、妖精に太刀打ちできませんよ」
「そうだね」
侑李のクラフトは透視と自動書記で、羽鳥は遠方感知と物体移動だ。ふたりとも補助能力に特化している。攻撃型ではないため、ローザとの相性は悪い。まだ傍観者に徹しているが、大悪魔であるアレクセイも戦闘に加わったら勝ち目はないだろう。
「だからって降参するつもりはないだろう?」
「当然です」
自分たちはTJ部隊の隊員だ。敵を前にして命乞いなど断じてあり得ない。
「ベルゼブブは足止めだと言っていました。あくまで時間稼ぎです。僕たちを殺すつもりで襲ってきていません。悔しいですが……」
遊ばれていると思うと、己の実力不足の歯がゆさも加わって苦虫を噛みつぶしたような顔になってしまう。
「気持ちは分かるよ。だけど、希望がないわけじゃない。この状況を千景も感知しているはずだ。何かしら援護してくれると思うけど、そのためにも俺たちも出来ることをして全力で抗おうじゃないか」
「はい!」
気を引き締め、ふたりはローザに向かって銃を構えた。
× × ×
一方、威と嵐はというと凄まじい念力の衝突が繰り広げられていた。
「あばば……輸入品の中身、大丈夫かな? いや、全然大丈夫じゃないよね。ごめんなさい~!」
「こんな時にコンテナの中身を心配しないでよ!」
次々とコンテナが降ってくる中、威は必死で弾き返していた。
「穏便に話し合いましょうよ~!」
「それができたら、殺し合ってねぇだろ!」
ヤマトが続けてコンテナを投げつけてきたので、威は半泣きで押し返す。
「ほら、あっちむいてほいとかで勝負を決めるのはどうかな? 足止めなんだし、何も戦わなくてもいいじゃん」
「アホか! ガキの遊びじゃねーんだぞ!?」
「あははっ、威くんってば面白いこと言うじゃない。いいわよ、それでも」
「えっ? いいの!?」
まさかカオルが乗ってくれるとは思わなかったので、威は目を丸くした。
「ええ。それじゃあ、いくわよ。あっちむいてー……」
「ほいっ!」
威が指を動かしたその時、カオルも同時に動かしていたが指だけでなくコンテナが真横から飛んできた。
「えええええええええええええっ!?」
「危ない!」
嵐が加速で威の隣に移動すると、問答無用で襟を掴んで引っ張った。鼻先すれすれの所で猛スピードで通り過ぎるコンテナの風に煽られ、威の髪がぶわりと舞い上がる。
「ひえぇぇぇ」
蒼白になった威は、ブルブルと震えながらカオルを見上げる。
「あっちむいてほいじゃない」
「普通に遊ぶとは言ってないわよ」
「嘘つきジジイ」
「おだまり!」
嵐の毒吐きに、カオルはすかさず言い返す。
「あうぅぅ~」
「そんな仔犬が鳴くような声と目で見つめたって、悪魔相手に通じるわけないだろ」
涙目の威に、嵐は呆れた眼差しを向ける。
念力を使う威がいるから何とかなっているが、向こうはふたりが使える。おまけに飛ばし放題のコンテナが積み上がっている状態だ。長期戦はこちらが不利になる。
「ほんとっ最悪」
この迷路を考えた直江という男のことをよく知らないが、性格悪いのだけは理解できる。嵐は顔を渋面にさせ、舌打ちした。
ゲームが始まってから一時間超が経過している。自分たちはふたりの行方不明者を救出したが、他の仲間たちは残りの人たちを発見できただろうか。こうしている間も、タイムリミットは近づいている。カオルとヤマトの相手をしている暇はない。焦りと苛立ちが募るばかりだ。
「さあ、次いくわよ。あっちむいてー……」
「うっさい!」
嵐は地面を蹴り上げ、一足飛びでカオルの元へ距離を詰めると、こめかみを狙って鋭い蹴りを放った。
「顔を狙うなんて酷いじゃない」
「ハッ、メリケンサックで防いでる癖に、よく言うよ!」
続けて至近距離でナイフを放つも、念力で防がれてしまう。
「おかえしよ!」
叫び声に応じて、嵐の身体が後方へ吹き飛んだが、空中でくるんと一回転してコンテナの上に着地した。
「予測済みだっつーの。バーカ!」
「口の減らないガキね」
