或る世界線の災厄~全ては救えない私の小さな希望~

桒原真弥

文字の大きさ
13 / 21
壱章 枕野凌子

011 夢

しおりを挟む
「お前も六天摩大学の社会福祉学部に行くんだな」
 俺は自転車を漕ぎながら言った。
 少し前を行く宵乃は「まぁな」と小さく微笑んだ。
「貴君もそっちの方向に進むだろうと踏んで、先回りしてやった」
「なんでわかったんだよ。未来予知でも出来るのか?」
「その能力は持ってないし、貴君の行動パターンくらい少し頭を捻れば読める」
「俺がお前の予測を超えた動きをして六天摩大学以外に進学したらどうしてたんだよ」
「社会にも福祉にも大学にも興味はない。だから、私は微塵も興味のない環境で微塵も興味のない事を四年間も学ぶ事になってた。おお、危ない危ない」
「………」
 相変わらず阿呆の極みだ。
「なぁ宵乃――お前の将来の夢は何だ?」
「貴君のお嫁さんかな」
「茶化すなよ。これ以上茶化すなら後ろから轢くぞ」
「世界平和の成就かな」
「はい轢く」
 俺は勢いよくペダルを踏みこみ、宵乃の自転車の後輪の破壊を目論んだ。だが、そのタイミングで宵乃も加速したので回避された。
 構わず再度ペダルを踏みこむが、これも同じであり――結果、加速しまくる二人が道を行く構図となった。
「貴君。夢はでっかくって言うだろう? 世界平和を嘘だと断ずるのは、それはちょっと偏見が過ぎるんじゃないのか?」
「しょっちゅう俺を怒らせるし、しょっちゅう那由他さんとケンカするし、しょっちゅうミャー子に暴言吐かれてる奴が世界平和なんざ――笑わせる。手に届く範囲を平和にしてから言いやがれ」
「いやはや、痛い所を突く。貴君はどんな仕事をしたいとかあるのか?」
「自分は答えないくせに、人には訊くんだな」
「まぁまぁ、そう言わず」
 俺は「ちっ」と舌打ちをしてから答えた。「児童福祉施設とかで働きたいかな」
「親と一緒に居られない子供を育てるあの施設か? 那由多さんの真似か?」
「ああ、そうだよ。悪いかよ」
「いや、素晴らしいと思うよ。誰かに与えられた物を誰かに与えられる奴が一番偉いって宮沢賢治も言ってただろ?」
「言ってねェよ」
「那由他さんには言ったのか? いや、言ってないな。これを聞いて那由他さんが狂喜乱舞しないわけがない」
「言えるわけねェだろ」
 恥ずかしくて言えるわけがない。それに、これから四年間という長い長い大学生活が待っているのだ――途中で夢が変わらないという確証はない。というわけで、ギリギリまで言うつもりはない。
「あ、貴君」
 宵乃は急ブレーキをして止まる。俺もすぐに急ブレーキをかけた――が、スピードを殺しきれずに宵乃に少しだけコツンと追突してしまった。
「痛いな、貴君」
「お前が急に止まるから悪いんだろ」
「あんな所にハトがいる」
 宵乃がゆび指したのは我が家の二階のベランダだ。確かに、欄干にハトが止まっている。しかし、それがどうしたというのか。
「いやいや、貴君。この地域の冬は厳しいから、ハト皆消え失せるんだ。何年もここ住んでいて、ハトを見たことは後にも先にもない」
「でも現に居るじゃねェか」
「おかしい――捕まえてみよう」
「待て!」
 遅かった。
 俺が止めるよりも先に動き出した宵乃は家の前に自転車を停めると、音もなく壁を攀じ登り、そしてジャンプをしながらベランダの欄干にとまっていたハトを鷲掴みにした。
「見たまえ、貴君!」
 堂々とタッチダウンをきめるスター選手のように力強く着地をする宵乃はハトを小脇に抱えて手招きをする。色々と言いたい事はあったし、正直近寄りたくなかったが、それらは全て隅に置いておき――俺は家の前に自転車を停めて言った。
「今すぐハトを開放しろ!」
 日本には鳥獣保護法というものがある。カラスやスズメやハトがその対象であり、捕獲したり傷つけた場合、百万円以下の罰金または一年以下の懲役が課される。宵乃の行動はこの鳥獣保護法に違反する行動だ。
 こんな馬鹿な奴だが、俺の姉弟である――警察にしょっぴかれるという事だけは何としても避けなければならない。
「ほら、何してる! さっさと放せ!」
「えー。折角捕まえたのに?」
「いいから!」
「はいはい」
 宵乃はハトを空に向かって放つ。
 けれどもハトはそのまま飛び立つことなく、地面に墜落した。
「嘘だろ、おい」
 俺は恐る恐るハトを拾い上げる。そこに生気は感じられなかった。
「お前、ハトを殺したのか?」
「冤罪だ。確かに少し乱暴にキャッチはしたが、殺してはいない。たぶん、元々死んでたんじゃないか?」
「死んだハトが欄干にとまるか!」
 言ってから、俺は「いや」とすぐに否定した。
 宵乃の予測があながち的外れではないような気がしたから――というのも、ハトには腐敗した臭いが漂っている上に、左足にはめられた足環に妙な文字が書かれていたからだ。
 俺はこの文字に見覚えがあった。
「これは……中華妖術か?」
「なんだ、それは?」
「読んで字のごとく、中国に由来する妖術の類だ。低級な妖怪や神の力を物に宿す類の妖術が多いのが特徴だな。このハトの足環の文字には、対象を『魄』や『コンシー』のようなものに変化させる能力がある」
「専門用語が多すぎてわからん。もっと嚙み砕いてくれ」
「このハトの死体は妖術によって操られたキョンシーだったんだよ」
「なるほど。ということは、このハトを『死骸』に戻したのは私の『握力』ではなく貴君の『能力』というわけか」
「そうなるな……」
 最早ハトを誰が殺したなぞどうでもよくなった俺は、その辺にあった枝を拾い上げて、それでハトの足環をつついた。
 文章の書き方に個人の癖があるように、妖術の組み方にも癖がある。この足環の妖術は、独学で身に着けたような泥臭さはなく、寧ろ教科書に則ったような丁寧さがある。このような組み方をするのは名門以外に居ない。
 妖術遣いの名門と言えば、針姫家と針姫五角門の月輪家、蓬莱家、枕野家、朽屋家、藻樽家だが――俺は二階を見た。
「嫌な予感がする……」
「貴君、どうする? 取り敢えず埋めとく?」
「ああ。そうだな――宵乃、シャベル貸してやるから埋めてこい」
「いや、一緒に来いよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~

shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて 無名の英雄 愛を知らぬ商人 気狂いの賢者など 様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。 それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま 幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...