女たちは言う。イケメン、美男子、美青年と。

でぃくし

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災いを呼んだ美しさ

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彼が小学4年生になったばかりの頃、近所の中年女性が飛び降りた。

ベランダで洗濯物を取り込んでいた時に下校中の自分を見つけ、その顔を一目見ようと手すりから身を乗り出し、そしてバランスを崩して転落したのだという。
幸いにも命には別条なかったものの、それでも足首をねん挫してしまったようで痛々しいことに変わりはない。

たまに挨拶を交わす程度の付き合いではあったが、顔見知りが自分のせいで飛び降りたと聞いた時、彼はショックを受けた。

それから半月後、今度は登校中に近所の弁当屋の若い女がふらふらと車道を横切り、自分に近づいてきた末に目の前で車に跳ねられた。

特に挨拶を交わすわけでもなかったが、毎日毎日じろじろとランドセルを背負った自分を熱っぽく見つめていた女性だ。そんな彼女もまた、彼を見ているうちに大怪我を負ってしまったらしい。

──……僕の何が悪いのだろう。

自分のことを誰かが見ているだけで、その人は不幸になる。
そう思い至るのも無理はなかっただろう。以降、彼は極力他人との接触を避けるようになった。

誰とも目を合わせず、言葉を交わしたりはせず、ただひたすらに孤独を貫き通す日々を送った。中学、高校、大学と。
それでも彼の周囲に不幸は続いた。まるで彼に近づく者を何かが呪ってでもいるかのように。

自分の周りで、何が起きているのか?

彼は考える。
だが答えが出るはずもない。何故なら彼はあまり頭がよくなかったからだ。

その頭の中には常に霧がかかったような有り様で、集中力は続かず、気の利いた言葉は何も浮かばない。
全くと言っていいほど頭が働かないのだ。

しかし、彼は美しかった。
気が付かない内に、その美しさが不幸を呼んでいた。

だが彼にはその自覚もない。
ただ歩いているだけで、通りがかる人間のほとんどが振り向き、時には目が釘付けになる。何もしていないのに、女の目を輝かせ、男からは尊敬の入り混じった妬みの目で見られる。

彼の名は志方多加志(しかたたかし)、通称 ”たかし” だ。

たかしはただ、美しく生まれてしまっただけで、人並み以上に苦労していた。
やっと就職できた大手家電メーカーの営業を首になったのも、その容姿と頭脳のアンバランスさが原因だった。

たかしがこれまでに身につけられたことといえば、無駄な争いを避けるためだけに身に付けた、その場凌ぎの愛想笑いのやり方だけだった。
それが、たかしの人生のすべてだった。

そんなたかしの苦悩は誰も知らない。

彼は誰にも相談できなかったし、相談しようという発想すらなかった。周囲の人々は彼がその容姿だけでこの世のすべてを手に入れているものだと思っていた。

たかしの両親は交通事故で亡くなって久しい。

両親を失い、施設に入れられたたかしの口座には、保険金か遺産なのか毎月よくわからない金が振り込まれてくる。
その金も、たかしの悩みを解決する手助けにはなっていなかった。

⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰

薄暗いマンションの一室でカップラーメンを半ば食べ終えた頃、たかしは粉末スープの素を入れ忘れていた自分に気が付いた。

「そうだ」

たかしは何かを思いついたように顔を上げる。この時、たかしの人生に転機が訪れようとしていたのだが、当人には全く知る由もなかった。

「さっさと死んじゃおう」

どうするかはもう決めてある。

タンスの上で埃をかぶった一枚の写真、母に抱かれた赤ん坊の頃の自分を写したものだ。その背景には一軒の定食屋があった。
ここで最後の食事にしよう。それから死んでしまおう。彼はそう決めた。

たかしは財布とスマホを持って部屋を出た。もう要らないかも知れないが、なんとなく習慣になっていただけだ。
外階段を降りながら、たかしはふと思う。

(ああ、僕は死ぬんだな……)

それは、今まで感じたことの無い感覚だった。
たかしは今更のように自分が死のうとしていることを実感し始める。不思議と恐怖は無かった。

友達もいない。恋人もいない。知人もいなければ家族すら居ない。
そんな自分が死んだところで誰が悲しむというのか?

