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第4章 鎺に鞘
第15話 授与式
しおりを挟むシーバルや襟元の言う通り、アンドリューはそのまま勝ち抜けた。最初に見た試合は心が波打っていてそれどころではなかったが、それ以降は妙に落ち着いて試合を観覧することができた。本当に傍観者のようだった。
全試合が終わると、会場の半分は閑散としている。それは上位者以外の応援、関係者が会場を後にしたのだ。
「さあ、フランクな観覧もここまでです。帰り支度をいたしましょう」
サーガの一声で、寛いでいた襟元もそれぞれ兜を被りはじめた。
「え……授与式を見ないの?」
「ええ。領主に配慮して王族は授与式には出席いたしません。護衛の編成もそのように組んでおりませんので……」
「リノ……ごめんね。ちょっとでも違うことをすると、すぐこいつが父上に告げ口して、酷い目に遭わされるんだ。両親にも先立たれ、身を寄せあった唯一の兄弟の晴れ舞台なのにね」
「シルヴァル皇、リノ様のお気持ちはお察しいたしますが……」
「この日を夢見て、生活を切り詰めてあの甲冑を買ってあげたのにね。俺との契約のせいであの甲冑のお礼を聞けないまま家を出てきたのにね。王族の観覧する試合に兄弟が出場するなんてこんな奇跡もう2度とないかもしれないのにね!」
「シルヴァル皇……」
「リノ、ごめんね……こいつらは血も涙もないんだ……」
俺が呆気に取られているうちに、サーガはなぜか追い詰められ、顔を引き攣らせていた。
「お前ら、全員甲冑を馬車にぶち込め!」
サーガの怒鳴り声に、襟元4人が動きだした。
「総統、今馬車を横付けします! シルヴァル皇はそのお召し物をお脱ぎください」
エルフのタルムーが振り返りざまシーバルに命令をする。
「え!? 下着だけになっちゃうよ」
「庶民の服など下着のようなものだ!」
サーガは庶民が聞いたら激怒しそうなことを、平気で言い放つ。
「王族としてではなく、庶民に扮して観覧するしか方法はございません。シルヴァル皇、これで父上にバレたら私たちも同罪なのです。はやくお召し物を!」
今度はエルフのカインが慌てて催促する。
「リノ様はそのままで!」
カインは後ろに目でもついているかのように、俺の行動を制した。
ドタバタと用意をして、一見、王族はこの部屋から帰ったように見せかける。
そして今、授与式の一般観覧席には、やけに質素な服を着た眼光鋭い屈強な男が5人。そして挙動不審な大男と、全身布まみれの小さな男がポッカリとあいた観覧席に着席している。
彼らはうまく庶民に扮しているように思っているのだろうが、一行の周りには誰も近づかない。かえって甲冑を着たままの方が目立たなかったのではないかとさえ思う。
いいようのない緊張感の中、授与式がはじまる。違う意味ではやくアンドリューの番にならないかと懇願した。ついにアンドリューの番になった時には、過度の緊張で心が摩耗していたほどに。
アンドリューは領主の前にかしずく前に、一般観覧席に大きく手を振った。
その清々しい顔を見た瞬間から、衝撃で周りの歓声が聞こえなくなる。俺はあの顔をよく知っていた。
シーバルの祝福と抱擁で見せる、あの笑顔。負けても負けても、決着がつくとお互いを讃えあい、固い絆を確かめあった、あの笑顔。
そして、義母キリーが家を出てから決して見せることがなかった、あの笑顔。
その衝撃で、この後の光景はなんの感慨も抱けなかった。アンドリューが領主の夫人の指先にキスを落とす時も、領主に名誉を賜る時も、なにもかも色褪せて見えた。
この色のない景色もまた、俺は知っていた。キリーが家を出て、追いかけようとするアンドリューを引き止め続けた3年間の色。
家族や、伴侶だけが生きがいではない。それを追い求める姿を支えるのが伴侶であり家族だ。
それがどうだ。俺は頑なに家族でいることに固執して、あまつさえ伴侶になりたいなどと願ってきた。彼の自由を奪うだけでは飽き足らず、あの笑顔さえ奪って。
「リノ……大丈夫……?」
頭巾を引っ張り顔を隠す。アンドリューはこの呪いのせいで、俺に強制されていたのだ。心は解放を求めていたのに、縋り付く呪いを振り払うように俺を抱いていた。
アンドリューは俺を守ってくれていた、とシーバルは言った。そんな一縷の望みに縋っていた自分が恥ずかしい。シーバルのいうそれは結果論であって、そこにアンドリューの気持ちなんてなかった。
俺は、本当に大馬鹿者だ。
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