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第4章 鎺に鞘
第10話 襟元の騎士たち
しおりを挟む馬上槍試合は朝からトーナメント制で行われるとのことだった。特に俺の実力に近い人の方が参考になるから、とシーバルは意気揚々と今日の予定を語っていた。
だから着付けをはじめたのは夜明けに近い朝方で、出発する段になってようやく日が昇った。
朝日に照らされた移動用の馬車に到着した時、その前にかしずく3つの巨大な影。逆光で甲冑の輪郭だけが眩く光っていた。
「本日、同行させていただく襟元総統、サーガ・ニルマエルと申します。命に代えても」
命に代えても、と横の2人が復唱した。俺はその物々しい雰囲気に圧倒され、立ち止まってしまう。シーバルはそんな俺の弱気を察してか、背中を2度撫でてくれた。
「今日は人族を同伴する。知っての通り、献上された約束の伴侶だ。おもてを上げよ!」
突然シーバルが大声を出すから目を閉じ肩を縮こめる。次に瞼を上げた時には、襟元と呼ばれる3人は音もなく立ち上がっていた。まばたきなんて一瞬なのに、あんな重たそうな甲冑で、そんなことをやってのけるのが信じられない。驚いている俺の肩を抱き寄せたシーバルは耳元で囁く。
「この国の中で結構強い人だよ。近くを通る時、どれくらい隙がないか見てみるといいよ」
「そ、そんな……今でさえ十分怖いよ……」
「リノも強くなりたいでしょ? 滅多にない機会だから、ね?」
言い終わると、シーバルは俺の背を押して先に歩かせようとする。この国の礼儀がまったくわからず、このまま無言で馬車に乗ればいいのか、挨拶をしたらいいのか、わからない。
緊張でギクシャク歩いたのもあった。それに慣れない装束というのもあった。俺は襟元の目の前で、どうしようかと悩むのに夢中で、前に垂れ下がった装束を踏んでつんのめった。
この感覚は、初めてシーバルに吹き飛ばされた時と似ていた。いつのまにか俺の腹に固い感触があって、その先を辿るとサーガと名乗っていた襟元が見下ろしていた。
「リノール・シュトラウスと申します! 以後お見知りおきを!」
咄嗟に言おうと思っていた挨拶が腹の底から飛び出してしまう。すると、サーガさんの兜がぐるっと反対側を向いた。この時俺は失敗したと思った。俺の呪いのせいで顔を背けたのだと思ったのだ。
しかしサーガさんの肩が小刻みに揺れだし、俺を持つ手がガクガク震えはじめた。
「リノ、こっちへおいで」
シーバルの声が聞こえたと思ったら、ヒョイと抱え上げられる。そして小刻みに揺れるシーバルの腕に抱えられながら馬車に乗った。
馬車が出発するや否や、シーバルが笑いだして止まらなくなった。
「なんで! なんで笑ってるの! 挨拶の仕方がわからなかったんだから!」
「ごめん、ごめん! あははは! リノは悪くない! 俺、襟元が人前で笑ってるの初めてみたっ、はははは!」
膝をバンバン叩いてシーバルの笑いは止まらない。よくわからないのに笑われるという辱めの中で、俺は昨日のニールさんの話を思い出していた。
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