ドミナントモーション

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
4 / 41
Side-Hiramiya

第3話 仮歌

しおりを挟む
 次の週決められた時間ぴったりに七瀬君から授業の呼び出しが鳴った。

「七瀬君、今日もよろしくね」

 七瀬君は今日も安定の無言だった。

「前と場所が違うの?」

 唐突な質問では七瀬君が一体何を訝しがっているのかわからなかった。

「あ、ああ……耳がいいんだね。今日は自宅から繋いでるよ。前は会社からだったけど」

「会社じゃなくてもいいんだ」

「うん、時間管理ができない講師が会社でやるけど……」

「時間管理できない?」

「うん、気持ちの切り替えができなくてね。でも今日は楽しみだったから。家の方が音源とかも鳴らせるしね」

 七瀬君はまた黙る。黙る法則も皆目わからない。また突然シーケンサーが鳴り始める。先週のうちに、音源を差し替えて仮歌を入れた曲だった。メールにMIXもしておいてと書いたけどまさか本当に仕上げてくるとは思わなかった。

「歌のピッチも補正してくれたんだ。大変だったでしょう? ありがとう、すごく上手く聴こえる」

 授業開始早々、自分の歌声を聴かされる拷問が始まったが、自分の歌で恥ずかしいと思うことはなくなった。自宅に防音録音ブースを備え付けているので、時々友達からの仮歌依頼を請けている。自分の声ですらただの楽器くらいにしか思わない。

「先生、歌もうまいんだな」

「歌以外は何が上手いと思ってくれてるの?」

「歌詞もうまい」

「ありがとう」

「なんで恋愛の歌詞ばっかりなの?」

 とても一般的な疑問を投げかけられ微笑ましくて口元が緩んだ。どんな天才でも疑問に思うんだな。

「バンドは楽曲提供を受けず自分たちで曲を作るから反戦でもなんでも恋愛以外の曲を作れるけど、俺たちのようなコンポーザーは十中八九恋愛の曲になるよ」

「なんで?」

「需要が高いからだよ。音楽のターゲットは主に若年層で、その多くが恋煩いをしてるってこと」

「馬鹿みてぇだな」

「でも作曲家になるなら仮歌の歌詞くらい書けた方がいいよ。歌物のコンペで仮歌が入っていないのは審査対象外だと思ってくれてもいい。審査員が音楽の造詣があるとも限らないんだ」

「え?」

「歌の上手い下手で楽曲の善し悪しを決める奴もいるくらい。最終的に聴くのは音楽の教養もない一般人なんだから理に適ってるでしょ?」

「じゃあ審査する奴は何のプロなんだよ?」

「時代を読むプロだよ。MIXに時間かけてるなら、音色で楽曲の印象左右することはわかってるでしょ? 歌もその一部だよ」

 ここで先週答えてくれなかった歌詞も書けないのに歌物にする理由を聞きたかったが、沈黙で時間を浪費するのもばかばかしいと思い話題を変えた。

「宿題の5曲はできた?」

「はい」

 七瀬君は1コーラス半程度の楽曲をきっちり5曲作ってきていた。端から順に再生していったがそのほとんどがアレンジ無しでも完成形がわるようなメロディ主体の楽曲ばかりだった。七瀬君は俺に質問をしてばかりだが、どうしたらこんな曲が作れるのか、むしろ俺が質問したいくらいだ。

「なんというか……どれか選んでアレンジに進もうかと思ったけど、全部いい曲だね……。七瀬君はどの曲がいいとかあるの?」

「先生が歌いたいと思った曲を教えてほしい」

「全部歌いたいよ……。じゃあ端から順に作って行こうか? 来週までに歌詞とアレンジっていったら何曲できる?」

「この尺でよければ全部アレンジはできるけど……歌詞は……」

「どんな適当な歌詞でもいいから、つけてみて。そうしたら必ず全部歌うし、音源も差し替えるから」

 あんなに気を使っていたのに、また沈黙が訪れてしまった。歌詞というのは人に見せるには心理的なハードルが高いのかもしれない。

「先生は先週の曲、どうやって歌詞考えたの?」

 恥ずかしいとかではなく、全く思いつかないのか? ここまでくると長所だけを伸ばした方がいいような気もしてきた。

「七瀬君の楽曲のイメージをそのまま歌詞にしたよ」

「俺は恋愛のことを考えて曲を作ってない」

 そりゃそうだ。楽曲から音楽を純粋に楽しんでる雰囲気が伝わってきた。彼は自分が知らない音を形にするのが楽しいのだろう。

「じゃあ、なんか日常で少し感動したこととか、気になる人とか、なんだったらでたらめな英語でもいい。俺に歌ってほしい発音を並べるだけでもいいから」

「先生は恋愛とかするの?」

 俺の譲歩を全く無視して関係のない質問を放り込んでくる。どんだけ歌詞を書きたくないんだ。

「俺も恋愛はしてない。だけど恋愛の歌詞は書く。それが仕事だから」

「昔の恋愛とか思い出して書くわけ?」

 授業終盤のテンプレのつもりか、また人を煽るような口調で質問責めが始まる。

「そうだね」

「ストックなくなったらどうするの?」

「人の恋愛相談とかにのったり、本を読んだり、自分じゃないところから歌詞を作るよ」

「先生の歌詞って借り物なの?」

 楽曲そのものをそう言われているようで黙ってしまう。楽曲とともに仮歌の歌詞のまま世に出ることも少なくない。教室のホームページに載せている楽曲にも自分が作詞したものがあった。ドラマの主題歌など、監督の意向で歌詞をそのまま使うケースもあるのだ。

「七瀬君の楽曲は……聴いた時心が動かされて、昔のことを……」

「仕事で恋愛したりするの?」

 急に遮られたその言葉足らずなセリフで、怒りが沸点に達する。

「どういう意味で聞いてるのかわからないけど、恋愛しなくても歌詞くらい書ける」

「なんで恋愛しないの?」

「必要ないから」

「理想が高いんだ?」

 嘲笑を帯びた声色が耳に広がる。先週のチャットで七瀬君は俺の歌詞が好きだと言っていた。それが借り物の薄っぺらい歌詞だと知って、自分の楽曲が汚されたとでも思っているのか。

「ゲイだから。出会いも少ないし、失恋の方が多い。だから歌詞も失恋ものが多い」

 汚らわしいと思うのならば、その薄っぺらい歌詞の背景も知らせておいた方がいいだろう。

「そろそろ時間だけど、来週までに歌詞をかけるところまで書いて」

 重苦しい沈黙が続く。今までこうなる規則性すらわからなかったが、今回は心当たりしかない。

「気持ち悪いと思うんだったら、先生を変えても大丈夫だから。曲だけは仕上げて」

 返事はなかった。仕方がないので簡単に挨拶して俺から回線を切断した。ヘッドホンを外し、チェアにもたれかかって背中を伸ばす。ギシっと椅子の軋む音が部屋に響いて、1人ということが浮き彫りになった。
 七瀬君は俺の触れられたくないところを敢えて触れてくる。自分が隠したいと思う気持ちを。でもそれは彼の音楽に対する姿勢が本気だからかもしれないと思った。結果さえ獲得できれば、そのプロセスなんて関係ないのだ。多くの天才がそうであるように。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...