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Side-Hiramiya
第3話 仮歌
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次の週決められた時間ぴったりに七瀬君から授業の呼び出しが鳴った。
「七瀬君、今日もよろしくね」
七瀬君は今日も安定の無言だった。
「前と場所が違うの?」
唐突な質問では七瀬君が一体何を訝しがっているのかわからなかった。
「あ、ああ……耳がいいんだね。今日は自宅から繋いでるよ。前は会社からだったけど」
「会社じゃなくてもいいんだ」
「うん、時間管理ができない講師が会社でやるけど……」
「時間管理できない?」
「うん、気持ちの切り替えができなくてね。でも今日は楽しみだったから。家の方が音源とかも鳴らせるしね」
七瀬君はまた黙る。黙る法則も皆目わからない。また突然シーケンサーが鳴り始める。先週のうちに、音源を差し替えて仮歌を入れた曲だった。メールにMIXもしておいてと書いたけどまさか本当に仕上げてくるとは思わなかった。
「歌のピッチも補正してくれたんだ。大変だったでしょう? ありがとう、すごく上手く聴こえる」
授業開始早々、自分の歌声を聴かされる拷問が始まったが、自分の歌で恥ずかしいと思うことはなくなった。自宅に防音録音ブースを備え付けているので、時々友達からの仮歌依頼を請けている。自分の声ですらただの楽器くらいにしか思わない。
「先生、歌もうまいんだな」
「歌以外は何が上手いと思ってくれてるの?」
「歌詞もうまい」
「ありがとう」
「なんで恋愛の歌詞ばっかりなの?」
とても一般的な疑問を投げかけられ微笑ましくて口元が緩んだ。どんな天才でも疑問に思うんだな。
「バンドは楽曲提供を受けず自分たちで曲を作るから反戦でもなんでも恋愛以外の曲を作れるけど、俺たちのようなコンポーザーは十中八九恋愛の曲になるよ」
「なんで?」
「需要が高いからだよ。音楽のターゲットは主に若年層で、その多くが恋煩いをしてるってこと」
「馬鹿みてぇだな」
「でも作曲家になるなら仮歌の歌詞くらい書けた方がいいよ。歌物のコンペで仮歌が入っていないのは審査対象外だと思ってくれてもいい。審査員が音楽の造詣があるとも限らないんだ」
「え?」
「歌の上手い下手で楽曲の善し悪しを決める奴もいるくらい。最終的に聴くのは音楽の教養もない一般人なんだから理に適ってるでしょ?」
「じゃあ審査する奴は何のプロなんだよ?」
「時代を読むプロだよ。MIXに時間かけてるなら、音色で楽曲の印象左右することはわかってるでしょ? 歌もその一部だよ」
ここで先週答えてくれなかった歌詞も書けないのに歌物にする理由を聞きたかったが、沈黙で時間を浪費するのもばかばかしいと思い話題を変えた。
「宿題の5曲はできた?」
「はい」
七瀬君は1コーラス半程度の楽曲をきっちり5曲作ってきていた。端から順に再生していったがそのほとんどがアレンジ無しでも完成形がわるようなメロディ主体の楽曲ばかりだった。七瀬君は俺に質問をしてばかりだが、どうしたらこんな曲が作れるのか、むしろ俺が質問したいくらいだ。
「なんというか……どれか選んでアレンジに進もうかと思ったけど、全部いい曲だね……。七瀬君はどの曲がいいとかあるの?」
「先生が歌いたいと思った曲を教えてほしい」
「全部歌いたいよ……。じゃあ端から順に作って行こうか? 来週までに歌詞とアレンジっていったら何曲できる?」
「この尺でよければ全部アレンジはできるけど……歌詞は……」
「どんな適当な歌詞でもいいから、つけてみて。そうしたら必ず全部歌うし、音源も差し替えるから」
あんなに気を使っていたのに、また沈黙が訪れてしまった。歌詞というのは人に見せるには心理的なハードルが高いのかもしれない。
「先生は先週の曲、どうやって歌詞考えたの?」
恥ずかしいとかではなく、全く思いつかないのか? ここまでくると長所だけを伸ばした方がいいような気もしてきた。
「七瀬君の楽曲のイメージをそのまま歌詞にしたよ」
「俺は恋愛のことを考えて曲を作ってない」
そりゃそうだ。楽曲から音楽を純粋に楽しんでる雰囲気が伝わってきた。彼は自分が知らない音を形にするのが楽しいのだろう。
「じゃあ、なんか日常で少し感動したこととか、気になる人とか、なんだったらでたらめな英語でもいい。俺に歌ってほしい発音を並べるだけでもいいから」
「先生は恋愛とかするの?」
俺の譲歩を全く無視して関係のない質問を放り込んでくる。どんだけ歌詞を書きたくないんだ。
「俺も恋愛はしてない。だけど恋愛の歌詞は書く。それが仕事だから」
「昔の恋愛とか思い出して書くわけ?」
授業終盤のテンプレのつもりか、また人を煽るような口調で質問責めが始まる。
「そうだね」
「ストックなくなったらどうするの?」
「人の恋愛相談とかにのったり、本を読んだり、自分じゃないところから歌詞を作るよ」
「先生の歌詞って借り物なの?」
楽曲そのものをそう言われているようで黙ってしまう。楽曲とともに仮歌の歌詞のまま世に出ることも少なくない。教室のホームページに載せている楽曲にも自分が作詞したものがあった。ドラマの主題歌など、監督の意向で歌詞をそのまま使うケースもあるのだ。
「七瀬君の楽曲は……聴いた時心が動かされて、昔のことを……」
「仕事で恋愛したりするの?」
急に遮られたその言葉足らずなセリフで、怒りが沸点に達する。
「どういう意味で聞いてるのかわからないけど、恋愛しなくても歌詞くらい書ける」
「なんで恋愛しないの?」
「必要ないから」
「理想が高いんだ?」
嘲笑を帯びた声色が耳に広がる。先週のチャットで七瀬君は俺の歌詞が好きだと言っていた。それが借り物の薄っぺらい歌詞だと知って、自分の楽曲が汚されたとでも思っているのか。
「ゲイだから。出会いも少ないし、失恋の方が多い。だから歌詞も失恋ものが多い」
汚らわしいと思うのならば、その薄っぺらい歌詞の背景も知らせておいた方がいいだろう。
「そろそろ時間だけど、来週までに歌詞をかけるところまで書いて」
重苦しい沈黙が続く。今までこうなる規則性すらわからなかったが、今回は心当たりしかない。
「気持ち悪いと思うんだったら、先生を変えても大丈夫だから。曲だけは仕上げて」
返事はなかった。仕方がないので簡単に挨拶して俺から回線を切断した。ヘッドホンを外し、チェアにもたれかかって背中を伸ばす。ギシっと椅子の軋む音が部屋に響いて、1人ということが浮き彫りになった。
七瀬君は俺の触れられたくないところを敢えて触れてくる。自分が隠したいと思う気持ちを。でもそれは彼の音楽に対する姿勢が本気だからかもしれないと思った。結果さえ獲得できれば、そのプロセスなんて関係ないのだ。多くの天才がそうであるように。
「七瀬君、今日もよろしくね」
七瀬君は今日も安定の無言だった。
「前と場所が違うの?」
唐突な質問では七瀬君が一体何を訝しがっているのかわからなかった。
「あ、ああ……耳がいいんだね。今日は自宅から繋いでるよ。前は会社からだったけど」
「会社じゃなくてもいいんだ」
「うん、時間管理ができない講師が会社でやるけど……」
「時間管理できない?」
「うん、気持ちの切り替えができなくてね。でも今日は楽しみだったから。家の方が音源とかも鳴らせるしね」
七瀬君はまた黙る。黙る法則も皆目わからない。また突然シーケンサーが鳴り始める。先週のうちに、音源を差し替えて仮歌を入れた曲だった。メールにMIXもしておいてと書いたけどまさか本当に仕上げてくるとは思わなかった。
「歌のピッチも補正してくれたんだ。大変だったでしょう? ありがとう、すごく上手く聴こえる」
授業開始早々、自分の歌声を聴かされる拷問が始まったが、自分の歌で恥ずかしいと思うことはなくなった。自宅に防音録音ブースを備え付けているので、時々友達からの仮歌依頼を請けている。自分の声ですらただの楽器くらいにしか思わない。
「先生、歌もうまいんだな」
「歌以外は何が上手いと思ってくれてるの?」
「歌詞もうまい」
「ありがとう」
「なんで恋愛の歌詞ばっかりなの?」
とても一般的な疑問を投げかけられ微笑ましくて口元が緩んだ。どんな天才でも疑問に思うんだな。
「バンドは楽曲提供を受けず自分たちで曲を作るから反戦でもなんでも恋愛以外の曲を作れるけど、俺たちのようなコンポーザーは十中八九恋愛の曲になるよ」
「なんで?」
「需要が高いからだよ。音楽のターゲットは主に若年層で、その多くが恋煩いをしてるってこと」
「馬鹿みてぇだな」
「でも作曲家になるなら仮歌の歌詞くらい書けた方がいいよ。歌物のコンペで仮歌が入っていないのは審査対象外だと思ってくれてもいい。審査員が音楽の造詣があるとも限らないんだ」
「え?」
「歌の上手い下手で楽曲の善し悪しを決める奴もいるくらい。最終的に聴くのは音楽の教養もない一般人なんだから理に適ってるでしょ?」
