忘れられた姫と猫皇子

kotori

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 中に入り、フェリを長椅子に降ろすと、ランディはお茶の用意を始めた。
「今日はここの使用人たちは休みをやったから、誰もいないんだ」
 そう言って自ら動く様子に、フェリは慌てて立ち上がった。
「ラ、ランディ、私がします!」
 しかしランディは首を振った。
「ずっとグリッグがやるのを見てたからね、私も中々上手いんだよ」
 
 やがて、確かに手際よく整えられたお茶のワゴンを押して、ランディがサンルームへ行く。
 フェリはランディに頼まれ、庭の花を切ってきた。
 どれでも切って構わないと言われたので、素晴らしいエルダーの木から、エルダーフラワーと、溢れるように咲いているピンクの薔薇にした。
 それをテーブルに飾ると、ランディは微笑んだ。
 
「フェリの見立てはすごいな」
 そう言って、フェリの前のティーカップの隣に、ランディは何かを置いた。
 それは、指輪だった。
 大きなピンクダイヤモンドと、シードパール。それはまさにフェリが切って飾った花のようだった。
 
「母が使っていた。皇室に代々伝わるものだ。だから、もしかしたら元々はフェリの母君の国のものかも知れない」
 フェリは恐る恐る手に取った。
「なんて綺麗……」
 ランディがほう、と息を吐く。
「すごくよく似合うよ。フェリにぴったりだ」
「あ、あの……」
 ランディは少し頬を染めて、にこにこしている。
 この美しい指輪は、いったい……。まさか、プレゼント、なんてことは……。
 と、フェリが考えているとランディが言った。

「結婚式はなるべく早くしようね」
「…………?」
 そこでフェリは驚いてランディを見た。
「…………結婚?」
「私たちはずっと一緒にいるんだから」
「……あ……」
 そう、ずっと一緒と、そう言った。けど、そうか、それはつまり……。
 
「ランディと結婚……て、ランディは皇太子、だよね……」
「そう、フェリは皇太子妃だね」
 
 フェリは青ざめた。
 皇太子妃? ……それは、ゆくゆくは皇后という……?

「それは、無理では……」
 ランディの目がキラッとした。
「どうしてそんなこと言うの?」
「あ……」
 フェリは目を伏せた。

「……私、それでなくてもいろいろ遅れている、のに……」
「問題ないよ、大切なのは、私とこの国を愛してくれることだから」
「で、でも私、いろいろなお仕事、きっとできません」
「いろんな、ってどんな仕事?」
「えと、何か、この国の、えーと、お金のこととか、よその国との外交のこととか……」
「フェリが仕事しないと成り立たないわけはないだろう?
 それなららこの国は今までも、これからも、やっていけないよ。
 皇族は、たくさんの臣下に支えられているんだ。
 みんな立派にそれぞれの仕事をしてくれている」

「……」
「もちろん、フェリにやってもらいたいこともある、──かもしれない。でも、これからゆっくり覚えれば大丈夫なんだよ」
「ランディ……」
「だから、フェリの仕事は、さっきも言ったように国を愛し、たくさんの臣下達と信頼関係を築いていく事、まずはそれができれば大丈夫だよ」
「…………」
「そして、いつも私のそばに居てくれることだ」

 こんなにたくさん続けて話すランディは、あまり見たことがない。
 フェリは不安な反面驚いてランディを見た。
 フェリの視線に気づいたのか、ランディは困ったような顔をしてフェリの手を取った。
 
「フェリ──。
 私は今必死なんだよ。
 フェリに断られたらどうしようって。
 皇太子妃なんて嫌だって言われたら──」

 フェリが口を開くまもなく、またランディは話し続ける。
 
「どうしても不安なら、そうだリンジーに補佐官として入ってもらってもいい。フェリが慣れるまで補佐してもらう、──あと、」
 早口で話し続けるランディは、なんだか少年のようで、フェリは胸がいっぱいになった。
 
「あと、そうだ、しばらくは皇太子妃の仕事、というのは無しにして私とフェリと二人で一緒に仕事をしよう、そうだ──」
 
 フェリはランディの手を握り返した。
 はっとしてランディが口をつぐむ。
    その顔はなんだかとても、不安そうにみえた。

「フェリ──」

    ランディの瞳が揺れる。

「どうか、断らないで──ほしい──」

    フェリの胸に温かいものが広がっていく。
 
「……ランディ、本当に……ありがとう」
「フェリ──」
「お仕事のことはわかりませんが。ランディが大丈夫というなら……。私はランディのそばにいます」
 
 もしもどんなに大変なことが待っていようとも、ランディから離れることはできない。フェリはそう思った。
    ランディのいない毎日はきっと耐えられない。
 離れたくない。
 絶対に。
 
 ランディの目元がうっすら赤くなった。
 とても優しい目……。そしてどこか恥ずかしそうな……。
 
「フェリ、ありがとう。

    私たちは、ずっと一緒だ。

    約束だね──」

「はい」
 
 
 フェリは何か大変なことに足を踏み入れてしまったような、取り返しの付かないことを決めてしまったような、そんな気持ちと、それからこの上ない幸せな、夢の中のような気持ちに揺られながら邸へと帰って行った。
 
 不安はまだ大きかったが、ずっと隣で寄り添うように揺られていたランディと離れた時に、言いようのない寂しさを感じて、フェリは涙が滲んだ。
 
 小さくなる馬車を見送り、振り返ると。
 
 そこにグリッグが立っていた。
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