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2日目

第9話 二日目:朝食ビュッフェ@ホテル

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 夜中三時半にベッドに入った私と親友だが、それからもしばらく話していた。……というより、私が話しかけては親友が眠そうに相槌を打ったり返事をしたりしていたのだが。
 眠ってしまったのか、親友から返事の代わりに寝息が聞こえてきたので、仕方なく私も目を瞑った。

 翌朝、私たちはのろのろと起きる。

「おかしいな」

 私が呟くと、親友も頷いた。

「「おなかすいた」」

 嘘だろ。昨晩夜中の三時半まで暴飲暴食していたのに。どうして腹が減っているんだ。きっと北海道は胃にバフがかかるエリアなのだ。なんだ、それなら仕方ないな。

 朝食はホテルのビュッフェだ。
 私はビュッフェが好きだ。いくらでも食べていいという、制約のない時間にテンションが上がるのだ。

 私と親友はトレーを手に、料理が並んでいるところを見て回る。
 全体的なメニュー自体は本州とそれほど変わらない。
 だが、みっつ、「さすが北海道」と感じたところがあった。

 まずひとつ目は、ネギトロがあったことだ。
 信じられるか、朝食にネギトロだぞ。このホテルといい海鮮丼屋といい、この世界ではネギトロはそんな扱いなのか。私にとってネギトロは、晩ごはんに出たらごちそうだと手を叩いて狂喜乱舞するようなものだぞ。
 それなのに、北海道では端役や朝食の付け合わせ扱いだ。
 この時代に、ここで生まれてしまったばかりに一番になれないなんて。まるで周瑜じゃねえか……。なんだか切ない。俺がたらふく食ってやるからな。俺の中ではお前は世界一だぞ、ネギトロ。

 ふたつ目は、デザートのところに生クリームの、あの絞るやつ(あれ何て言うんだ)がそのままデーンと置いてあったことだ。
 待て。待て待て。これはどういう意味だ。
 「どうぞご自由にお絞りください」ってか。それとも罠か?
 ここで立ち尽くして考察していても仕方がない。私はデザートの横に生クリームを添えた。
 ほ、本当にいいんですか? いいいのなら、いっそこのままテーブルにこの子持ち帰っていいですかね。絶対に幸せにするので……。
 葛藤の末、私は理性で本能を押さえつけ、生クリームを元あった場所に戻した。

 みっつ目は、アイスクリームがあったことだ。
 ふざけるな。朝食にアイスクリームだと。さすがの私でもネギトロに生クリームにアイスクリームは朝から食べられない。悔しい。私にもっと強靭な胃があれば……。

 私は……弱い……。

 テーブルに戻った時には、私は北海道の強さを見せつけられて瀕死状態だった。食べる前から負けている。なんだこの強さは。

 私がトレーに載せたものは、サラダ、ポテトサラダ、マカロニサラダ、スクランブルエッグ、オムレツ、卵焼き、ネギトロ丼、白菜と豚肉のミルフィーユ鍋、白魚のグリル、もずく、ポテトポタージュ、チーズケーキとフランボワーズムースケーキ、カルピスゼリーだ。

 安心してほしい。全て少量ずつだ。
 インスタでは「朝から食べすぎだろ」というコメントがたくさんついていたような気がするが、少量ずつだ。
 だって親友も同じくらいの量だったからな。

 しかし、私のトレーを見た親友はジトッとした目を私に向ける。

「胃にもたれるのばっかりだけど……。大丈夫?」
「おん! 大丈夫」
「乳製品と卵取りすぎだろ」
「それは思った」

 私と親友はお喋りをしながら料理を口に運ぶ。
 どれもこれもおいしいが、まあ特筆することはないかな、くらいの味だ。
 デザートのクオリティは、ビュッフェにしてはクオリティが高かった。特にチーズケーキは、断面を見て親友が「これは美味しいチーズケーキの断面だ」と食べる前から判断を下していたくらいだ。味もさすがは北海道、おいしかった。

 しかし、私を一番驚かせたのは料理ではなかった。
 浦幌産の牛乳だ。 

 正直に言うと、私は牛乳がそれほど好きではない。乳製品は大好物だが、牛乳単体で飲むなんて、普段なら考えもしないことだ。(だから初日もコーヒー牛乳を飲んでいた)

「ぽみー、この牛乳飲んでみなよ。おいしいよ」
「えー、ほんまぁ?」
「ほんとほんと」

 私は親友の舌を百パーセント信用している。だから普段好んで飲まない牛乳にも口を付けた。

「!!」

 今日は記念日だ。
 私の牛乳に対する概念をぶち壊してくれた浦幌産牛乳記念日。

 私が知っている牛乳は、少し生臭くて、どこかねっとりとしつこくて、飲んだ後に不快感が残る味だ。すまん、本当に好きじゃあないんだよ牛乳のこと。ボロクソに言って悪いな。

 しかし、浦幌産牛乳は違った。
 スゥッと清涼な風が舌を撫で、喉まで通っていく感覚だった。舌に残ったのは、シンプルな甘みだけ。

「あれ、これ砂糖入ってる?」

 親友にそう尋ねてしまったほどだ。
 親友はどこかニヤけながら、首を横に振った。どうやら砂糖なんて入っていないらしい。

 私は大きな勘違いをしていたようだ。
 新鮮な牛乳ほど、濃厚なのだと思っていた。
 違う。そんな単純な話ではなかった。

 新鮮な北海道産の牛乳は、私が今まで飲んできたどの牛乳よりもさっぱりしていた。私が「牛乳の甘味」だと思っていたあのくどい風味も、浦幌産牛乳では全く感じず、あったものは砂糖かと勘違いしてしまうほどシンプルな甘みのみ。

「……牛乳うめえ」
「でしょ、でしょ。私、牛乳好きなんだー」

 牛乳、ごめん。俺、今まで勘違いしていた。
 お前のこと、メンヘラ女だと思ってたけど……違ったんだな。
 これはひと夏の青春の味だ。

 放課後に、川の土手で彼女の乗る自転車を押す俺。
 黒髪を風になびかせて笑う彼女(牛乳)。

 そんな青春の味がした。

 親友の言った通り、私は卵とその他炭水化物にやられてたった一プレートで満腹になってしまった。デザートのおかわりをしようと思っていたのに。不甲斐ない。

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