「俺とも遊んでくれよ!」
「ダメ!」
三節棍を振るい、嵐の脳天をかち割ろうとするヤマトに向かって、威が投げつけたのはCN弾だ。
「うげっ!?」
何を投げたのか瞬時に気付いた嵐は加速で離れる。刹那、破裂音と共に周囲が煙で覆われた。
「げほっ、なっ……げほげほっ」
「ちょっと、嘘でしょ!? けほけほっ」
「やった!」
「たーけーるー?」
不意打ち大成功と喜ぶ威の傍に移動した嵐がじと目で睨んでいる。
「あはは……ごめん」
「ったく」
怯んだ隙に追い打ちをかけるチャンスだと、威は上着をめくる。
「どんどんいくよー!」
手にしているのはF弾だ。見事なフォームで咽せているふたりに向かって投げつけた。数秒後、強烈な破裂音と共に光と甲高い音に包まれる。
目を閉じ、耳を塞いでいたふたりは、しばらくしてから恐る恐る様子を窺う。
「どうかな……?」
「静かだけど……」
先ほどまで激しく咳き込んでいたふたりの姿はなかった。
「何度も引っかかるかよ!」
すぐ近くから声がした。身構えるより先に、威と嵐は吹き飛ばされる。
「うわぁっ」
「いったぁ」
コンテナに背中をぶつけ、その場に頽れる。ヤマトの念力に吹き飛ばされたのだ。
「けほっ……平和主義かと思ったら、とんでもねーもん隠し持ってやがるよな」
「そうね……けほっ」
しゃがれた声のヤマトとカオルは、まだダメージを引きずっているのか咳込んでいた。
「少しお痛が必要ね」
「だな……」
ふたりの背後で大量のコンテナが浮き上がる。
「うわ……ヤバッ」
「げっ」
「いきなさい」
「うっかり死んじまったら、悪いな」
言うや否や、一斉にコンテナが襲いかかる。轟音と共に周囲に煙が巻き上がった。
「威くんでも、これだけ連続したら全部防ぎきれるかしら」
カオルは乱れた髪を片手で払い様子を窺う。潰れたコンテナが姿を現したが、威と嵐がどうなったのかまでは確認できず、しんと静まりかえっていた。
「やりすぎちゃったかしら」
「死んだか?」
ばつの悪い顔を浮かべるカオルに対し、ヤマトは目を凝らしている。
カタン、と小さな音が微かにした。その音は、だんだんと大きくなっていき、やがて積み重なっていたコンテナを吹き飛ばした。
「し、死ぬかと思った……!」
「ほんと……」
ゼーハーと肩を上下に動かしている威と、自身の胸に手を当てている嵐が姿を現す。彼らを守るように淡い光を放つ二つの人型が佇んでいる。神々しい光は人のそれではない。
「精霊……? 違うわね。神気だわ」
美しい女性と老婆だ。それだけではない。更に二つの光が出現する。
全身を炎に包んだ羽の生えた蛇と白い虎だ。
「――ッ!」
蛇がカオルとヤマトを捉えた瞬間、ふたりを包むように苛烈な火柱が立ち上った。それに追い打ちをかけるように白虎が咆哮する。炎は旋風となって威力を増す。
「なんですって!?」
「くそっ」
力で吹き飛ばそうとしても炎をはね除けることは出来ず、苛烈に熱せられた。
「これって、千景さんの……?」
「うん、十二天将だ」
威と嵐は、目の前の光景にぽかんと口を開けている。守ってくれたのは貴人と太陰。攻撃しているのは十二天将最凶の騰虵と四神の影である白虎だ。
「ちょっと、髪が焦げちゃったじゃない!」
「それだけで済んで良かったな。こっちは火傷したぞ」
炎の勢いが衰えると不満を露わにしているカオルが、自身の長い髪を摘まんで悲鳴をあげている。ヤマトも右手を軽く振っているが、赤く火傷の痕が見てとれる。あれだけの炎に焼かれたにも関わらず、ふたりとも軽傷だ。カオルの足元に魔方陣の紋様が浮かび上がっている。咄嗟に念写能力で防御結界を張ったようだが、それでも髪が焦げてしまったことで完全に戦意を消失していた。
「もうやめましょ。直江に後でヘアケア代を請求しなきゃ」
「へいへい」
ヤマトもこれ以上戦う気がないのか、素直に従っった。三節棍を腰の後ろに収めると、背中から黒い翼を出現させる。
「えっと……終わりでいいのかな?」
