27 / 71
お客様 2
しおりを挟むグリッグはお客の先に立って歩き出した。ランドルはそっと後に続く。
玄関ホールを抜け、廊下を歩き出すと、四人の──特に女性二人の表情が強ばっていった。きっとこの殺風景な荒れ果てた光景に、異常を感じているのだろう。しかし二人とも口には出さず、黙って付いてくる。
やがて一行はフェリシアの部屋の前へ来た。
質素な扉だ。
本来なら客を招き入れるような部屋ではない。子供部屋だ。だが、フェリシアはこの部屋でだけ暮らしているので仕方ない。
「こちらです」
グリッグがドアを開ける。
フェリシアは、ベッドの手前の椅子にちょこんと腰を下ろしていた。
アラベラが棒立ちになった。
大きく目を見開き、小さなバッグを握りしめた両手が震えている。
そのままよろめくようにアラベラは何歩か進んだ。
「フェリシア……様? フェリシア様ですか?」
フェリシアはきょとんとし、それからなぜか顔を赤らめた。
「はい……。あの……」
するとアラベラはもう少し進み出た。
「……なんと大きくなられて……。覚えておいでですか? 私、前にお嬢様と音楽のお勉強をした……」
じっと、アラベラをみつめていたフェリシアの顔が、パッと輝いた。
「あ……、先生? ……アラベラ先生?」
フェリシアは、椅子から立ち上がった。
「覚えていて下さったんですね」
アラベラが涙ぐむ。
「ほんとに先生?」
フェリシアは目を丸くした。
「ほんとに? ほんとに先生? わああ。」
嬉しそうに何度も繰り返す。
わああ──?
ランドルは少し呆れた。
まったく礼儀作法が──。
そこで気づいた。
フェリシアは、教育どころか世話をしてくれる者も、話をする相手もいなかったらしい──。
これは仕方の無いことか──。
駆け寄ったアラベラはフェリシアの手を取ると、涙を流し、そしてハッとした。
「あっ、フェリシア様、ご病気は? お体は大丈夫なのですか?」
そして恐る恐るフェリシアの髪に、頬に触れた。
「傷一つない、なんてお可愛らしい……」
フェリシアはちょっともじもじしたものの、アラベラを嬉しそうに見つめた。
「先生、先生に習った歌、私、よく歌ってました。ピアノは……無くなっちゃって弾けなくなったけど」
そこでフェリシアは、アラベラの後ろのエドニに気がついた。その目がパッと丸くなる。
エドニが前へ進んだ。
「初めまして、フェリシア様。私はエドニと申します」
フェリシアの顔が赤くなった。
「は、初めまして……。フェリシア・ベル・ラムズです」
フェリシアは挨拶らしきものを小さな声で返すと、片手を伸ばしてすぐ側にいたグリッグの上着を掴んだ。
「どうしたの?」
グリッグが驚いたように聞くと、フェリシアはグリッグの上着の裾を恐らく無意識で引っ張りながら、恥ずかしそうに言った。
「こんなに綺麗なお姫様、は、初めてで……。びっくりした……」
「まあ」
それを聞くと、エドニはこちらも恥ずかしそうに頬を染め、「ありがとうございます」と笑った。
それから、
「フェリシア様、……ご病気と伺ったのですが、違います……よね」
と付け加えた。
グリッグが二人に尋ねた。
「ご覧の通り、フェリシアは健康です。一体どういうことですか?」
アラベラとエドニは顔を見合せた。
「あの……」
アラベラが口を開く。
「ラムズ公爵夫人が仰るには、天疫痘に罹られたと。それで、その、体に……お顔にも痕が残り、お嬢様は誰にもお会いにならないとお手紙を頂きました」
アラベラの口調には怒りが混じっていた。
「私は、それならせめてお声だけでも聞けたらと、もしも、少しでもお慰め出来たらと思い伺ったのですが、……いったい公爵夫人は何故そんな事を仰ったのでしょう」
「私が……病気……?」
フェリシアはちょっと目を見張ったが、別段驚かないようだった。
「そう、ですか。そうですね。前に頭が痛くなったり熱くなったり……喉が痛くて咳がとまらない事も、ありました。……それの事かな……。でも、もうずっと前ですけど……」
「それは……」
アラベラがフェリシアの手を取った。
「その時は、どなたが看病してくれたのですか?」
「……いえ……ひとりで……」
「なんてこと……」
アラベラのそれから隣のエドニの顔も強ばった。
フェリシアは首を振った。
「仕方がないんです。私はお母さんが、どこの馬の……あ、ど、どこの人か分からない側室の子なので、ここに住めるだけでも……」
フェリシアの頭の上を回ってた飛ぶ人形が降りてきて、フェリシアの頬に触れた。フェリシアが嬉しそうな顔をする。しかし、客人には人形は見えないようだった。
「そんな酷い事……」
「あの、侍女は居ないのですか?」
エドニも声を震わせて言った。
「じじょ?」
フェリシアが首を傾げる。
「まさか、公爵令嬢なのに、まさか……」
「私はずっと一人暮らしでした」
フェリシアはそう言ってグリッグを見上げる。
「でも少し前にグリッグが来てくれたので、今は……」
グリッグが静かに言った。
「私は、フェリシア様の母君の里からまいりました。訳あって母君の御実家の名前は伏せますが……ここに来て驚きました。ラムズ公爵家がまさか娘にこんな仕打ちをするとは……」
アラベラとエドニも青ざめた顔で唇を噛んだ。
「公爵閣下は、この事をご存知なのでしょうか」
アラベラがそう言う。するとエドニが
「ご存知ないのではないでしょうか。もしかするとやはりご病気で誰とも会いたくない、などと夫人に言われて、信じていらっしゃるのでは……」
と言った。
「お知らせした方がいいのではありませんか」
アラベラが語気を荒げる。
「しばらく……」
グリッグが静かに言った。
「その事は、しばらくお待ち頂いてもよろしいでしょうか。私も少し調べておりますので」
アラベラとエドニは顔を見合せ、頷いた。アラベラは少し不服そうだったが何も言わなかった。
10
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された没落寸前の公爵令嬢ですが、なぜか隣国の最強皇帝陛下に溺愛されて、辺境領地で幸せなスローライフを始めることになりました
六角
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、王立アカデミーの卒業パーティーで、長年の婚約者であった王太子から突然の婚約破棄を突きつけられる。
「アリアンナ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」
彼の腕には、可憐な男爵令嬢が寄り添っていた。
アリアンナにありもしない罪を着せ、嘲笑う元婚約者と取り巻きたち。
時を同じくして、実家の公爵家にも謀反の嫌疑がかけられ、栄華を誇った家は没落寸前の危機に陥ってしまう。
すべてを失い、絶望の淵に立たされたアリアンナ。
そんな彼女の前に、一人の男が静かに歩み寄る。
その人物は、戦場では『鬼神』、政務では『氷帝』と国内外に恐れられる、隣国の若き最強皇帝――ゼオンハルト・フォン・アドラーだった。
誰もがアリアンナの終わりを確信し、固唾をのんで見守る中、絶対君主であるはずの皇帝が、おもむろに彼女の前に跪いた。
「――ようやくお会いできました、私の愛しい人。どうか、この私と結婚していただけませんか?」
「…………え?」
予想外すぎる言葉に、アリアンナは思考が停止する。
なぜ、落ちぶれた私を?
そもそも、お会いしたこともないはずでは……?
戸惑うアリアンナを意にも介さず、皇帝陛下の猛烈な求愛が始まる。
冷酷非情な仮面の下に隠された素顔は、アリアンナにだけは蜂蜜のように甘く、とろけるような眼差しを向けてくる独占欲の塊だった。
彼から与えられたのは、豊かな自然に囲まれた美しい辺境の領地。
美味しいものを食べ、可愛いもふもふに癒やされ、温かい領民たちと心を通わせる――。
そんな穏やかな日々の中で、アリアンナは凍てついていた心を少しずつ溶かしていく。
しかし、彼がひた隠す〝重大な秘密〟と、時折見せる切なげな表情の理由とは……?
これは、どん底から這い上がる令嬢が、最強皇帝の重すぎるほどの愛に包まれながら、自分だけの居場所を見つけ、幸せなスローライフを築き上げていく、逆転シンデレラストーリー。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
追放聖女35歳、拾われ王妃になりました
真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。
自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。
ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。
とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。
彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。
聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて??
大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。
●他作品とは特に世界観のつながりはありません。
●『小説家になろう』に先行して掲載しております。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる