皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー

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第3話 少年ミオ

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 少年は2等クラスの雑魚寝と言っていたのにも関わらず、迷わず解錠できる部屋を見つけた。1度入ってみたかったと歓喜をあげながら、ベッドに飛び込む。その仕草がまだまだこどもじみていて、こんな年端のいかない少年がなんのために1人船に乗り込むのだろうと案じる。

「ひゃーー! やっぱベッドは違うな! 2等クラスなんて固い床に質素な枕があるだけなんだよ!? 隣のおっさんのイビキはうるせーし」

「じゃあ今日はそこで寝るといい」

「え……俺は高いよ?」

「俺は床で寝る。名はなんというのだ」

「ミオ!」

「ミオは1人でどこに向かうのだ?」

「帰るんだ。あっちの大陸に。出稼ぎだよ」

「帝国に出稼ぎに来ていたのか。農耕か?」

「娼館だよ! あっちの大陸ではモテないけど、帝国じゃ俺みたいな可愛い男は結構稼げるんだぜ?」

 ミオの言葉に甲冑の紐を解く手を止めた。

「おっと、説教はやめてくれよ? 俺は成人しているし、好きでやってるんだ。たまにいるんだよなぁ。娼館に来てるくせに、自分を大切にしろとか説教する奴」

「ミオは何歳なんだ?」

「何歳に見える?」

 この質問でそう返す奴は年増と相場は決まっている。安心して甲冑を脱ぎ肩紐を下ろした。

「成人しているということは20歳か?」

「えー、そんなに歳いってるように見えるかよ? 俺13歳で売り出してるんだぜ?」

 その素っ頓狂な声が少し可笑しかった。

「それは違法行為で店が摘発されるぞ。本当は何歳なんだ?」

「16歳だよ、確か」

「成人していないではないか! それに確かとはなんだ!」

「生まれた年がよくわかんないんだよ。捨て子だし、学もないから出稼ぎっていったって、割りの良い仕事なんてこれくらいしかないんだ。だけどなんだよ! 金獅子の双腕は国外追放なんだから、俺を検挙する権限もないだろ! 自分だって犯罪者のくせに!」

 紛れもない真実を喉元に突きつけられ、呻き声も出せなかった。犯罪者は弟アデルと同じ歳の少年を案ずることもできない。

「言い過ぎたよ……ごめん……でもなんだってあんたは国外追放なんだ……? あっちの大陸の俺でさえあんたの称号を知ってる。王の片腕どころか両腕なんだろう?」

 俺は甲冑からこぼれ落ちた貨幣や宝石をひとつの袋に拾い集めながら、床に座った。

「その称号は家の紋章が片腕の獅子だから賜った称号で、ミオの言うような意味ではない。俺は陛下の右腕にはなれなかった」

「じゃああの貧乏人たちは野次馬か? 泣き叫んでたぞ!」

「世話になった者たちだ」

「世話してやったの間違いだろ。金獅子の双腕の名前はなんていうの?」

「レシオン・ド・ミゼル」

「なかなか難しい名前だな……」

「レジーと呼んでくれ。家族も面倒でそう呼ぶ」

「レジー、皇帝の迎え入れた貴族に嵌められたのか?」

「いいや」

 俺は最後の貨幣を袋に入れ終え、その袋の口を縛った。置く場所もなかったから腰のベルトに袋を挟む。

「だって街中の人が言ってたぜ。リベリオって奴、ちょっと前まで意地汚くて狡賢くて、親でさえ見放してたって。それが婚約破棄をされてから、人が変わったように真っ当になったって」

「真っ当な人間になったのなら良かったではないか」

「金獅子の双腕の叔父に婚約破棄されたから、虎視眈々と復讐の機会を狙ってたんじゃないかって」

 俺はミオを見やる。ミオはアデルと同じ歳にしては少し小さい。つぶらな青い瞳が一層こどものように見せていた。

「俺じゃない、街中の人がそう噂してたんだよ!」

「叔父の婚約破棄はリベリオも承諾していた。恨みなどないはずだ」

「え!? 婚約破棄を承諾なんかできるもんか! 聞けばリベリオの家は吹いたら飛んでしまうほど困窮してたって言ってたぞ!」

「叔父はリベリオを女性だと思って婚約した。しかし男性だったから婚約破棄をした。それに……勘違いとはいえ婚約を反故にした見舞金は支払ったはずだ」

「男性……? いくら万能だからって皇帝も男までは孕ませられないだろ……」

「そうだな。真の愛で陛下とリベリオは結ばれたのだろう」

 ミオはベッドから立ち上がり、俺の腕を掴んで揺さぶる。

「じゃあなんで……? リベリオになんか弱みでも握られていたのか……? 俺は隣の大陸の人間なんだ。こんな話を吹聴する友達だっていない。教えてくれよ!」

 ミオは俺の胸に飛び込み、背中に手を回す。仕方がないので、彼のサラサラとした金髪を撫でた。

「俺……親も兄弟も居ないけど……レジーみたいな兄ちゃんがいたら、どんなによかったかって、ずっと憧れてたんだ……大きく屈強な体、精悍な顔立ち、誰からも崇拝される帝国の双腕。俺……今日レジーの本当の名前知れて嬉しかった……」

 しばらく黙っていたら、ミオはガバッと体を離した。

「娼館勤めの人間は信用に値しないかよ! もっと優しい奴だと思ってた!」

 俺の沈黙に怒り散らしながらミオは立ち上がり部屋を出ようとした。だから1つだけ別れの言葉を贈った。

「村中の家具をひっくり返して集めたなけなしの財産なんだ。大切に使ってやってくれ」

 黙って見過ごそうと思った。それでミオの出稼ぎが減るのであれば本望だと。しかし今俺の腰から抜き取ったその財産が、どういうものかということだけは言っておきたかった。そうでなければ俺を見送ってくれた者たちが浮かばれない。

「なん……だよ……」

 ミオは扉の前でワナワナ震え出した。

「レジーが本当のこと教えてくれないからだろ!」

 まるで駄々をこねるこどものような暴論に吹き出してしまう。

「ああ、俺が悪かった。ミオ。それはお前に預けておくから、今日はそのベッドで寝ていけ」
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