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奪還編

第54部分 君の名前は……

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 戦局は絶望的だった。
 香以外はもう戦える状態ではなかった。

 アイラの魔力の上昇。
 香の疲弊。
 リザは香にもう勝ち目がないことが分かっていた。

「アイラに勝って、王女様を連れ戻して、リザちゃんとまた一緒に冒険をするんです」

 それでも香は刀を構える。

「もういい、無駄なことはやめろ。…………なぁ、アイラ」

「なんじゃ?」

「香はジンブ出身なんだ、この地に縛り付けるのは許してくれ。それに姫様や騎士も国に返して欲しい。二人には帰るべき場所がある。それにハヤテはやっと冒険を始めたんだ。縛らないでくれ」

「ちょっとリザちゃん、何を言っているんですか!?」

「我儘なエルフじゃ」

「代わりに私を好きにして構わない。私は元々奴隷だ。酷い扱いに慣れてる。どんなことだってする。どんなことだってされる」

「ちょ…………」

「うむ、優秀なエルフを好きに出来るのは魅力的ではあるな」
 アイラは顎に手を当てて、考え込む。


「勝手に話を進めるな!!」
 香は叫んだ。


「リザちゃん、また、馬鹿なことを言い出さないでください!」
 香は刀を手放し、両手でリザの両肩を掴んだ。

「香、この前とは状況が違う。もし、誰かが犠牲になるとしたら、私が良い。みんなには帰る場所がある。私はこの先どうなるか分からない。ううん、私がいるとハヤテや香が行動を制限される。私がいない方が良い」

「…………リザちゃん、ごめんなさい」
 香はリザを思いっきり殴った。

「この際だから言いますね。リザちゃんのそういうところ、大嫌いです。私は奴隷制度は否定します。奴隷としての生き方しか知らない人たちが抵抗できないのは仕方ないです。でも、リザちゃんは違う。奴隷以外の生き方を知りました。それなのに抵抗しようとせず、簡単に受け入れようとします。私やハヤテが別の道を示さないとすぐに奴隷を受け入れようとします」

「香は馬鹿だからそんなことを言うんだ。大きな力に喧嘩を売るのは間違いだ。今だって、そうだ。アイラに勝てないのに戦おうとしている」

「もし、不条理を黙って受け入れるのが賢いなら、私は馬鹿で良いです。それにアイラがリザちゃんと交渉なんてすると思いますか?」

 香はアイラに視線を移した。
 アイラは不敵に笑う。
「エルフより賢いのぉ。そうじゃ、別にそんな交渉に応じずとも力ずくで全てを手に入れる」

「…………………」

「リザちゃん、もう何もしなくていいです。そんなに奴隷になりたいなら、これが終わった後にリザちゃんを私の奴隷にします。もうどこにも行かせません」

 香は『ミノワ』を拾った。

「すいませんね。待って頂いて」
「構わぬ、面白いものを見れた」
「強者の余裕ですか?」
「そうじゃな。…………小娘、今の状態でその武器を使うのはやめた方が良いぞ。魔力以外のモノまで犠牲になるやもしれん」
「それであなたを倒せるなら本望です…………!」

 香は中段に構えた。

「なるほどのぉ、覚悟はあるんじゃな」
 
 勝利か、死か…………
 香の頭にはその二つが過る。

 香の最後の攻勢…………

「魔陰流奥義『カクブギョウ』…………!」



「ほう、まだ面白い技を持っておったか!」
 アイラは正面から受けた。

 香の『ミノワ』とアイラの『竜爪』がぶつかる。

 大気が震えるほどの打ち合い。
 怒涛の連撃がぶつかった。

 それが先に止まったのは香だった。
 
 攻勢が限界に達した。
 そこをアイラの『竜爪』が襲う。
 香の体に何度も爪が突き刺さり、香の体は真っ赤になった。

 アイラは香が倒れる寸前に首を掴んだ。
 香はアイラを睨みつける。

「ほう…………まだそんな眼をするか。おぬしを無理やり従わせるのは出来そうにないのぉ」

 アイラは手に力を入れた。

「香!」

 リザが矢を放った。
 しかし、矢は途中で止まり、地面に落ちる。

「無駄じゃ。今の儂は『竜装』ではなく、周囲に『竜圏』を張っておる。生半可な攻撃では儂に届きもせぬ。……じゃが、小賢しい動きをされるのも嫌じゃの『竜弾』」

 アイラが放った高密度の魔弾は一撃でリザの弓を破壊してしまった。

「さて、駄目元で聞くが、東方人、儂の奴隷にならぬか? お主の戦闘力ならいずれ高い地位に付けてやることを考えなくもない」

 その問いに対して、香は無言で刀をアイラの胸に突き刺した。
 魔力も力もこもっておらず、ただ当たっただけだった。
 アイラは少し悲しそうな表情で「じゃろうな」と言った。

 アイラはさらに香の首を強く締める。

「かはっ…………」

 香の体から力が抜ける。
 刀を持っていることが出来ず、地面に落ちた。
 手足はぶらりと垂れる。

「止めろ…………! 止めてくれ!」

 リザは叫んだ。

「だったら、戦ったらどうじゃ、エルフ? そこに倒れている騎士も、この東方人も自分の限界まで戦った。なのに、お主はどうじゃ?」

「だって、私じゃお前に敵わない!」

「そうか、なら黙ってみておれ。さすれば、命だけは助けてやる」

「違う…………! 私は自分が助かりたいんじゃない! 私の大切な人たちを守りたいんだ!」

「覚えておくとよい。弱者は何も守れぬ。踏みにじられるだけじゃ」

 香の首にアイラの爪で食い込み、血が流れる。

 目の前で大切な人が死ぬ。

「…………………………」

 昔のことを思い出す。
 思い出したくない記憶。
 リザが自らの精神を安定させる為に無意識に封印した記憶トラウマ


「………………分かった。失うくらいなら、なんだってする……! ハヤテ、聞いているか? ごめん、辛い記憶を流す」

 
 上空にいた俺にもリザの感情は流れてきた。
 別に構わない。
 リザは俺の相棒だ。

 流れてきたのはリザのトラウマだ。

 今まで知らなかった両親が殺される瞬間。
 …………いや、そうじゃない。
 リザが暴走して盗賊諸共、両親を焼き殺してしまった瞬間の記憶だ。
 それが原因で同じ村の人たちから、奴隷商人に売られたリザ。
 そして、現実から目を逸らして、自分の名前と、炎属性の魔法と、トラウマを封印した。

『主、酔ったか?』

 俺が嘔吐したのをリントブルムが気に掛ける。

「大丈夫だ。何も心配ない」

 そうだ、何も心配ない。
 何があろうとリザはリザだ。

「これは…………?」
 召喚盤のリザのカードが光った。
 テキストが書き換えられる。

 青炎のハーフエルフ ユーエル・フォーティス
 レベル⑤属性(炎) パーソン ソウルポイント+2000

「アレを渡す時が来たみたいだね…………」

 俺はカードを引く。
 そして、そのカードを、リザのカードに重ねた。

 ユーエル…………それが君の本当の名前かい、リザ?
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