俺の嫁が可愛すぎるので、とりあえず隣国を滅ぼすことにした。

イコ

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第四話

ヨンクを離れ

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 出立の日、ヨンクの空はどこまでも澄んでいた。

 けれど、胸の中には、何かしらの重さが静かに沈んでいる。

 ここに来るまで白黒だった人形のような人生は色を持つことができた。

 ですが、私は再び王国へ戻ろうとしていた。

 毒に似た病が、ヨンクで流行し始めてから数日。
 
 子どもたちの呼吸が浅くなり、皮膚に紫色の斑点が浮かぶ症状に、私ははじめ“古い毒”の影響を疑った。

 けれど、神聖魔法は作用しなかった。浄化の力さえ、届かない。

 薬草も効かない。残るは、教会でしか精製できない聖水。

 私は神聖魔術師としての資格を持っている。けれど、聖水の精製には、王国の神聖教会に足を運び、正式な許可と洗礼を受けなければならない。

 そのためには、私自身が王国に戻らなければならなかった。

「……シロを連れていけないのは、残念です」

 屋敷の中庭で、アカネがシロの頭を撫でながらぽつりと言った。
 シロは健気に尻尾を揺らしながら、少し寂しそうな顔でこちらを見上げている。

「王国は、人族中心の社会ですから……コボルト族の外見では、無用な敵意や差別を受ける可能性が高いのです」

 私がそう答えると、シロは目を伏せて小さく頷いた。

「……大丈夫です、ノーラ様。私はヨンクを守ります。絶対に、戻ってきてくださいね」

 その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。

「ええ、必ず。あなたにも、必ずお土産を買って帰ります」

 その場にいたアカネがくすっと笑った。

「私たちがしっかりお守りしますから。心配はご無用です」

 そして、アルヴィが一歩前に進み、私に軽く頭を下げる。

「ノーラ様のことは私とアカネが守ります。ノーラ様は、ご自身の使命をお果たしください」

 この人たちがいるから、私は安心して前に進める。
 心から、そう思えた。

 エルド様が私に言った。

「ノーラはただ守られる存在じゃない。自分の意思で動いていい。本当は俺が守ってやりたいが、互いにヨンクのためにどうか頼む」

 エルド様は、ヨンクの民のことを大切にされていて、本当に考えておられる。

 私はそれに、応えたい。

 そして、もう一人。王都に潜伏している人物。

「バルト様に、連絡は?」
「すでに接触済みです。ノーラ様の王都入りにあわせて、補助に動くとのことです」

 エルド様は、もっとも信頼するヨンクの戦力のお一人。

 私の出立の準備は、整った。

 私は馬車に乗り込む前に、空を見上げた。かつて、見上げることしかできなかった王国の空。

 今の私は、誇りを持ってそこへ戻る。

「さあ、出発しましょう。子どもたちのためにも、ヨンクの皆のためにも」

 私はアカネとアルヴィに目を向け、頷いた。

「行ってまいります。必ず、聖水を持ち帰ります」

 エルド様は、すでにエルフの里へ発たれた。私も負けてはいられません。

 馬の蹄が、朝の石畳を鳴らしていく。その音が、私の決意の鼓動と重なっていた。
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