66 / 134
第四話
ヨンクを離れ
しおりを挟む
出立の日、ヨンクの空はどこまでも澄んでいた。
けれど、胸の中には、何かしらの重さが静かに沈んでいる。
ここに来るまで白黒だった人形のような人生は色を持つことができた。
ですが、私は再び王国へ戻ろうとしていた。
毒に似た病が、ヨンクで流行し始めてから数日。
子どもたちの呼吸が浅くなり、皮膚に紫色の斑点が浮かぶ症状に、私ははじめ“古い毒”の影響を疑った。
けれど、神聖魔法は作用しなかった。浄化の力さえ、届かない。
薬草も効かない。残るは、教会でしか精製できない聖水。
私は神聖魔術師としての資格を持っている。けれど、聖水の精製には、王国の神聖教会に足を運び、正式な許可と洗礼を受けなければならない。
そのためには、私自身が王国に戻らなければならなかった。
「……シロを連れていけないのは、残念です」
屋敷の中庭で、アカネがシロの頭を撫でながらぽつりと言った。
シロは健気に尻尾を揺らしながら、少し寂しそうな顔でこちらを見上げている。
「王国は、人族中心の社会ですから……コボルト族の外見では、無用な敵意や差別を受ける可能性が高いのです」
私がそう答えると、シロは目を伏せて小さく頷いた。
「……大丈夫です、ノーラ様。私はヨンクを守ります。絶対に、戻ってきてくださいね」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
「ええ、必ず。あなたにも、必ずお土産を買って帰ります」
その場にいたアカネがくすっと笑った。
「私たちがしっかりお守りしますから。心配はご無用です」
そして、アルヴィが一歩前に進み、私に軽く頭を下げる。
「ノーラ様のことは私とアカネが守ります。ノーラ様は、ご自身の使命をお果たしください」
この人たちがいるから、私は安心して前に進める。
心から、そう思えた。
エルド様が私に言った。
「ノーラはただ守られる存在じゃない。自分の意思で動いていい。本当は俺が守ってやりたいが、互いにヨンクのためにどうか頼む」
エルド様は、ヨンクの民のことを大切にされていて、本当に考えておられる。
私はそれに、応えたい。
そして、もう一人。王都に潜伏している人物。
「バルト様に、連絡は?」
「すでに接触済みです。ノーラ様の王都入りにあわせて、補助に動くとのことです」
エルド様は、もっとも信頼するヨンクの戦力のお一人。
私の出立の準備は、整った。
私は馬車に乗り込む前に、空を見上げた。かつて、見上げることしかできなかった王国の空。
今の私は、誇りを持ってそこへ戻る。
「さあ、出発しましょう。子どもたちのためにも、ヨンクの皆のためにも」
私はアカネとアルヴィに目を向け、頷いた。
「行ってまいります。必ず、聖水を持ち帰ります」
エルド様は、すでにエルフの里へ発たれた。私も負けてはいられません。
馬の蹄が、朝の石畳を鳴らしていく。その音が、私の決意の鼓動と重なっていた。
けれど、胸の中には、何かしらの重さが静かに沈んでいる。
ここに来るまで白黒だった人形のような人生は色を持つことができた。
ですが、私は再び王国へ戻ろうとしていた。
毒に似た病が、ヨンクで流行し始めてから数日。
子どもたちの呼吸が浅くなり、皮膚に紫色の斑点が浮かぶ症状に、私ははじめ“古い毒”の影響を疑った。
けれど、神聖魔法は作用しなかった。浄化の力さえ、届かない。
薬草も効かない。残るは、教会でしか精製できない聖水。
私は神聖魔術師としての資格を持っている。けれど、聖水の精製には、王国の神聖教会に足を運び、正式な許可と洗礼を受けなければならない。
そのためには、私自身が王国に戻らなければならなかった。
「……シロを連れていけないのは、残念です」
屋敷の中庭で、アカネがシロの頭を撫でながらぽつりと言った。
シロは健気に尻尾を揺らしながら、少し寂しそうな顔でこちらを見上げている。
「王国は、人族中心の社会ですから……コボルト族の外見では、無用な敵意や差別を受ける可能性が高いのです」
私がそう答えると、シロは目を伏せて小さく頷いた。
「……大丈夫です、ノーラ様。私はヨンクを守ります。絶対に、戻ってきてくださいね」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
「ええ、必ず。あなたにも、必ずお土産を買って帰ります」
その場にいたアカネがくすっと笑った。
「私たちがしっかりお守りしますから。心配はご無用です」
そして、アルヴィが一歩前に進み、私に軽く頭を下げる。
「ノーラ様のことは私とアカネが守ります。ノーラ様は、ご自身の使命をお果たしください」
この人たちがいるから、私は安心して前に進める。
心から、そう思えた。
エルド様が私に言った。
「ノーラはただ守られる存在じゃない。自分の意思で動いていい。本当は俺が守ってやりたいが、互いにヨンクのためにどうか頼む」
エルド様は、ヨンクの民のことを大切にされていて、本当に考えておられる。
私はそれに、応えたい。
そして、もう一人。王都に潜伏している人物。
「バルト様に、連絡は?」
「すでに接触済みです。ノーラ様の王都入りにあわせて、補助に動くとのことです」
エルド様は、もっとも信頼するヨンクの戦力のお一人。
私の出立の準備は、整った。
私は馬車に乗り込む前に、空を見上げた。かつて、見上げることしかできなかった王国の空。
今の私は、誇りを持ってそこへ戻る。
「さあ、出発しましょう。子どもたちのためにも、ヨンクの皆のためにも」
私はアカネとアルヴィに目を向け、頷いた。
「行ってまいります。必ず、聖水を持ち帰ります」
エルド様は、すでにエルフの里へ発たれた。私も負けてはいられません。
馬の蹄が、朝の石畳を鳴らしていく。その音が、私の決意の鼓動と重なっていた。
18
あなたにおすすめの小説
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる