林檎の蕾

八木反芻

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よん『重度の微熱と甘え下手な絆創膏』

5 手のひらの違和感

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 夜中に目を覚ますとサキがベッドの縁に突っ伏して眠っていた。ふと見ると手元にはタオル。看病しているうちに落ちたと思われる。
 ハルは喉の乾きを感じてムクリと起き上がった。
 デスクの上に置かれたぬるい水を、コップに移して飲む。
 点滅する光に気づいて携帯電話を取ろうと伸ばした右の手のひらに、突っ張りを感じた。
 見ると、いつの間にやら手のひらや指に絆創膏が貼られていた。可愛らしい猫の、サキの携帯電話や折り畳み傘についていたキャラクターの絆創膏。
 血はもう止まっていたというのに。
 ハルは、手のひらに残る古い切り傷を覆う猫の女の子を指でなぞった。


 朝。サキは布団に潜ろうとして飛び起きた。
「あっつい!」
 体は汗でびしょ濡れ。へばりつく服を引き剥がすと風が入り身震いした。
「ヘッシュ……!」
 眠っているハルが寒そうにしているのを見て、室内の温度を上げたことを忘れていた。
 その彼はどこへ行ったのか。
 カーテンの隙間から差し込む光に導かれ目を向けると、ソファに座るハルがいた。頭を垂れ考え込むように腕を組んで目をつぶっている。
(全然気づかなかった……)
 寝ぼけまなこでぼーっと眺めていると、ハルはうっすらまぶたを開き、顔を上げた。
「あ、おはようございます……!」
 声をかけると、ハルはサキへ視線を向ける。
「……おはよう」
「体調は、どうですか?」
「……問題ない」
 そうは言うものの、サキの目にはダルそうに映っていた。
「ちょっと失礼します」
 ベッドを降りたサキは再び目をつぶるハルへ近づき、おでこに手を当てた。
「……まだ熱いですね」
 離そうとしたサキの手に、ハルは絆創膏の貼られた手のひらを重ね、そのまま首もとへスルリと誘導した。
「……手、冷たいな……寒いか?」
「え? あ、いえ……ハルさんが熱いんですよ……」
「そうか……」
 起き上がった瞬間の寒さは一体どこへいったのやら。首を捻って挟んだ手に頬を擦り付けるハルの仕草に、微熱を感じるサキはもう片方の手で顔を扇ぎ冷まそうとするも無意味だった。
 なぜか全然離してくれる様子もなく、サキは思いきって手を引っこ抜いた。名残惜しそうに首もとを触るハルを見ていると、なんとなく殴りたくなってくる。
「……あの、ベッドに寝かせてくれたのは嬉しいですけど、今はハルさんの風邪を治すことが第一ですから、ベッドに戻ってください」
 素直に従うハルは重そうに腰を上げ、ユタユタとベッドへ滑り込む。
「……昨日のこと、あまり覚えていないんだ……あんたに迷惑をかけただろう」
(覚えてない!?)
 その言葉にホッとするも、少しだけ残念な気持ちも混ざって、なんだか複雑なサキ。
「いえ、そんなことは……はっ」

 ──グゥゥー……──

 顔を赤くしてお腹を押さえるサキは腹の虫を恨んだ。
(なんで今なのー……!)
「すまん……腹、減っただろ……」
「すみません……」
「そこに財布があるから食いたいもの買ってこい」と、鞄を指差すも、
「……財布ないのか……カードはどこやった?」
 眉間を押さえ思い出そうとするハルに、サキは言った。
「大丈夫ですよ! お金はちゃんとありますから」
「いいから。一晩付き添ってくれたお礼だと思ってくれ。カードは鞄に入っているはずだ……いや、ポケットか?」
 せっかく入ったベッドを出ようとするハルを慌てて制止する。
「わたし、わかります! ポケットに入っていたので寄せておきました」
 念のため引き出しにしまっておいたカードを取って見せると、ハルは軽くうなずいた。
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