1 / 4
『悠里と祥太編』
ぶち切れララバイ※
しおりを挟む
――好きな人と心を通わせたい。
ささやかな望みだったはずだ。
――こんなはずじゃなかったのに……。
心の中で後悔しながらも、意思に反してナイフで皮膚を突き刺すように残酷な言葉をいくつも吐き出してしまう。
勢いのままに飛び出す浅はかな言葉の羅列が次から次へと剥がれ落ちて、引き攣れた心を容赦なく抉った。
自分たちは、まだ大人になりきれておらず、中途半端で我が儘だった。
微笑みながら差しのばされる手を優しく握るだけで良かったはずなのに、どうしてこんなに心が捻れてしまったのだろう。
薄闇へと意識が沈んでいく中で、彼の震えるように笑った顔が目に焼きついて離れない。
狂ったように叩きつける行為に嫌悪感を覚えながらも、どうしても振り払えなかった。
根底に潜んでいた孤独が、彼の中で渦巻いていたから――。
不憫に思った。身の内に、こんなにも暗く淀んだ闇を飼っていたら苦しいに違いない。 むしろ、どうして気付かなかったのだろう、と自分の不甲斐なさに嫌気がさした。他の者ならば、もっと早く気付いたのかもしれない。
――どうだろう……。俺でも一緒にいたのに分からなかったんだ。
きっと誰も気付かない――否、誰も気付こうとしなかった。
彼が、こんなにも昏く獰猛な衝動を抱えているなんてあり得ない。いつもヘラヘラ笑って、ちょっとうっかりしている所が愛嬌のある憎めない奴。自分だけでなく、他の奴らもそう決めつけていたのだ。
完全に油断していた。
故に、この衝動を止める術を持てるはずもなく振り払うこともできなかった。
一緒にいて。
全部ほしい。
行かないで。
彼は行為の最中、パラパラと振る小雨のように何度も呟いていた。
好いたり、憎んだり、恨んだり、妬んだり――あげくに離れていく心の距離。
暗い闇の感情に、自分を道連れにして安心したかったのだろうか。
――違う。
一緒に堕ちてほしいわけではない。衝動に呑まれるほど、あそこまで彼を追い詰めたのは自分だ。
――最悪だ。
静かに出口を見失っていたのに苦しむ彼を助けてあげられなかったのが、たまらなく悔しかった。
× × ×
『ねえ、悠里くん。暇だったら、明日家に泊まりにおいでよ』
チャットツールで他愛ないメッセージを繰り返していた天草悠里に、親友の高橋祥太が持ち掛けてきた。
「あれ? 確か夏休みは家族旅行に行くって言ってなかった?」
携帯の画面をタップして送信すると、ほどなくして返事がきた。
『そうなんだけど、部活で行けなくなっちゃった。三日間、俺だけ留守番』
「ふーん、そっか」
メッセージの後に届いた泣いている柴犬のスタンプに、悠里は思わず笑みが零れる。
「ぼっちは寂しいってか」
『うん』
図体だけは大きくなったのに、寂しがり屋な所は変わっていない。
「いいよ。泊まりにいっても」
特に予定もなかったので、二つ返事で了承した。
『やった!』
通知音と共に柴犬が嬉しそうに尻尾を振っているスタンプが届く。しかもアニメーションで動いている。
「大げさだな」
苦笑を漏らしているが、悠里も楽しみだった。
夜遅くまでお菓子を食べながら話すだけでもいい。ゲームや映画鑑賞もしよう。なにより、祥太と一緒にいられる時間が長いということが一番嬉しかった。
「んじゃ、昼頃お前ん家に行く」
『了解』
そうして、メッセージを切り上げて悠里は布団に入ったのだが……。
「やべっ、寝坊した」
昼頃に遊びに行くと約束をしたのに、うっかり寝坊してしまった。
悠里は、いつも寝起きが悪い。目覚ましをちゃんとセットしても、気付けば時計は床に転がっている。携帯のアラームも無意識に止めているようで、母親も手を焼いていた。この癖を直そうと、悠里自身も思っているのだが身体は思うよういかない。
祥太とは中学、高校と一緒にいるのだが、每回遅刻癖で迷惑をかけていた。今日こそは時間通りにするのだと思っていたが、この調子だ。
「とりあえず、寝坊した。すぐ向かうから待ってて――っと」
素早くメッセージを送信し、急いでベッドから抜け出す。
見た目は大人っぽいが、中身はお子様の祥太だ。今頃、自宅で遅いと不貞腐れているかもしれない。とにかく一分一秒でも早く到着しようと、悠里は手短に身支度を済ませ、駅までの道のりを全力疾走で駆け抜けた。それでも 祥太の家に到着したのは、時計の針が午後二時を過ぎた頃である。
「大遅刻だ」
ばつの悪い表情を浮かべ、悠里は一軒家を見上げてからゴクリと鍔を飲み込む。
「ええいっ」
それから意を決し、インターホンを押した。
「はーい」
数秒後、扉を開けて姿を見せた祥太は、いつものヘラヘラした笑みを浮かべていた。
( 良かった。怒ってない)
てっきり不機嫌な表情で出迎えると思っていた。その顔を見て拍子抜けすると同時に、安堵の溜め息をそっと漏らした。
「いらっしゃい、悠里くん」
「おう」
まず謝らなければいけないのに、つい素っ気ない返事になってしまう。
祥太は、悠里のことを“悠里くん”と呼ぶ。呼び捨てでいいと昔から言っているのだが、この呼びが好きなのだと言うので、本人が望むのならば好きにさせることにした。
祥太は見た目も大人っぽく、身長も高い。バスケットボール部に所属しており、細身だが筋肉もほどよくついている。しなやか手足に抜群のスタイルの良さで、黙っていれば格好いい。スポーツ万能で、ひそかに学校でも女子に人気だ。
対する悠里は身長が低く、童顔で子供っぽい印象を抱かれてしまう。彼の隣に立つと頭一つ分違う。 まるっきり正反対の容姿をしていた。しかし、少なくとも祥太よりは男らしいと思っている。
(祥太が格好いい。けど、クールな男ってのは見た目だけだ。本当のこいつはヘタレだからな。子供のようにすぐ拗ねるし、居眠りしているときは決まって口が開いているし……。俺の前のコイツが本性だから!)
祥太自身も素を出せるのは悠里だけのようで、自分の傍が一番居心地がいい、と呟いていた。
凸凹コンビであるが、なんだかんだいつも一緒にいる。
柔らかい声で「悠里くん」と呼ばれるのが、いつの間にか悠里も好きになっていた。
祥太はバスケ部の練習が続くため家族旅行に行けなかったが、 今日から三日間は部活も休みに入ったので悠里が呼ばれた。真っ先に誘ってくれたのが自分なのは気分がいい。
「えへへ」
(スッゲー嬉しそうだな)
言葉にしないが、悠里も浮かれていた。
(――って、まずは言うことがあるだろ!)
玄関に通され、我に返った悠里は祥太に謝る。
「ごめん、遅れた!」
「ううん。悠里くんのことだから、このくらいの時間だろうなぁって思ってたから。気にしてないよ」
「あ、そう……」
完全に行動を読まれている。 単純で悪かったな、と心の中で悪態をついてから靴を脱いだ。端っこに綺麗に揃えなおすと、屈んだ拍子に鞄がずり落ちてきた。
「っと……!?」
かけ直そうと手を伸ばした瞬間、横から鞄を奪われてしまう。
「重そうだし、俺が部屋に持ってくよ」
祥太はにっこり笑いかけ、そのまま持って行った。
「別にいいのに」
「お客様なんだから、いいの」
ふたりっきりの室内は、とても静かで声がよく響く。
「そういえば、ナナは?」
高橋家の愛犬の姿がないので、キョロキョロと辺りを見回した。
チワワのナナを祥太は可愛がっている。携帯の待受画面も愛犬の画像だ。けれども、犬にもヘタレなのが分かるのか、家族の中で祥太にだけ懐かないらしい。
「ペットホテルに預けてるんだ。俺ひとりじゃ心もとないってさ」
「まあ、お前に懐いてないもんな」
「うん……。渉くんには、あんなに懐いているのになぁ」
渉というのは、悠里と祥太の共通の友達でありクラスメイトだ。
本名を松本渉という。軽音部に所属していてベースを担当だ。 明るくひょうきんな性格で、一緒にいると常に笑いが絶えない。
渉が祥太の家に遊びに来たとき、ナナはずっと彼にべったりだったそうだ。 飼い主である祥太など素知らぬふりで尻尾を振っていたので、たまらなく羨ましかったらしい。
「でもね、きっと渉くんがおやつをあげてたからだと思うんだ」
グッと握りこぶしを作り、祥太は自信たっぷりに言う。
「普段家にいない人からおやつを貰ったことで、ナナは渉くんのことをおやつをくれる人って思っただけだよ。うん、そうに違いない」
「でもさ、お前だっていつもあげてんじゃん。なのに、見向きもされないんだろ?」
「そうなんだよ~」
何が違うのだろう、と再び肩を落としてしまう。
「そういう所を、ナナも見てるんだって」
ナナも祥太の反応を面白がっているのかもしれない。コロコロと表情を変える祥太を見るのは好きだ。わざと突き放した態度を見せると、しょんぼりと肩を落として見捨てないでとばかりに潤んだ瞳を向けてくる。その様子が何だか放っておけなくて、自分が傍にいないとダメだと思わせるのだ。
「荷物、この辺に置いておくね」
自室に入るなり、祥太はソファーの傍に鞄を置いてくれた。
「サンキュ」
「何か飲み物でも持ってくるね」
ついでにお菓子も用意するからと言い残し、祥太は一旦部屋から出て行った。
手持ち無沙汰に佇んでいた悠里は、白いソファーに移動する。
「ふぅ~」
ゆっくりと腰掛け、背もたれに凭れ掛かった。今日が初めてお邪魔したというわけでもないため、時間を潰すのに慣れている。
人が来るからと掃除したのだろう。隅々まで室内は綺麗だ。
ベッドの傍にギターが出しっぱなしで立てかけてある。悠里が来るまで練習していたのかもしれない。布団の上には楽譜が綺麗にまとめられていた。最近始めたと言っていたが、ちゃんと練習しているようだ。
視線をずらすと、悠里の座っているソファーの前にテレビがある。その隣には大きな窓の前に本とDVDが納められているラックがあった。
祥太は漫画を読まないので、文字の羅列がずらりと並んでいそうな本が整然と並んでいる。今どきの高校生にしては珍しい。彼は漫画のコマを見ていると疲れるため、文字の方が好きらしい。
悠里からすると漫画の方が分かりやすく、面白いと思うのだが不思議だ。
(漫画は山崎が色々貸してくれるから別にいいけど)
山崎亮介は渉の親友で、同じ軽音部のギター担当だ。渉と同様に話しやすい友達である。
悠里、祥太、渉、亮介ともうひとり――自分たちの中では最も頭が良い塚本祐樹の五人でよくつるんでいた。
本棚には雑誌の他に推理小説、文学、評論、写真集などが収まっている。漫画で溢れている自分の部屋と大違いだ。見慣れているはずなのに文字しかない違和感を覚える部屋。けれども、祥太らしい部屋だ。
(そういえば、俺がいるのにシャワー浴びにいったことあったな)
お客様だと彼は言っていたが、悠里が遊びに来ているのに当本人はシャワーを浴びに行ったことがあった。その時はマイペースすぎると思ったが、今日は逆に畏まっている気がする。自分以外の家族がいないからだろうか。
思い出し笑いを浮かべていると、おもむろに扉が開いた。
「お待たせ」
右手にマグカップを二つ、左手にポテトチップスなどのお菓子の袋をいくつか持っている。更に左脇に挟むようにしてジュースのペットボトルを抱えていた。それらを落とさないように慎重に近づいてくる。
「よっと……」
テーブルの上にそれらを置くと、祥太はホッと息を吐いた。
「いっぺんに持ってこなくても良かったのに」
「あ、そっか」
祥太も言われて初めて気付いたらしい。変な所で抜けているが彼らしい。
悠里はソファーから立ち上がると、テーブルの前に座った。
「俺が来るまで、ギター弾いていたの?」
「うん」
祥太はポテトチップスの袋を開け、食べやすいように広げている。
「上達した?」
「少し。山崎くんと松本くんほどじゃないけど」
「そっか」
亮介はギター担当だけあって、アコースティックギターとエレキギターを持っている。渉はギターの他にベースを持っていた。
「悠里くんは楽器やらないの?」
「う~ん、そうだなぁ」
「音楽いっぱい聴いているんだし、悠里くんがギターとか弾いているの格好いいと思うけど」
悠里はジャンル問わず様々な曲を聴くのが好きだった。
「それなんだけど、遂に三千曲入れたんだよ!」
パソコンに音楽を大量に入れるのにはまっているのだが、先日遂に三千曲になった。ここまでが長かったので、他人にとっては小さなことかもしれないが自分の中では大きなことだ。
「へえ、凄いな」
「だろう~」
音楽の話を皮切りに、ふたりは他愛もない話を語りあった。学校では誰かしら混ざっているので、ふたりきりは久しい。だからか、いつも以上に盛り上がった。
家にやって来た頃は太陽も高い位置だったが、気付けば窓の外の景色が薄暗くなってきている。それでも話に夢中だったふたりは会話に集中していた。
「あ、もう空だ。んじゃ、次はこっちを……っと」
祥太が持ってきたポテトチップスの袋は、すでに空になっている。それらをゴミ箱に放り投げると、チョコやクッキーの袋や箱がテーブルの上に広げられた。
帰宅時間を気にしなくていいのは楽だ。泊まりだからという心の余裕もある。
「夏休みに入ったんだし、どっか遊びに行きたいなぁ」
不意に、悠里が呟いた。夏休みに入る前に、みんなで出かけようと話していなかったことを思い出す。
恥ずかしい話だが、悠里たち五人は彼女がいない。
渉と亮介はバンドをやっていて女子にも人気なのに、何故かふたりとも彼女がいない。
バスケ部でもエースで活躍している祥太もルックスは申し分ない。何度か告白されているのを見かけたことがあるが、全て断っているようだ。
もう一人の祐樹も、学年でも五本の指に入る優等生で顔も整っている。しかし、彼女がいるという話を聞いたことがなかった。
もしかしたら、自分が知らないだけで彼女がいるのかもしれない。だが、少なくとも祥太に彼女がいないのは確かだ。 そうでなければ、家族がいないこの隙に悠里を泊まりに誘うわけがない。
「うーん、山崎くんも松本くんもバンドで忙しいんじゃなかったっけ。学校がない今こそ作曲だーって言ってたよね。塚本くんも予備校の夏季講習じゃなかった?」
「そうだけどさ……。お前も部活で忙しいし、暇なのは俺だけか」
「あ、でも五人で日帰り旅行に行きたいとか、松本くんが前にメッセくれたっけ」
「おっ、日帰りいいじゃん!」
今から宿を予約するのは難しいが、近場の日帰りなら何とかなるだろう。
「五人で日帰り旅行は面白そうだけど……協調性あるかな?」
「ないな。けど、だからこそワクワクしない? 予定が合いそうなら、すぐに計画練りたいな。ああ、でも塚ちゃんとか、絶対文句言いそうだな」
「でも、付き合ってくれそうだよね」
「そうそう」
祐樹は時間の無駄を嫌うため、基本的に会話は適当にあしらうことが多い。冷たい印象を受けるが、他意はないと悠里たちも分かっているので、皮肉屋の憎めない男だと思っている。口は悪いが面倒見がいい彼のことを信頼していた。祥太と渉はテスト勉強では世話になりっぱなしなので、特に頭が上がらない。
「引率は、山崎くんだよね」
五人の中でリーダー格なのは亮介である。 うんうんと、しきりに祥太は頷くと人差し指を一本立てた。
「でも、結局、最終的に松本くんがまとめてそう」
「だなー」
互いの顔を見合わせて笑い合う。
頼りになる亮介だが、悠里が遊びに行きたいと話した時、彼は「何処に連れて行ってくれるの?」と答えた。連れて行くのではなく、連れて行ってもらうつもりでいたのだ。そういう部分も含めて、彼の魅力だと思っている。
「出かけたといえば、この前、いっちゃんとサーフィンに行ったんだよね」
「え?」
いっちゃんとは、祥太が唯一あだ名で呼ぶ幼馴染だ。本名は野沢樹といって、祥太と同じバスケ部で一年の後輩である。 祥太に懐いていて、いつも甘えていた。祥太よりは少し背が低いくらいだが長身で整った顔立ちをしている。
「野沢と……?」
その時のことを思い出しているのか、祥太は瞳を細め笑みを深めた。
「いっちゃんがサーフィン行こうって誘ってくれてさ。面白かったよ」
堰を切ったように熱をこめて祥太は話し始めた。波がどうだった、ボードに上手く乗るのに苦労したなど、その時の樹の様子も教えてくれる。
「…………」
始めこそ楽しく聞いていたのだが、しきりに樹の話題が出てくるので段々面白くなくなってきた。 大好き、一緒にいて楽しいなど、ずっと聞いていると苛々してくる。別に樹が悪いわけではない。祥太の話し方が面白くないのだ。
「いっちゃん、本当に上手なんだよ」
「へぇ~」
「悠里くんも見たら感動すると思うな」
「ふーん」
「それで、いっちゃんにコツを教えてもらおうと思ったんだけど……」
「うん」
悠里は窓辺に視線を移した。外はすっかり暗くなっている。こんなに話し込んでいたのか、とぼんやり思う。
「いっちゃんとまた遊びたいな」
――今、ここにいるのは俺なのに、そんなこと言うんだ。
燻った黒い感情が、沸々と心の奥底で沸き起こる。まるで水面の上に一滴、黒いインクを落としたようだ。それまで汚れていなかった世界に生まれた一つの歪み。ジワジワと黒インクは水面の中で広がっていく。たった一滴なのに、もう綺麗なままではいられない。
「……野沢のこと、お前本当に好きだよな」
「うん、大好き」
その一言が胸に深く突き刺さる。黒い、暗く淀んだ汚い色をした感情という名の液体が容赦なく零れ落ちていく。
無邪気な笑顔で答えたからだろうか。
分からない。
違う。
分かりたくないのだ。
「――っ!」
悠里は、唇を強く噛んで表情を曇らせた。
「悠里くん?」
ようやく異変に気付いた祥太は、悠里の顔を不思議そうに覗き込んでいる。黒い瞳の中に映る自分の姿が醜い。見たくなくて視線を逸らした。
「なんでもない」
怪訝に思った祥太は距離を縮め、そっと手を伸ばしてくる。
「でも……変だよ?」
「触るな!」
心配しているだけなのに、その行為すら偽善的に映って乱暴に振り払ってしまう。
――パシンッ!
