女たちは言う。イケメン、美男子、美青年と。

でぃくし

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人狼はやっぱり人狼なのか……?

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「デカい虫だな……」

何度目の同じセリフだろうか。
いつの間にか口癖のようになっているが、たかしにその自覚はない。

たかしたちはまだ土の匂いが強く漂う夕刻の工事現場に立っていた。

項垂れたクレーン車の黄色い体が、ライオンに襲われたキリンのように血塗れの土くれの上に横たわる様は、人間たちの日常が突然に奪い去られたことを示しているかのようであった。

「うっす!カニムシは分類上、昆虫ではなくめちゃサソリに近いっす!」
「……」

ありちゃんの言葉にたかしは思う。

(成長したな、ありちゃん)

ハサミムシ討伐の後もたかしたちの快進撃は続いていた。

異形の怪物たちが見るものは犠牲者の臓腑ではなく、金属バットを楽し気に振り上げるありちゃんの姿だ。
そして、怪物たちが最後に聞くものは人間の断末魔ではなく、自身の五体がばらばらに砕け散る音だ。

(俺たちは最強のチームだ)

ありちゃんが暴れ、たかしはお茶を濁す。
ありちゃんが殺し、たかしはお茶は飲む。

ありちゃんだけでも、もはや殲滅は余裕なのだから、そこにたかしの力が加わればこの世に敵など存在しない。
そんな風にたかしは考えていた。

しかし……。

「……大丈夫か、二人とも」

目の前で怪物の残骸がぐつぐつと煮えたぎっている。
赤変したコンクリートはひび割れており、強い力を加えられた鉄骨はぐにゃりと形を変えていた。

工事現場に突如として現れた裂け目の怪物たち。

急遽、殲滅に乗り出した『チームたかしあたけありちゃんズ』だったが、結果は惨々たるものだった。
怪物に逃げられたとか犠牲者が出てしまったとかそういう問題ではない。

近隣の住民や現場の作業員たちは、ありちゃんの暴走によってとっくに蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまっている。
この場に彼ら以外の人影はない。

「うっす!先輩ってすげえかっこいいっす!ちょーつええっす!」
「ありちゃん、あたけを守ってくれてありがとうな」

「……あ、ありがとう。ありちゃん」
「うっす!あたけ先輩は仲間っす!お安い御用っす!」
「あ、あはは」

ありちゃんの脇に抱えられたままあたけは引きつった笑みを浮かべ、ありちゃんはきらきらと目を輝かせながらたかしを見つめていた。

たかしは思う。

(……あたけにはもっと頑張ってもらわないとな)

結果として、工事現場に突如として現れたカニムシのような裂け目の怪物のすべてはたかしがあっさり倒してしまった。

ちょっと雑魚を相手に新必殺技を試してみたいという気持ちもあったものの、それよりもたかしはあたけに活躍の場を与えようとしていた。

しかし、いくらたかしが薔薇を背負った美青年と言えど何もかも彼の想定通りに行くとは限らない。

特にイケメンの傍らに、かわいらしく元気いっぱいで、身長185センチを超える筋肉質な女の子がいる場合はトラブルが起きる。世の中そういうものなのだ。

工事現場に到着した際、ありちゃんはどうしても金属バットではなく鉄骨を振り回したくなったようで、なんとコンクリートの基礎の上ですでに組み立てられてボルトで固定されている鉄骨を引きずりだそうという暴挙に出たのだ!

彼女を見れば誰もが思うはずだろう。
せめて地面に並べて置いてあるものを使えよと。

ありちゃんが突然持っていた金属バットを放り投げて、建物を崩すような勢いで鉄骨を持ち上げ始めた時、たかしは慌てて彼女を止めようとした。

だが、あたけはありちゃんが唸り声を上げて鉄骨を引き抜こうとしたことに驚き、後ずさりした拍子にモルタルをかき混ぜるバケツに足を取られ、バケツの中にすっぽりとはまり込んでしまった。

流石にたかしはありちゃんを叱ったのだが、当の本人はたかしに肩を掴まれてその美しく鋭い瞳で見つめられてしまうと、消え入りそうな声でうっすうっすと頬を染めながらもじもじと照れるばかりで反省している様子はまったくなかった。

「……俺たちはチームだからな」

そして結局、裂け目の怪物はたかしが倒すことになってしまった。

あたけはバケツに尻を入れたまま腰を抜かし、ありちゃんはあたけを入れたバケツを抱えて走り回っただけに終わった。

カニムシに関しては特筆すべきことは何もない。

たかしにとってそれについて考えるのは、椅子から立ち上がった後になって、クッションの上に微生物がいたかどうかを気にすることと同じく、無意味極まりないことだ。

「うっす!先輩もあたけ先輩もチームっす!家族っす!」
「……そうだね」

「あたけ先輩、立てるっすか?」
「あ、ああ……ありがとう、大丈夫だよ」
「……」

あたけの存在は日に日に強くなるありちゃんの陰に隠れて縮こまっているようだった。
カニムシの残骸を回収しながら、たかしは口を開く。

「あたけ、お前はまだ弱い。だから強くなれ」
「……ああ」
「これからも俺と一緒に訓練を続けよう」
「わかってるよ」
「うっす!先輩!あたしも先輩と訓練するっす!」

「もちろんだ。……だけどありちゃんはもう十分強いから、あたけとは別メニューだな」
「うっす!わかりましたっす!」

「あたけ、お前はこの俺がガンドライドの訓練生の中からわざわざ引き抜いた逸材なんだぞ。もう少し自信を持て」
「ははは……がんばるよ……」

たかしはあたけににこりと微笑んでみせる。物は言いようだ。
しかし、あたけはその言葉に焦りを感じたかのように力なく笑うだけであった。

ありちゃんがくんくんと鼻をならし、期待に満ちた目で焦げついた怪物の残骸を見つめる。

「うっす!たかし先輩!あたし、このカニムシが食えるのか試してみるっす!」

たかしはちらりとありちゃんの視線の先を見て、首を横に振った。

「やめておいたほうがいいな」
「ええ~どうしてっすか?だってカニだし、先輩も食ってみたいっしょ?ほら、これとか美味しそうな匂いするっすよ」

「いや、その……そもそもカニじゃないし、そういうことじゃなくてだな……」
「どういうことっすか?」

ありちゃんは不思議そうに首を傾げる。

「いや、だって……そいつらは人間を食べる怪物なんだぞ?」
「へっ?」
「うわっ!?手っ、手が出ているじゃないか!き、気持ち悪い!」
「あっ、本当っす!ちょーこえーっす!」

バケツの中でじたばたともがいていたあたけはそのままと横に倒れ、地面をごろんと転がる。

たかしの指先でずたずたに切り裂かれたカニムシの腹からは血塗れの人間の手や髪の毛がついた皮膚が飛び出ていた。
あたけを入れたバケツが残骸にぶつかると、あたけは悲鳴を上げながらそれを見まいと目を背けるのだった。

「ひぃーっ!!」

たかしは思う。

(まあ、確かにいい匂いはするけどな……食いたいのか、人間の手とか……)

たかしは相変わらず少しズレていたが、それでも彼はチームを想い、彼なりに仲間のことを考えて行動していた。

そんなイケメンに対し、ありちゃんが先輩と後輩、上司と部下という立場を越えた思いを寄せてしまうことは無理からぬことなのかもしれない。

(うっす!先輩にあたしのことをもっと見てもらいたいっす!もっともっと暴れて、押しまくってやるっすよ~♪)

しかし、たかしの喫緊の課題は、戦士の家系に生まれたエリート人狼の女ではなく同族たる吸血鬼のあたけだ。

彼はどういうわけか、吸血鬼としての力を発揮しないままに日々を過ごしている。
それは機会に恵まれないのか、もしくはあたけ自身にそのつもりがないのか。

(あたけがこのままでは、俺たちのチームはいずれ空中分解してしまう)

俺たちのチーム、そう『チームたかしあたけありちゃんズ』を守らねば……。

たかしはあたけをじっと見つめ、そして決意を新たにするのであった。
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