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第2章 花王の庭

第7話 拙い花束

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ニールさんへの礼もそこそこに宮殿前に戻ってみれば、巨大な影が扉の前で右往左往していた。


「シーバル……!」

「リノ! リノ!」


シーバルは突進してきて、突き飛ばされたのかと思うほどの衝撃で抱え上げられた。


「リノ、どこ……どこに行ってたの……?」

「シーバルを探しに出てたんだよ。急にいなくなるから!」


シーバルの情けない声を聞いたら、感情が昂ってしまい、無駄に大声を張り上げてしまった。
ごめん、ごめんと呟くシーバルの声に胸が千切れそうになる。


「シーバル、俺に隠してることあるだろ」

「ない……ないよ!」


シーバルの声が辺り一帯に響き渡り、鳥が慌ただしく飛び立っていった。


「とりあえず……部屋に入ろう……」


俺がそう提案すると、シーバルは震えながら歩きだした。いつもとは違う視点で流れる景色を眺めながら、今日の回想を辿る。シーバルは終始震えていたが、俺もシーバルへの仕打ちを思い返す度に震えがきた。

部屋に戻ると相も変わらず甘い匂いが鼻をくすぐる。その中のひとつ、宙にぶら下がっている花束からひとつ花を取りたくて手を伸ばした。しかしあと少しのところで届かない。


「気に入った花があった?」


居心地の悪い空気を打ち消すように、シーバルは俺を下ろし、嬉々として手を伸ばす。


「あの、青い花、あ、その隣のやつ、それ!」


大きな体をさらに伸ばして、俺のお目当ての花を摘み、そして目の前に差し出した。この花が好きだと言ったら明日には部屋中これだけになるのだろうか。差し出されたシーバルの手を握って、言葉を選ぶ。


「も、もし俺の。俺の勘違いじゃなかったらなんだけど」


シーバルの顔を見られなかった。でも重ねた手はブルブル震えていて、感情が昂っているのだけはわかる。


「俺のためにこの花を用意してくれたんだったら、すごく、すごく嬉しかった」


急に手を掴まれたからビックリして顔をあげると、幼さの消えたシーバルの顔がゆっくり近づいてきた。なにをされるかなんてわかっている。そのつもりで花を摘んでもらって、手も握ったのに。


「……っ」


声にならない嘆きが、逸らした頬にあたって弾ける。その音をしばらく聴き続けたが、声ひとつ出せず、指ひとつ動かせなかった。


「アンドリューが……相続を拒んでいたのは、母への情でも、謙遜からでもない」


唐突に放たれた言葉とその声色に、止まっていた時が動きだす。


「アンドリューにシュトラウス家の血は流れていない」

「な、なにを! なにを言ってるんだ!」


思わずシーバルの胸を突き飛ばしたが、逆によろめいたのは俺の方だった。


「アンドリューはリノを手放したくなくて、ずっとそれを隠していた……」

「なにを、なにを根拠にそんなことを……」

「百年に一度、長子の献上。エルフでなくとも匂いで血を嗅ぎ分けられる。そしてシュトラウス家前当主もまた、血を分けた息子は1人だけだと……わかっていたはずだ」

「ま、まさかそれでアンドリューを脅していたのか!?」


思わず溢れでた言葉で、シーバルの顔が幼く歪む。その顔を見ればこんなことを思いつきもしなかった、汚く卑しい蔑みだった。


「シュトラウス家のしきたりは婚姻を前提にしない……。アンドリューは……必ず迎えに来る……。嫌がることはしない……だから……」


謂れのない中傷に傷ついてしまったのか、急にシーバルの話が拙くなってしまった。そうしているうちに彼の手から花びらが落ちる。ずっと激しく揺さぶられていたのだ。当然の摂理だ。


「だから……」


でもなぜだろう。彼の手から落ちたそれが、昨日の自分のようだと感じたのだ。


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