180 / 240
3部 王のピアノと風見鶏
弟36話 正装
しおりを挟む
「うーん、僕はこっちがいいと思うんだけど、こっちも捨てがたくて……リアムは僕なんかより手足が長いからどっちも似合ってて捨てがたいよ……」
ピアノのコンクールを明後日に控え、ノア先生はさっきから真剣な面持ちで2つの服を見比べている。ひとつはクラシカルな燕尾服で、もうひとつは社交場用の赤のタキシードだった。コンクールはピアノの演奏なのだから服は関係ないと思うのだが、それを言い出せない雰囲気がこの場を支配していた。
「アシュレイはどう思いますか?」
俺と同じくこだわりのないであろうバーンスタイン卿は、突然話を振られてビックリしたのか顔をあげる。その拍子に俺と目が合い、優しく笑った。
「ノアは服にうるさいんだ。こうみえてオシャレに余念がないからな」
「ぼ、僕の話はいいんです! 折角のコンクールなのです! ご婦人方にも聴いていただくのですよ!?」
顔を真っ赤にして不明な理由でプンスカ怒るノアは、その矛先を王に向けた。
「王様はどっちの方がお好みですか!」
「裸の方が好きだ」
「な……なにを言ってるのです! コンクールに裸で出すわけにはいかないでしょう? 折角の晴れ舞台なのです! 王様もリアムがご婦人方に格好が良いと思われた方が嬉しいでしょう!?」
「ヤギはご婦人方に格好が良いと思われたいのか。ここにいる全員がそんな価値観で生きていないから、お前が選んだ方で良い。それにそんなに格好を気にするのならば、コンクール中はノアがリアムをピアノまでエスコートをしてやれ」
「え!?」
「リアムはまだ足が治っていない。アシュレイにでもエスコートしてもらおうと思ったが……いろいろと目立つからな。それにリアムもノアの方がリラックスできるだろう」
「でも、僕は塔から出ては……」
「前日アシュレイの家に宿泊して、会場に来れば問題ない。バーンスタイン卿の伴侶として振る舞えば良いのだ。だからいつものように空を飛んで来るんじゃないぞ」
ノアの顔はみるみる輝きだした。しかし急にバーンスタイン卿に振り返り必死な形相で慌て出す。
「アシュレイ、アシュレイ! お願いがございます! 僕の、僕の!」
バーンスタイン卿の服を掴んで、ノアはなにかを必死に懇願する。ガクガクと揺さぶられながらバーンスタイン卿は爆笑していた。
「ああ、わかった。女中たちにまたおさがりを持ってくるように言っておく。当日も髪を結ってもらいなさい。また格好の良いノアが見られるな」
ノアは感極まったのか、目に涙を溜め口をキュッと結んだ。それを見てバーンスタイン卿は笑い転げ、どうにもならなくなってしまった。
状況のよくわからない俺は、王の髪をそっと握る。
「ん? どうした?」
俺は紙を出そうと胸に手を突っ込んだが、書くまでもないと、口を動かした。
ギードに聴いてもらいたい。
可能であればノアではなく王がそばにいてくれたら、とも思ったが、立場上それも難しいだろうと思う。それならばせめてコンクールの演奏を聴いてもらえないだろうか? そう思いそれを口にした。
「帳でリアムからは見えないだろうが、貴賓席から聴いている。こうみえて毎回観覧しているのだぞ?」
王は毎回コンクールを観覧していたから、楽譜をすぐに手配できたのか。納得とともに、素朴な疑問が浮かんだ。
「しかしリアム。当日は会場全員のために弾くのだ」
王は話を続けるが、俺は浮かんだ疑問が消えないうちに、髪を少し引っ張り王に質問する。
ラルフ=ハーマンが好きなのか?
人の名前は難しい。王には伝わっていなかったようなので、俺は紙を取り出して今の質問を書き、王に渡した。
「ラルフ=ハーマン?」
王の復唱に、ノアが反応する。
「あ! リアム、今度のコンクールにラルフ=ハーマンさんも出場するって!」
王は終始わからないといった憮然とした面持ちでノアを見る。どうやら王は彼の譜面と分からず手配したらしい。
「王様が手配してくださった譜面の作曲者ですよ! リアムもすっかりファンで、作曲者の名前の読み方やタイトルの意味を質問されたほどです!」
ノアは興奮気味で顔を赤くすると、バーンスタイン卿に抱き上げられた。
「陛下、ジルベスタ=ブラウアーを応接間に待たせてあります」
「ああ。すぐに行く」
バーンスタイン卿はノアを抱えたまま部屋の外に出た。俺はこの時に既視感を覚える。
「リアム、お前は黒が似合う。衣装は燕尾服の方が良い」
王はこの髪と同じ色だと言わんばかりに、俺の髪の毛を撫で回す。俺は頷き、王の髪の毛を握った。王は嬉しそうに顔を寄せ、キスを落とす。なにも不安なことなどないはずなのに、なぜだか心が騒ぎ出す。王は2、3度キスをしたら部屋を後にした。扉が閉まった時に不安の根源に思い当たった。
ジルはなぜ俺に会いに来ないのだ?
