口なしの封緘

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
上 下
7 / 41

第6話 知らない街

しおりを挟む
マントとストールはポカポカで、ダグラスに抱かれていることをしばらく理解できなかった。彼の甲冑の硬さや、高い視点からの街並みを眺めると、まるで夢でも見ているかのようだ。

「このスープはどこで買ったんだ?」

「中央通りの、二番目の交差点のお店です。それに……今日は買っていません」

「買っていない?」

「今日は銀貨はいらないと。それで美味しいものでも食べろと、親切にしてもらいました」

「そうか。だからあんなに必死だったんだな」

不思議だった。僕は封印師になってからというもの、親友のデールしか話相手がいなかったのに。彼とはこんなにもすんなり会話ができる。

この街のみんなは僕と話したがらない。それは僕が口で封印をするからで、きっと人の死を思い出したくないからだ。ダグラスは僕の名を知りながらこうやって普通に話をしてくれる。それが不思議だった。

「ダグラスは、不幸がなかったのですか?」

「不幸? ああ。人死のことか? 沢山あるさ。三年前まで前線に立っていたからな……」

彼の声が急に曇って、僕はまた失敗したと思った。騎士の格好をしていて、戦場に出ていないわけはない。きっと戦争で仲間の儀式にも立ち会えなかったんだ。

「ご、ごめんなさい……」

ダグラスの大きな手が僕の背中を押して、ギュッと抱きしめられる。心臓が飛び出したかのようにうるさい。それが彼に聞こえてしまわないかと、道中これ以上のことを話せなかった。

「あそこかな?」

「は、はい」

僕は抱えられていたが、周りの景色でそうとわかった。ダグラスの肩が揺れて、容器をカウンターに差し出したことを察し、緊張が走る。

「スープを。具は多めでお願いします」

「あ……貴方は……? ミリア卿? なぜこの容器を? 抱えているのは封印師か?」

僕の緊張が高まる。さっき施してくれたスープをダメにしてしまったことをダグラスは言ってしまうのではないだろうか。

「はい。さっきスープを分けてもらったのですが、俺が思いの外食べてしまって。聞けばここのスープだというので再び買いに来ました。とても美味しかった」

僕は心臓が爆発してしまうのかと思って、ダグラスの首にしがみつき力を入れてしまう。嘘はダメだと教わってきたのに、こんな優しい嘘を目の当たりにして、心がちぎれてしまいそうだった。

「封印師は大丈夫なのか?」

「はい。お腹を空かせているだけです」

「そうか」

カチャカチャと容器にスープが盛られる音がする。だから僕は銀貨を出そうとポケットを弄るが、ストールやマントが邪魔してなかなかうまくいかない。それを阻止するように、ダグラスは僕の手を握る。その熱い手に僕はよくわからない声をあげてしまった。

「ミリア卿、お代は結構だよ。その代わりに今度は一人でも立ち寄ってくれ」

「そういうわけにはいかない。来にくくなるからちゃんと支払わせてください。さっきの分と合わせてこれで」

貨幣を置いた音ともに景色が百八十度変わる。視線の高さが違うと、こんなに景色が違うものなのか。そう感嘆するほど、街は穏やかで輝いて見えた。

ダグラスはこの後、僕に話しかけることなく、神殿まで担いでくれた。何度か降りようと試みたが、その素振りを見せるとダグラスは僕を強く抱く。その度に心臓が跳ね上がり、僕はただの一言も発することができなかったのだ。

街の外れの神殿に着いたら、彼は無言のまま僕を下ろした。そしてマントとストールをゆっくり剥がされた時、自分でも驚くような大胆なことを言ってしまう。

「あ、あがっていきませんか?」

神殿に火は灯らない。宵闇の中で表情は曖昧だったけど、それでも彼が首を横に振ったのはよくわかった。

お礼を言うのであればこの場所でも十分にできた。出過ぎたことを言ったと後悔する。差し出されたスープの容器を受け取った時、せめてものお礼をとポケットから銀貨を出した。

しかし彼はこれも受け取らなかった。

胸が破かれる痛みで僕が黙り込んでいる間に、ダグラスは街とは反対方向に歩き出す。なにかを言いかけてはやめて、打ち震える胸を掴みながら、彼が見えなくなるまで見送ることしかできなかった。
しおりを挟む

処理中です...