甲高い音が室内に響き渡った。思った以上に強く払ってしまったので、祥太の皮膚が赤くなっている。
「あ……」
悠里は自分の手と祥太の手を交互に見比べた。
――違う。こんなことをしたかったんじゃない。
喉にべったりと、糊のような何かが貼りついて声を出すのを塞いでいる。弁解の言葉が出てこない。
さすがに祥太も機嫌を悪くしたようで、いつものヘラヘラした表情が一瞬にして消え失せた。スッと瞳を細め、悠里の様子を探るように睨んでいる。
「……俺、何か悪いことした?」
ゆっくりと、けれども怒気を含んだ物言いだ。
「別に」
確かに祥太は悪くない。気に留めることでもないのに、自分の中で大きく広がってしまっただけだ。
面白くない。
つまらない。
何が、と追求されても、うまく説明できない。自分自身、感情をうまく整理できなかった。
「何か言ってよ」
真っ直ぐ見つめてくる祥太の瞳を、正面から受け止めることが出来ない。
「ねぇってば」
逃げるように、視線はテーブルの上にある開けっ放しのお菓子に移っていた。もうほとんど残っていない。
(ごみ箱に捨てようか。 そういえば、晩御飯はどうしよう。 何も決めてなかったな。作るのかデリバリーを頼むのか後で聞かないと……)
「悠里くんってば!」
祥太の声が大きくなっている。
「何が気に食わないの?」
すぐに声の調子は柔らかくなる。祥太は純粋に心配しているのだ。それが分かるだけに言えない。言えるわけがない。
「はあ……」
祥太はわざと聞こえるように、大きな溜め息をついて黙り込んでしまう。
重苦しい空気が漂い、気まずいことこの上ない。こんなはずではなかったのに大人気ない。祥太と樹が仲良いのは昔からだ。今まで気にしていなかったはずなのに何故だろう。面白くないと思ってしまった。
「そういうの……悠里くんの悪いところだよ。言ってくれないと分かんないのに黙っちゃうし」
静寂を破ったのは祥太の方だった。ムスッとした表情で不満を漏らす。
「悪かったな、こういう性格で」
「ほら、へそ曲げるしさ」
「祥太の方がへそ曲げるじゃん」
祥太は片眉を僅かに上げ、益々しかめっ面になった。顔に出やすいのは彼の方なので、昔から機嫌が悪くなるとすぐ分かる。
「でも、悠里くんも十分へそ曲がりだよ。少なくとも今はね」
その言葉にカチンときた。
「ああ、そうですか!」
「そうだよ!」
祥太も負けじと声を強める。
ぶつかる視線に、火花が散っているようだ。仲裁に入ってくれる者が誰もいないため、両者とも睨み合い、口からは次々と嫌味が飛び出す。
「今日だって遅刻してきたじゃん」
「気にしていないって言ったのは、そっちだろ」
「時間を守らないのは致命的だよ」
「大きなお世話ですよーだ」
「少しは誠意を込めて謝ったらどうなの?」
「謝ってるじゃん、いつも!」
「でも直ってないじゃん」
「じゃあ、付き合わなければいいだろう!」
相手の粗捜しをしたいわけではない。ふたりとも頭では分かっている。本当はそういうところも全部認めているのに止まらなかった。
「いっちゃん、いっちゃんってさ。そんなに野沢がいいなら、今日だって野沢といればよかったじゃん!」
「なにそれ。いっちゃんと何の関係があるのさ?」
「別にないけど……俺といるより、野沢の方が嫌な思いをしないで済むだろ」
そうだ、樹と一緒の方がいいはずだ。彼は自分と違って待ち合わせの時間もきちんと守る。自分といるより楽しい時間を過ごせるに違いない。
「呼べよ。今からだって来てくれるかもしれないだろ?」
――馬鹿みたいだ。
(やっと分かった……。 楽しそうに野沢と遊んだことを話す高橋に嫉妬したんだ)
気付いたところで正直に話せるはずもなく、引くに引けないところまで追い詰められていた。何よりも、己の情けない感情に嫌悪を覚える。
(なんでそう思ったんだろ。ダゼェな、俺……)
自分が嫌いになっていくばかりだ。こんな醜い感情をぶつけているのだから、祥太はいい迷惑だろう。
頭の中に自分がふたりいるみたいだ。片方は今すぐ謝ればいいと囁き、もう片方は帰ってしまえと囁いてくる。
自分を上手にコントロールできなかった。きっかけはたいしたことではなかったのに、簡単にはいかない。
逃げたい――衝動的に思った。
「もう帰る!」
床の上に置きっぱなしの鞄を手に取り、悠里は立ち上がって言い放つ。
「え!?」
さすがにこれには驚いたらしく、祥太も慌てて立ち上がる。
「帰らなくたっていいじゃん」
「どうせ一緒にいたって気まずいだけだろ」
「決め付けないでよ。誰もそんなこと言ってない」
「俺が気まずいんだよ!」
これ以上、話していても埒が明かない。
一歩前に進み出ると、祥太が行かせないと立ちはだかる。
「どけよ」
「外だって暗いし、今帰ったって遅くなっちゃうよ」
先ほどよりも、祥太の声のトーンが落ち着いている。一気に昇り詰めた感情を抑えようとしているようで、ゆっくりと慎重に言葉を選びながら話していた。
そうして、祥太はいつも一歩距離を作る。もっと強く押し出せばいいものを、内側へと抱えてしまうのだ。それがいけないわけではない。けれども、今は祥太の態度全てが嫌になっていた。何より、情けない自分をこれ以上見せたくない。
「俺も言い過ぎたと思う。だから……」
「塚ちゃん家に行こうと思うんだけど」
悠里の言葉を耳にして、祥太の表情が凍りついた。
「だからどいてくれる? 家に帰っても、どうしたのかって聞かれるだろうし。だったら塚ちゃん家に行くよ」
携帯を取り出し、軽く振って見せた。
「それにさ……」
一旦、言葉を区切る。
「俺、塚ちゃんといる方が楽しいから」
――ダンッ!
一瞬だった。
急に視界が歪んだかと思うと、目の前いっぱいに祥太の顔が映る。
何が起きたのか理解するのに数秒かかった。肩を掴んで床に押し付けている彼の手に力がこもっていて痛い。頭と背中も倒れた拍子に打ったのか、今になって痛み始めた。手に持っていたはずの携帯は、いつの間にかベッドの側に転がっている。鞄もその近くにあった。
「いってぇな」
「……せない」
祥太が何かを呟いた。
「高橋……っ!?」
顔を見た瞬間、ゾワリと寒気が駆け巡る。感情が抜け落ちたような表情で、静かに見下ろしていた。
「どけよ」
「嫌だ」
「どけって!」
「煩い!」
耳が痛くなるような大声だった。
「行かせない……行かせるかよ!」
祥太の表情が、こんなに変化するのを見るのは初めてだ。先ほどと打って変わって、憤りを含んだ険しい表情を見せている。口喧嘩は今まで何度かあったが、ここまで怒ったことはなかった。
(何でここまでキレてるんだ?)
悠里は混乱する頭の中で状況を整理する。さっきとまるで立場が違う。今度は自分の方が相手を落ち着かせようと必死になっていた。
(何処だ? 何処からスイッチが入った?)
視線を逸らすことだって出来るのに、瞳は真っ直ぐ祥太を見ていた。迫力に押されて畏縮してしまい、逸らすことが出来ない。
「酷いこと言うよね、悠里くん」
冷笑を浮かべ、祥太は顔を近づけてくる。
「何で俺が家に呼んだか分かる? 分からないよね。悠里くんしか俺の……のに」
段々小さくなっていき、最後の方は聞き取れなかった。
「何を……んぅっ!?」
突然、視界が暗くなった。柔らかい感触――祥太の唇だ。齧り付くような荒々しいキスをしてくる。
「まっ、ちょっ……」
何度か角度を変えては触れてくる唇に、悠里は頭を振って抵抗した。 心の準備もなければ、どうしてこんなことをするのかも分からない。
「黙れ」
低く紡がれた冷たい言葉に、悠里は恐怖で震えた。
いつものヘラヘラと笑いかけてくる祥太ではない。
怖い――恐怖が全身を駆け巡り、逃げようと暴れ出す。
「嫌だ!」
祥太を押しのけようと必死に両手を動かすが、力は彼の方が上でビクともしない。
スルリと何か生温いものが触れてくる。
「……?」
恐る恐る首を動かすと、シャツの間から祥太の手が侵入していた。
「っ!?」
いつも触れてくる動きとは違う。乱暴な手つきだ。こんな風に弄るように触ってくることなど一度もなかったのに、何をするつもりだろう。
「やめろって! 言い過ぎたなら謝るから……」
祥太は無視している。シャツを捲り、腹部が露になると臍周りを撫でてきた。
「さわん、なっ!」
くすぐられるのはある程度平気なのだが、どうしても苦手な箇所がある。 それが臍だった。ここだけは昔から触られるのが苦手で、むず痒い衝動に駆られてしまう。
祥太は臍が弱点だと知っていて執拗に責めているのかもしれない。 ならば嫌がらせにも程がある。
「やめろよ!」
「――つぅっ」
思いっきり振り上げた右手の拳が、綺麗に祥太の頬にヒットした。みるみる赤くなっていく。
「あ……」
さすがにやりすぎたと思い、焦った。
祥太は一度触れていた手を離し、殴られた自身の頬に触れている。
「ごめ……ごめん」
祥太の手に重なるように自身の手を伸ばすが、すぐに手首を掴まれ強引に引き寄せられる。
――パンッ!
乾いた音が響き渡った。
「……え?」
夜空に浮かぶ星が散らばっているように、チカチカと視界が瞬く。分からないことの連続で、理解できるスピードを当に超えている。ジンジンする痛みから、どうやら自分は頬を叩かれたらしい。
祥太がキレている――それが理解できるたった一つの本当だった。
「このっ……!」
悠里は逃げようと、懇親の力を振り絞って突き飛ばした。よろめいた祥太から四つん這いで抜け出し、なんとか立ち上がる。
「わっ!?」
だが、あっさり抱きすくめられてしまい、そのままベッドに押し倒される。馬乗りになった祥太は、乱れてヨレヨレになっている悠里のシャツを掴んで乱暴に脱がし始めた。抵抗を繰り返す悠里の両腕を片手で押さえつけ、シャツは虚しく腕に引っかかる状態まで脱がされてしまう。
「な、なに?」
休むこと無くベルトを器用に片手で外し、ジーンズのボタンを外された。
――マジかよ。
ファスナーに手をかけ始めたので、何をしようとしているのかようやく合点がいった。
「やめ、ろっ」
生理的嫌悪感が全身に襲い掛かる。 ゆっくりと下ろされていくファスナーの音が嫌だ。
ジタバタと暴れているのに、祥太は少しも怯まない。
「やっ……」
抵抗むなしく下着ごと脱がされ、下肢が露になる。外気に触れた肌がゾワリと粟立った。
× × ×
ようやく祥太は動きを止めると、悠里の顔色を窺う。
「……ひっ」
恐怖に脅えている悠里の黒目がちの瞳は今にも泣きそうだ。
(悪いのは、悠里くんだ)
自分のせいじゃないと、自身に言い聞かせる。
「嫌だ、やめっ――」
悠里の悲鳴が遠くで聞こえる。近くにいるのに不思議だ。
「行かないで」
祥太がか細い声で呟いた。
「やだっ!」
しかし、悠里の耳には届いていない。
刹那、祥太の頭の中で、ぐしゃりと何かが潰れる音がした。
拒絶の言葉しか吐かないのならば、遠くへ行こうとするのならば……。
「…………」
祥太は自身の人差し指を口に含んだ。丁寧に唾液で濡らしてから、悠里のいまだ硬く閉ざされた窄まりに宛がい、軽く引っ掻くように撫でてから突き刺した。
「い、あっ……」
悠里は声にならない悲鳴を上げた。
× × ×
それは言葉では言い表せない激痛だ。指一本だけだというのに、この痛みはなんだろう。拒絶を示すように、硬く閉ざそうと窄まりを締め付けるが、それでも強引に推し進めてくる。
「――ぁ」
たまらず目尻から涙が零れ落ちた。容赦なく抜き差しを繰り返し、入り口を抉じ開けている指が憎らしい。
「うっ――んぅ」
だが、これを我慢すれば、きっとそのうち機嫌が治まって我に返った祥太は平謝りするに違いない。それまで我慢してみせよう。
その考えが甘いと気付いたのは、しばらくしてからだった――。
これが普通ではないと、いくら大人になりきれていない自分たちでも十分理解している。けれど、止める術を持っていなかった。
「いっ、てぇ……」
悠里は痛みで顔を歪ませながら、途切れ途切れに声を漏らした。最初こそ指一本だったのに、今は三本に増やされている。
しかし、よく入ったものだ。きつく閉じていたのに、今では第二関節まで銜えこんでいる。
「いっ……」
下半身から訴えてくる激痛が、冷静になろうとする思考を拡散させた。唾液で濡らしてから侵入してきたとはいえ、本来、そこは排泄するための役割しか担っていない。女のように濡れるわけではないのだ。故に滑りが悪いはずなのに、やけにスムーズな水音が響いている。ジュブジュブと聞いたことがない音を発しているので耳障りだ。
(見たくない光景だよな。もしかして、滑りがいいのって切れてるんじゃね?)
強引に抉じ開ける指の動きを、身体の中でやけにリアルに感じる。バラバラに指を動かしたり、腸壁を擦るように上下に動かしたりする度に、悠里はくぐもった声で呻いた。
「痛っ……ぁ」
早く終わればいい。
早く機嫌が戻ればいい。
切実にそんな事ばかり考えていた。
「あっ!? ――っ、ああっ!」
更に奥へと侵入してきた祥太の指が、何かを押し潰した。瞬間、自分でも驚くような変な声が飛び出す。
「なっ!?」
今のは何だろう――。
「へぇ……」
頭上から冷笑が聞こえる。
笑われた――悔しくて、唇を強く噛んだ。
「ふっ……ん、んぅっ。やっ、あぁっ――」
しかし、意思に反して隙間から声が漏れてしまう。
自制できない――。
何度もそこを攻められるたびに、口からあられもない声が飛び出した。
「はあ……んぁ、ああ! そんな……や、んっ」
電流が断続的に流れてくるような強い刺激だ。許容しきれない波の連続で気が狂いそうになる。
「嘘……あ、んっ、やだ……なん、で――?」
そこを押しつぶされるたびに襲いかかる甘美な刺激は悠里の理性を揺るがし、呼応するかのように腰が無意識に震えた。
――嫌だ。そこは嫌だ、触るな!
「あんっ、やっ、やぁ――あっ……やあ、んん――は、あっ」
嬌声と拒絶の繰り返しだ。
抵抗の意思を示そうと脚を閉じようとすれば、強引に開かされ、仕返しとばかりに攻められる。
「やめっ――っ、あっあぁっ、やだっ、やだぁっ」
大腿の内側が震える。敏感に反応し、祥太の指を銜えこんでいる窄まりがきつく締まり、余計に引き抜けないのをいいことに執拗に指先で撫でてくる。
「ねぇ、気付いてる?」
「な、あっ……!?」
嘲るように祥太の左手が、悠里のものを握り締めた。
ピチャリと嫌な水音がした。
「……え?」
視線を恐る恐る見やると、握り締められたそれは勃ちあがり、先端からしとどに透明な液体を溢れさせている。
――嘘だろ。
祥太の指を濡らす液体は、自分の出したものだ。
「――っ!」
悠里は声にならない悲鳴をあげた。絶望感が押し寄せ、穴があったら入りたい衝動に駆られる。こんな残酷な行為に感じている自分が、まぎれもなくここにいるのだ。
「やだ……嫌だ! もうやだぁっ!」
首を左右に振り、今起きている現実を否定する。
――これは何かの間違いだ。そうだ、そうに違いない!
認めろとばかりに、祥太の手が上下に動く。ぬるりと滑った感触や祥太の体温が触れる指から感じ取れ、甘く痺れる電流に襲われた。
「ふっ、ん……」
悠里は唇を噛み、声を漏らすまいと押し殺した。
それでも脈打つ裏筋を祥太の指が撫でているので、ビクリと身体を震わせて答えてしまう。意識が逸れた隙に、窄まりの中に入れっぱなしの指が活動を再開させた。
「ふぁっ――っ!」
右手は悠里の中で執拗に攻め立て、左手は悠里のものを握って追い詰められる。
「ひゃっ、あ、ああっ、やっ、やあっ」
先端から溢れ出る液体の量が増し、水音がだんだん大きくなっていたが、今の悠里は気にする余裕がなくなっていた。
「どうしてなんだろうね。こんなことしたいわけじゃないのにな」
悠里の痴態を見つめていた祥太は、ふいに口を開いた。自身に問いかけるような言葉だ。暴走しているようで、どこか他人が行為に及んでいるような調子だ。
「んぁっ!」
中で蠢いていた指が突然、引き抜かれた。
「はあ……ぁ」
まだ中に何か挟まっているような違和感がする。これで終わったのだと、自然と安堵の溜め息を漏らした。ゆっくりと目を閉じると、溜まっていた涙の雫がポロリと流れ落ちる。
違う――。
「……っ!?」
弛緩していた蕾に、ひたりと熱いものが触れる。
一気に蒼ざめた悠里は、まだ終わっていないことを悟った。
「高橋……やめよう、な? 今だったら、俺、怒らないか……ら――いっでぇぇぇぇっ!!!」
今日、一番の激痛に襲われた。身体がバラバラになるのではないかと思うくらい、何か熱いものが中に侵入しようとしている。指なんて比較にならないの大きさと硬さだ。
「いっ、痛い、痛いっ!」
我ながら何て声をあげているのだろう。色気も何もあったものではない。そんなものを求められてもどうしようもないが、冗談抜きで本当に痛い。いや、痛いを通り越して死んでしまうのではないかと思うくらいだ。
「やだやだぁっ」
何がこの中に入ろうとしているのか考えたくない。
見たくない。
知りたくない。
碌に慣らしもせずに強引に抉じ開けていくそれが、祥太のものなのだと気付きたくなかった。
「ふっ……」
頭上から、吐息を漏らす声がした。
残酷な事をする彼が今どんな顔をしているのだろう。僅かに首を動かして見上げると、切なげに眉を寄せていた。
(泣いてる……?)
違う―― 悠里自身が泣いているのだ。視界が歪んでいる。
生理的な涙なのか、精神からくるものなのか分からない。ぐしゃぐしゃに混ざってしまって判別がつかなかった。
「少し、力……抜いて……」
祥太はカリまで挿れたところで動きを止めた。締め付ける力が強すぎて、これ以上進められないようだ。
「やっ、できなっ……」
むしろ入ってくるな、と怒鳴れたらどんなにいいだろう。
「はあ……」
再び頭上から小さな溜め息がした。祥太は乱暴に悠里のものを握り締めると、上下に扱き始める。
「ひゃんっ!?」
身体が震え、背筋がピンと伸びる。何ともいえないもどかしい衝動が全身に駆け巡り、熱が下半身へと集中していく。
「うあ、あ……っ」
悠里も年頃なので、自慰をこっそりしたことはあったが処理をする時に人の手を借りたことはない。
「そ、んな、嘘……やっ、ああっ」
自分でする以上に、敏感に感じてしまう。他人が触れる自身のもの。しかも、祥太の手だ。長い指が、手の平が触れている。
「くそっ……」
羞恥に染まった顔を隠すように、悠里は両手で顔を覆った。
最悪だ――こんな事に敏感に感じているのだから。
意識が逸れたその隙に、祥太は再び挿入を再開した。
「いっ――ふ、うぅ……っ」
悠里のものを触れる手も休まずに、強引に快楽を引き出そうとしている。決して優しい抱き方ではない。けれども、気遣いは少なからずある。
「うぁ……や――あああぁっ!」
ズン、と衝撃が走る。
「あああっ、う、ううっ、ん――」
徐々に押し込められていくそれが一気に突き上げたために、腰が浮いた。
「はあっ、あ……くるし……」
内臓を押し上げられる感覚。
ずっしりと重い。
「やだ……変……に、なる」
内側からひしめく熱が、解放を求めてうねっている。
「は、ぁ――っ」
苦しくて呼吸が上手くできない。
どうやって息を吸っていたのだろう。
思い出せない。
気持ち悪い。
苦しい――。
「――っ……ぅ」
「息、吐いて」
言われるままに、息を小さく吐き出す。
「は、ぁ――っ……あぁっ!」
再びズン、と押し上げられた。
荒々しい呼吸を繰り返し、焦点の定まらない瞳で悠里は祥太を見つめる。
(何で……)
「……っ」
犯しているのは彼の癖に、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているのだろう。
額にうっすら汗を滲ませ、眉を寄せていた。悠里の腰を掴んで引き寄せ、律動を繰り返している。頬がいつもより赤い。
「ふ……ぅ」
口からは熱い吐息が漏れている。時折、小さく呻くような声がした。
(こんなのでも、気持ちいいのかな)
ゆらゆらと揺れている。薄い身体だ。細身の体系だが、筋肉はしっかりとついていて引き締まっている。抱き寄せる腕の力が強すぎて、少し痺れるくらいだ。
――行かないで。一緒にいて。全部ほしいんだ。
聞き取るのがやっとの、細く小さな声が小雨のようにパラパラと降り注いでくる。
「うぁっ、あぁっ――そこ、やっ……あ、あああっ」
最奥まで貫かれ、悠里は堪らず、祥太の背中に腕を伸ばした。律動が激しくなり、肌と肌がぶつかる甲高い音がこだまする。
「あうっ、おっ!? ――かはっ……ふっ、うっ――っ」
口を閉じることも忘れ、喘ぎ声と共に涎が端から流れ落ちた。
「んん 、ぅ、ふ……」
ぺロリと祥太の舌が舐め取り、そのまま口端にキスを落とすと舌がスルリと入ってくる。
「……っ、ふ、ん――んんっ。もう……あ、ふ、んー、んぅ……」
口腔も犯してくる執拗な舌から逃れようと抵抗するが、あっさり絡め取られた。
互いの唾液が顎を伝って流れ落ちる。
グチャグチャと淫らな水音が上からなのか下からなのか、もうどこから発しているのか分からない。
「ふぅ、んぅっ。うぁ……あぁっ」
鼻から抜けるような声や甲高い声。どれも自分から発せられている。
始めは羞恥心で消えてしまいたい衝動に駆られていたが、今は考える事が出来ない。呼吸も満足に出来ず、歯列をなぞり、舌の裏を舐め、絡めていく祥太の舌のせいで頭がぼうっとしてくる。
恐怖で震えていた身体は爆発しそうな熱の奔流に振り回され、突き上げられる度に締め付けを強めた。
「い……いや、ダメ……そこ、やめっ――」
指で押しつぶされた時に感じたポイントに先端が掠った。
「ここ?」
「あうっ! そこ……そこぉっ!」
早く解放されたくて強請る。痺れるような強すぎる刺激。押し上げ、突き上げられるのがたまらなく気持ちいい。
「いい、から……そ、こっ。あぁぁっ!」
プライドを捨てて快楽によがる。激しくぶつかる度に、結合部に触れる茂みがくすぐったい。グチュグチュといやらしい水音が聴覚をおかしくさせる。
完全に理性は飛んでいた。早く終わればいい――そればかり考えているのは変わりないが、それ以上に沸々と湧き出る得体のしれない熱が出口を求めて彷徨っている。
肌に触れ、擦れていた自身のそれも開放を求めてそそり立ち、先端からしとどに液体を溢れさせていた。時々、引っ掻くように爪を立てるので、たまらない刺激となって襲い掛かる。
「ひぁっ、ああっ」
声を聞かせろとばかりに、様々な所を執拗に攻めるのは意地悪だ。
「も……む、りぃ……」
「何が?」
全部言わなくても分かるはずなのに、わざと半分まで引き抜いて焦らしてくる。
「んぁ……ひどい……」
あと少しの所で波が去り、果てる瞬間を逃した。小刻みに震える身体は治まることを知らず、好過ぎる快感が苦痛に変わる。
「はぁ、あぁっ……。くる、し……からぁ……もう……」
途切れ途切れに呟きながら、無意識に腰を揺らしていた。
「ずるいよね。こんな時ばかり……」
祥太は言いかけた言葉をつぐみ、一度瞳を閉じた。
「いいよ。望み通りにしてあげる」
ゆっくりと開いた時には、苛立ちをぶつけるようにスピードを上げて貫いてくる。
「ああああっ――!」
パンパンと、肌のぶつかる音が一層、室内に響きわたる。
「あ、ふっ――お、ぐっ……はっ、ああっ」
必死にしがみ付くことしか出来ず、高橋の背中に爪を立てた。シャツの上からでも皮膚に食い込むのが分かる。ギリギリまで引き抜き、勢いをつけて最奥まで押し込まれる度に我武者羅に引っ掻いた。
「お、うっ――んんっ、あっ、はっ、ぁ……あんっ、ん、んんぅ」
腸壁をかき回し、突き上げているそれも中で形を変え、限界を訴えている。
碌に慣らしもせずに押し進んでしまったので蕾は切れ、そこから赤い血が流れている。皮肉なことに、それが潤滑剤代わりになり挿入の助けになってしまった。ジュブジュブと卑猥な水音が結合部からしている。濡れた自身のものに絡みつく悠里の血液と体液と共に、祥太の体液も混ざり合っていた。
× × ×
一緒にいたい――。
そんな単純な理由だったのに、どこでねじくれてしまったのだろう。
支えてくれた手の平が、ずっと自分だけのものであればいい。
浅ましくも祥太はそう思っていた。
側にいてほしい。
ひとりにしないで。
置いていかないで。
言葉にするのは簡単だ。けれども、シンプルだからこそ難しいこともある。人に相談するのが苦手な彼にとって、それらは高いハードルだった。
祥太はバスケ部でも優れたな選手だ。バスケ部も全国大会に何度も出場している有名校だけに、祥太はレギュラーなこともあって様々なところを飛び回っている。
この行為は、大会の遠征で悠里と一緒にいる時間が少なくなってしまったことが一番の要因なのかもしれない。
もちろん、自分の可能性を延ばすためにも部活に入って損はなく、道は開けたと思う。後悔していない。けれども、器用に何でもこなせる性格ではなかった。
仲間の輪の中に入ろうとしても留守にしていたため、彼らとの距離に溝を見つけてしまうのだ。気にしすぎだと言われたらそうだが、一つ見つけてしまうと全部がそう映ってしまう。
打ち解けようと努力はしたし、そんな自分をみんなも気付いていたので距離を縮めてくれたのだが、うまくいかない。
渉が率先して気を遣ってくれたが、やっぱり淋しい――祥太は孤独だった。
だから、悠里が遊びに来てくれると頷いてくれた時は嬉しかった。部屋の掃除も頑張り、彼の好きなお菓子もたくさん用意した。隣にいると心の中が温かくなる気がする。
「なんでかなぁ」
祥太は震えるように微笑を浮かべた。
犯される悠里の上気した顔を見ていたら、たまらく悦に感じて自尊心と独占欲が渦巻いた。衝動のままにしてしまった行為に、後ろめたさはあったはずなのに自然と頬が緩む。
――こんな事をしたかったはずじゃないのに。
× × ×
「ああああああああああぁぁっ!」
「――っ!」
ほぼ同時に果てた。
「あ……」
悠里は腹の上に広がる自身の吐き出した白濁に不快感を覚えながらも、拭う体力が残っていなかった。
「……うっ」
(……高橋?)
揺らぐ視界の中で、祥太の瞳から涙が零れたような気がしたが、薄闇の中にゆっくり沈んでいく意識に支配されて確認することは出来ない。
生まれて初めて人の心の闇を見た。身の内に、こんなにも暗く淀んだ闇を飼っていたら、さぞや苦しいに違いない。
「…………」
腹の中に注ぎ込まれるのを感じながら何度か痙攣をした後、悠里は瞳を閉じて意識を失った。
心の傷というものが目に見えたのならば、そんな風に傷つくことも、傷つけることもなかったかもしれない。
自分達は我儘だった。言葉に出しもしないで、気持ちを相手に押し付けあっていたのだから――。
「……っ、ぁ……」
もう言葉にならない声だけしか出てこない。体力は当に限界を超えていた。
(何度目だ……?)
悠里は緩い律動の繰り返しを敏感に感じながら、混濁した意識の中で問いかけた。
何処にそんな体力があるのだろう。一向に止める兆しがない。先に吐き出された白濁が結合部から溢れ、血液と混じって薄桃色に染まっている。もう痛みも麻痺していた。
「た……はし……」
緩慢な動作で首を動かす。
(やっぱり、悲しそうな顔しているんだよな)
もう抱きつく力も残っていなかったが、背中には悠里がつけた引っ掻き傷があるに違いない。
「はあ……っ」
今は祥太もシャツを脱いでいた。一貫して変わらない悲しみをたたえた表情を見ていると、憎む気にはなれない。
「んあっ、あぁぁっ!」
もう出ないと思っていたのに、下半身から襲う熱の本流に身体を大きく震わせた。ピシャリと腹の上に自身の吐き出した液体が散らばるが、始めの頃より勢いはない。
「はあ、ぁ……ん」
吐き出した後のそれは急速に萎えていたが、彼のを銜え込んだままの身体はまだ快感に震え、小刻みに痙攣している。腰から下は別人のような反応だ。
「ふっ……」
思わず、自虐的な笑みを浮かべてしまう。
「……っ、んぅ!?」
意識が浮上した時、最初に感じたのは熱さだった。
「な、に……?」
下半身から突き上げてくる焼けるような熱さを覚え、それはぼんやりした意識をだんだん覚醒させていく。
「……?」
何だろう、と不思議に思った。熱を帯びた異物が、中に挟まっているような違和感だ。
「ふぁ……ぁ、ん」
次に水音がした。ジュブジュブと変な音をたてている。熱い異物から発せられる音は、下半身から響いている。
嫌な温度。
嫌な音。
嫌な痛み。
ぼんやりと靄のかかっていた意識がはっきりしたのは、覆いかぶさるようにして祥太が腰を動かしていたのに気付いてからだ。
「あ……あぁ、やっ……」
瞬間、絶望と恐怖が再び襲いかかった。抗おうと腕を振り上げれば、思った以上に力がこもらず、あっさり負けてしまう。
「……っ」
抵抗するほうが馬鹿だと悟り、しまいには無抵抗になっていた。
(腹の中、ぐちゃぐちゃだろうな……)
腹部を弄れば、何処に祥太のものがあるのか分かりそうだ。
「うっ、ん……んんっ――ふっ、ぁ……」
容赦なく吐き出された液体で満たされていて苦しい。突き上げられる度に内臓が押しあがる。腕を億劫そうに動かし、自身の腹部に触れてみた。
「あ……」
硬い何かが奥に突き上げられた瞬間、皮膚越しに指に触れる。突き上げる衝動と共に、それは上下へ移動していた。本当に挿れらているのだ。
「……くっ」
その時、低く呻いた後、祥太も中で吐き出した。
「ぁ……ん」
最奥で放たれたものを、悠里は身体の中でリアルに感じ、小さな声を上げる。浸透していくように、中でいっぱいに広がってまとわりつく。そして、硬く熱を帯びていた異物が、だんだんと萎えていき力を失っていくのも感じ取っていた。
これで最後であってほしい――。
しばらくそのままの状態だったが、祥太はゆっくりと引き抜くと溜め息を漏らす。
「……はあ」
額に浮かんでいた汗を拭い、視線を悠里へと投げかけた。
「……うぅ」
ぐったりと横たわっている悠里は浅い呼吸を繰り返し、胸が上下に動いている。すっかり弛緩してしまった窄まりは、動きに合わせてパクパクと魚が呼吸をしているみたいに口を閉じたり開いたりしていた。トロトロと中から流れ出す白い液体がシーツを汚している。すっかり萎えて大人しくなっているそれと、茂みがテラテラと光っていた。大腿も淫らに濡れ、腹回りも汚れている。
「……っ」
あまりに淫靡な光景で、祥太は無意識にゴクリと唾を飲み込んだ。
「……ぁ」
虚ろな瞳は焦点が定まっていない。半開きの唇から唾液が零れ落ちている様も蟲惑的だ。
「悠里くん……」
祥太の手が悠里の頬に触れた。
瞬間、悠里は大きく震え、脅えた眼差しを向ける。
「やっ……」
僅かに首を振るだけでも、鉛のように身体が重い。
祥太は顎に手をあて半開きになったままの唇を、そっと親指で撫でた。
「ん……」
吐息が掛かるくらいに顔を近づけ、キスをする。舌も入れられたが、悠里は抵抗せずに受け入れていた。
「は、ぁ……ん……む……」
啄ばむように唇に触れ、労わりを込めて舌を優しく絡め、深く慈しむようにゆっくりとキスをされる。先ほどまでの乱暴な触れ方ではない。優しいキスだ。それが心地よかった。
「あっ、ん……」
だからなのか、再び祥太の指が窄まりに触れていても嫌な気はしなかった。また中に熱を注ぎこむのだとしても恐怖を覚えなかった。
踏み躙りたくなるような嫌悪感を抱く反面、この行為が高橋の孤独と淋しさの裏返しだと気付き、不憫に思ったのだ。
「あ、ん……あっ」
「悠里くん……」
グチュリ、と卑猥な水音を響かせ、彼のものに貫かれた。
「ああっ」
ゆるゆると腰を動かしていたが、次第に激しくなっていく。
「ん、あっ――は、あっ……んんっ――や、あ……んぁっ」
がっちりと腰を掴まれ、激しく抜き差しをされる度に嬌声を上げる。
「……っ、く……」
誰よりも困惑しているのは彼だろう。だから、こんなに悲しそうな表情を浮かべるのだから。
――なぁ、どうすればいい? あげられるものが俺しかないんだ。
「た……は、し――」
絶頂を迎えた頃、闇の中に沈んでいく感覚が押し寄せる。
今度こそ悠里の意識は混沌へと落ちていき――プツンと途切れた。
× × ×
まるで濃い霧の中にいるようだ。
「ん……」
悠里はうっすらと瞳を開け、また閉じる。何度か繰り返していくと見慣れぬ天井が映った。
(ああ、高橋の家にいるんだっけ……)
身体が重い。 徹夜したとき以上のだるさが押し寄せていた。体力の消耗が激しく倦怠感が凄まじい。 指ひとつ動かすもの一苦労で、身体の上に重石を乗せられているみたいだ。
(何で……って、あんなに滅茶苦茶にされれば当然か)
意識を失う前までの記憶が蘇り、悠里は自重気味に笑った。
一度や二度ではない。飽きるまで抱かれ続けたのだ。あんなことがあってすぐに起き上がって動き回れる人間がいたら、その者は化け物に違いない。
「……?」
肩まで布団がかけられている。ベトベトで気持ち悪かった身体も綺麗に拭き取られており、サラリとしていた。衣服を何も身に着けていなかったのに、持ってきた寝間着をまとっている。
怪訝に思った悠里はベッドから視線をずらし、周囲を見回す。テーブルの側に悠里の鞄が開けられた状態で置かれていた。すっ飛ばしたはずの携帯も台の上にある。
(やけに静かだ……)
どのくらい意識を失っていたのだろう。明かりの灯らない部屋がやけに広く感じる。
(高橋は何処だ?)
――ギシッ……。
すぐ近くで物音がした。見ると、暗闇の中でもぼんやりと白く浮かび上がっているソファーから聞こえる。目を凝らすと黒い人影らしき輪郭が見えた。
ベッド側に座り、両手で顔を覆っている祥太の姿があった。
「た……」
“高橋”と名前を呼んだつもりだったのに、声が掠れて出てこない。
「あ……ぃ?」
喉元に手を当て、もう一度呼んでみたが変わらなかった。散々、嬌声をあげたせいだろうか。
「!!」
弱々しい声を耳にし、祥太が弾かれたように顔を上げた。
「大丈夫? 痛い? 辛い?」
早口でそう言うと、祥太は悠里の傍に寄り、顔色を窺う。
(痛いし、辛いに決まっているだろ。 誰のせいだと思ってるんだ!)
罵声を浴びせたいのに声が出ないのが忌々しい。 ならばと、言葉の代わりに拳を振るった。
――ぽすん。
音で表現するならば、まさにこの言葉が相応しいだろう。
「…………」
全然痛くも痒くもないので、祥太は目をぱちくりさせている。
「……っ」
悠里も力が入らない己の非力さに、げんなりして怒る気力が削げた。
「ごめん」
謝ってもそう簡単には許さない。厳しい表情で睨みつけると、再び「ごめん」と言い、祥太は頭を下げた。
「ごめん、ごめん。ごめ……」
何度も同じ言葉を繰り返す。うな垂れた拍子にポタリと雫が零れ落ちた。
泣いている――。
「ごめん……」
力のない言葉の中に、多くの真意が潜んでいるのを感じ取っていた。
「……俺、悠里くんがいないとダメなんだ。何処にも居場所がなくなっちゃう……」
ポタポタと祥太の瞳から涙が溢れだす。
「…………」
よろめきながらも、なんとか上体を起こした悠里は、黙ってその様子を見つめていた。
(ああ、なんて――)
やるせなかった。
悔しかった。
あんなに近くにいたのに、気付いてやれなかったなんて……。
初めて聞いた祥太のこんな声。
悠里の中で火の粉のような一瞬の小さなものだったが、胸の中でチリッと小さな音がした。
失うものが怖くなって、初めて人はそれが大事なものだと気付く。
祥太は出て行こうとする悠里を見て、理性が吹き飛んでしまったのだろう。気がついたときにはもう走り出していた。
――何処にも行かせない。
もうそれしか頭になかった。
失うことが怖かったのだ。
泣き出す祥太を見て何も言う気にはなれなかった。元より声が嗄れている。
居場所がないなんて、そんな悲しいことを言わないでほしい。
(俺は高橋の親友だぞ。 きっと他の奴らも同じはずだ。変なところで気を遣うから、こんなことになるんだ。ったく……)
言葉に出せたらいいのだけれど――。
代わりに 頭を撫でてやる。どうか泣かないでほしい。祥太の泣いた顔は胸が苦しくなる。
「……悠里くん?」
震える肩に触れてみる。何時間あそこにいたのだろう。身体はすっかり冷えていた。
「許して……くれるの?」
上目遣いに見る祥太の瞳は悪いことをした幼い子供が母親の顔色を窺っているのと似ている。
祥太は何事にも純粋だから加減を知らない。見た目ばかり大人っぽくなってしまったが、やっぱり中身はお子様だ。
「ふっ……」
そう気付いた瞬間、思わず笑みが零れた。
涙に濡れ、鼻水まで垂らしている。これが我が校の期待のエースだとは思えないくらい酷い顔だ。
笑っている悠里を見て、数度瞬きをしてから祥太も笑った。
「あの……今、物凄く悠里くんを抱きしめたいのだけれどダメかな?」
「ん」
返事の代わりに、悠里は両手を広げて見せる。
「えへへ」
悠里は瞳を閉じ、祥太の胸に体重を預けるようにして寄りかかった。もう間違いを犯さないだろう。こんな酷い仕打ちは今日だけで十分だ。身体が幾つあっても足りやしない。
順序こそ逆になってしまったが、ここから改めて歩み始めよう。この気持ち、この色を、伝える言葉はどんなものがあるだろうか。
その後、ふたりで狭いベッドに横になって手を握り合ったまま抱き合って眠りに落ちた。
× × ×
数日後――五人で遊ぶ約束をした。
「やべっ、また遅刻だ!」
相変わらず、寝坊した悠里は駅まで急いで向かっている。
「あれ、天草先輩?」
呼び止められ、悠里は足を留めて振り返る。
黒髪さらさらストレートに、愛らしい黒い瞳。人懐っこい笑みが特徴の目を引く整った顔――野沢樹だ。
「もしかして、寝坊して祥太くんを待たせているとか?」
「高橋だけじゃない」
「山崎先輩たちも?」
こくりと頷いた悠里に、樹は苦笑を漏らした。
「祥太くんは許してくれるだろうけど、山崎先輩ってせっかちじゃないですか。大丈夫なんですか?」
「だから急いでるんだよ」
再び走ろうとしたが、足を踏み出したところで立ち止まる。
「先輩?」
樹はどうしたのだろうと、きょとんとした表情だ。
「お前は、何処行くの?」
「俺は駅前の本屋へ向かう途中です」
「そっか。じゃあ、途中まで一緒に行こうぜ」
樹は急がなくていいのかと心配そうにしていたが、ここで急いでも遅刻には変わりないので開き直ることにした。後でみんなにジュースを奢って謝ろう。それより、どうしても樹に言いたいことがあった。
樹の横顔を見つめ、悠里は口を開いた。
「野沢、ごめんな」
「何がですか?」
唐突に謝られたので、身に覚えが無い樹は不思議そうに首を傾げている。
「勝手な俺の思い込みってやつだから気にしないで。野沢、好きだぞ!」
突然の告白に、樹は目を丸くしている。
真剣な表情の悠里に何かあったのかと悟ったらしく敢えて何も聞いてこない。
「よく分かんないけど、俺も天草先輩のこと好きですよ」
「おう!」
無邪気な笑顔を浮かべる樹に、たまらず悠里は抱きついた。
こんなにいい奴なのに、勝手に嫉妬していたなんて大人気ないにも程がある。
あの後、祥太に樹のことをどう思っているのかと訊ねると間髪おかずに返事が返って来た。
――可愛い弟。
それを耳にし、自分が情けなくて悠里はがっくりと肩を落とした。 だから、あんなにも祥太は大好きと言えたのだ。弟のように可愛がっていたら、それは好きだと連呼する。全く恋愛感情もなく、一番の親友というわけでもないのだから。
一方、待ち合わせ場所に来ていた祥太も同じように祐樹に謝っていた。
「塚本くん、ごめん!」
「……何で謝んの?」
身に覚えがない祐樹は眼鏡のガラス越しに、探るような眼差しを向けている。
「えーと、色々ありまして。塚本くんには申し訳ないばかりで……」
祐樹はさして興味がなさそうに、ふーんと呟く。
視線を移せば、悠里が樹と並んでこちらへ向かって来る姿が見えた。
「それって、悠里と関係あるの?」
「えっと……」
何と説明すればいいのかと、祥太は言葉に詰まってしまう。
まさかこの間、勝手に嫉妬して嫌がる悠里を押し倒して散々犯しました、とは言えない。そんなことを知ったら、祐樹は祥太を殴り倒すだろう。
「悠里にはちゃんと謝ったわけ?」
淡々とした口調で祐樹は続ける。
「それはもちろん。土下座もしたよ」
「土下座って……」
片眉を上げ、引きつった表情を浮かべる。
祐樹は何か言いたげに口を開けたが、祥太が何度も頭を下げるので口をつぐんだ。
「別に俺、身に覚えねーし。悠里も怒っていないんだったらいいよ」
「ありがとう」
「お礼も言われる筋合いねーし」
笑う祥太を一瞥してから、そっぽを向いてしまう。
「高橋!」
「あ、悠里くん!」
樹と話が終わった悠里が、まっすぐ祥太の元へ駆け寄ってくる。
祥太に気付いた樹は笑って手を振った後、そのまま本屋へと歩いて行ってしまった。
「悠里くん、いっちゃんと一緒だったんだ」
「ああ。駅までは同じだから、一緒にここまで来た」
「そっかー」
のほほんと頷く祥太は遅刻したことを怒っていないようだ。
「なあ、高橋」
「ん?」
「帰りは、途中まで一緒に帰ろうな!」
「いいよー」
「悠里、俺も、俺も!」
祥太といた時は冷たい態度だったのに、祐樹は自身を指差して割り込んでくる。
「塚ちゃん、今日は俺と一緒に帰るって約束じゃん」
ひょっこりと、祐樹の肩に顎を乗せて渉が話しかける。
「そうそう、俺とも約束していたよな」
反対側の肩に顎を乗せて亮介が話に割り込んできた。
「約束した覚えないんだけど」
『ひどーい』
ふたりは声を揃えて唇を尖らせた。
「あ、おい……」
そのまま強引に祐樹の腕を引っ張り、少し離れた所に移動する。
名残惜しそうに祐樹が悠里を見ていたが、祥太と話をしていて気付いていない。
「気が利かないなぁ、塚ちゃん」
渉がニヤニヤと笑いながら目配せをする。
「何が?」
今度は亮介が腕を引っ張る。
「高橋と天草、見てて分かんないの?」
祐樹は改めてふたりを見やる。
砕けた表情で、お互いを見ているが別段変わった様子はない。
「あ……」
肩が触れ合うくらいに近い距離。ぶつかった互いの指先が繋がっている。手を握り合っているわけではないので、よく目を凝らさなければ分からない。
「なんだよ……割り込めねぇじゃん」
「でしょう。だから俺たちと帰ろうな」
「諦めろ、塚本」
そんなやりとりをしているとはつゆ知らず。
悠里は指先から伝わる祥太の体温が嬉しかった。
「なあ、高橋」
「んー?」
のんびりした声で返事をする祥太の表情が柔らかい。
「今、何したい?」
言葉の意味をどう捉えるだろう。
祥太は少し考え込んでから、悠里の耳元に顔を近づけて囁いた。
「悠里くんとの恋愛」
期待していた通りの答えだったので、悠里は満面の笑みを浮かべる。
これからも、たくさんすれ違いをして衝突するかもしれない。
それでもいい。抱え込んで壊れていくよりもマシだ。
見失いたくない――。
ずっと祥太の隣で立っていたいから見つめ続けていこう。
――恋愛を始めよう。きみと一緒に育めるように。
ささやかな望みだったはずだ。
――こんなはずじゃなかったのに……。
心の中で後悔しながらも、意思に反してナイフで皮膚を突き刺すように残酷な言葉をいくつも吐き出してしまう。
勢いのままに飛び出す浅はかな言葉の羅列が次から次へと剥がれ落ちて、引き攣れた心を容赦なく抉った。
自分たちは、まだ大人になりきれておらず、中途半端で我が儘だった。
微笑みながら差しのばされる手を優しく握るだけで良かったはずなのに、どうしてこんなに心が捻れてしまったのだろう。
薄闇へと意識が沈んでいく中で、彼の震えるように笑った顔が目に焼きついて離れない。
狂ったように叩きつける行為に嫌悪感を覚えながらも、どうしても振り払えなかった。
根底に潜んでいた孤独が、彼の中で渦巻いていたから――。
不憫に思った。身の内に、こんなにも暗く淀んだ闇を飼っていたら苦しいに違いない。 むしろ、どうして気付かなかったのだろう、と自分の不甲斐なさに嫌気がさした。他の者ならば、もっと早く気付いたのかもしれない。
――どうだろう……。俺でも一緒にいたのに分からなかったんだ。
きっと誰も気付かない――否、誰も気付こうとしなかった。
彼が、こんなにも昏く獰猛な衝動を抱えているなんてあり得ない。いつもヘラヘラ笑って、ちょっとうっかりしている所が愛嬌のある憎めない奴。自分だけでなく、他の奴らもそう決めつけていたのだ。
完全に油断していた。
故に、この衝動を止める術を持てるはずもなく振り払うこともできなかった。
一緒にいて。
全部ほしい。
行かないで。
彼は行為の最中、パラパラと振る小雨のように何度も呟いていた。
好いたり、憎んだり、恨んだり、妬んだり――あげくに離れていく心の距離。
暗い闇の感情に、自分を道連れにして安心したかったのだろうか。
――違う。
一緒に堕ちてほしいわけではない。衝動に呑まれるほど、あそこまで彼を追い詰めたのは自分だ。
――最悪だ。
静かに出口を見失っていたのに苦しむ彼を助けてあげられなかったのが、たまらなく悔しかった。
× × ×
『ねえ、悠里くん。暇だったら、明日家に泊まりにおいでよ』
チャットツールで他愛ないメッセージを繰り返していた天草悠里に、親友の高橋祥太が持ち掛けてきた。
「あれ? 確か夏休みは家族旅行に行くって言ってなかった?」
携帯の画面をタップして送信すると、ほどなくして返事がきた。
『そうなんだけど、部活で行けなくなっちゃった。三日間、俺だけ留守番』
「ふーん、そっか」
メッセージの後に届いた泣いている柴犬のスタンプに、悠里は思わず笑みが零れる。
「ぼっちは寂しいってか」
『うん』
図体だけは大きくなったのに、寂しがり屋な所は変わっていない。
「いいよ。泊まりにいっても」
特に予定もなかったので、二つ返事で了承した。
『やった!』
通知音と共に柴犬が嬉しそうに尻尾を振っているスタンプが届く。しかもアニメーションで動いている。
「大げさだな」
苦笑を漏らしているが、悠里も楽しみだった。
夜遅くまでお菓子を食べながら話すだけでもいい。ゲームや映画鑑賞もしよう。なにより、祥太と一緒にいられる時間が長いということが一番嬉しかった。
「んじゃ、昼頃お前ん家に行く」
『了解』
そうして、メッセージを切り上げて悠里は布団に入ったのだが……。
「やべっ、寝坊した」
昼頃に遊びに行くと約束をしたのに、うっかり寝坊してしまった。
悠里は、いつも寝起きが悪い。目覚ましをちゃんとセットしても、気付けば時計は床に転がっている。携帯のアラームも無意識に止めているようで、母親も手を焼いていた。この癖を直そうと、悠里自身も思っているのだが身体は思うよういかない。
祥太とは中学、高校と一緒にいるのだが、每回遅刻癖で迷惑をかけていた。今日こそは時間通りにするのだと思っていたが、この調子だ。
「とりあえず、寝坊した。すぐ向かうから待ってて――っと」
素早くメッセージを送信し、急いでベッドから抜け出す。
見た目は大人っぽいが、中身はお子様の祥太だ。今頃、自宅で遅いと不貞腐れているかもしれない。とにかく一分一秒でも早く到着しようと、悠里は手短に身支度を済ませ、駅までの道のりを全力疾走で駆け抜けた。それでも 祥太の家に到着したのは、時計の針が午後二時を過ぎた頃である。
「大遅刻だ」
ばつの悪い表情を浮かべ、悠里は一軒家を見上げてからゴクリと鍔を飲み込む。
「ええいっ」
それから意を決し、インターホンを押した。
「はーい」
数秒後、扉を開けて姿を見せた祥太は、いつものヘラヘラした笑みを浮かべていた。
( 良かった。怒ってない)
てっきり不機嫌な表情で出迎えると思っていた。その顔を見て拍子抜けすると同時に、安堵の溜め息をそっと漏らした。
「いらっしゃい、悠里くん」
「おう」
まず謝らなければいけないのに、つい素っ気ない返事になってしまう。
祥太は、悠里のことを“悠里くん”と呼ぶ。呼び捨てでいいと昔から言っているのだが、この呼びが好きなのだと言うので、本人が望むのならば好きにさせることにした。
祥太は見た目も大人っぽく、身長も高い。バスケットボール部に所属しており、細身だが筋肉もほどよくついている。しなやか手足に抜群のスタイルの良さで、黙っていれば格好いい。スポーツ万能で、ひそかに学校でも女子に人気だ。
対する悠里は身長が低く、童顔で子供っぽい印象を抱かれてしまう。彼の隣に立つと頭一つ分違う。 まるっきり正反対の容姿をしていた。しかし、少なくとも祥太よりは男らしいと思っている。
(祥太が格好いい。けど、クールな男ってのは見た目だけだ。本当のこいつはヘタレだからな。子供のようにすぐ拗ねるし、居眠りしているときは決まって口が開いているし……。俺の前のコイツが本性だから!)
祥太自身も素を出せるのは悠里だけのようで、自分の傍が一番居心地がいい、と呟いていた。
凸凹コンビであるが、なんだかんだいつも一緒にいる。
柔らかい声で「悠里くん」と呼ばれるのが、いつの間にか悠里も好きになっていた。
祥太はバスケ部の練習が続くため家族旅行に行けなかったが、 今日から三日間は部活も休みに入ったので悠里が呼ばれた。真っ先に誘ってくれたのが自分なのは気分がいい。
「えへへ」
(スッゲー嬉しそうだな)
言葉にしないが、悠里も浮かれていた。
(――って、まずは言うことがあるだろ!)
玄関に通され、我に返った悠里は祥太に謝る。
「ごめん、遅れた!」
「ううん。悠里くんのことだから、このくらいの時間だろうなぁって思ってたから。気にしてないよ」
「あ、そう……」
完全に行動を読まれている。 単純で悪かったな、と心の中で悪態をついてから靴を脱いだ。端っこに綺麗に揃えなおすと、屈んだ拍子に鞄がずり落ちてきた。
「っと……!?」
かけ直そうと手を伸ばした瞬間、横から鞄を奪われてしまう。
「重そうだし、俺が部屋に持ってくよ」
祥太はにっこり笑いかけ、そのまま持って行った。
「別にいいのに」
「お客様なんだから、いいの」
ふたりっきりの室内は、とても静かで声がよく響く。
「そういえば、ナナは?」
高橋家の愛犬の姿がないので、キョロキョロと辺りを見回した。
チワワのナナを祥太は可愛がっている。携帯の待受画面も愛犬の画像だ。けれども、犬にもヘタレなのが分かるのか、家族の中で祥太にだけ懐かないらしい。
「ペットホテルに預けてるんだ。俺ひとりじゃ心もとないってさ」
「まあ、お前に懐いてないもんな」
「うん……。渉くんには、あんなに懐いているのになぁ」
渉というのは、悠里と祥太の共通の友達でありクラスメイトだ。
本名を松本渉という。軽音部に所属していてベースを担当だ。 明るくひょうきんな性格で、一緒にいると常に笑いが絶えない。
渉が祥太の家に遊びに来たとき、ナナはずっと彼にべったりだったそうだ。 飼い主である祥太など素知らぬふりで尻尾を振っていたので、たまらなく羨ましかったらしい。
「でもね、きっと渉くんがおやつをあげてたからだと思うんだ」
グッと握りこぶしを作り、祥太は自信たっぷりに言う。
「普段家にいない人からおやつを貰ったことで、ナナは渉くんのことをおやつをくれる人って思っただけだよ。うん、そうに違いない」
「でもさ、お前だっていつもあげてんじゃん。なのに、見向きもされないんだろ?」
「そうなんだよ~」
何が違うのだろう、と再び肩を落としてしまう。
「そういう所を、ナナも見てるんだって」
ナナも祥太の反応を面白がっているのかもしれない。コロコロと表情を変える祥太を見るのは好きだ。わざと突き放した態度を見せると、しょんぼりと肩を落として見捨てないでとばかりに潤んだ瞳を向けてくる。その様子が何だか放っておけなくて、自分が傍にいないとダメだと思わせるのだ。
「荷物、この辺に置いておくね」
自室に入るなり、祥太はソファーの傍に鞄を置いてくれた。
「サンキュ」
「何か飲み物でも持ってくるね」
ついでにお菓子も用意するからと言い残し、祥太は一旦部屋から出て行った。
手持ち無沙汰に佇んでいた悠里は、白いソファーに移動する。
「ふぅ~」
ゆっくりと腰掛け、背もたれに凭れ掛かった。今日が初めてお邪魔したというわけでもないため、時間を潰すのに慣れている。
人が来るからと掃除したのだろう。隅々まで室内は綺麗だ。
ベッドの傍にギターが出しっぱなしで立てかけてある。悠里が来るまで練習していたのかもしれない。布団の上には楽譜が綺麗にまとめられていた。最近始めたと言っていたが、ちゃんと練習しているようだ。
視線をずらすと、悠里の座っているソファーの前にテレビがある。その隣には大きな窓の前に本とDVDが納められているラックがあった。
祥太は漫画を読まないので、文字の羅列がずらりと並んでいそうな本が整然と並んでいる。今どきの高校生にしては珍しい。彼は漫画のコマを見ていると疲れるため、文字の方が好きらしい。
悠里からすると漫画の方が分かりやすく、面白いと思うのだが不思議だ。
(漫画は山崎が色々貸してくれるから別にいいけど)
山崎亮介は渉の親友で、同じ軽音部のギター担当だ。渉と同様に話しやすい友達である。
悠里、祥太、渉、亮介ともうひとり――自分たちの中では最も頭が良い塚本祐樹の五人でよくつるんでいた。
本棚には雑誌の他に推理小説、文学、評論、写真集などが収まっている。漫画で溢れている自分の部屋と大違いだ。見慣れているはずなのに文字しかない違和感を覚える部屋。けれども、祥太らしい部屋だ。
(そういえば、俺がいるのにシャワー浴びにいったことあったな)
お客様だと彼は言っていたが、悠里が遊びに来ているのに当本人はシャワーを浴びに行ったことがあった。その時はマイペースすぎると思ったが、今日は逆に畏まっている気がする。自分以外の家族がいないからだろうか。
思い出し笑いを浮かべていると、おもむろに扉が開いた。
「お待たせ」
右手にマグカップを二つ、左手にポテトチップスなどのお菓子の袋をいくつか持っている。更に左脇に挟むようにしてジュースのペットボトルを抱えていた。それらを落とさないように慎重に近づいてくる。
「よっと……」
テーブルの上にそれらを置くと、祥太はホッと息を吐いた。
「いっぺんに持ってこなくても良かったのに」
「あ、そっか」
祥太も言われて初めて気付いたらしい。変な所で抜けているが彼らしい。
悠里はソファーから立ち上がると、テーブルの前に座った。
「俺が来るまで、ギター弾いていたの?」
「うん」
祥太はポテトチップスの袋を開け、食べやすいように広げている。
「上達した?」
「少し。山崎くんと松本くんほどじゃないけど」
「そっか」
亮介はギター担当だけあって、アコースティックギターとエレキギターを持っている。渉はギターの他にベースを持っていた。
「悠里くんは楽器やらないの?」
「う~ん、そうだなぁ」
「音楽いっぱい聴いているんだし、悠里くんがギターとか弾いているの格好いいと思うけど」
悠里はジャンル問わず様々な曲を聴くのが好きだった。
「それなんだけど、遂に三千曲入れたんだよ!」
パソコンに音楽を大量に入れるのにはまっているのだが、先日遂に三千曲になった。ここまでが長かったので、他人にとっては小さなことかもしれないが自分の中では大きなことだ。
「へえ、凄いな」
「だろう~」
音楽の話を皮切りに、ふたりは他愛もない話を語りあった。学校では誰かしら混ざっているので、ふたりきりは久しい。だからか、いつも以上に盛り上がった。
家にやって来た頃は太陽も高い位置だったが、気付けば窓の外の景色が薄暗くなってきている。それでも話に夢中だったふたりは会話に集中していた。
「あ、もう空だ。んじゃ、次はこっちを……っと」
祥太が持ってきたポテトチップスの袋は、すでに空になっている。それらをゴミ箱に放り投げると、チョコやクッキーの袋や箱がテーブルの上に広げられた。
帰宅時間を気にしなくていいのは楽だ。泊まりだからという心の余裕もある。
「夏休みに入ったんだし、どっか遊びに行きたいなぁ」
不意に、悠里が呟いた。夏休みに入る前に、みんなで出かけようと話していなかったことを思い出す。
恥ずかしい話だが、悠里たち五人は彼女がいない。
渉と亮介はバンドをやっていて女子にも人気なのに、何故かふたりとも彼女がいない。
バスケ部でもエースで活躍している祥太もルックスは申し分ない。何度か告白されているのを見かけたことがあるが、全て断っているようだ。
もう一人の祐樹も、学年でも五本の指に入る優等生で顔も整っている。しかし、彼女がいるという話を聞いたことがなかった。
もしかしたら、自分が知らないだけで彼女がいるのかもしれない。だが、少なくとも祥太に彼女がいないのは確かだ。 そうでなければ、家族がいないこの隙に悠里を泊まりに誘うわけがない。
「うーん、山崎くんも松本くんもバンドで忙しいんじゃなかったっけ。学校がない今こそ作曲だーって言ってたよね。塚本くんも予備校の夏季講習じゃなかった?」
「そうだけどさ……。お前も部活で忙しいし、暇なのは俺だけか」
「あ、でも五人で日帰り旅行に行きたいとか、松本くんが前にメッセくれたっけ」
「おっ、日帰りいいじゃん!」
今から宿を予約するのは難しいが、近場の日帰りなら何とかなるだろう。
「五人で日帰り旅行は面白そうだけど……協調性あるかな?」
「ないな。けど、だからこそワクワクしない? 予定が合いそうなら、すぐに計画練りたいな。ああ、でも塚ちゃんとか、絶対文句言いそうだな」
「でも、付き合ってくれそうだよね」
「そうそう」
祐樹は時間の無駄を嫌うため、基本的に会話は適当にあしらうことが多い。冷たい印象を受けるが、他意はないと悠里たちも分かっているので、皮肉屋の憎めない男だと思っている。口は悪いが面倒見がいい彼のことを信頼していた。祥太と渉はテスト勉強では世話になりっぱなしなので、特に頭が上がらない。
「引率は、山崎くんだよね」
五人の中でリーダー格なのは亮介である。 うんうんと、しきりに祥太は頷くと人差し指を一本立てた。
「でも、結局、最終的に松本くんがまとめてそう」
「だなー」
互いの顔を見合わせて笑い合う。
頼りになる亮介だが、悠里が遊びに行きたいと話した時、彼は「何処に連れて行ってくれるの?」と答えた。連れて行くのではなく、連れて行ってもらうつもりでいたのだ。そういう部分も含めて、彼の魅力だと思っている。
「出かけたといえば、この前、いっちゃんとサーフィンに行ったんだよね」
「え?」
いっちゃんとは、祥太が唯一あだ名で呼ぶ幼馴染だ。本名は野沢樹といって、祥太と同じバスケ部で一年の後輩である。 祥太に懐いていて、いつも甘えていた。祥太よりは少し背が低いくらいだが長身で整った顔立ちをしている。
「野沢と……?」
その時のことを思い出しているのか、祥太は瞳を細め笑みを深めた。
「いっちゃんがサーフィン行こうって誘ってくれてさ。面白かったよ」
堰を切ったように熱をこめて祥太は話し始めた。波がどうだった、ボードに上手く乗るのに苦労したなど、その時の樹の様子も教えてくれる。
「…………」
始めこそ楽しく聞いていたのだが、しきりに樹の話題が出てくるので段々面白くなくなってきた。 大好き、一緒にいて楽しいなど、ずっと聞いていると苛々してくる。別に樹が悪いわけではない。祥太の話し方が面白くないのだ。
「いっちゃん、本当に上手なんだよ」
「へぇ~」
「悠里くんも見たら感動すると思うな」
「ふーん」
「それで、いっちゃんにコツを教えてもらおうと思ったんだけど……」
「うん」
悠里は窓辺に視線を移した。外はすっかり暗くなっている。こんなに話し込んでいたのか、とぼんやり思う。
「いっちゃんとまた遊びたいな」
――今、ここにいるのは俺なのに、そんなこと言うんだ。
燻った黒い感情が、沸々と心の奥底で沸き起こる。まるで水面の上に一滴、黒いインクを落としたようだ。それまで汚れていなかった世界に生まれた一つの歪み。ジワジワと黒インクは水面の中で広がっていく。たった一滴なのに、もう綺麗なままではいられない。
「……野沢のこと、お前本当に好きだよな」
「うん、大好き」
その一言が胸に深く突き刺さる。黒い、暗く淀んだ汚い色をした感情という名の液体が容赦なく零れ落ちていく。
無邪気な笑顔で答えたからだろうか。
分からない。
違う。
分かりたくないのだ。
「――っ!」
悠里は、唇を強く噛んで表情を曇らせた。
「悠里くん?」
ようやく異変に気付いた祥太は、悠里の顔を不思議そうに覗き込んでいる。黒い瞳の中に映る自分の姿が醜い。見たくなくて視線を逸らした。
「なんでもない」
怪訝に思った祥太は距離を縮め、そっと手を伸ばしてくる。
「でも……変だよ?」
「触るな!」
心配しているだけなのに、その行為すら偽善的に映って乱暴に振り払ってしまう。
――パシンッ!