誰も傷つけないようにひっそりと生きて来た。
なのにどうして自分はこんなにも苦しんでいるのだろう?
彼は自問するが答えなど出るはずもない。

どんよりとした雲に覆われた街を眺めつつ、たかしはその生を自らの意志で終わらせるために歩く。

けれど、どうしてかたかしは楽しかった。
それはたかしがこの時初めて自ら進んで己のために行動出来たからなのかもしれない。

だがそれも片道の旅で終わるのだ。

そしてバスに飛び乗り、電車に揺られた数時間後、たかしは定食屋の前に立っていた。

写真で見たもので間違いない。

塗装は剥げ、店名すら判読できないほど古ぼけているが、それでも見間違えようがない。

ここに来るまで何度も迷い、何度も明日にしようと引き返そうとしたが、結局ここまで来ることが出来てしまった。

たかしは店内へと入る。
くたびれた外観とは裏腹に客の入りはそこそこ多い。カウンター席は満杯だったが、奥の方は二人掛けのテーブルがいくつか空いている。

出入口近くの椅子には店主らしき女がふんぞり返り、退屈そうにスマホをいじっていた。

「いらっしゃっっ……ど、どうぞ、好きにして……」

店主の女はたかしに気が付くと威勢よく声を上げようとしたが、たかしの顔を見た途端にその声はすぐに尻すぼみになり態度を変えた。

たかしが店に入ると、すぐに店の中がざわつき始める。

じろじろと見られているわけではないが明らかに好奇の目に晒されていた。
だが、たかしは気にしないように努める。いつものことだからだ。

何を見てやがる、俺の顔がそんなに面白いか、こんな風に開き直れたら、どんなに楽だろう。
たかしはそんなことを考えながら、窓際の席に座った。

「ご、ご注文は?」

動揺を隠すように店主の女が言う。たかしは少し困ってしまった。目的の店に来れたはいいものの何を、食べるかなんて考えていなかったからだ。

おまけに、たかしは今まで一度も外食をしたことがなかった。
初めての店、そして初めての外食で何を注文すれば良いのかわからず、たかしはとりあえずメニューの中で目についたものに指を置く。

ラーメン定食に餃子定食、たかしも知る定番の中で明らかにそのメニューだけ異彩を放っていた。

「この ”ちゃっぴーの気まぐれ” をください」

おすすめは分かる。だが、ちゃっぴーは分からない。
いや、わかってたまるものか。しかし、ちゃっぴーというのは何だろうか。

まさか、この女店主がちゃっぴーか、そんなわけはないだろう。
きっとこの店の名前がちゃっぴーなのかもしれない。たかしは勝手に納得する。

しかし、店主の反応は違った。

「……あ、あんた本当にそれでいいの!?本当に気まぐれなんだけど……」
「はい」
「ほ……本当にちゃっぴーの気まぐれでいいんだね!?」
「お願いします」

店主はたかしが指差したメニューを困惑気味に、しかし念入りに確認すると厨房の奥へ消えていく。
しばらく待っていると、厨房から大声が響いた。

「なんの冗談だあっ!?!」

続いて店の奥から店主らしき女の罵声と、金属質な何かを叩きつけるような音が聞こえてきた。

「どこの馬鹿じゃあ!顔を見せえいっ!」

再び怒鳴り声が聞こえ、たかしが驚いて椅子の上で跳び上がると、鎖鎌のようなものを持った老婆が厨房の奥から現れた。
老婆はたかしの顔を見るなり歯の無い口を大きく広げる。

「ありゃ!すんごいイケメンじゃねえの!こりゃどういうこった!!」
「ほら言った通りでしょ!早く戻んなって!!」

「ったく……あんなイケメンが腹を空かせてるって聞かされちゃあしょうがねえよなあ…」

おそらく厨房で暴れていたのはあの老婆だろう。
店主に背中を押され、老婆はぼりぼりと頭を掻きながら厨房に引っ込んでいく。

たかしは動揺する。

一体どういうことなのか?
メニューにある料理を注文しただけなのにどうして怒鳴られるのか?

あの老婆はなんなんだ、なぜ鎖鎌を装備しているのだ。
まさかあの老婆がちゃっぴーなのか。
疑問がぐるぐると頭の中を駆け巡るが、たかしは混乱したまま動けずにいる。

すると、厨房の方からなにかがばりばりと引き裂かれるような痛ましい音と匂いが漂ってきた。
それはたかしが今までの人生で嗅いだことのない恐ろしい刺激臭だった。

もしかしたら自分はとんでもない間違いをしてしまったのではないか。
たかしはそう思い始めていた。
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