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できることできないこと
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アスファルトを擦る規則的な音。それに伴ってでこぼこした地面の感覚が直接右手に伝わってくる。視界にあるのはどこまでも続いていく深い深い、暗闇。でも静寂しか感じさせないはずの暗闇なのに、周りでは楽しそうな笑い声や聞き覚えのある特徴的なメロディが流れている。
闇の中を手探りで一歩一歩、歩いていく。不安定で不確かなこの世界に住む僕にとって外へ出ることはただただ怖いだけなのだけど、今日はその限りではない。恐怖よりも、楽しさの方が勝る出来事が外の世界には待っているのだ。
自宅から出てしばらく歩くと、今までの喧騒が少し遠ざかる。ここまで来れば目的地はすぐそこだ。元々家からはそう遠い所ではないためそろそろ着く頃だろう。そう思うと心が弾んで、光のない世界が明るくなったような気がした。
「あ、やっと来た!」
その声とともに軽やかに地面を蹴る音が耳に届く。足音は僕の目の前で止まった。左手からは暖かくて優しい温もりがじんわりと伝わってきた。
その手はそっと僕の手を握って、共に歩む道を導いてくれる。そのおかげで不安だった心が落ち着いた。何故だか先程よりも視界が明るく感じる。
「今日はどこへ連れていってくれるんだ?」
「んー、お花見?」
「花見? 初めて行くなぁ」
「……そう、だよね」
コロコロ変わる彼女の声は聞いていて飽きない。不思議なことに話しているだけで同じ景色を見ているような錯覚まで覚えるくらいだ。
彼女に手を引かれるまま歩いて行くと、遠巻きに聞こえていた人の声すらも聞こえなくなった。
「着いたよ。座れる?」
「ああ、大丈夫」
二人隣り合わせに腰を下ろす。触れ合っている部分から彼女の温度が僕に流れてくる。彼女がいることで、僕は一人じゃないんだと感じることができる。これがどんなに僕の心を元気づけてくれたことだろうか。
「ねね、手出して」
掌を上に広げて見せると何か軽いものが掌へと乗せられたようだった。気になった僕はもう片方の手でその何かを触ってみた。
ちり紙と同じかそれよりも柔らかくて薄い、指の先程度の大きさの何か。これは一体何なのだろう?
「それはね、桜っていう花だよ」
「桜?」
「そう。薄くて淡い桃色のお花。見ていると暖かい気持ちになれるような優しくて儚いもの」
「なんだか君みたいだ」
「え、そんなことないよ……」
少しだけ、彼女の声が沈む。
もの哀しさと寂しさが入り混ざったような声色で彼女は小さく呟いた。
「私、そんな綺麗な存在じゃないの」
「そんなことない、君は……」
目の見えない僕にこんなに親切にしてくれて、新しい世界を教えてくれた彼女。僕の隣にいてくれたのは唯一彼女だけだった。
「私の姿が見えないからそんな風に言えるんだよ」
「……どういうこと?」
「私、目が合った人を石に変えてしまうの」
だから……僕の隣にしか居られない、と彼女は続けた。
すぐ横では体を震わせている気配が伝わってくる。小さく嗚咽を漏らす彼女はきっと、泣いているのだろう。
「目が見えないことで君と出会えたのなら、僕は盲目で良かったよ」
いつも僕を導いてくれる手に気持ちが通じるようにそっと手を重ねた。この暖かさを知らなかったらきっと僕は今でも暗闇の中にいただろう。
「……ありがとう」
嗚咽混じりにそう言った彼女は笑っているような気がした。そして僕の想いを受け取るようにぎゅっと手を握り返してくれた。
もしも神様が僕の目が光を感じられないようにしたのなら、それはたぶん彼女の隣に居るためにそうしてくれたのではないかと思う。盲目がそばに居る理由になるのなら、僕にとってはこれ以上ない幸せなのだろう。
闇の中を手探りで一歩一歩、歩いていく。不安定で不確かなこの世界に住む僕にとって外へ出ることはただただ怖いだけなのだけど、今日はその限りではない。恐怖よりも、楽しさの方が勝る出来事が外の世界には待っているのだ。
自宅から出てしばらく歩くと、今までの喧騒が少し遠ざかる。ここまで来れば目的地はすぐそこだ。元々家からはそう遠い所ではないためそろそろ着く頃だろう。そう思うと心が弾んで、光のない世界が明るくなったような気がした。
「あ、やっと来た!」
その声とともに軽やかに地面を蹴る音が耳に届く。足音は僕の目の前で止まった。左手からは暖かくて優しい温もりがじんわりと伝わってきた。
その手はそっと僕の手を握って、共に歩む道を導いてくれる。そのおかげで不安だった心が落ち着いた。何故だか先程よりも視界が明るく感じる。
「今日はどこへ連れていってくれるんだ?」
「んー、お花見?」
「花見? 初めて行くなぁ」
「……そう、だよね」
コロコロ変わる彼女の声は聞いていて飽きない。不思議なことに話しているだけで同じ景色を見ているような錯覚まで覚えるくらいだ。
彼女に手を引かれるまま歩いて行くと、遠巻きに聞こえていた人の声すらも聞こえなくなった。
「着いたよ。座れる?」
「ああ、大丈夫」
二人隣り合わせに腰を下ろす。触れ合っている部分から彼女の温度が僕に流れてくる。彼女がいることで、僕は一人じゃないんだと感じることができる。これがどんなに僕の心を元気づけてくれたことだろうか。
「ねね、手出して」
掌を上に広げて見せると何か軽いものが掌へと乗せられたようだった。気になった僕はもう片方の手でその何かを触ってみた。
ちり紙と同じかそれよりも柔らかくて薄い、指の先程度の大きさの何か。これは一体何なのだろう?
「それはね、桜っていう花だよ」
「桜?」
「そう。薄くて淡い桃色のお花。見ていると暖かい気持ちになれるような優しくて儚いもの」
「なんだか君みたいだ」
「え、そんなことないよ……」
少しだけ、彼女の声が沈む。
もの哀しさと寂しさが入り混ざったような声色で彼女は小さく呟いた。
「私、そんな綺麗な存在じゃないの」
「そんなことない、君は……」
目の見えない僕にこんなに親切にしてくれて、新しい世界を教えてくれた彼女。僕の隣にいてくれたのは唯一彼女だけだった。
「私の姿が見えないからそんな風に言えるんだよ」
「……どういうこと?」
「私、目が合った人を石に変えてしまうの」
だから……僕の隣にしか居られない、と彼女は続けた。
すぐ横では体を震わせている気配が伝わってくる。小さく嗚咽を漏らす彼女はきっと、泣いているのだろう。
「目が見えないことで君と出会えたのなら、僕は盲目で良かったよ」
いつも僕を導いてくれる手に気持ちが通じるようにそっと手を重ねた。この暖かさを知らなかったらきっと僕は今でも暗闇の中にいただろう。
「……ありがとう」
嗚咽混じりにそう言った彼女は笑っているような気がした。そして僕の想いを受け取るようにぎゅっと手を握り返してくれた。
もしも神様が僕の目が光を感じられないようにしたのなら、それはたぶん彼女の隣に居るためにそうしてくれたのではないかと思う。盲目がそばに居る理由になるのなら、僕にとってはこれ以上ない幸せなのだろう。
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