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第四話
第一王子の策略 序章
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《side セディアス・レオニール・ディセウス・ヴァルトゼン》
王宮の地下牢。
白い石の壁が冷たく、沈黙はやけに長い影を作る。
余は椅子に座って、目の前の男をじっと見ていた。
フィアステラ侯爵。元王宮筆頭顧問であり、ノーラ・フィアステラの父。
権威に屈することなく、表情一つ変えず王政を支えてきた男が、今や鎖を繋がれた囚人として、余の前にひざまずいている。
「……侯爵。今さら貴様の弁明など聞く気はない。ただ一つ、教えてもらいたい」
俺は声を低く抑え、意図的に冷酷に響くようにした。
「貴様の娘は、今、連合国《ヨンク》にいる。しかも、戦鬼と名高い男エルド・カレヴィの妻としてな」
フィアステラ侯爵の目が、一瞬だけ動いた。それが答えだ。
「ドウマは無様だったな」
皮肉げに笑ったのは、余の隣に座していた少女アリシア。
彼女は深紅のドレスを身にまとい、背筋を伸ばしたまま、指先で冷たいティーカップをなぞっている。
「あんなにも吠えていたのに。戦いも、政も、女も……何一つ手に入らなかった。まるで、使えない人だったわ」
「ふん、余にとってはむしろ都合が良かった。バカな弟だ」
余は立ち上がり、侯爵に歩み寄る。
靴音が牢の中に響くたびに、侯爵の顔がこわばる。
「我々王国は、今や連合国に対する立場を考え直す時期にある。……逆らっても敵わぬ相手なら、味方として抱き込むまでだ」
アリシアが口元に笑みを浮かべた。
「そのためには……ノーラを利用する」
そうだ。
連合にとってのノーラは、今や象徴だ。冤罪を受け、追放され、それでも新たな地で愛され、守られている存在。
その彼女を使えば、連合をこちらに“引き寄せる”こともできる。
そして、その鍵が、目の前の父親だ。
「侯爵。お前が娘に手紙を送っただろう。王国に戻ってこい、と。あれは本当にお前の意思だったのか?」
侯爵は黙して語らない。
だがその沈黙こそ、余の勝利を意味していた。
「貴様が拒否するのなら……他の方法もある。ノーラの無実を晴らしたことも、お前の名誉を取り戻したことも、すべて“王の慈悲”として利用させてもらおう」
「……」
どんな言葉をかけようとも、侯爵は何も語ろうとはしない。
この男が何を考えているのか、わからぬが、この男の身を抑えたことは大きい。
「悲劇の姫として、連合に送り返すさ。丁重に。華やかに。そして、婚姻の縁を結ぶ代償として、我らに協力を迫る。彼女を聖女のように祀り上げれば、連合の民も抗えまい」
フィアステラ侯爵が怒りに満ちた目で睨みつけるが、余は意に介さない。
アリシアがくすりと笑って言った。
「愛されているほど、弱点になるのよね。可愛いわ、あの戦鬼。愛に弱いなんて、男らしいじゃない?」
「今さらお前に父親としての誇りがあるのかは知らんが……娘を“政治の道具”にしてきたお前に、それを否定する資格はないだろう?」
侯爵は何も言わない。
「王国は生き延びねばならん。そのために、ノーラは使わせてもらう」
アリシアが立ち上がり、囁いた。
「ノーラのために、貴方が沈黙したのなら……次は彼女が、貴方のために黙っている番よ」
この駒は捨てない。
ドウマが力で踏み潰そうとした連合を、余は絆という名で縛り上げてみせる。
そのために、娘の名を奪う父の後ろ姿が、今の王国にふさわしい影となっていた。
王宮の地下牢。
白い石の壁が冷たく、沈黙はやけに長い影を作る。
余は椅子に座って、目の前の男をじっと見ていた。
フィアステラ侯爵。元王宮筆頭顧問であり、ノーラ・フィアステラの父。
権威に屈することなく、表情一つ変えず王政を支えてきた男が、今や鎖を繋がれた囚人として、余の前にひざまずいている。
「……侯爵。今さら貴様の弁明など聞く気はない。ただ一つ、教えてもらいたい」
俺は声を低く抑え、意図的に冷酷に響くようにした。
「貴様の娘は、今、連合国《ヨンク》にいる。しかも、戦鬼と名高い男エルド・カレヴィの妻としてな」
フィアステラ侯爵の目が、一瞬だけ動いた。それが答えだ。
「ドウマは無様だったな」
皮肉げに笑ったのは、余の隣に座していた少女アリシア。
彼女は深紅のドレスを身にまとい、背筋を伸ばしたまま、指先で冷たいティーカップをなぞっている。
「あんなにも吠えていたのに。戦いも、政も、女も……何一つ手に入らなかった。まるで、使えない人だったわ」
「ふん、余にとってはむしろ都合が良かった。バカな弟だ」
余は立ち上がり、侯爵に歩み寄る。
靴音が牢の中に響くたびに、侯爵の顔がこわばる。
「我々王国は、今や連合国に対する立場を考え直す時期にある。……逆らっても敵わぬ相手なら、味方として抱き込むまでだ」
アリシアが口元に笑みを浮かべた。
「そのためには……ノーラを利用する」
そうだ。
連合にとってのノーラは、今や象徴だ。冤罪を受け、追放され、それでも新たな地で愛され、守られている存在。
その彼女を使えば、連合をこちらに“引き寄せる”こともできる。
そして、その鍵が、目の前の父親だ。
「侯爵。お前が娘に手紙を送っただろう。王国に戻ってこい、と。あれは本当にお前の意思だったのか?」
侯爵は黙して語らない。
だがその沈黙こそ、余の勝利を意味していた。
「貴様が拒否するのなら……他の方法もある。ノーラの無実を晴らしたことも、お前の名誉を取り戻したことも、すべて“王の慈悲”として利用させてもらおう」
「……」
どんな言葉をかけようとも、侯爵は何も語ろうとはしない。
この男が何を考えているのか、わからぬが、この男の身を抑えたことは大きい。
「悲劇の姫として、連合に送り返すさ。丁重に。華やかに。そして、婚姻の縁を結ぶ代償として、我らに協力を迫る。彼女を聖女のように祀り上げれば、連合の民も抗えまい」
フィアステラ侯爵が怒りに満ちた目で睨みつけるが、余は意に介さない。
アリシアがくすりと笑って言った。
「愛されているほど、弱点になるのよね。可愛いわ、あの戦鬼。愛に弱いなんて、男らしいじゃない?」
「今さらお前に父親としての誇りがあるのかは知らんが……娘を“政治の道具”にしてきたお前に、それを否定する資格はないだろう?」
侯爵は何も言わない。
「王国は生き延びねばならん。そのために、ノーラは使わせてもらう」
アリシアが立ち上がり、囁いた。
「ノーラのために、貴方が沈黙したのなら……次は彼女が、貴方のために黙っている番よ」
この駒は捨てない。
ドウマが力で踏み潰そうとした連合を、余は絆という名で縛り上げてみせる。
そのために、娘の名を奪う父の後ろ姿が、今の王国にふさわしい影となっていた。
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