「ああ。もう十分だ。じゃあな」
言い終わると飛び立つ。遅れてカオルも翼を出現させて舞い上がった。
「またね」
「二度と出てくんな!」
嵐が悪態をつくが、カオルは無視して飛び去った。
「はああ~、助かった。みんな、ありがとー」
「もうヘトヘトだよ……」
その場に座り込んだ威と嵐は十二天将たちを見上げる。
「千景さんに感謝しなくちゃ。肩もみだけじゃなくて、お菓子をプレゼントしよう」
「じゃあ、オレはコーヒーを淹れるよ」
そう言うと、十二天将たちは光の粒となって消えた。
「もう襲ってこないだろうし、残りの行方不明者を捜そっか」
「えー、もう少しだけ休憩……って時間ないんだった。行こう」
体力的も気力も限界に近かったが、ふたりは気合いを入れて歩き出す。残り一時間を切っている。急いで探しだそう――。
× × ×
威と嵐の窮地を十二天将が救ったのと同時期、羽鳥と侑李の前にも助っ人が現れていた。
「千景が遠方感知で座標を伝えてきたから、式神かなと思ったんだけど……驚いたな」
「サプライズゲストとしては十分だろう?」
にこやかな表情で佇む男に、羽鳥は苦笑を漏らした。自分が物体移動で指定された座標から出現させたのは式神でも武器でもなく隊長の政宗だ。
出現するなり、そのまま銃をローザに向かって放った。同時に自身の属性である金の気配を纏わせた光弾をアレクセイに放つ登場は予想外にも程がある。
颯爽とコートを翻しながら着地すると、振り向かずにローザに向かって連射するのだから後ろに目でもついているのだろうか。
「俺だけじゃないから安心しろ。千景のサポートは完璧だ」
背中を向けたまま言うと、政宗の頭上に出現したのは十二天将の朱雀と青龍の影だ。
炎の飛礫と水流の渦が、それぞれローザとアレクセイに襲いかかる。
「アナタがこの部隊の隊長ですか」
「自己紹介がまだだったな。隊長の宗像政宗だ」
ステッキを回転させ、水の渦を防ぎきったアレクセイは軽やかな笑い声を響かせた。
「ふふっ、ご丁寧にどうも。私はアレクセイ。またの名をベルゼブブです」
「七つの大罪が足止め役とは堕ちたもんだな。いや、もともと堕天してたか」
「まあそう仰らずに。どうです? もう少し遊びませんか?」
大仰な仕草で腕を広げて見せるアレクセイに、政宗も笑みを絶やさずに答える。
「その誘いは断らせてもらう。こちらも多忙の身でね。お前たちを相手するより人命を優先したい」
「残念、振られてしまいましたか」
「ご主人様、どうしますか?」
アレクセイの前に移動したローザが尋ねると、ゆったりとした動作で指先を自身の顎に当てて考え込む。
「そうですね……時間稼ぎとしては十分貢献したと思いますし、ここで引いてもベルフェゴールには文句を言われないと思います」
そこで言葉を句切り、唇が三日月型に歪む。
「私個人としては、マサムネともう少し話したいのですが」
「ははっ、断る」
きっぱり言い切る政宗に、アレクセイは残念そうに眉根を下げた。
「分かりました。では、またの機会にしましょう。本日はありがとうございました。いずれまた別の機会に語り合いましょう」
一礼すると、闇に溶けるように姿が掻き消える。ローザもスカートの裾を摘まみ、頭を下げると姿を消した。
「羽鳥、侑李。ふたりとも無事か?」
「はい」
「隊長自ら突っ込んでくるとは思いませんでした。敵だけじゃなくて、僕たちもびっくりしましたよ」
ホルスターに拳銃を納めると、政宗は腰に手を当てた。
「見ての通り、千景は索敵しながら十二天将を召喚する無茶をしてるんでな。それに、今は千景だけでなく幸弘も手が離せない。そうなると動けるのは俺しかいないだろう?」
「俺としても、まさか隊長を召喚するなんて経験二度とない気がします」
一番驚いたのは羽鳥で間違いないだろう。
「全力を出していないのはお互い様だが、このゲームの主導権を握っているのは須賀直江――ベルフェゴールだ。他の悪魔たちも本気で俺たちと戦う気がなかったからな。遊ばれていると思うと面白くないが、今は人命優先で動いてほしい」
「了解です」
「了解しました」
羽鳥と侑李は敬礼し、政宗と共に残りの行方不明者の捜索へ再開した。
羽鳥は千景の遠方感知で得た情報を、そのまま侑李に伝えた。
「じゃあ、僕たちが救出した三人を加えて五人は発見できたんですね」
発見した二十代男性を救出した男女の傍に寝かせ、侑李は一息つく。これまでのことを振り返ると、ため息ぐらいつきたくなるものだ。
「一人目の時は、コンテナの扉を開けた瞬間に大量の悪霊が飛び出してきて強制的に戦闘開始でしたね。二人目の時は、行き止まりかと思ったら頭上から無数の氷の刃が振ってきて、危うく串刺しになることろでした。まあ、その間も散々でしたけど……」
人間に化けた悪霊と戦闘も一度や二度ではない、と侑李は遠い目をして呟く。
「うん、大変だったね。でも、俺たちが動いた分だけ行方不明者を助けられる。侑李、もうひと頑張りだ」
「はい」
苦笑を漏らしながらも励ます羽鳥に、侑李も口元を緩めて頷く。
直江が始めたゲームが始まってから一時間が過ぎている。
「早く残りの三人を見つけないと……」
天を仰ぎ、羽鳥は目を細めた。
「素晴らしい! キミたちは三人も救出したんですね。おめでとうございます!」
「誰だ!」
不意に響いた男の声に、羽鳥は厳しい表情で気配を探ろうと周囲を見回した。
「あそこです!」
すぐに透視能力で相手を探った侑李が、ある一点を指さす。
暗闇の中で、ぼんやりと白いものが見える。ゆったりとした足取りでこちらに近づいてくるが、一人ではない。足音はふたりだ。
「なんだ?」
「青い火の玉……?」
警戒する羽鳥と侑李を囲むように、青白い火の玉がいくつも灯る。
「アナタたちとは、はじめましてですね」
現れたのは背の高い異国の男だ。一定の距離を保って立ち止まると、形の良い唇を歪めた。
灰金髪の髪に白いスーツ姿だ左手にステッキを持ち、一見すると品のいい紳士のようだ。
「どうぞ、お見知りおきを」
男は被っていた帽子を手に取り、優雅な動作で一礼した。
「…………」
彼の背後に控えているロングドレスのメイドは、肩まで綺麗に切りそろえた黒髪に眼鏡をかけている。少し冷たい印象だが赤紫の瞳が特徴的な美女だ。
二人の容姿を見て、羽鳥は何者か瞬時に察した。
「この前の外国人墓地で、輝斗と忍が交戦したという悪魔だな?」
「お前が美華を攫ったベルゼブブか!」
羽鳥の言葉をついで侑李がまなじりをつり上げて叫んだ。この男のせいで美華は悪霊に取り憑かれ、危うくTJ部隊を除隊させられそうになったのだ。過去の心の傷を抉られ深い悲しみに涙した美華を思うと、頭が燃え出すように血が逆上して熱してきた。
「はい、私が七つの大罪『暴食』を司る蠅の王です。人間の名はアレクセイと申します。彼女は私の使い魔のローザです」
憤る侑李を目の前にしても涼しい顔をしている。慇懃な態度が鼻につく男だ。
「許さない……」
奥歯を音が鳴るくらい噛みしめ、侑李は拳を硬く握り締める。
「俺たちの前に現れたということは、捜索の邪魔をするつもりか?」
羽鳥は銃を構え、アレクセイに狙いを定めたまま問うた。
「ええ。アナタたちを足止めしてほしい、とベルフェゴールに頼まれたのですが……ふたりとも戦う気に満ちているようで良かった。では、ローザ。始めましょうか」
「はい、ご主人様」
身長ほどもある大鎌を出現させたローザは、アレクセイの前に進むと一度頭を下げた。
「参ります」
「来る!」
すぐに羽鳥は発砲したが、弾丸はローザに当たることはなかった。それどころか、一足飛びで羽鳥の目の前に現れた。
「速い!」
「桜庭さん!」
大鎌の刃が羽鳥の首にかかっていることに気付いた侑李が、素早く護符を放った。
キン、と甲高い金属音が響き渡る。羽鳥の首に刃が食い込む――のではなく、彼を守るように皮膚に護符が幾重にも張り付いて刃を防いでいた。
「くっ……!」
至近距離で羽鳥はローザに向かって弾丸を何発も撃ち込む。
「…………」
瞬き一つせずにローザは、真っ直ぐ羽鳥を見据えている。弾丸は彼女に命中するすれすれのところで停止し、やがて足元に転がった。
「念力か!」
すぐに後退して距離を取った羽鳥を守ろうと、侑李が携帯していた拳銃を放つ。しかし、ローザは無表情で避ける。
「なるほど、接近戦はあまり慣れていないようですね」
「――っ!」
侑李の銃の腕を見抜いたローザは、静かに言うと再び姿が掻き消えた。
「危ない!」
「わっ!?」
侑李を掬い上げるように羽鳥が片手で抱き上げると、フックショットを使って跳躍する。数秒後、ローザの大鎌の先端がアスファルトに食い込んだ。
「ありがとうございます……」
「どういたしまして」
積み上がったコンテナの上に着地したふたりは、こちらを見上げているローザを警戒しながら会話を続ける。
「加速と念力を使う判断に迷いがない。もしかしたら予測感知も同時に併用しているのかも」
「三つのクラフト使いか……。厄介ですね」
「いいえ。私のクラフトは五つです」
背後で声がした――。
「なっ!?」
「んだと……!?」
ほぼ同時に振り返った羽鳥と侑李は、空中に浮遊しているローザと目が合い瞠目する。
あろうことか空中浮遊と瞬間移動を同時に使用している。動揺しているふたりに向かって、ローザが大鎌を振り下ろした。ふたりが立っているコンテナが真っ二つに割れ、真っ逆さまに落下する。
「うわっ」
「捕まってください!」
今度は侑李が自身のフックショットを使って別のコンテナへ移動する。羽鳥の手を掴んだものの、体格差もあってふたりは転がるよにして倒れ込んだ。
「びっくりした……。人間がクラフトを五つも所持できるものなのか?」
「それは悪魔だからとしか言いようがないですね。それにしたって反則ですが……」
よろめきながら立ち上がったふたりは、宙に浮いたままのローザを見上げる。
悪魔と契約して能力を底上げにするにしても、宿主である人間のポテンシャルが高くなければここまで力を発揮できないはずだ。
「まさか、人間じゃない――?」
「その可能性は大いにあり得ますね」
敵の中には妖との混血の可能性が高いマオもいる。ローザもまた同じ部類なのかもしれない。
「マオのような混血だったら、瞳がオッドアイの特徴があるものだけど。こっちは妖そのものかもね」
「だとしたら、御堂さんが彼女相手に苦戦するのも頷けます」
西国の特徴である目鼻立ちの整った容姿をしているので、妖と呼ぶよりも妖精――精霊種と呼んだ方が正しい。絵本などに登場する妖精は草花の上に座る小人くらいの大きさだが、ローザは人間と姿が変わらない。妖精も様々な姿をしており、耳が長く昆虫の翅を持った小さな姿もいれば、人間と大差ない姿をした者。そして妖同様に異形の者と千差万別だ。
五つのクラフトを駆使するということは、かなり人間に近いようだが、本部に記録されている妖精伝承の中にローザの特徴に該当する者はなかったように思える。
「消えた妖精だとしたら、むしろ存在そのものが消滅しているんじゃ?」
「それを繋ぎとめたのが、あそこにいるベルゼブブだとしたら?」
傍観者に徹しているアレクセイへ視線を移す。彼は視線に気付くと青緑の瞳を細めた。
「悪魔と契約した妖精って……そんなのあり得るのでしょうか?」
「悪魔は必ずしも人間と契約するとは限らないってことだろうね。ほら、妖精ってもともと堕天した姿だという説もあるくらいだし」
羽鳥の言葉に侑李は顔をしかめた。例外中の例外だろうが、反則にも程がある。
「僕たちのクラフトでは、妖精に太刀打ちできませんよ」
「そうだね」
侑李のクラフトは透視と自動書記で、羽鳥は遠方感知と物体移動だ。ふたりとも補助能力に特化している。攻撃型ではないため、ローザとの相性は悪い。まだ傍観者に徹しているが、大悪魔であるアレクセイも戦闘に加わったら勝ち目はないだろう。
「だからって降参するつもりはないだろう?」
「当然です」
自分たちはTJ部隊の隊員だ。敵を前にして命乞いなど断じてあり得ない。
「ベルゼブブは足止めだと言っていました。あくまで時間稼ぎです。僕たちを殺すつもりで襲ってきていません。悔しいですが……」
遊ばれていると思うと、己の実力不足の歯がゆさも加わって苦虫を噛みつぶしたような顔になってしまう。
「気持ちは分かるよ。だけど、希望がないわけじゃない。この状況を千景も感知しているはずだ。何かしら援護してくれると思うけど、そのためにも俺たちも出来ることをして全力で抗おうじゃないか」
「はい!」
気を引き締め、ふたりはローザに向かって銃を構えた。
× × ×
一方、威と嵐はというと凄まじい念力の衝突が繰り広げられていた。
「あばば……輸入品の中身、大丈夫かな? いや、全然大丈夫じゃないよね。ごめんなさい~!」
「こんな時にコンテナの中身を心配しないでよ!」
次々とコンテナが降ってくる中、威は必死で弾き返していた。
「穏便に話し合いましょうよ~!」
「それができたら、殺し合ってねぇだろ!」
ヤマトが続けてコンテナを投げつけてきたので、威は半泣きで押し返す。
「ほら、あっちむいてほいとかで勝負を決めるのはどうかな? 足止めなんだし、何も戦わなくてもいいじゃん」
「アホか! ガキの遊びじゃねーんだぞ!?」
「あははっ、威くんってば面白いこと言うじゃない。いいわよ、それでも」
「えっ? いいの!?」
まさかカオルが乗ってくれるとは思わなかったので、威は目を丸くした。
「ええ。それじゃあ、いくわよ。あっちむいてー……」
「ほいっ!」
威が指を動かしたその時、カオルも同時に動かしていたが指だけでなくコンテナが真横から飛んできた。
「えええええええええええええっ!?」
「危ない!」
嵐が加速で威の隣に移動すると、問答無用で襟を掴んで引っ張った。鼻先すれすれの所で猛スピードで通り過ぎるコンテナの風に煽られ、威の髪がぶわりと舞い上がる。
「ひえぇぇぇ」
蒼白になった威は、ブルブルと震えながらカオルを見上げる。
「あっちむいてほいじゃない」
「普通に遊ぶとは言ってないわよ」
「嘘つきジジイ」
「おだまり!」
嵐の毒吐きに、カオルはすかさず言い返す。
「あうぅぅ~」
「そんな仔犬が鳴くような声と目で見つめたって、悪魔相手に通じるわけないだろ」
涙目の威に、嵐は呆れた眼差しを向ける。
念力を使う威がいるから何とかなっているが、向こうはふたりが使える。おまけに飛ばし放題のコンテナが積み上がっている状態だ。長期戦はこちらが不利になる。
「ほんとっ最悪」
この迷路を考えた直江という男のことをよく知らないが、性格悪いのだけは理解できる。嵐は顔を渋面にさせ、舌打ちした。
ゲームが始まってから一時間超が経過している。自分たちはふたりの行方不明者を救出したが、他の仲間たちは残りの人たちを発見できただろうか。こうしている間も、タイムリミットは近づいている。カオルとヤマトの相手をしている暇はない。焦りと苛立ちが募るばかりだ。
「さあ、次いくわよ。あっちむいてー……」
「うっさい!」
嵐は地面を蹴り上げ、一足飛びでカオルの元へ距離を詰めると、こめかみを狙って鋭い蹴りを放った。
「顔を狙うなんて酷いじゃない」
「ハッ、メリケンサックで防いでる癖に、よく言うよ!」
続けて至近距離でナイフを放つも、念力で防がれてしまう。
「おかえしよ!」
叫び声に応じて、嵐の身体が後方へ吹き飛んだが、空中でくるんと一回転してコンテナの上に着地した。
「予測済みだっつーの。バーカ!」
「口の減らないガキね」
「俺とも遊んでくれよ!」
「ダメ!」
三節棍を振るい、嵐の脳天をかち割ろうとするヤマトに向かって、威が投げつけたのはCN弾だ。
「うげっ!?」
何を投げたのか瞬時に気付いた嵐は加速で離れる。刹那、破裂音と共に周囲が煙で覆われた。
「げほっ、なっ……げほげほっ」