甲高い音が室内に響き渡った。思った以上に強く払ってしまったので、祥太の皮膚が赤くなっている。
「あ……」
悠里は自分の手と祥太の手を交互に見比べた。
――違う。こんなことをしたかったんじゃない。
喉にべったりと、糊のような何かが貼りついて声を出すのを塞いでいる。弁解の言葉が出てこない。
さすがに祥太も機嫌を悪くしたようで、いつものヘラヘラした表情が一瞬にして消え失せた。スッと瞳を細め、悠里の様子を探るように睨んでいる。
「……俺、何か悪いことした?」
ゆっくりと、けれども怒気を含んだ物言いだ。
「別に」
確かに祥太は悪くない。気に留めることでもないのに、自分の中で大きく広がってしまっただけだ。
面白くない。
つまらない。
何が、と追求されても、うまく説明できない。自分自身、感情をうまく整理できなかった。
「何か言ってよ」
真っ直ぐ見つめてくる祥太の瞳を、正面から受け止めることが出来ない。
「ねぇってば」
逃げるように、視線はテーブルの上にある開けっ放しのお菓子に移っていた。もうほとんど残っていない。
(ごみ箱に捨てようか。 そういえば、晩御飯はどうしよう。 何も決めてなかったな。作るのかデリバリーを頼むのか後で聞かないと……)
「悠里くんってば!」
祥太の声が大きくなっている。
「何が気に食わないの?」
すぐに声の調子は柔らかくなる。祥太は純粋に心配しているのだ。それが分かるだけに言えない。言えるわけがない。
「はあ……」
祥太はわざと聞こえるように、大きな溜め息をついて黙り込んでしまう。
重苦しい空気が漂い、気まずいことこの上ない。こんなはずではなかったのに大人気ない。祥太と樹が仲良いのは昔からだ。今まで気にしていなかったはずなのに何故だろう。面白くないと思ってしまった。
「そういうの……悠里くんの悪いところだよ。言ってくれないと分かんないのに黙っちゃうし」
静寂を破ったのは祥太の方だった。ムスッとした表情で不満を漏らす。
「悪かったな、こういう性格で」
「ほら、へそ曲げるしさ」
「祥太の方がへそ曲げるじゃん」
祥太は片眉を僅かに上げ、益々しかめっ面になった。顔に出やすいのは彼の方なので、昔から機嫌が悪くなるとすぐ分かる。
「でも、悠里くんも十分へそ曲がりだよ。少なくとも今はね」
その言葉にカチンときた。
「ああ、そうですか!」
「そうだよ!」
祥太も負けじと声を強める。
ぶつかる視線に、火花が散っているようだ。仲裁に入ってくれる者が誰もいないため、両者とも睨み合い、口からは次々と嫌味が飛び出す。
「今日だって遅刻してきたじゃん」
「気にしていないって言ったのは、そっちだろ」
「時間を守らないのは致命的だよ」
「大きなお世話ですよーだ」
「少しは誠意を込めて謝ったらどうなの?」
「謝ってるじゃん、いつも!」
「でも直ってないじゃん」
「じゃあ、付き合わなければいいだろう!」
相手の粗捜しをしたいわけではない。ふたりとも頭では分かっている。本当はそういうところも全部認めているのに止まらなかった。
「いっちゃん、いっちゃんってさ。そんなに野沢がいいなら、今日だって野沢といればよかったじゃん!」
「なにそれ。いっちゃんと何の関係があるのさ?」
「別にないけど……俺といるより、野沢の方が嫌な思いをしないで済むだろ」
そうだ、樹と一緒の方がいいはずだ。彼は自分と違って待ち合わせの時間もきちんと守る。自分といるより楽しい時間を過ごせるに違いない。
「呼べよ。今からだって来てくれるかもしれないだろ?」
――馬鹿みたいだ。
(やっと分かった……。 楽しそうに野沢と遊んだことを話す高橋に嫉妬したんだ)
気付いたところで正直に話せるはずもなく、引くに引けないところまで追い詰められていた。何よりも、己の情けない感情に嫌悪を覚える。
(なんでそう思ったんだろ。ダゼェな、俺……)
自分が嫌いになっていくばかりだ。こんな醜い感情をぶつけているのだから、祥太はいい迷惑だろう。
頭の中に自分がふたりいるみたいだ。片方は今すぐ謝ればいいと囁き、もう片方は帰ってしまえと囁いてくる。
自分を上手にコントロールできなかった。きっかけはたいしたことではなかったのに、簡単にはいかない。
逃げたい――衝動的に思った。
「もう帰る!」
床の上に置きっぱなしの鞄を手に取り、悠里は立ち上がって言い放つ。
「え!?」
さすがにこれには驚いたらしく、祥太も慌てて立ち上がる。
「帰らなくたっていいじゃん」
「どうせ一緒にいたって気まずいだけだろ」
「決め付けないでよ。誰もそんなこと言ってない」
「俺が気まずいんだよ!」
これ以上、話していても埒が明かない。
一歩前に進み出ると、祥太が行かせないと立ちはだかる。
「どけよ」
「外だって暗いし、今帰ったって遅くなっちゃうよ」
先ほどよりも、祥太の声のトーンが落ち着いている。一気に昇り詰めた感情を抑えようとしているようで、ゆっくりと慎重に言葉を選びながら話していた。
そうして、祥太はいつも一歩距離を作る。もっと強く押し出せばいいものを、内側へと抱えてしまうのだ。それがいけないわけではない。けれども、今は祥太の態度全てが嫌になっていた。何より、情けない自分をこれ以上見せたくない。
「俺も言い過ぎたと思う。だから……」
「塚ちゃん家に行こうと思うんだけど」
悠里の言葉を耳にして、祥太の表情が凍りついた。
「だからどいてくれる? 家に帰っても、どうしたのかって聞かれるだろうし。だったら塚ちゃん家に行くよ」
携帯を取り出し、軽く振って見せた。
「それにさ……」
一旦、言葉を区切る。
「俺、塚ちゃんといる方が楽しいから」
――ダンッ!
一瞬だった。
急に視界が歪んだかと思うと、目の前いっぱいに祥太の顔が映る。
何が起きたのか理解するのに数秒かかった。肩を掴んで床に押し付けている彼の手に力がこもっていて痛い。頭と背中も倒れた拍子に打ったのか、今になって痛み始めた。手に持っていたはずの携帯は、いつの間にかベッドの側に転がっている。鞄もその近くにあった。
「いってぇな」
「……せない」
祥太が何かを呟いた。
「高橋……っ!?」
顔を見た瞬間、ゾワリと寒気が駆け巡る。感情が抜け落ちたような表情で、静かに見下ろしていた。
「どけよ」
「嫌だ」
「どけって!」
「煩い!」
耳が痛くなるような大声だった。
「行かせない……行かせるかよ!」
祥太の表情が、こんなに変化するのを見るのは初めてだ。先ほどと打って変わって、憤りを含んだ険しい表情を見せている。口喧嘩は今まで何度かあったが、ここまで怒ったことはなかった。
(何でここまでキレてるんだ?)
悠里は混乱する頭の中で状況を整理する。さっきとまるで立場が違う。今度は自分の方が相手を落ち着かせようと必死になっていた。
(何処だ? 何処からスイッチが入った?)
視線を逸らすことだって出来るのに、瞳は真っ直ぐ祥太を見ていた。迫力に押されて畏縮してしまい、逸らすことが出来ない。
「酷いこと言うよね、悠里くん」
冷笑を浮かべ、祥太は顔を近づけてくる。
「何で俺が家に呼んだか分かる? 分からないよね。悠里くんしか俺の……のに」
段々小さくなっていき、最後の方は聞き取れなかった。
「何を……んぅっ!?」
突然、視界が暗くなった。柔らかい感触――祥太の唇だ。齧り付くような荒々しいキスをしてくる。
「まっ、ちょっ……」
何度か角度を変えては触れてくる唇に、悠里は頭を振って抵抗した。 心の準備もなければ、どうしてこんなことをするのかも分からない。
「黙れ」
低く紡がれた冷たい言葉に、悠里は恐怖で震えた。
いつものヘラヘラと笑いかけてくる祥太ではない。
怖い――恐怖が全身を駆け巡り、逃げようと暴れ出す。
「嫌だ!」
祥太を押しのけようと必死に両手を動かすが、力は彼の方が上でビクともしない。
スルリと何か生温いものが触れてくる。
「……?」
恐る恐る首を動かすと、シャツの間から祥太の手が侵入していた。
「っ!?」
いつも触れてくる動きとは違う。乱暴な手つきだ。こんな風に弄るように触ってくることなど一度もなかったのに、何をするつもりだろう。
「やめろって! 言い過ぎたなら謝るから……」
祥太は無視している。シャツを捲り、腹部が露になると臍周りを撫でてきた。
「さわん、なっ!」
くすぐられるのはある程度平気なのだが、どうしても苦手な箇所がある。 それが臍だった。ここだけは昔から触られるのが苦手で、むず痒い衝動に駆られてしまう。
祥太は臍が弱点だと知っていて執拗に責めているのかもしれない。 ならば嫌がらせにも程がある。
「やめろよ!」
「――つぅっ」
思いっきり振り上げた右手の拳が、綺麗に祥太の頬にヒットした。みるみる赤くなっていく。
「あ……」
さすがにやりすぎたと思い、焦った。
祥太は一度触れていた手を離し、殴られた自身の頬に触れている。
「ごめ……ごめん」
祥太の手に重なるように自身の手を伸ばすが、すぐに手首を掴まれ強引に引き寄せられる。
――パンッ!
乾いた音が響き渡った。
「……え?」
夜空に浮かぶ星が散らばっているように、チカチカと視界が瞬く。分からないことの連続で、理解できるスピードを当に超えている。ジンジンする痛みから、どうやら自分は頬を叩かれたらしい。
祥太がキレている――それが理解できるたった一つの本当だった。
「このっ……!」
悠里は逃げようと、懇親の力を振り絞って突き飛ばした。よろめいた祥太から四つん這いで抜け出し、なんとか立ち上がる。
「わっ!?」
だが、あっさり抱きすくめられてしまい、そのままベッドに押し倒される。馬乗りになった祥太は、乱れてヨレヨレになっている悠里のシャツを掴んで乱暴に脱がし始めた。抵抗を繰り返す悠里の両腕を片手で押さえつけ、シャツは虚しく腕に引っかかる状態まで脱がされてしまう。
「な、なに?」
休むこと無くベルトを器用に片手で外し、ジーンズのボタンを外された。
――マジかよ。
ファスナーに手をかけ始めたので、何をしようとしているのかようやく合点がいった。
「やめ、ろっ」
生理的嫌悪感が全身に襲い掛かる。 ゆっくりと下ろされていくファスナーの音が嫌だ。
ジタバタと暴れているのに、祥太は少しも怯まない。
「やっ……」
抵抗むなしく下着ごと脱がされ、下肢が露になる。外気に触れた肌がゾワリと粟立った。
× × ×
ようやく祥太は動きを止めると、悠里の顔色を窺う。
「……ひっ」
恐怖に脅えている悠里の黒目がちの瞳は今にも泣きそうだ。
(悪いのは、悠里くんだ)
自分のせいじゃないと、自身に言い聞かせる。
「嫌だ、やめっ――」
悠里の悲鳴が遠くで聞こえる。近くにいるのに不思議だ。
「行かないで」
祥太がか細い声で呟いた。
「やだっ!」
しかし、悠里の耳には届いていない。
刹那、祥太の頭の中で、ぐしゃりと何かが潰れる音がした。
拒絶の言葉しか吐かないのならば、遠くへ行こうとするのならば……。
「…………」
祥太は自身の人差し指を口に含んだ。丁寧に唾液で濡らしてから、悠里のいまだ硬く閉ざされた窄まりに宛がい、軽く引っ掻くように撫でてから突き刺した。
「い、あっ……」
悠里は声にならない悲鳴を上げた。
× × ×
それは言葉では言い表せない激痛だ。指一本だけだというのに、この痛みはなんだろう。拒絶を示すように、硬く閉ざそうと窄まりを締め付けるが、それでも強引に推し進めてくる。
「――ぁ」
たまらず目尻から涙が零れ落ちた。容赦なく抜き差しを繰り返し、入り口を抉じ開けている指が憎らしい。
「うっ――んぅ」
だが、これを我慢すれば、きっとそのうち機嫌が治まって我に返った祥太は平謝りするに違いない。それまで我慢してみせよう。
その考えが甘いと気付いたのは、しばらくしてからだった――。
これが普通ではないと、いくら大人になりきれていない自分たちでも十分理解している。けれど、止める術を持っていなかった。
「いっ、てぇ……」
悠里は痛みで顔を歪ませながら、途切れ途切れに声を漏らした。最初こそ指一本だったのに、今は三本に増やされている。
しかし、よく入ったものだ。きつく閉じていたのに、今では第二関節まで銜えこんでいる。
「いっ……」
下半身から訴えてくる激痛が、冷静になろうとする思考を拡散させた。唾液で濡らしてから侵入してきたとはいえ、本来、そこは排泄するための役割しか担っていない。女のように濡れるわけではないのだ。故に滑りが悪いはずなのに、やけにスムーズな水音が響いている。ジュブジュブと聞いたことがない音を発しているので耳障りだ。
(見たくない光景だよな。もしかして、滑りがいいのって切れてるんじゃね?)
