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2日目

第10話 二日目:豊平峡温泉(〝インドカレー〟と共に)

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 朝食を終えた私と親友は、バス停に向かった。
 今日は、私の腰痛を案じた親友が温泉に行くプランにしてくれた。なんて優しいんだろう。好きだ。
 
 向かう先は、「豊平峡温泉」という、札幌からバスで約二時間のところにある源泉百パーセントかけ流し温泉だ。札幌市内で唯一貯湯タンクを使用せず、地中から源泉を直接浴槽に注いでいるらしい。

 そしてなぜか店内にあるインドカレー屋が有名だ。面白い組み合わせだ。

 豊平峡温泉でインドカレーを食べたいと親友に言うと、少し苦い顔をしていた。

 バスに乗り、都会の札幌からド田舎……もとい、郊外に移動する。だんだんとビルが少なくなっていき、広い畑とポツポツと住宅が見えてくる。田舎者の私にとっては、こちらの風景の方が落ち着いた。

「なあなあ」
「ん?」
「なんで信号が横長じゃなくて縦長なん?」
「雪が積もらないようにだよ」
「なんで車線の上にいっぱい矢印の看板あんの?」
「雪が積もったら車線が見えなくなるからだよ」
「なんでバス停が立派なプレハブなん?」
「冬に屋根と壁がない場所で待たされると辛いでしょ?」

 北海道には本州と違うところがたくさんあった。それは札幌ではあまり気にならなかったが、田舎に出てみるとよく目に付く。

「北海道は可愛い家が多いなあ。外国みたいや」
「本州とは違うよね。私も本州に出たとき、瓦葺の屋根の住宅に感動したもん」

 木も本州と違う。私の地元ではスギやヒノキが植わっているが、北海道ではシラカバやポプラがほとんどだ。

 また、本州では見慣れない花もあった。
 密集した白い小さな花がレースのように、傘上に、もしくは平たく咲いている植物。

「あの白い花なにぃ?」
「え、なんだろう。当たり前に咲きすぎてて名前気にしたこともなかった」

 のちに調べたのだが、その花は「ノラニンジン」というらしい。ヨーロッパ原産で、日本に帰化しているそうだ。

 ノラニンジンは田畑や道端などにたくさん咲いていた。見たことのない奇妙な花に、私は夢中になった。走っているバスの中からしか見られなかったので、詳しい形状などがよく分からない。

 遠目で見ているとそれは、とても可愛くも見えたし、とても気味悪くも見えた。
 傘上に咲いているものはまだいいが、平たく咲いているのが不自然に感じて「花」として認識できなかったのだ。

 いつかあの花を近くで見てみたいな、と私は脳内の「北海道でやりたいリスト」にメモをした。

 約二時間後、豊平峡温泉に到着した。かなり山奥に来たのだろう、アルプスの少女ハイジで出てきそうな、山に囲まれたのどかな景色が広がっている。

 私と親友は早速、真っ裸になり温泉に繋がる引き戸を開けた。

「おわっ!」

 思わず声が出てしまった。さすが源泉百パーセントかけ流し温泉。石灰華と呼ばれる、炭酸カルシウムや鉄分などが結晶化したものが室内の床や浴槽に形成されていて、もはや元の床がどんなものだったか分からない。
 まるで鍾乳洞に来たようだ。いやあんなトゲトゲ要素はないのでご安心を。

 室内の浴槽は深めで、温度は熱めだった。熱風呂好きの私にはたまらん。

 そして湯は、ほんのり濁っていてほんのりトロトロしていた。肌がツルツルになりそうだ。

 露天風呂は広く、自然に溢れていた。大きな水車が湯を落としているのがオシャレだ。そして色とりどりの花に囲まれる小さな小さな滝が見える。
 
 露天風呂の湯はぬるめで、のぼせずに延々と入っていられる。湯の花が湯面に浮かんでいるところから、この温泉の質の良さが見てとれる。
 湯のまわりや上空に、トンボやハチなどが飛んでいて、虫が苦手な親友は逃げ回っていたので、私はそれを見て笑っていた。

 豊平峡温泉の湯は飲めるらしく、飲料用の温泉が流れている蛇口があった。
 親友が飲んでいたので、私も試しに飲んでみる。

「……鉄棒の味や」

 鉄のサビのような味がする熱い湯を、健康のためにとヒィヒィ言いながら飲んでいる親友。
 私は一口飲んでその場から去った。

 たっぷり温泉を堪能したあとは、豊平峡温泉内にあるインドカレー屋に入った。
 ごっついナンと、ホタテカレー。
 私たちは黙々とそれを口に運び、あっという間に完食する。

「……普通のインドカレーやな」
「インドカレーは、北海道じゃなくても食べられるからね」
「ま……まあ、おいしかった!」
「うん。北海道じゃなくても食べられるけど」

 なるほど、親友が苦い顔をしていた理由がよく分かった。

 こうして私たちはまったりとした半日を過ごし、都会の札幌に帰ったのだった。
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