「ちょっと、嘘でしょ!? けほけほっ」
「やった!」
「たーけーるー?」
不意打ち大成功と喜ぶ威の傍に移動した嵐がじと目で睨んでいる。
「あはは……ごめん」
「ったく」
怯んだ隙に追い打ちをかけるチャンスだと、威は上着をめくる。
「どんどんいくよー!」
手にしているのはF弾だ。見事なフォームで咽せているふたりに向かって投げつけた。数秒後、強烈な破裂音と共に光と甲高い音に包まれる。
目を閉じ、耳を塞いでいたふたりは、しばらくしてから恐る恐る様子を窺う。
「どうかな……?」
「静かだけど……」
先ほどまで激しく咳き込んでいたふたりの姿はなかった。
「何度も引っかかるかよ!」
すぐ近くから声がした。身構えるより先に、威と嵐は吹き飛ばされる。
「うわぁっ」
「いったぁ」
コンテナに背中をぶつけ、その場に頽れる。ヤマトの念力に吹き飛ばされたのだ。
「けほっ……平和主義かと思ったら、とんでもねーもん隠し持ってやがるよな」
「そうね……けほっ」
しゃがれた声のヤマトとカオルは、まだダメージを引きずっているのか咳込んでいた。
「少しお痛が必要ね」
「だな……」
ふたりの背後で大量のコンテナが浮き上がる。
「うわ……ヤバッ」
「げっ」
「いきなさい」
「うっかり死んじまったら、悪いな」
言うや否や、一斉にコンテナが襲いかかる。轟音と共に周囲に煙が巻き上がった。
「威くんでも、これだけ連続したら全部防ぎきれるかしら」
カオルは乱れた髪を片手で払い様子を窺う。潰れたコンテナが姿を現したが、威と嵐がどうなったのかまでは確認できず、しんと静まりかえっていた。
「やりすぎちゃったかしら」
「死んだか?」
ばつの悪い顔を浮かべるカオルに対し、ヤマトは目を凝らしている。
カタン、と小さな音が微かにした。その音は、だんだんと大きくなっていき、やがて積み重なっていたコンテナを吹き飛ばした。
「し、死ぬかと思った……!」
「ほんと……」
ゼーハーと肩を上下に動かしている威と、自身の胸に手を当てている嵐が姿を現す。彼らを守るように淡い光を放つ二つの人型が佇んでいる。神々しい光は人のそれではない。
「精霊……? 違うわね。神気だわ」
美しい女性と老婆だ。それだけではない。更に二つの光が出現する。
全身を炎に包んだ羽の生えた蛇と白い虎だ。
「――ッ!」
蛇がカオルとヤマトを捉えた瞬間、ふたりを包むように苛烈な火柱が立ち上った。それに追い打ちをかけるように白虎が咆哮する。炎は旋風となって威力を増す。
「なんですって!?」
「くそっ」
力で吹き飛ばそうとしても炎をはね除けることは出来ず、苛烈に熱せられた。
「これって、千景さんの……?」
「うん、十二天将だ」
威と嵐は、目の前の光景にぽかんと口を開けている。守ってくれたのは貴人と太陰。攻撃しているのは十二天将最凶の騰虵と四神の影である白虎だ。
「ちょっと、髪が焦げちゃったじゃない!」
「それだけで済んで良かったな。こっちは火傷したぞ」
炎の勢いが衰えると不満を露わにしているカオルが、自身の長い髪を摘まんで悲鳴をあげている。ヤマトも右手を軽く振っているが、赤く火傷の痕が見てとれる。あれだけの炎に焼かれたにも関わらず、ふたりとも軽傷だ。カオルの足元に魔方陣の紋様が浮かび上がっている。咄嗟に念写能力で防御結界を張ったようだが、それでも髪が焦げてしまったことで完全に戦意を消失していた。
「もうやめましょ。直江に後でヘアケア代を請求しなきゃ」
「へいへい」
ヤマトもこれ以上戦う気がないのか、素直に従っった。三節棍を腰の後ろに収めると、背中から黒い翼を出現させる。
「えっと……終わりでいいのかな?」
「ああ。もう十分だ。じゃあな」
言い終わると飛び立つ。遅れてカオルも翼を出現させて舞い上がった。
「またね」
「二度と出てくんな!」
嵐が悪態をつくが、カオルは無視して飛び去った。
「はああ~、助かった。みんな、ありがとー」
「もうヘトヘトだよ……」