強引に抉じ開ける指の動きを、身体の中でやけにリアルに感じる。バラバラに指を動かしたり、腸壁を擦るように上下に動かしたりする度に、悠里はくぐもった声で呻いた。
「痛っ……ぁ」
早く終わればいい。
早く機嫌が戻ればいい。
切実にそんな事ばかり考えていた。
「あっ!? ――っ、ああっ!」
更に奥へと侵入してきた祥太の指が、何かを押し潰した。瞬間、自分でも驚くような変な声が飛び出す。
「なっ!?」
今のは何だろう――。
「へぇ……」
頭上から冷笑が聞こえる。
笑われた――悔しくて、唇を強く噛んだ。
「ふっ……ん、んぅっ。やっ、あぁっ――」
しかし、意思に反して隙間から声が漏れてしまう。
自制できない――。
何度もそこを攻められるたびに、口からあられもない声が飛び出した。
「はあ……んぁ、ああ! そんな……や、んっ」
電流が断続的に流れてくるような強い刺激だ。許容しきれない波の連続で気が狂いそうになる。
「嘘……あ、んっ、やだ……なん、で――?」
そこを押しつぶされるたびに襲いかかる甘美な刺激は悠里の理性を揺るがし、呼応するかのように腰が無意識に震えた。
――嫌だ。そこは嫌だ、触るな!
「あんっ、やっ、やぁ――あっ……やあ、んん――は、あっ」
嬌声と拒絶の繰り返しだ。
抵抗の意思を示そうと脚を閉じようとすれば、強引に開かされ、仕返しとばかりに攻められる。
「やめっ――っ、あっあぁっ、やだっ、やだぁっ」
大腿の内側が震える。敏感に反応し、祥太の指を銜えこんでいる窄まりがきつく締まり、余計に引き抜けないのをいいことに執拗に指先で撫でてくる。
「ねぇ、気付いてる?」
「な、あっ……!?」
嘲るように祥太の左手が、悠里のものを握り締めた。
ピチャリと嫌な水音がした。
「……え?」
視線を恐る恐る見やると、握り締められたそれは勃ちあがり、先端からしとどに透明な液体を溢れさせている。
――嘘だろ。
祥太の指を濡らす液体は、自分の出したものだ。
「――っ!」
悠里は声にならない悲鳴をあげた。絶望感が押し寄せ、穴があったら入りたい衝動に駆られる。こんな残酷な行為に感じている自分が、まぎれもなくここにいるのだ。
「やだ……嫌だ! もうやだぁっ!」
首を左右に振り、今起きている現実を否定する。
――これは何かの間違いだ。そうだ、そうに違いない!
認めろとばかりに、祥太の手が上下に動く。ぬるりと滑った感触や祥太の体温が触れる指から感じ取れ、甘く痺れる電流に襲われた。
「ふっ、ん……」
悠里は唇を噛み、声を漏らすまいと押し殺した。
それでも脈打つ裏筋を祥太の指が撫でているので、ビクリと身体を震わせて答えてしまう。意識が逸れた隙に、窄まりの中に入れっぱなしの指が活動を再開させた。
「ふぁっ――っ!」
右手は悠里の中で執拗に攻め立て、左手は悠里のものを握って追い詰められる。
「ひゃっ、あ、ああっ、やっ、やあっ」
先端から溢れ出る液体の量が増し、水音がだんだん大きくなっていたが、今の悠里は気にする余裕がなくなっていた。
「どうしてなんだろうね。こんなことしたいわけじゃないのにな」
悠里の痴態を見つめていた祥太は、ふいに口を開いた。自身に問いかけるような言葉だ。暴走しているようで、どこか他人が行為に及んでいるような調子だ。
「んぁっ!」
中で蠢いていた指が突然、引き抜かれた。
「はあ……ぁ」
まだ中に何か挟まっているような違和感がする。これで終わったのだと、自然と安堵の溜め息を漏らした。ゆっくりと目を閉じると、溜まっていた涙の雫がポロリと流れ落ちる。
違う――。
「……っ!?」
弛緩していた蕾に、ひたりと熱いものが触れる。
一気に蒼ざめた悠里は、まだ終わっていないことを悟った。
「高橋……やめよう、な? 今だったら、俺、怒らないか……ら――いっでぇぇぇぇっ!!!」
今日、一番の激痛に襲われた。身体がバラバラになるのではないかと思うくらい、何か熱いものが中に侵入しようとしている。指なんて比較にならないの大きさと硬さだ。
「いっ、痛い、痛いっ!」
我ながら何て声をあげているのだろう。色気も何もあったものではない。そんなものを求められてもどうしようもないが、冗談抜きで本当に痛い。いや、痛いを通り越して死んでしまうのではないかと思うくらいだ。
「やだやだぁっ」
何がこの中に入ろうとしているのか考えたくない。
見たくない。
知りたくない。
碌に慣らしもせずに強引に抉じ開けていくそれが、祥太のものなのだと気付きたくなかった。
「ふっ……」
頭上から、吐息を漏らす声がした。
残酷な事をする彼が今どんな顔をしているのだろう。僅かに首を動かして見上げると、切なげに眉を寄せていた。
(泣いてる……?)
違う―― 悠里自身が泣いているのだ。視界が歪んでいる。
生理的な涙なのか、精神からくるものなのか分からない。ぐしゃぐしゃに混ざってしまって判別がつかなかった。
「少し、力……抜いて……」
祥太はカリまで挿れたところで動きを止めた。締め付ける力が強すぎて、これ以上進められないようだ。
「やっ、できなっ……」
むしろ入ってくるな、と怒鳴れたらどんなにいいだろう。
「はあ……」
再び頭上から小さな溜め息がした。祥太は乱暴に悠里のものを握り締めると、上下に扱き始める。
「ひゃんっ!?」
身体が震え、背筋がピンと伸びる。何ともいえないもどかしい衝動が全身に駆け巡り、熱が下半身へと集中していく。
「うあ、あ……っ」
悠里も年頃なので、自慰をこっそりしたことはあったが処理をする時に人の手を借りたことはない。
「そ、んな、嘘……やっ、ああっ」
自分でする以上に、敏感に感じてしまう。他人が触れる自身のもの。しかも、祥太の手だ。長い指が、手の平が触れている。
「くそっ……」
羞恥に染まった顔を隠すように、悠里は両手で顔を覆った。
最悪だ――こんな事に敏感に感じているのだから。
意識が逸れたその隙に、祥太は再び挿入を再開した。
「いっ――ふ、うぅ……っ」
悠里のものを触れる手も休まずに、強引に快楽を引き出そうとしている。決して優しい抱き方ではない。けれども、気遣いは少なからずある。
「うぁ……や――あああぁっ!」
ズン、と衝撃が走る。
「あああっ、う、ううっ、ん――」
徐々に押し込められていくそれが一気に突き上げたために、腰が浮いた。
「はあっ、あ……くるし……」
内臓を押し上げられる感覚。
ずっしりと重い。
「やだ……変……に、なる」
内側からひしめく熱が、解放を求めてうねっている。
「は、ぁ――っ」
苦しくて呼吸が上手くできない。
どうやって息を吸っていたのだろう。
思い出せない。
気持ち悪い。
苦しい――。
「――っ……ぅ」
「息、吐いて」
言われるままに、息を小さく吐き出す。
「は、ぁ――っ……あぁっ!」
再びズン、と押し上げられた。
荒々しい呼吸を繰り返し、焦点の定まらない瞳で悠里は祥太を見つめる。
(何で……)
「……っ」
犯しているのは彼の癖に、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているのだろう。
額にうっすら汗を滲ませ、眉を寄せていた。悠里の腰を掴んで引き寄せ、律動を繰り返している。頬がいつもより赤い。
「ふ……ぅ」
口からは熱い吐息が漏れている。時折、小さく呻くような声がした。
(こんなのでも、気持ちいいのかな)
ゆらゆらと揺れている。薄い身体だ。細身の体系だが、筋肉はしっかりとついていて引き締まっている。抱き寄せる腕の力が強すぎて、少し痺れるくらいだ。
――行かないで。一緒にいて。全部ほしいんだ。
聞き取るのがやっとの、細く小さな声が小雨のようにパラパラと降り注いでくる。
「うぁっ、あぁっ――そこ、やっ……あ、あああっ」
最奥まで貫かれ、悠里は堪らず、祥太の背中に腕を伸ばした。律動が激しくなり、肌と肌がぶつかる甲高い音がこだまする。
「あうっ、おっ!? ――かはっ……ふっ、うっ――っ」
口を閉じることも忘れ、喘ぎ声と共に涎が端から流れ落ちた。
「んん 、ぅ、ふ……」
ぺロリと祥太の舌が舐め取り、そのまま口端にキスを落とすと舌がスルリと入ってくる。
「……っ、ふ、ん――んんっ。もう……あ、ふ、んー、んぅ……」
口腔も犯してくる執拗な舌から逃れようと抵抗するが、あっさり絡め取られた。
互いの唾液が顎を伝って流れ落ちる。
グチャグチャと淫らな水音が上からなのか下からなのか、もうどこから発しているのか分からない。
「ふぅ、んぅっ。うぁ……あぁっ」
鼻から抜けるような声や甲高い声。どれも自分から発せられている。
始めは羞恥心で消えてしまいたい衝動に駆られていたが、今は考える事が出来ない。呼吸も満足に出来ず、歯列をなぞり、舌の裏を舐め、絡めていく祥太の舌のせいで頭がぼうっとしてくる。
恐怖で震えていた身体は爆発しそうな熱の奔流に振り回され、突き上げられる度に締め付けを強めた。
「い……いや、ダメ……そこ、やめっ――」
指で押しつぶされた時に感じたポイントに先端が掠った。
「ここ?」
「あうっ! そこ……そこぉっ!」
早く解放されたくて強請る。痺れるような強すぎる刺激。押し上げ、突き上げられるのがたまらなく気持ちいい。
「いい、から……そ、こっ。あぁぁっ!」
プライドを捨てて快楽によがる。激しくぶつかる度に、結合部に触れる茂みがくすぐったい。グチュグチュといやらしい水音が聴覚をおかしくさせる。
完全に理性は飛んでいた。早く終わればいい――そればかり考えているのは変わりないが、それ以上に沸々と湧き出る得体のしれない熱が出口を求めて彷徨っている。
肌に触れ、擦れていた自身のそれも開放を求めてそそり立ち、先端からしとどに液体を溢れさせていた。時々、引っ掻くように爪を立てるので、たまらない刺激となって襲い掛かる。
「ひぁっ、ああっ」
声を聞かせろとばかりに、様々な所を執拗に攻めるのは意地悪だ。
「も……む、りぃ……」
「何が?」
全部言わなくても分かるはずなのに、わざと半分まで引き抜いて焦らしてくる。
「んぁ……ひどい……」
あと少しの所で波が去り、果てる瞬間を逃した。小刻みに震える身体は治まることを知らず、好過ぎる快感が苦痛に変わる。
「はぁ、あぁっ……。くる、し……からぁ……もう……」
途切れ途切れに呟きながら、無意識に腰を揺らしていた。
「ずるいよね。こんな時ばかり……」
祥太は言いかけた言葉をつぐみ、一度瞳を閉じた。
「いいよ。望み通りにしてあげる」
ゆっくりと開いた時には、苛立ちをぶつけるようにスピードを上げて貫いてくる。
「ああああっ――!」
パンパンと、肌のぶつかる音が一層、室内に響きわたる。
「あ、ふっ――お、ぐっ……はっ、ああっ」
必死にしがみ付くことしか出来ず、高橋の背中に爪を立てた。シャツの上からでも皮膚に食い込むのが分かる。ギリギリまで引き抜き、勢いをつけて最奥まで押し込まれる度に我武者羅に引っ掻いた。
「お、うっ――んんっ、あっ、はっ、ぁ……あんっ、ん、んんぅ」
腸壁をかき回し、突き上げているそれも中で形を変え、限界を訴えている。
碌に慣らしもせずに押し進んでしまったので蕾は切れ、そこから赤い血が流れている。皮肉なことに、それが潤滑剤代わりになり挿入の助けになってしまった。ジュブジュブと卑猥な水音が結合部からしている。濡れた自身のものに絡みつく悠里の血液と体液と共に、祥太の体液も混ざり合っていた。
× × ×
一緒にいたい――。
そんな単純な理由だったのに、どこでねじくれてしまったのだろう。
支えてくれた手の平が、ずっと自分だけのものであればいい。
浅ましくも祥太はそう思っていた。
側にいてほしい。
ひとりにしないで。
置いていかないで。
言葉にするのは簡単だ。けれども、シンプルだからこそ難しいこともある。人に相談するのが苦手な彼にとって、それらは高いハードルだった。
祥太はバスケ部でも優れたな選手だ。バスケ部も全国大会に何度も出場している有名校だけに、祥太はレギュラーなこともあって様々なところを飛び回っている。
この行為は、大会の遠征で悠里と一緒にいる時間が少なくなってしまったことが一番の要因なのかもしれない。
もちろん、自分の可能性を延ばすためにも部活に入って損はなく、道は開けたと思う。後悔していない。けれども、器用に何でもこなせる性格ではなかった。
仲間の輪の中に入ろうとしても留守にしていたため、彼らとの距離に溝を見つけてしまうのだ。気にしすぎだと言われたらそうだが、一つ見つけてしまうと全部がそう映ってしまう。
打ち解けようと努力はしたし、そんな自分をみんなも気付いていたので距離を縮めてくれたのだが、うまくいかない。
渉が率先して気を遣ってくれたが、やっぱり淋しい――祥太は孤独だった。
だから、悠里が遊びに来てくれると頷いてくれた時は嬉しかった。部屋の掃除も頑張り、彼の好きなお菓子もたくさん用意した。隣にいると心の中が温かくなる気がする。
「なんでかなぁ」
祥太は震えるように微笑を浮かべた。
犯される悠里の上気した顔を見ていたら、たまらく悦に感じて自尊心と独占欲が渦巻いた。衝動のままにしてしまった行為に、後ろめたさはあったはずなのに自然と頬が緩む。
――こんな事をしたかったはずじゃないのに。
× × ×
「ああああああああああぁぁっ!」
「――っ!」
ほぼ同時に果てた。
「あ……」
悠里は腹の上に広がる自身の吐き出した白濁に不快感を覚えながらも、拭う体力が残っていなかった。
「……うっ」
(……高橋?)
揺らぐ視界の中で、祥太の瞳から涙が零れたような気がしたが、薄闇の中にゆっくり沈んでいく意識に支配されて確認することは出来ない。
生まれて初めて人の心の闇を見た。身の内に、こんなにも暗く淀んだ闇を飼っていたら、さぞや苦しいに違いない。
「…………」
腹の中に注ぎ込まれるのを感じながら何度か痙攣をした後、悠里は瞳を閉じて意識を失った。
心の傷というものが目に見えたのならば、そんな風に傷つくことも、傷つけることもなかったかもしれない。
自分達は我儘だった。言葉に出しもしないで、気持ちを相手に押し付けあっていたのだから――。
「……っ、ぁ……」
もう言葉にならない声だけしか出てこない。体力は当に限界を超えていた。
(何度目だ……?)
