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二章 ムーンウォーク
001 狼煙
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夕日に照らされ輝く弟の死体の前髪を静かに撫でると――様々な事を思い出した。
「ごめんね……」
例えば、氷太郎が小学生だった頃のある日。
母と父を喪い、姉弟二人暮らしに慣れてき頃だ。いつもは笑顔で帰宅する弟が、その日は涙を堪えて家のドアを開けた。どうかしたのか尋ねてみると、クラスメイトに「親が妖怪に爆殺された」と馬鹿にされたとだと言う。クラスメイトの発言はあながち間違っていなかったが、間違っていないからと言って何を言っても言い訳ではない。この発言は間違いなく度を超えた物である――一気に沸点を超えた少女は怒りで髪を逆立たせながら心無い発言をしたクラスメイトのもとに向かい、彼を口が利けなくなるまで殴った。拳からは血が流れても、相手が唾液と血が混じった物を吐き続けても、関係なく殴った。危うく警察沙汰になりかけたが、これ以降氷太郎にそのような事を言う人間が居なくなったので、これは正しい行いだと思う。
「ごめんね……氷太朗……」
次に思い出したのは、氷華が初仕事を終えた日の事。
彼女が『退治屋』としての初仕事を終えてボロアパートに戻ってきた日、弟は初めて手料理を振る舞ってくれた。人参やレンコンやしいたけをまとめて煮たごった煮一品しか食卓には並ばなかったが、どんな高尚なステーキよりも輝いて見えた。美味かった。少女が感動のあまり言葉が出ないでいると、弟は「姉ちゃん、初仕事お疲れ様」「一品しかなくてごめんね。明日は頑張って二品作るから」と労いと決意を口にした。その台詞に噓偽りはなく、彼は翌日、料理を二品も作った。一か月後には更に汁物まで作れるようになり、一年も経たぬ内に主婦顔負けの腕へと進化した。このあたたかい料理に何度救われたことだろう。仕事が忙しくなるにつれて同じ食卓を囲む事は減り、最近は食事が喉を通らなくなってしまったので永らく口にしていないが――彼が作る手料理への感謝の念は日増しにつよくなっていった。
「お姉ちゃん、頑張るから……」
更に思い出す。初めて弟に八つ当たりをしてしまった日の事を。
仕事で失敗が続き、ストレスが積み重なったある日、弟の些細な一言で口論になり、極まって殴ってしまった。それも、一発ではない。何発も何発も殴ってしまった。弟は氷華と同じく丈夫に出来ているので血を吐くことはなかったが――それでも、顔は腫れあがった。ふと我に返った氷華はすぐに弟の顔に氷を当て、言葉の限り謝った。頭を下げえた。それに対して弟は、「いいんだよ」と赦してくれた。それだけではなく、姉にばかり負担をかけている事を詫び、「僕に出来ることがあれば何でも言って」と微笑んでくれた。
この涙を、この優しさを、この笑顔を――彼を、何があっても守らなければならない。
その『義務』を果たすべく、氷華はありとあらゆる手を尽くしてきた。
だが、どれだけ時間を費やしても、どれだけ努力しても、どれだけ実力をつけても――生活が豊かになることは無かった。それどころか、どんどん困窮していく。
理由は簡単だ。
名家ではないからである。
由緒正しい一族でなければ対等には扱ってもらえない名門でなければ、業界の悪しき風習のせいで、覇道は阻まれ続けている。
だが、それも今日でお仕舞だ。
「もう少しの辛抱だから……」
この計画が上手くいけば坂之上家は力を取り戻す。
「すぐに迎えに行くから……」
まともな暮らしが出来る。
「もう少しで顕明連が手に入るから……」
少女は再び、屍となった弟の前髪を撫でた。
「ごめんね……」
例えば、氷太郎が小学生だった頃のある日。
母と父を喪い、姉弟二人暮らしに慣れてき頃だ。いつもは笑顔で帰宅する弟が、その日は涙を堪えて家のドアを開けた。どうかしたのか尋ねてみると、クラスメイトに「親が妖怪に爆殺された」と馬鹿にされたとだと言う。クラスメイトの発言はあながち間違っていなかったが、間違っていないからと言って何を言っても言い訳ではない。この発言は間違いなく度を超えた物である――一気に沸点を超えた少女は怒りで髪を逆立たせながら心無い発言をしたクラスメイトのもとに向かい、彼を口が利けなくなるまで殴った。拳からは血が流れても、相手が唾液と血が混じった物を吐き続けても、関係なく殴った。危うく警察沙汰になりかけたが、これ以降氷太郎にそのような事を言う人間が居なくなったので、これは正しい行いだと思う。
「ごめんね……氷太朗……」
次に思い出したのは、氷華が初仕事を終えた日の事。
彼女が『退治屋』としての初仕事を終えてボロアパートに戻ってきた日、弟は初めて手料理を振る舞ってくれた。人参やレンコンやしいたけをまとめて煮たごった煮一品しか食卓には並ばなかったが、どんな高尚なステーキよりも輝いて見えた。美味かった。少女が感動のあまり言葉が出ないでいると、弟は「姉ちゃん、初仕事お疲れ様」「一品しかなくてごめんね。明日は頑張って二品作るから」と労いと決意を口にした。その台詞に噓偽りはなく、彼は翌日、料理を二品も作った。一か月後には更に汁物まで作れるようになり、一年も経たぬ内に主婦顔負けの腕へと進化した。このあたたかい料理に何度救われたことだろう。仕事が忙しくなるにつれて同じ食卓を囲む事は減り、最近は食事が喉を通らなくなってしまったので永らく口にしていないが――彼が作る手料理への感謝の念は日増しにつよくなっていった。
「お姉ちゃん、頑張るから……」
更に思い出す。初めて弟に八つ当たりをしてしまった日の事を。
仕事で失敗が続き、ストレスが積み重なったある日、弟の些細な一言で口論になり、極まって殴ってしまった。それも、一発ではない。何発も何発も殴ってしまった。弟は氷華と同じく丈夫に出来ているので血を吐くことはなかったが――それでも、顔は腫れあがった。ふと我に返った氷華はすぐに弟の顔に氷を当て、言葉の限り謝った。頭を下げえた。それに対して弟は、「いいんだよ」と赦してくれた。それだけではなく、姉にばかり負担をかけている事を詫び、「僕に出来ることがあれば何でも言って」と微笑んでくれた。
この涙を、この優しさを、この笑顔を――彼を、何があっても守らなければならない。
その『義務』を果たすべく、氷華はありとあらゆる手を尽くしてきた。
だが、どれだけ時間を費やしても、どれだけ努力しても、どれだけ実力をつけても――生活が豊かになることは無かった。それどころか、どんどん困窮していく。
理由は簡単だ。
名家ではないからである。
由緒正しい一族でなければ対等には扱ってもらえない名門でなければ、業界の悪しき風習のせいで、覇道は阻まれ続けている。
だが、それも今日でお仕舞だ。
「もう少しの辛抱だから……」
この計画が上手くいけば坂之上家は力を取り戻す。
「すぐに迎えに行くから……」
まともな暮らしが出来る。
「もう少しで顕明連が手に入るから……」
少女は再び、屍となった弟の前髪を撫でた。
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