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第四話
二災 双喉のヴァリス 1
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《side エルド・カレヴィ》
ヨンクの日常は、平和な農業だけじゃない。
門の向こうに、嫌な気配がある。
常に魔物の流れがあり、それは言葉にならないざわつきだった。風の流れ、空の重さ、そして獣の臭い。
魔物たちは、かつての魔王軍の名残りがあり、人を食らうために今でも門を越えようとしている。
「……本当に、群れだったのか?」
俺はガルドの報告を反芻しながら、ヨンクの南門に立っていた。
門の向こう、旧戦域の更に奥。
森を越えた荒れ地に、魔物の気配が集中しているという。
「おう。見間違いないな。三日連続で斥候が目視で確認してる」
ガルドが言った。いつもより表情が硬い。
魔物がまとめて襲ってくることはあっても、どこかに集まっているというのは、初めてのことだ。
「個体じゃない。群れか……」
「しかも、動きがない。まるで、何かを待ってるように見えるんだ」
集まっているが、襲ってこない。
それは、獣の行動原理からすれば異常だ。魔物は本能で動いている。
強い個体に引き寄せられることはあるが、そうして集まった群れはたいてい、すぐに何かを襲う。
それは魔物同士であっても争いをする。
だが、今回は違う。
あいつらは、静かに待っている。
「……嫌な感じだな。アルヴィ」
俺は屋敷に戻り、すぐに副官であるアルヴィを呼び出した。
彼は眉一つ動かさず、俺の言葉に頷いた。
「承知しました。ヨンクの防衛と街の警備は私が指揮します。カイ様にも応援をお願いします」
「すまん、頼んだ。何かあれば、狼煙を上げろ」
「はっ! どうか、ご無事で」
俺は頷き、腰の剣を確かめながら外套を羽織った。
出立の準備は、もう整っている。
ノーラには、今回のことは伝えていない。
不安にさせたくなかった。それに、まだ何かと断定できるものじゃない。
だが、嫌な胸騒ぎが、ここ数日収まらなかった。
バルトが王国に調査に行ったのも帰ってきていない。
今、俺にできることはガルドと共に魔物たちを調査することだ。
門の向こう。何かが変わり始めている。
俺とガルドは、馬を連れて南門を抜けた。
結界の光が、背を照らす。
封印は、まだ問題なく張られている。
だが、結界の向こうにあるあの空気は、何かが“産声”をあげる前の沈黙のようだった。
「行くぞ。ガルド」
「おう。道は、もう抑えるぜ」
走りながら、俺は遠くの山並みに目を向けた。
空は曇っていなかったが、胸の奥に、得体の知れない影が静かに巣食っていた。
何が、始まろうとしている。
これはただの魔物の群れではない。
「おや、これはこれは招かざる客がいるようですね」
冷えた声が俺たちの上から降り注いだ。
蛇のような二つの頭を持ち、異形がこちら見下ろしていた。
「異形!」
「無粋なり、我は八災が一災。双喉のヴァリスなり」
底冷えするような冷気が、空気を充満していくような恐ろしさを感じる。
だが、異形は許さない。
これは二十年前から俺の戦いだ。
ヨンクの日常は、平和な農業だけじゃない。
門の向こうに、嫌な気配がある。
常に魔物の流れがあり、それは言葉にならないざわつきだった。風の流れ、空の重さ、そして獣の臭い。
魔物たちは、かつての魔王軍の名残りがあり、人を食らうために今でも門を越えようとしている。
「……本当に、群れだったのか?」
俺はガルドの報告を反芻しながら、ヨンクの南門に立っていた。
門の向こう、旧戦域の更に奥。
森を越えた荒れ地に、魔物の気配が集中しているという。
「おう。見間違いないな。三日連続で斥候が目視で確認してる」
ガルドが言った。いつもより表情が硬い。
魔物がまとめて襲ってくることはあっても、どこかに集まっているというのは、初めてのことだ。
「個体じゃない。群れか……」
「しかも、動きがない。まるで、何かを待ってるように見えるんだ」
集まっているが、襲ってこない。
それは、獣の行動原理からすれば異常だ。魔物は本能で動いている。
強い個体に引き寄せられることはあるが、そうして集まった群れはたいてい、すぐに何かを襲う。
それは魔物同士であっても争いをする。
だが、今回は違う。
あいつらは、静かに待っている。
「……嫌な感じだな。アルヴィ」
俺は屋敷に戻り、すぐに副官であるアルヴィを呼び出した。
彼は眉一つ動かさず、俺の言葉に頷いた。
「承知しました。ヨンクの防衛と街の警備は私が指揮します。カイ様にも応援をお願いします」
「すまん、頼んだ。何かあれば、狼煙を上げろ」
「はっ! どうか、ご無事で」
俺は頷き、腰の剣を確かめながら外套を羽織った。
出立の準備は、もう整っている。
ノーラには、今回のことは伝えていない。
不安にさせたくなかった。それに、まだ何かと断定できるものじゃない。
だが、嫌な胸騒ぎが、ここ数日収まらなかった。
バルトが王国に調査に行ったのも帰ってきていない。
今、俺にできることはガルドと共に魔物たちを調査することだ。
門の向こう。何かが変わり始めている。
俺とガルドは、馬を連れて南門を抜けた。
結界の光が、背を照らす。
封印は、まだ問題なく張られている。
だが、結界の向こうにあるあの空気は、何かが“産声”をあげる前の沈黙のようだった。
「行くぞ。ガルド」
「おう。道は、もう抑えるぜ」
走りながら、俺は遠くの山並みに目を向けた。
空は曇っていなかったが、胸の奥に、得体の知れない影が静かに巣食っていた。
何が、始まろうとしている。
これはただの魔物の群れではない。
「おや、これはこれは招かざる客がいるようですね」
冷えた声が俺たちの上から降り注いだ。
蛇のような二つの頭を持ち、異形がこちら見下ろしていた。
「異形!」
「無粋なり、我は八災が一災。双喉のヴァリスなり」
底冷えするような冷気が、空気を充満していくような恐ろしさを感じる。
だが、異形は許さない。
これは二十年前から俺の戦いだ。
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