悠里は緩い律動の繰り返しを敏感に感じながら、混濁した意識の中で問いかけた。
何処にそんな体力があるのだろう。一向に止める兆しがない。先に吐き出された白濁が結合部から溢れ、血液と混じって薄桃色に染まっている。もう痛みも麻痺していた。
「た……はし……」
緩慢な動作で首を動かす。
(やっぱり、悲しそうな顔しているんだよな)
もう抱きつく力も残っていなかったが、背中には悠里がつけた引っ掻き傷があるに違いない。
「はあ……っ」
今は祥太もシャツを脱いでいた。一貫して変わらない悲しみをたたえた表情を見ていると、憎む気にはなれない。
「んあっ、あぁぁっ!」
もう出ないと思っていたのに、下半身から襲う熱の本流に身体を大きく震わせた。ピシャリと腹の上に自身の吐き出した液体が散らばるが、始めの頃より勢いはない。
「はあ、ぁ……ん」
吐き出した後のそれは急速に萎えていたが、彼のを銜え込んだままの身体はまだ快感に震え、小刻みに痙攣している。腰から下は別人のような反応だ。
「ふっ……」
思わず、自虐的な笑みを浮かべてしまう。
「……っ、んぅ!?」
意識が浮上した時、最初に感じたのは熱さだった。
「な、に……?」
下半身から突き上げてくる焼けるような熱さを覚え、それはぼんやりした意識をだんだん覚醒させていく。
「……?」
何だろう、と不思議に思った。熱を帯びた異物が、中に挟まっているような違和感だ。
「ふぁ……ぁ、ん」
次に水音がした。ジュブジュブと変な音をたてている。熱い異物から発せられる音は、下半身から響いている。
嫌な温度。
嫌な音。
嫌な痛み。
ぼんやりと靄のかかっていた意識がはっきりしたのは、覆いかぶさるようにして祥太が腰を動かしていたのに気付いてからだ。
「あ……あぁ、やっ……」
瞬間、絶望と恐怖が再び襲いかかった。抗おうと腕を振り上げれば、思った以上に力がこもらず、あっさり負けてしまう。
「……っ」
抵抗するほうが馬鹿だと悟り、しまいには無抵抗になっていた。
(腹の中、ぐちゃぐちゃだろうな……)
腹部を弄れば、何処に祥太のものがあるのか分かりそうだ。
「うっ、ん……んんっ――ふっ、ぁ……」
容赦なく吐き出された液体で満たされていて苦しい。突き上げられる度に内臓が押しあがる。腕を億劫そうに動かし、自身の腹部に触れてみた。
「あ……」
硬い何かが奥に突き上げられた瞬間、皮膚越しに指に触れる。突き上げる衝動と共に、それは上下へ移動していた。本当に挿れらているのだ。
「……くっ」
その時、低く呻いた後、祥太も中で吐き出した。
「ぁ……ん」
最奥で放たれたものを、悠里は身体の中でリアルに感じ、小さな声を上げる。浸透していくように、中でいっぱいに広がってまとわりつく。そして、硬く熱を帯びていた異物が、だんだんと萎えていき力を失っていくのも感じ取っていた。
これで最後であってほしい――。
しばらくそのままの状態だったが、祥太はゆっくりと引き抜くと溜め息を漏らす。
「……はあ」
額に浮かんでいた汗を拭い、視線を悠里へと投げかけた。
「……うぅ」
ぐったりと横たわっている悠里は浅い呼吸を繰り返し、胸が上下に動いている。すっかり弛緩してしまった窄まりは、動きに合わせてパクパクと魚が呼吸をしているみたいに口を閉じたり開いたりしていた。トロトロと中から流れ出す白い液体がシーツを汚している。すっかり萎えて大人しくなっているそれと、茂みがテラテラと光っていた。大腿も淫らに濡れ、腹回りも汚れている。
「……っ」
あまりに淫靡な光景で、祥太は無意識にゴクリと唾を飲み込んだ。
「……ぁ」
虚ろな瞳は焦点が定まっていない。半開きの唇から唾液が零れ落ちている様も蟲惑的だ。
「悠里くん……」
祥太の手が悠里の頬に触れた。
瞬間、悠里は大きく震え、脅えた眼差しを向ける。
「やっ……」
僅かに首を振るだけでも、鉛のように身体が重い。
祥太は顎に手をあて半開きになったままの唇を、そっと親指で撫でた。
「ん……」
吐息が掛かるくらいに顔を近づけ、キスをする。舌も入れられたが、悠里は抵抗せずに受け入れていた。
「は、ぁ……ん……む……」
啄ばむように唇に触れ、労わりを込めて舌を優しく絡め、深く慈しむようにゆっくりとキスをされる。先ほどまでの乱暴な触れ方ではない。優しいキスだ。それが心地よかった。
「あっ、ん……」
だからなのか、再び祥太の指が窄まりに触れていても嫌な気はしなかった。また中に熱を注ぎこむのだとしても恐怖を覚えなかった。
踏み躙りたくなるような嫌悪感を抱く反面、この行為が高橋の孤独と淋しさの裏返しだと気付き、不憫に思ったのだ。
「あ、ん……あっ」
「悠里くん……」
グチュリ、と卑猥な水音を響かせ、彼のものに貫かれた。
「ああっ」
ゆるゆると腰を動かしていたが、次第に激しくなっていく。
「ん、あっ――は、あっ……んんっ――や、あ……んぁっ」
がっちりと腰を掴まれ、激しく抜き差しをされる度に嬌声を上げる。
「……っ、く……」
誰よりも困惑しているのは彼だろう。だから、こんなに悲しそうな表情を浮かべるのだから。
――なぁ、どうすればいい? あげられるものが俺しかないんだ。
「た……は、し――」
絶頂を迎えた頃、闇の中に沈んでいく感覚が押し寄せる。
今度こそ悠里の意識は混沌へと落ちていき――プツンと途切れた。
× × ×
まるで濃い霧の中にいるようだ。
「ん……」
悠里はうっすらと瞳を開け、また閉じる。何度か繰り返していくと見慣れぬ天井が映った。
(ああ、高橋の家にいるんだっけ……)
身体が重い。 徹夜したとき以上のだるさが押し寄せていた。体力の消耗が激しく倦怠感が凄まじい。 指ひとつ動かすもの一苦労で、身体の上に重石を乗せられているみたいだ。
(何で……って、あんなに滅茶苦茶にされれば当然か)
意識を失う前までの記憶が蘇り、悠里は自重気味に笑った。
一度や二度ではない。飽きるまで抱かれ続けたのだ。あんなことがあってすぐに起き上がって動き回れる人間がいたら、その者は化け物に違いない。
「……?」
肩まで布団がかけられている。ベトベトで気持ち悪かった身体も綺麗に拭き取られており、サラリとしていた。衣服を何も身に着けていなかったのに、持ってきた寝間着をまとっている。
怪訝に思った悠里はベッドから視線をずらし、周囲を見回す。テーブルの側に悠里の鞄が開けられた状態で置かれていた。すっ飛ばしたはずの携帯も台の上にある。
(やけに静かだ……)
どのくらい意識を失っていたのだろう。明かりの灯らない部屋がやけに広く感じる。
(高橋は何処だ?)
――ギシッ……。
すぐ近くで物音がした。見ると、暗闇の中でもぼんやりと白く浮かび上がっているソファーから聞こえる。目を凝らすと黒い人影らしき輪郭が見えた。
ベッド側に座り、両手で顔を覆っている祥太の姿があった。
「た……」
“高橋”と名前を呼んだつもりだったのに、声が掠れて出てこない。
「あ……ぃ?」
喉元に手を当て、もう一度呼んでみたが変わらなかった。散々、嬌声をあげたせいだろうか。
「!!」
弱々しい声を耳にし、祥太が弾かれたように顔を上げた。
「大丈夫? 痛い? 辛い?」
早口でそう言うと、祥太は悠里の傍に寄り、顔色を窺う。
(痛いし、辛いに決まっているだろ。 誰のせいだと思ってるんだ!)
罵声を浴びせたいのに声が出ないのが忌々しい。 ならばと、言葉の代わりに拳を振るった。
――ぽすん。
音で表現するならば、まさにこの言葉が相応しいだろう。
「…………」
全然痛くも痒くもないので、祥太は目をぱちくりさせている。
「……っ」
悠里も力が入らない己の非力さに、げんなりして怒る気力が削げた。
「ごめん」
謝ってもそう簡単には許さない。厳しい表情で睨みつけると、再び「ごめん」と言い、祥太は頭を下げた。
「ごめん、ごめん。ごめ……」
何度も同じ言葉を繰り返す。うな垂れた拍子にポタリと雫が零れ落ちた。
泣いている――。
「ごめん……」
力のない言葉の中に、多くの真意が潜んでいるのを感じ取っていた。
「……俺、悠里くんがいないとダメなんだ。何処にも居場所がなくなっちゃう……」
ポタポタと祥太の瞳から涙が溢れだす。
「…………」
よろめきながらも、なんとか上体を起こした悠里は、黙ってその様子を見つめていた。
(ああ、なんて――)
やるせなかった。
悔しかった。
あんなに近くにいたのに、気付いてやれなかったなんて……。
初めて聞いた祥太のこんな声。
悠里の中で火の粉のような一瞬の小さなものだったが、胸の中でチリッと小さな音がした。
失うものが怖くなって、初めて人はそれが大事なものだと気付く。
祥太は出て行こうとする悠里を見て、理性が吹き飛んでしまったのだろう。気がついたときにはもう走り出していた。
――何処にも行かせない。
もうそれしか頭になかった。
失うことが怖かったのだ。
泣き出す祥太を見て何も言う気にはなれなかった。元より声が嗄れている。
居場所がないなんて、そんな悲しいことを言わないでほしい。
(俺は高橋の親友だぞ。 きっと他の奴らも同じはずだ。変なところで気を遣うから、こんなことになるんだ。ったく……)
言葉に出せたらいいのだけれど――。
代わりに 頭を撫でてやる。どうか泣かないでほしい。祥太の泣いた顔は胸が苦しくなる。
「……悠里くん?」
震える肩に触れてみる。何時間あそこにいたのだろう。身体はすっかり冷えていた。
「許して……くれるの?」
上目遣いに見る祥太の瞳は悪いことをした幼い子供が母親の顔色を窺っているのと似ている。
祥太は何事にも純粋だから加減を知らない。見た目ばかり大人っぽくなってしまったが、やっぱり中身はお子様だ。
「ふっ……」
そう気付いた瞬間、思わず笑みが零れた。
涙に濡れ、鼻水まで垂らしている。これが我が校の期待のエースだとは思えないくらい酷い顔だ。
笑っている悠里を見て、数度瞬きをしてから祥太も笑った。
「あの……今、物凄く悠里くんを抱きしめたいのだけれどダメかな?」
「ん」
返事の代わりに、悠里は両手を広げて見せる。
「えへへ」
悠里は瞳を閉じ、祥太の胸に体重を預けるようにして寄りかかった。もう間違いを犯さないだろう。こんな酷い仕打ちは今日だけで十分だ。身体が幾つあっても足りやしない。
順序こそ逆になってしまったが、ここから改めて歩み始めよう。この気持ち、この色を、伝える言葉はどんなものがあるだろうか。
その後、ふたりで狭いベッドに横になって手を握り合ったまま抱き合って眠りに落ちた。
× × ×
数日後――五人で遊ぶ約束をした。
「やべっ、また遅刻だ!」
相変わらず、寝坊した悠里は駅まで急いで向かっている。
「あれ、天草先輩?」
呼び止められ、悠里は足を留めて振り返る。
黒髪さらさらストレートに、愛らしい黒い瞳。人懐っこい笑みが特徴の目を引く整った顔――野沢樹だ。
「もしかして、寝坊して祥太くんを待たせているとか?」
「高橋だけじゃない」
「山崎先輩たちも?」
こくりと頷いた悠里に、樹は苦笑を漏らした。
「祥太くんは許してくれるだろうけど、山崎先輩ってせっかちじゃないですか。大丈夫なんですか?」
「だから急いでるんだよ」
再び走ろうとしたが、足を踏み出したところで立ち止まる。
「先輩?」
樹はどうしたのだろうと、きょとんとした表情だ。
「お前は、何処行くの?」
「俺は駅前の本屋へ向かう途中です」
「そっか。じゃあ、途中まで一緒に行こうぜ」
樹は急がなくていいのかと心配そうにしていたが、ここで急いでも遅刻には変わりないので開き直ることにした。後でみんなにジュースを奢って謝ろう。それより、どうしても樹に言いたいことがあった。
樹の横顔を見つめ、悠里は口を開いた。
「野沢、ごめんな」
「何がですか?」
唐突に謝られたので、身に覚えが無い樹は不思議そうに首を傾げている。
「勝手な俺の思い込みってやつだから気にしないで。野沢、好きだぞ!」
突然の告白に、樹は目を丸くしている。
真剣な表情の悠里に何かあったのかと悟ったらしく敢えて何も聞いてこない。
「よく分かんないけど、俺も天草先輩のこと好きですよ」
「おう!」
無邪気な笑顔を浮かべる樹に、たまらず悠里は抱きついた。
こんなにいい奴なのに、勝手に嫉妬していたなんて大人気ないにも程がある。
あの後、祥太に樹のことをどう思っているのかと訊ねると間髪おかずに返事が返って来た。
――可愛い弟。
それを耳にし、自分が情けなくて悠里はがっくりと肩を落とした。 だから、あんなにも祥太は大好きと言えたのだ。弟のように可愛がっていたら、それは好きだと連呼する。全く恋愛感情もなく、一番の親友というわけでもないのだから。
一方、待ち合わせ場所に来ていた祥太も同じように祐樹に謝っていた。
「塚本くん、ごめん!」
「……何で謝んの?」
身に覚えがない祐樹は眼鏡のガラス越しに、探るような眼差しを向けている。
「えーと、色々ありまして。塚本くんには申し訳ないばかりで……」
祐樹はさして興味がなさそうに、ふーんと呟く。
視線を移せば、悠里が樹と並んでこちらへ向かって来る姿が見えた。
「それって、悠里と関係あるの?」
「えっと……」
何と説明すればいいのかと、祥太は言葉に詰まってしまう。
まさかこの間、勝手に嫉妬して嫌がる悠里を押し倒して散々犯しました、とは言えない。そんなことを知ったら、祐樹は祥太を殴り倒すだろう。
「悠里にはちゃんと謝ったわけ?」
淡々とした口調で祐樹は続ける。
「それはもちろん。土下座もしたよ」
「土下座って……」
片眉を上げ、引きつった表情を浮かべる。
祐樹は何か言いたげに口を開けたが、祥太が何度も頭を下げるので口をつぐんだ。
「別に俺、身に覚えねーし。悠里も怒っていないんだったらいいよ」
「ありがとう」
「お礼も言われる筋合いねーし」
笑う祥太を一瞥してから、そっぽを向いてしまう。
「高橋!」
「あ、悠里くん!」
樹と話が終わった悠里が、まっすぐ祥太の元へ駆け寄ってくる。
祥太に気付いた樹は笑って手を振った後、そのまま本屋へと歩いて行ってしまった。
「悠里くん、いっちゃんと一緒だったんだ」
「ああ。駅までは同じだから、一緒にここまで来た」
「そっかー」
のほほんと頷く祥太は遅刻したことを怒っていないようだ。
「なあ、高橋」
「ん?」
「帰りは、途中まで一緒に帰ろうな!」
「いいよー」
「悠里、俺も、俺も!」
祥太といた時は冷たい態度だったのに、祐樹は自身を指差して割り込んでくる。
「塚ちゃん、今日は俺と一緒に帰るって約束じゃん」
ひょっこりと、祐樹の肩に顎を乗せて渉が話しかける。
「そうそう、俺とも約束していたよな」
反対側の肩に顎を乗せて亮介が話に割り込んできた。
「約束した覚えないんだけど」
『ひどーい』
ふたりは声を揃えて唇を尖らせた。
「あ、おい……」
そのまま強引に祐樹の腕を引っ張り、少し離れた所に移動する。
名残惜しそうに祐樹が悠里を見ていたが、祥太と話をしていて気付いていない。
「気が利かないなぁ、塚ちゃん」
渉がニヤニヤと笑いながら目配せをする。
「何が?」
今度は亮介が腕を引っ張る。
「高橋と天草、見てて分かんないの?」
祐樹は改めてふたりを見やる。
砕けた表情で、お互いを見ているが別段変わった様子はない。
「あ……」
肩が触れ合うくらいに近い距離。ぶつかった互いの指先が繋がっている。手を握り合っているわけではないので、よく目を凝らさなければ分からない。
「なんだよ……割り込めねぇじゃん」
「でしょう。だから俺たちと帰ろうな」
「諦めろ、塚本」
そんなやりとりをしているとはつゆ知らず。
悠里は指先から伝わる祥太の体温が嬉しかった。
「なあ、高橋」
「んー?」
のんびりした声で返事をする祥太の表情が柔らかい。
「今、何したい?」
言葉の意味をどう捉えるだろう。
祥太は少し考え込んでから、悠里の耳元に顔を近づけて囁いた。
「悠里くんとの恋愛」
期待していた通りの答えだったので、悠里は満面の笑みを浮かべる。
これからも、たくさんすれ違いをして衝突するかもしれない。
それでもいい。抱え込んで壊れていくよりもマシだ。
見失いたくない――。
ずっと祥太の隣で立っていたいから見つめ続けていこう。
――恋愛を始めよう。きみと一緒に育めるように。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる