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第六話
父と再会
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《side:ノーラ・フィアステラ》
この扉の向こうに、父がいる。
そう思っただけで、心臓がひどくうるさく鳴り響いた。
この鼓動の高鳴りが、恐れなのか、怒りなのか、それとも……。
私にはまだ、わからなかった。
屋敷の一室。
元は応接用の静かな部屋。
連合の客人が滞在するには、過ぎた静けさだとすら思える。
けれど、今の私には、それがふさわしかった。
「……ノーラ様。いつでも、お引き取りできます」
扉の前で控えるアルヴィが、いつもの冷静な声で言った。
私は、ゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。会います。私の意思で」
頷くと、アルヴィは扉を静かに開けた。
その向こうにいたのは、背筋を伸ばし、椅子に座っていた一人の男性。
その姿に、一歩踏み出すことができず、私は立ち尽くしてしまった。
彼もまた、私を見ると動きを止めた。
瞬間、かすかに眉が揺れる。
「……ノーラ、久しぶりだな」
父の口から漏れた私の名。
それだけで、胸が締めつけられた。
「お父様、よくぞご無事で」
「……まずは謝罪を、君が困っている際に助けることができなかった」
「いえ、お父様もご苦労を」
記憶にある父よりも、痩せておられた。
苦労が滲み出る思いをされたことだろう。
私は一歩、また一歩と部屋に足を踏み入れた。
歩みは自然と止まり、父との距離は、数歩分の空白を残したまま。
「……苦労をかけたのはこちらの方だ」
その言葉に、私は初めて父と話せたように思う
私たちの間にあったのは、沈黙と、記憶と、そしてまだ解けぬわだかまりだった。
これまで貴族とその娘という立場を重んじてきた。
だからこそ、言えぬ言葉がたくさんあった。
父は、多くを語りはしない人だった。
ただ、かすかに目を伏せた。そして、ゆっくりと口を開く。
「……私は、貴族だった。娘よりも家を優先した。申し訳ない」
「……いえ、わかっております」
その言葉は、どこまでも静かで、どこまでも弱かった。
かつて私が知っていた、誇り高く冷酷なフィアステラ侯の姿は、そこにはなかった。
「私は、償えるとは思っていない。ただ、せめて、お前の歩んだ道の果てを見たいとここまできた」
私はその言葉を遮るように、深く息を吸い込んだ。
「父上」
目を見て、言った。
「私は、父上から愛されていないと思っていました」
「……」
「でも、私は、ここでエルド様に出会い、愛を知りました。そして、父上が、私にかけてくれた時間や想いを理解できた。そして、仲間を得て、生き方を選ぶことができました。だから今の私は、あの頃の私とは違います」
私は一歩、踏み出した。
たった一歩。それだけの距離を、ゆっくりと、心ごと進めた。
「どういう想いでここに来たのか。私は本当の意味では、まだすぐには理解できません。でも、もし……その想いに、偽りがないのなら」
声がわずかに震えた。けれど、言葉は迷わなかった。
「……もう一度だけ、父として、歩み寄ってもらえますか?」
その問いに、父は顔を上げた。
そして、わずかに頭を垂れた。
「……愚かなる父に、再び父を名乗る資格があるのなら、償いたい」
私はその言葉に、すぐに答えは出せなかった。
けれど、胸の奥にあった凍てつく氷のようなものが、確かに少しだけ、溶けていくのを感じた。
私は今、もう一度、家族を見つめ直そうとしていた。
この扉の向こうに、父がいる。
そう思っただけで、心臓がひどくうるさく鳴り響いた。
この鼓動の高鳴りが、恐れなのか、怒りなのか、それとも……。
私にはまだ、わからなかった。
屋敷の一室。
元は応接用の静かな部屋。
連合の客人が滞在するには、過ぎた静けさだとすら思える。
けれど、今の私には、それがふさわしかった。
「……ノーラ様。いつでも、お引き取りできます」
扉の前で控えるアルヴィが、いつもの冷静な声で言った。
私は、ゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。会います。私の意思で」
頷くと、アルヴィは扉を静かに開けた。
その向こうにいたのは、背筋を伸ばし、椅子に座っていた一人の男性。
その姿に、一歩踏み出すことができず、私は立ち尽くしてしまった。
彼もまた、私を見ると動きを止めた。
瞬間、かすかに眉が揺れる。
「……ノーラ、久しぶりだな」
父の口から漏れた私の名。
それだけで、胸が締めつけられた。
「お父様、よくぞご無事で」
「……まずは謝罪を、君が困っている際に助けることができなかった」
「いえ、お父様もご苦労を」
記憶にある父よりも、痩せておられた。
苦労が滲み出る思いをされたことだろう。
私は一歩、また一歩と部屋に足を踏み入れた。
歩みは自然と止まり、父との距離は、数歩分の空白を残したまま。
「……苦労をかけたのはこちらの方だ」
その言葉に、私は初めて父と話せたように思う
私たちの間にあったのは、沈黙と、記憶と、そしてまだ解けぬわだかまりだった。
これまで貴族とその娘という立場を重んじてきた。
だからこそ、言えぬ言葉がたくさんあった。
父は、多くを語りはしない人だった。
ただ、かすかに目を伏せた。そして、ゆっくりと口を開く。
「……私は、貴族だった。娘よりも家を優先した。申し訳ない」
「……いえ、わかっております」
その言葉は、どこまでも静かで、どこまでも弱かった。
かつて私が知っていた、誇り高く冷酷なフィアステラ侯の姿は、そこにはなかった。
「私は、償えるとは思っていない。ただ、せめて、お前の歩んだ道の果てを見たいとここまできた」
私はその言葉を遮るように、深く息を吸い込んだ。
「父上」
目を見て、言った。
「私は、父上から愛されていないと思っていました」
「……」
「でも、私は、ここでエルド様に出会い、愛を知りました。そして、父上が、私にかけてくれた時間や想いを理解できた。そして、仲間を得て、生き方を選ぶことができました。だから今の私は、あの頃の私とは違います」
私は一歩、踏み出した。
たった一歩。それだけの距離を、ゆっくりと、心ごと進めた。
「どういう想いでここに来たのか。私は本当の意味では、まだすぐには理解できません。でも、もし……その想いに、偽りがないのなら」
声がわずかに震えた。けれど、言葉は迷わなかった。
「……もう一度だけ、父として、歩み寄ってもらえますか?」
その問いに、父は顔を上げた。
そして、わずかに頭を垂れた。
「……愚かなる父に、再び父を名乗る資格があるのなら、償いたい」
私はその言葉に、すぐに答えは出せなかった。
けれど、胸の奥にあった凍てつく氷のようなものが、確かに少しだけ、溶けていくのを感じた。
私は今、もう一度、家族を見つめ直そうとしていた。
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