その場に座り込んだ威と嵐は十二天将たちを見上げる。
「千景さんに感謝しなくちゃ。肩もみだけじゃなくて、お菓子をプレゼントしよう」
「じゃあ、オレはコーヒーを淹れるよ」
そう言うと、十二天将たちは光の粒となって消えた。
「もう襲ってこないだろうし、残りの行方不明者を捜そっか」
「えー、もう少しだけ休憩……って時間ないんだった。行こう」
体力的も気力も限界に近かったが、ふたりは気合いを入れて歩き出す。残り一時間を切っている。急いで探しだそう――。
× × ×
威と嵐の窮地を十二天将が救ったのと同時期、羽鳥と侑李の前にも助っ人が現れていた。
「千景が遠方感知で座標を伝えてきたから、式神かなと思ったんだけど……驚いたな」
「サプライズゲストとしては十分だろう?」
にこやかな表情で佇む男に、羽鳥は苦笑を漏らした。自分が物体移動で指定された座標から出現させたのは式神でも武器でもなく隊長の政宗だ。
出現するなり、そのまま銃をローザに向かって放った。同時に自身の属性である金の気配を纏わせた光弾をアレクセイに放つ登場は予想外にも程がある。
颯爽とコートを翻しながら着地すると、振り向かずにローザに向かって連射するのだから後ろに目でもついているのだろうか。
「俺だけじゃないから安心しろ。千景のサポートは完璧だ」
背中を向けたまま言うと、政宗の頭上に出現したのは十二天将の朱雀と青龍の影だ。
炎の飛礫と水流の渦が、それぞれローザとアレクセイに襲いかかる。
「アナタがこの部隊の隊長ですか」
「自己紹介がまだだったな。隊長の宗像政宗だ」
ステッキを回転させ、水の渦を防ぎきったアレクセイは軽やかな笑い声を響かせた。
「ふふっ、ご丁寧にどうも。私はアレクセイ。またの名をベルゼブブです」
「七つの大罪が足止め役とは堕ちたもんだな。いや、もともと堕天してたか」
「まあそう仰らずに。どうです? もう少し遊びませんか?」
大仰な仕草で腕を広げて見せるアレクセイに、政宗も笑みを絶やさずに答える。
「その誘いは断らせてもらう。こちらも多忙の身でね。お前たちを相手するより人命を優先したい」
「残念、振られてしまいましたか」
「ご主人様、どうしますか?」
アレクセイの前に移動したローザが尋ねると、ゆったりとした動作で指先を自身の顎に当てて考え込む。
「そうですね……時間稼ぎとしては十分貢献したと思いますし、ここで引いてもベルフェゴールには文句を言われないと思います」
そこで言葉を句切り、唇が三日月型に歪む。
「私個人としては、マサムネともう少し話したいのですが」
「ははっ、断る」
きっぱり言い切る政宗に、アレクセイは残念そうに眉根を下げた。
「分かりました。では、またの機会にしましょう。本日はありがとうございました。いずれまた別の機会に語り合いましょう」
一礼すると、闇に溶けるように姿が掻き消える。ローザもスカートの裾を摘まみ、頭を下げると姿を消した。
「羽鳥、侑李。ふたりとも無事か?」
「はい」
「隊長自ら突っ込んでくるとは思いませんでした。敵だけじゃなくて、僕たちもびっくりしましたよ」
ホルスターに拳銃を納めると、政宗は腰に手を当てた。
「見ての通り、千景は索敵しながら十二天将を召喚する無茶をしてるんでな。それに、今は千景だけでなく幸弘も手が離せない。そうなると動けるのは俺しかいないだろう?」
「俺としても、まさか隊長を召喚するなんて経験二度とない気がします」
一番驚いたのは羽鳥で間違いないだろう。
「全力を出していないのはお互い様だが、このゲームの主導権を握っているのは須賀直江――ベルフェゴールだ。他の悪魔たちも本気で俺たちと戦う気がなかったからな。遊ばれていると思うと面白くないが、今は人命優先で動いてほしい」
「了解です」
「了解しました」
羽鳥と侑李は敬礼し、政宗と共に残りの行方不明者の捜索へ再開した。
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