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第7話 森の怪物
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街は商店が立ち並ぶ石造りの建物で道を成し、活気を存分に知ることができた。所謂人間以外の種族のための様々な需要に応えるため、商店は多彩な品揃えで客を迎えている。
特に驚いたのは、帝国であれば支給品以外売られることもない、武器や防具が商店に並んでいることだった。それはつまり街の外を歩くにはこのような装備がなければならないことを物語っていた。
俺は幸い防具や武器を装備したままこの大陸に流されたからよかったものの、島流しとなった多くの犯罪者がこの街で職に就くことしか許されないのではないだろうか。
「ミオはこっちの大陸では普段どのように生活してるんだ?」
後ろを歩いていたミオに話しかけるが返事がない。もうはぐれてしまったかと慌てて振り向いたら、顔面蒼白のミオが目を逸らしていた。
「ミオ!? 大丈夫か、顔が真っ青だぞ?」
「大丈夫だよ、レジーは心配症だな。人混みが苦手なだけだよ。はやく街を抜けよう。俺の知り合いの家は少し歩くよ?」
俺はミオを抱き上げる。ミオはしばらく自分で歩けると抵抗したが、背中を撫でてやると大人しくなった。足早に街を抜け、街の境界なのだろう、城壁のような門を抜けると草原が広がった。
「レジー、草原を突っ切るのは危ない……城壁に沿って左に見える森を抜けるんだ」
さっきよりもだいぶ弱くなった声で不安が迫り上がってくる。走って森の入り口まで到達したら、ミオの体が異常に熱を持ちはじめた。息苦しそうに眉をひそめ、小さな額に汗が浮かぶ。
「レジー、本当に大丈夫なんだ。具合が悪いとかじゃないんだ……んんっ……」
ミオは体全体を小刻みに震わせ胸の中に丸まる。
「ミオ、森を駆け抜ける。方角だけ教えてくれ」
ミオが返事をする前に俺は駆け出した。森は適度に往来があるのか、獣道というわけではない。ミオが弱々しく指差す方向目掛けて駆け抜けていく。帝国には人の開拓した土地か手付かずの森かという二極化が進み、このような森を走ったことがなかった。それに遠征はいつも馬で走ることが多く、戦の時にしか地を踏みしめることがない。
それが俺の判断を鈍くしていた。
森の中にポッカリとひらけた場所に足を踏み入れた、その時。
「レジー! 下がって!!」
ミオが俺の胸で叫ぶや否や、地鳴りと共に、地面から巨大な魚のような生物が飛び出してきた。魚が盛り上げた地面の端を蹴って後方の森に飛び込む。そしてミオの頭を抱え、腕で地面をしばらく滑走した。
「ああ……面倒なのに遭遇した……なんで……」
うわ言のように呟くミオに怪我がないことを確認して、さっきまでいた場所へ振り返る。魚のような異形の生物は出てきた場所で土を掘りかえすだけでこちらには向かってこない。木の根があると地表に出れないのだろうか。
魚の怪物がいる場所は左右に長く森が途切れていた。沢があるのかはわからないが、迂回するには途方もない距離を歩かねばなるまい。
考えあぐねていると突然ツルのようなものが魚の怪物から飛び出してきた。右の脇差を抜いて正面に向かってきたツルを斬りつけ、そのまま右手で長剣を抜いた。膠着状態にならないのであれば攻めこそ防御。後ろにミオが横たわっているのだ。これ以上攻められる前に断つ。
斬りつけたツルがのたうち回っている間に、巨大な本体に走り込む。怪物は岩のような鱗に覆われていてこのまま斬りつけても太刀打ちできそうにない。後ろからツルが巻き戻ってくる音がした。俺はそれを掴んで一気に怪物に迫る。
口をあけた怪物の鼻先に僅かに開いた呼吸穴をみつける。口に放り込まれる慣性を利用して、右の長剣で穴に突き刺した。
オオォーーーーン!
怪物の断末魔が響き渡る。
怪物はのけぞりながらもまだ口を開けて、俺を飲み込もうとする。左の短剣を目のような穴に突き刺し、そこを支点に長剣を抜き体を左に振る。あわやというところで怪物の口が閉じた。のけぞったまま口を閉じたそこには無防備な腹が露呈していた。短剣を鞘に戻し、長剣を両手で握りしめ、腹を左から垂直に裂く。
怪物からはさっきのような断末魔は聴こえなかった。しかし代わりに不思議な光景が目の前に広がる。鱗のような破片がハラハラと舞い、怪物がどんどん千切れていく。
しばらくその幻想的な風景を眺めていたが、我にかえりミオの元に走り寄る。
「ミオ、怪我はないか?」
「金獅子の双腕……そういう意味だったんだ……」
「違う、帝国では二刀流が一般的だ」
「俺、帝国の軍事を少し馬鹿にしてたよ……レジー」
「もう余計なことを喋るな」
ミオは抱き上げると、しおらしくしがみついた。
「俺のレジー……俺の……レジー……」
「わかった。知人の家はこのまままっすぐか?」
「うん……さっきのナガザノチの肝は……高く売れるんだ……拾っていきたい……」
ナガザノチとはさっきの怪物の種族名なのだろうか。なんの説明もなしに皮算用をする、そんないつものミオに安心して、俺は歩き出した。
特に驚いたのは、帝国であれば支給品以外売られることもない、武器や防具が商店に並んでいることだった。それはつまり街の外を歩くにはこのような装備がなければならないことを物語っていた。
俺は幸い防具や武器を装備したままこの大陸に流されたからよかったものの、島流しとなった多くの犯罪者がこの街で職に就くことしか許されないのではないだろうか。
「ミオはこっちの大陸では普段どのように生活してるんだ?」
後ろを歩いていたミオに話しかけるが返事がない。もうはぐれてしまったかと慌てて振り向いたら、顔面蒼白のミオが目を逸らしていた。
「ミオ!? 大丈夫か、顔が真っ青だぞ?」
「大丈夫だよ、レジーは心配症だな。人混みが苦手なだけだよ。はやく街を抜けよう。俺の知り合いの家は少し歩くよ?」
俺はミオを抱き上げる。ミオはしばらく自分で歩けると抵抗したが、背中を撫でてやると大人しくなった。足早に街を抜け、街の境界なのだろう、城壁のような門を抜けると草原が広がった。
「レジー、草原を突っ切るのは危ない……城壁に沿って左に見える森を抜けるんだ」
さっきよりもだいぶ弱くなった声で不安が迫り上がってくる。走って森の入り口まで到達したら、ミオの体が異常に熱を持ちはじめた。息苦しそうに眉をひそめ、小さな額に汗が浮かぶ。
「レジー、本当に大丈夫なんだ。具合が悪いとかじゃないんだ……んんっ……」
ミオは体全体を小刻みに震わせ胸の中に丸まる。
「ミオ、森を駆け抜ける。方角だけ教えてくれ」
ミオが返事をする前に俺は駆け出した。森は適度に往来があるのか、獣道というわけではない。ミオが弱々しく指差す方向目掛けて駆け抜けていく。帝国には人の開拓した土地か手付かずの森かという二極化が進み、このような森を走ったことがなかった。それに遠征はいつも馬で走ることが多く、戦の時にしか地を踏みしめることがない。
それが俺の判断を鈍くしていた。
森の中にポッカリとひらけた場所に足を踏み入れた、その時。
「レジー! 下がって!!」
ミオが俺の胸で叫ぶや否や、地鳴りと共に、地面から巨大な魚のような生物が飛び出してきた。魚が盛り上げた地面の端を蹴って後方の森に飛び込む。そしてミオの頭を抱え、腕で地面をしばらく滑走した。
「ああ……面倒なのに遭遇した……なんで……」
うわ言のように呟くミオに怪我がないことを確認して、さっきまでいた場所へ振り返る。魚のような異形の生物は出てきた場所で土を掘りかえすだけでこちらには向かってこない。木の根があると地表に出れないのだろうか。
魚の怪物がいる場所は左右に長く森が途切れていた。沢があるのかはわからないが、迂回するには途方もない距離を歩かねばなるまい。
考えあぐねていると突然ツルのようなものが魚の怪物から飛び出してきた。右の脇差を抜いて正面に向かってきたツルを斬りつけ、そのまま右手で長剣を抜いた。膠着状態にならないのであれば攻めこそ防御。後ろにミオが横たわっているのだ。これ以上攻められる前に断つ。
斬りつけたツルがのたうち回っている間に、巨大な本体に走り込む。怪物は岩のような鱗に覆われていてこのまま斬りつけても太刀打ちできそうにない。後ろからツルが巻き戻ってくる音がした。俺はそれを掴んで一気に怪物に迫る。
口をあけた怪物の鼻先に僅かに開いた呼吸穴をみつける。口に放り込まれる慣性を利用して、右の長剣で穴に突き刺した。
オオォーーーーン!
怪物の断末魔が響き渡る。
怪物はのけぞりながらもまだ口を開けて、俺を飲み込もうとする。左の短剣を目のような穴に突き刺し、そこを支点に長剣を抜き体を左に振る。あわやというところで怪物の口が閉じた。のけぞったまま口を閉じたそこには無防備な腹が露呈していた。短剣を鞘に戻し、長剣を両手で握りしめ、腹を左から垂直に裂く。
怪物からはさっきのような断末魔は聴こえなかった。しかし代わりに不思議な光景が目の前に広がる。鱗のような破片がハラハラと舞い、怪物がどんどん千切れていく。
しばらくその幻想的な風景を眺めていたが、我にかえりミオの元に走り寄る。
「ミオ、怪我はないか?」
「金獅子の双腕……そういう意味だったんだ……」
「違う、帝国では二刀流が一般的だ」
「俺、帝国の軍事を少し馬鹿にしてたよ……レジー」
「もう余計なことを喋るな」
ミオは抱き上げると、しおらしくしがみついた。
「俺のレジー……俺の……レジー……」
「わかった。知人の家はこのまままっすぐか?」
「うん……さっきのナガザノチの肝は……高く売れるんだ……拾っていきたい……」
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