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第41話 魔法使いの夜明け前

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目を覚ました時は日中だった。
母は俺が目を開けたことに気がついて俺の名前を呼んでくれた。

そこに玲音はいなかった。

俺は玲音を探して目だけをぎょろぎょろ動かして探した。目が乾くから瞬きを何度も繰り返した。母はそれを見て、もう大丈夫だから、と言うが、俺が欲しい言葉はそんなことではなかった。

母は俺の欲求を無視して立ち上がる。そして言ったのだ。

「玲音、冬馬が目を覚ましたわよ」

その母の横に突然、玲音の姿が飛び込んできた。玲音は制服姿で、どこから走ってきたのかわからないぐらい汗でびっしょりだった。

俺は恥じらいも、罪悪感も、何もかも捨てて、泣き出した。玲音がいる、それだけでよかった。声が出なかったから呼吸困難に陥って見えたんだろう。玲音の表情が一気に曇った。

玲音が俺の手を両手で掴んだ。

「冬馬ちょっと興奮しちゃったみたいね、玲音ちょっと……」

母はそう言って玲音を遠ざけようとする。俺は全神経を玲音が握ってくれた手に集中させ、玲音の手を握りかえした。もう絶対この手を離さない、その気持ちだけでありったけの力を手に集中させた。

玲音が狼狽していた。玲音は振り返って母を見ると、母は少し笑って、わかったわかった、そう言って病室から出て行った。

玲音は俺の乱れた呼吸が整うまで、ずっと手を握って俺を見つめていた。俺の呼吸が落ち着いたら、玲音が言った。

「冬馬、本当に……ごめん……」

玲音の全然聞きたくなかった言葉に俺はまた涙する。口を動かすが全然声が出ない。
もう頼みの綱は手しかないから、俺は泣きながら手を握り続けた。

涙で視界がぼやけてるからよくわからなかった。いつかみたいに唇で涙を拭ってもくれなかった。多分玲音は俺を見つめてくれてるんだろう、そう願っていた。

涙が乾いた頃、病室に母が戻ってきた。

「冬馬、明日もまた来るから。玲音も、もう面会時間終わりだから、ね?」

もう母が来ることなんてどうでもよかった。玲音は明日も来てくれるのか? 玲音は家に帰ってきたのか? また一緒に暮らせるのか? 俺の聞きたいことは何一つ教えてくれなかった。

このことを聞き出すまで絶対に玲音の手を離さないぞ! なんだったら魔法でも履行して絶対に部屋から出さないぞ!

俺の殺気を察してか、玲音は俺に掴まれた手と、母を交互に見つめた。

「もう、仕方がないわね……明日ちゃんと話すから。玲音、ちょっと冬馬の魔力を吸いなさい」

母が言い終わると、玲音はギクシャクしながら、俺の顔に近づいてきた。玲音の目は揺れてなかった。今までにないくらい優しく俺の唇に触れた。一度唇を離した時に、ぼたぼたと熱い滴が顔に落ちてきたと思ったら、もう一度唇を重ねられて、俺は意識を失った。



次の日母は俺の横で座っていた。もう、パートを何日休んでるんだろう。気になったが声が出なかった。

俺が起きたことに気がついた母は、俺が気になってる順に話してくれた。
まず玲音は家に戻ってきて、ちゃんと学校に行っていること。毎日学校終わりにお見舞いに来てくれてること。あれから3日経っていること。俺は肋骨3本骨折、肺挫傷で2週間入院すること。このまま声が出づらい場合には精密検査が必要なこと。

そしてあの後の話をしてくれた。あの日、俺が意識を失ってから、玲音と母で担いで移動して、俺を緊急入院させた。
法縄は一旦俺から外して玲音と母で繋がっているらしい。

その後、久遠さんに連絡して、玲音、母、久遠さん、円華ちゃんという、俺でも遭遇したくないオールスターズで、あの男と不気味な女を血祭りにして、契約解除をしてきたらしい。
殺してはいないとのことだ。

主人公不在でこの人たち本当になにやってるの……やっぱり俺、主人公じゃないんだな……。

久遠さんと円華ちゃんもお見舞いに来てくれたから、退院したらちゃんとお礼しなさい、と母はここで話を締めくくった。

そこに玲音がおずおずと俺の視界に入ってきた。昨日母に怒られたのだろうか、昨日の登場とは真逆の態度だった。

「冬馬をあまり興奮させないようにね」

母はそう言って病室を出た。
玲音は俺の手を握ること以外のことをしてくれなかった。でもそんなことはどうでもよくて、俺は声が出せず言いたいことを言えないことがストレスだった。

焦燥感から玲音の手を強く握る。玲音はそれに気がつき俺の方を見つめた。
ダメ元で玲音、と呼んでみたが全然声が出なかった。ダメか、そう観念したら、玲音が俺の声を聞こうと顔を寄せてきた。

俺は渾身の力を振り絞り腕を上げて、玲音の首根っこを掴んだ。そのまま引き寄せてキスをしたい思ったが、なぜか玲音が抵抗して俺の顔に近づかない。仕方がないので腕の力を頼りに自分の上半身を持ち上げて、なんとか唇をかすめた。体勢を維持できずに上半身をベッドに打ち付けて痛みに耐える。息が止まるかと思った。

痛みで悶える俺を見て玲音が上半身を起こそうとするが、俺は首根っこを掴んだ手を離さなかった。

「冬馬、大丈夫!? かーちゃん! かーちゃん来て!」

なんでかーちゃん呼ぶんだよ!
空気読めないの、本当、かーちゃんに似てきたよな、玲音!

首根っこをぐいぐいおさえて玲音を黙らせた。

玲音は心配そうに俺を見ている。俺はひとりごちて声もなく呟いたら玲音が復唱してくれた。

「どこにも……行くな……?」

え、玲音すごいな!
俺はうんうん頷いたら、玲音は見たこともない綺麗な顔でしっかり頷いた。

その顔に見惚れて一番言いたかったことを言ってみる。

「え……? スピカ……?」

惜しい! 玲音は星好きなんだな。でも違う。

「スピア?」

ちょっと、カタカナから離れようか……。

「うきわ?」

どんな状況でその単語なんだよ! ここまで来て吹き出してしまい痛みが肋骨に響いて、笑いを堪えながら悶絶した。玲音は狼狽していた。確かに意味わからん。

人間ってのは、前後のシチュエーションで、文脈を理解してるんだな。俺が好きだって言うのは玲音にとってそんなに突拍子もないことのか……。

玲音の首根っこ捕まえてた手で玲音の頬を撫でた。どうせわかんねーだろ、そう思って言った。

キスしたかったな、エロいやつ。

玲音は俺をしばらく思いつめた顔で見つめた。いや、玲音なんかきっと勘違いしてるぞ。せめて否定するから復唱してくれないか。そう焦ってるうちに玲音の顔が近づいてきて、俺に恐る恐るキスをしてくれた。

それはわかるのかよ!

そう思いながら、玲音に舌突っ込んでくっそエロいキスをした。玲音の頭をおさえて、俺の気が済むまで、めちゃくちゃキスした。

この時ばかりは母も空気読んで病室に入って来なかった。


それからほどなく、退院までには声も出るようになったし、少し痛いが体も動かせるようになってきた。

だけど、俺がいざ気持ちを伝えようと改まって玲音を見ると、はしゃいだ犬みたいに口を塞がれて、結局玲音が好きだということは一度も言えずにいた。

でも、もう玲音もわかってるよな。

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