「じゃあ審査する奴は何のプロなんだよ?」
「時代を読むプロだよ。MIXに時間かけてるなら、音色で楽曲の印象左右することはわかってるでしょ? 歌もその一部だよ」
ここで先週答えてくれなかった歌詞も書けないのに歌物にする理由を聞きたかったが、沈黙で時間を浪費するのもばかばかしいと思い話題を変えた。
「宿題の5曲はできた?」
「はい」
七瀬君は1コーラス半程度の楽曲をきっちり5曲作ってきていた。端から順に再生していったがそのほとんどがアレンジ無しでも完成形がわるようなメロディ主体の楽曲ばかりだった。七瀬君は俺に質問をしてばかりだが、どうしたらこんな曲が作れるのか、むしろ俺が質問したいくらいだ。
「なんというか……どれか選んでアレンジに進もうかと思ったけど、全部いい曲だね……。七瀬君はどの曲がいいとかあるの?」
「先生が歌いたいと思った曲を教えてほしい」
「全部歌いたいよ……。じゃあ端から順に作って行こうか? 来週までに歌詞とアレンジっていったら何曲できる?」
「この尺でよければ全部アレンジはできるけど……歌詞は……」
「どんな適当な歌詞でもいいから、つけてみて。そうしたら必ず全部歌うし、音源も差し替えるから」
あんなに気を使っていたのに、また沈黙が訪れてしまった。歌詞というのは人に見せるには心理的なハードルが高いのかもしれない。
「先生は先週の曲、どうやって歌詞考えたの?」
恥ずかしいとかではなく、全く思いつかないのか? ここまでくると長所だけを伸ばした方がいいような気もしてきた。
「七瀬君の楽曲のイメージをそのまま歌詞にしたよ」
「俺は恋愛のことを考えて曲を作ってない」
そりゃそうだ。楽曲から音楽を純粋に楽しんでる雰囲気が伝わってきた。彼は自分が知らない音を形にするのが楽しいのだろう。
「じゃあ、なんか日常で少し感動したこととか、気になる人とか、なんだったらでたらめな英語でもいい。俺に歌ってほしい発音を並べるだけでもいいから」
「先生は恋愛とかするの?」
俺の譲歩を全く無視して関係のない質問を放り込んでくる。どんだけ歌詞を書きたくないんだ。
「俺も恋愛はしてない。だけど恋愛の歌詞は書く。それが仕事だから」
「昔の恋愛とか思い出して書くわけ?」
授業終盤のテンプレのつもりか、また人を煽るような口調で質問責めが始まる。
「そうだね」
「ストックなくなったらどうするの?」
「人の恋愛相談とかにのったり、本を読んだり、自分じゃないところから歌詞を作るよ」
「先生の歌詞って借り物なの?」
楽曲そのものをそう言われているようで黙ってしまう。楽曲とともに仮歌の歌詞のまま世に出ることも少なくない。教室のホームページに載せている楽曲にも自分が作詞したものがあった。ドラマの主題歌など、監督の意向で歌詞をそのまま使うケースもあるのだ。
「七瀬君の楽曲は……聴いた時心が動かされて、昔のことを……」
「仕事で恋愛したりするの?」
急に遮られたその言葉足らずなセリフで、怒りが沸点に達する。
「どういう意味で聞いてるのかわからないけど、恋愛しなくても歌詞くらい書ける」
「なんで恋愛しないの?」
「必要ないから」
「理想が高いんだ?」
嘲笑を帯びた声色が耳に広がる。先週のチャットで七瀬君は俺の歌詞が好きだと言っていた。それが借り物の薄っぺらい歌詞だと知って、自分の楽曲が汚されたとでも思っているのか。
「ゲイだから。出会いも少ないし、失恋の方が多い。だから歌詞も失恋ものが多い」
汚らわしいと思うのならば、その薄っぺらい歌詞の背景も知らせておいた方がいいだろう。
「そろそろ時間だけど、来週までに歌詞をかけるところまで書いて」
重苦しい沈黙が続く。今までこうなる規則性すらわからなかったが、今回は心当たりしかない。
「気持ち悪いと思うんだったら、先生を変えても大丈夫だから。曲だけは仕上げて」
返事はなかった。仕方がないので簡単に挨拶して俺から回線を切断した。ヘッドホンを外し、チェアにもたれかかって背中を伸ばす。ギシっと椅子の軋む音が部屋に響いて、1人ということが浮き彫りになった。
七瀬君は俺の触れられたくないところを敢えて触れてくる。自分が隠したいと思う気持ちを。でもそれは彼の音楽に対する姿勢が本気だからかもしれないと思った。結果さえ獲得できれば、そのプロセスなんて関係ないのだ。多くの天才がそうであるように。
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