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壱章 枕野凌子
003 サプライズ
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「貴君、晴れ乞いって知ってる? 雨乞いの逆のアレだよ。めっちゃ効く晴れ乞いを知っていたら教えて欲しいんだが――なに? 知らない? 貴君は本当に肝心な事は何も知らない奴だな。この無知無知野郎。無知蒙昧ならぬ無知モーマンタイってか? やかましいわ。……ちなみに、どうして晴れ乞いをしようとしてるか知ってるか? そう! 今日はハレー彗星が見える日だ! あの人生で二回見れたら超ラッキーで有名なあのハレー彗星だよ。貴君も勿論見たいだろ? 見たいよな? じゃあ、家に帰ったら私と晴れ乞いをしよう。二人で一生懸命すればきっと晴れるさ。ところで、めっちゃ効く晴れ乞いって知ってる?」
聞いているだけで頭が悪くなりそうな言葉をつらつらと吐く宵乃を横目に、俺は商店街で買い物を済ませた。
今時商店街で買い物って……と思う人が少なからず存在するのは重々承知している。確かに、スーパーマーケットに行けば、八百屋や魚屋やパン屋をハシゴせずに全てが手に入る。楽ちんだ。
だが敢えて言おう――商店街の個人商店を舐めるな、と。
最近の個人商店は打倒スーパーマーケットを掲げ、低価格且つ高品質な商品を売っている。また、店主のご機嫌次第では値引きやオマケ等のイベントが発生する(癪な話だが、宵乃を連れているとこのイベントの発生率が跳ね上がる)。
以上から、お財布事情を鑑みると、多少の面倒臭さは呑み込んででも個人商店を頼るのが吉なのだ。
八百屋で人参とキャベツと玉ねぎを、魚屋でシャケを、パン屋で食パンを、花屋で季節の生花を買った俺と宵乃はそのまま寄り道をせずに家に帰った。
我が家――というか那由他さんの家は、商店街の裏の公園に隣接している。一見すると五軒ある長屋だ。しかし、五軒とも那由他さんに買い上げられ、おまけに壁はぶち抜かれ、更に隅から隅までリフォームされているので、実体としては『長屋に見える一軒家』である。
駐輪スペースに自転車を置き、玄関の扉をあける。「ただいま」と言って。
いつもならここで沈黙が返ってくるはずである。家主である那由他さんは仕事に出ているはずだし、もう一人の同居人は無口で有名だから――しかし、今日に限っては家の奥から「おかえりなさい」とい声が響いた。
宵乃は「あれ? 那由他さん帰ってるっぽい?」と言いながら靴を脱ぎ捨てる。俺はそれと自分の脱いだ靴を並べながら「みたいだな」と応じる。そしてリビングに行くと、そこにはコタツに入りながらミカンを剥く女性がいた。座った状態からでもわかるくらいの長身に、肩まで伸びる髪と今時珍しい瓶底眼鏡の若い女性が――彼女こそが俺と宵乃と無口な同居人の養母である。
名を猫崎那由他と言う。
たぶん偽名だ。
「あら小唄くん。お買い物に行ってくれてたんですか」
那由他さんは両手にエコバッグを持つ俺を見て言った。
「はい。冷蔵庫に何も無かったんで」
「掘り出し物はありましたか?」
「シャケを安くしてもらえました」
「お。塩鮭ですか?」
「いえ、普通のシャケです。今日は石狩鍋をしようと思いまして」
「良いですね。石狩鍋。言葉だけでテンションが上がります」
そう言って那由他さんは小躍りをした。
「なんでこんな時間に那由他さんはいるんだ?」宵乃はその辺にコートを脱ぎ捨てて尋ねる。
「今日はサプライズがあるのではやく帰ってきました」
「サプライズって何だ?」
「それを言ったらサプライズじゃなくなるじゃないですか」
「確かに。はっはっはっは」
「はっはっはっは」
サプライズは予言した瞬間にサプライズ性が失われ、その代わりにハードルが上がるということを露ほども気にしない那由他さん。やはりこの人は天然らしい。
「那由他さん」俺は言った。「風呂とメシ、どっちを先にします?」
「ご飯を先に食べたいです」
「わかりました。じゃあ支度してきます」
「あ、小唄くん。今日はお米を多目に炊いといてくれませんか? あと、鍋も多目にこしらえておいてください」
「……誰か来るんですか?」
「それはサプライズだから言えません」
「その人は風呂に入りますか?」
「入ります」
「泊まっていきますか?」
「はい」
「何泊するんですか?」
「わかりません」
いつ帰るかわからないという意味だろうか。それとも、何泊するか数えられないという意味だろうか。
恐らくは後者だろう。
サプライズの内容が大体わかった俺は、鍋を仕込みにキッチンに向かった。
が、その前に――
「おい宵乃。手を洗わずにコタツの中に入ってんじゃねェ。手ェ洗え。洗ったら風呂洗え」
聞いているだけで頭が悪くなりそうな言葉をつらつらと吐く宵乃を横目に、俺は商店街で買い物を済ませた。
今時商店街で買い物って……と思う人が少なからず存在するのは重々承知している。確かに、スーパーマーケットに行けば、八百屋や魚屋やパン屋をハシゴせずに全てが手に入る。楽ちんだ。
だが敢えて言おう――商店街の個人商店を舐めるな、と。
最近の個人商店は打倒スーパーマーケットを掲げ、低価格且つ高品質な商品を売っている。また、店主のご機嫌次第では値引きやオマケ等のイベントが発生する(癪な話だが、宵乃を連れているとこのイベントの発生率が跳ね上がる)。
以上から、お財布事情を鑑みると、多少の面倒臭さは呑み込んででも個人商店を頼るのが吉なのだ。
八百屋で人参とキャベツと玉ねぎを、魚屋でシャケを、パン屋で食パンを、花屋で季節の生花を買った俺と宵乃はそのまま寄り道をせずに家に帰った。
我が家――というか那由他さんの家は、商店街の裏の公園に隣接している。一見すると五軒ある長屋だ。しかし、五軒とも那由他さんに買い上げられ、おまけに壁はぶち抜かれ、更に隅から隅までリフォームされているので、実体としては『長屋に見える一軒家』である。
駐輪スペースに自転車を置き、玄関の扉をあける。「ただいま」と言って。
いつもならここで沈黙が返ってくるはずである。家主である那由他さんは仕事に出ているはずだし、もう一人の同居人は無口で有名だから――しかし、今日に限っては家の奥から「おかえりなさい」とい声が響いた。
宵乃は「あれ? 那由他さん帰ってるっぽい?」と言いながら靴を脱ぎ捨てる。俺はそれと自分の脱いだ靴を並べながら「みたいだな」と応じる。そしてリビングに行くと、そこにはコタツに入りながらミカンを剥く女性がいた。座った状態からでもわかるくらいの長身に、肩まで伸びる髪と今時珍しい瓶底眼鏡の若い女性が――彼女こそが俺と宵乃と無口な同居人の養母である。
名を猫崎那由他と言う。
たぶん偽名だ。
「あら小唄くん。お買い物に行ってくれてたんですか」
那由他さんは両手にエコバッグを持つ俺を見て言った。
「はい。冷蔵庫に何も無かったんで」
「掘り出し物はありましたか?」
「シャケを安くしてもらえました」
「お。塩鮭ですか?」
「いえ、普通のシャケです。今日は石狩鍋をしようと思いまして」
「良いですね。石狩鍋。言葉だけでテンションが上がります」
そう言って那由他さんは小躍りをした。
「なんでこんな時間に那由他さんはいるんだ?」宵乃はその辺にコートを脱ぎ捨てて尋ねる。
「今日はサプライズがあるのではやく帰ってきました」
「サプライズって何だ?」
「それを言ったらサプライズじゃなくなるじゃないですか」
「確かに。はっはっはっは」
「はっはっはっは」
サプライズは予言した瞬間にサプライズ性が失われ、その代わりにハードルが上がるということを露ほども気にしない那由他さん。やはりこの人は天然らしい。
「那由他さん」俺は言った。「風呂とメシ、どっちを先にします?」
「ご飯を先に食べたいです」
「わかりました。じゃあ支度してきます」
「あ、小唄くん。今日はお米を多目に炊いといてくれませんか? あと、鍋も多目にこしらえておいてください」
「……誰か来るんですか?」
「それはサプライズだから言えません」
「その人は風呂に入りますか?」
「入ります」
「泊まっていきますか?」
「はい」
「何泊するんですか?」
「わかりません」
いつ帰るかわからないという意味だろうか。それとも、何泊するか数えられないという意味だろうか。
恐らくは後者だろう。
サプライズの内容が大体わかった俺は、鍋を仕込みにキッチンに向かった。
が、その前に――
「おい宵乃。手を洗わずにコタツの中に入ってんじゃねェ。手ェ洗え。洗ったら風呂洗え」
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