ピアノのコンクールを明後日に控え、ノア先生はさっきから真剣な面持ちで2つの服を見比べている。ひとつはクラシカルな燕尾服で、もうひとつは社交場用の赤のタキシードだった。コンクールはピアノの演奏なのだから服は関係ないと思うのだが、それを言い出せない雰囲気がこの場を支配していた。
「アシュレイはどう思いますか?」
俺と同じくこだわりのないであろうバーンスタイン卿は、突然話を振られてビックリしたのか顔をあげる。その拍子に俺と目が合い、優しく笑った。
「ノアは服にうるさいんだ。こうみえてオシャレに余念がないからな」
「ぼ、僕の話はいいんです! 折角のコンクールなのです! ご婦人方にも聴いていただくのですよ!?」
顔を真っ赤にして不明な理由でプンスカ怒るノアは、その矛先を王に向けた。
「王様はどっちの方がお好みですか!」
「裸の方が好きだ」
「な……なにを言ってるのです! コンクールに裸で出すわけにはいかないでしょう? 折角の晴れ舞台なのです! 王様もリアムがご婦人方に格好が良いと思われた方が嬉しいでしょう!?」
「ヤギはご婦人方に格好が良いと思われたいのか。ここにいる全員がそんな価値観で生きていないから、お前が選んだ方で良い。それにそんなに格好を気にするのならば、コンクール中はノアがリアムをピアノまでエスコートをしてやれ」
「え!?」
「リアムはまだ足が治っていない。アシュレイにでもエスコートしてもらおうと思ったが……いろいろと目立つからな。それにリアムもノアの方がリラックスできるだろう」
「でも、僕は塔から出ては……」
「前日アシュレイの家に宿泊して、会場に来れば問題ない。バーンスタイン卿の伴侶として振る舞えば良いのだ。だからいつものように空を飛んで来るんじゃないぞ」
ノアの顔はみるみる輝きだした。しかし急にバーンスタイン卿に振り返り必死な形相で慌て出す。
「アシュレイ、アシュレイ! お願いがございます! 僕の、僕の!」
バーンスタイン卿の服を掴んで、ノアはなにかを必死に懇願する。ガクガクと揺さぶられながらバーンスタイン卿は爆笑していた。
「ああ、わかった。女中たちにまたおさがりを持ってくるように言っておく。当日も髪を結ってもらいなさい。また格好の良いノアが見られるな」
ノアは感極まったのか、目に涙を溜め口をキュッと結んだ。それを見てバーンスタイン卿は笑い転げ、どうにもならなくなってしまった。
状況のよくわからない俺は、王の髪をそっと握る。
「ん? どうした?」
俺は紙を出そうと胸に手を突っ込んだが、書くまでもないと、口を動かした。
ギードに聴いてもらいたい。
可能であればノアではなく王がそばにいてくれたら、とも思ったが、立場上それも難しいだろうと思う。それならばせめてコンクールの演奏を聴いてもらえないだろうか? そう思いそれを口にした。
「帳でリアムからは見えないだろうが、貴賓席から聴いている。こうみえて毎回観覧しているのだぞ?」
王は毎回コンクールを観覧していたから、楽譜をすぐに手配できたのか。納得とともに、素朴な疑問が浮かんだ。
「しかしリアム。当日は会場全員のために弾くのだ」
王は話を続けるが、俺は浮かんだ疑問が消えないうちに、髪を少し引っ張り王に質問する。
ラルフ=ハーマンが好きなのか?
人の名前は難しい。王には伝わっていなかったようなので、俺は紙を取り出して今の質問を書き、王に渡した。
「ラルフ=ハーマン?」
王の復唱に、ノアが反応する。
「あ! リアム、今度のコンクールにラルフ=ハーマンさんも出場するって!」
王は終始わからないといった憮然とした面持ちでノアを見る。どうやら王は彼の譜面と分からず手配したらしい。
「王様が手配してくださった譜面の作曲者ですよ! リアムもすっかりファンで、作曲者の名前の読み方やタイトルの意味を質問されたほどです!」
ノアは興奮気味で顔を赤くすると、バーンスタイン卿に抱き上げられた。
「陛下、ジルベスタ=ブラウアーを応接間に待たせてあります」
「ああ。すぐに行く」
バーンスタイン卿はノアを抱えたまま部屋の外に出た。俺はこの時に既視感を覚える。
「リアム、お前は黒が似合う。衣装は燕尾服の方が良い」
王はこの髪と同じ色だと言わんばかりに、俺の髪の毛を撫で回す。俺は頷き、王の髪の毛を握った。王は嬉しそうに顔を寄せ、キスを落とす。なにも不安なことなどないはずなのに、なぜだか心が騒ぎ出す。王は2、3度キスをしたら部屋を後にした。扉が閉まった時に不安の根源に思い当たった。
ジルはなぜ俺に会いに来ないのだ?
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ふたなり治験棟 企画12月31公開
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる