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第五章
帝都に屋敷を購入しよう
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《side フライ・エルトール》
「ブライド皇帝陛下、ご即位おめでとうございます」
私は粛清が終わりに近づいている気配を察して、誰よりも早くブライド皇帝へと頭を下げた。
彼は玉座に座ったまま、じっと私を見下ろしている。学園時代から、ブライド皇帝を観察していたから、彼を理解している。
彼は能力がある者、有能な者を無碍に殺しはしない。
何よりも、私の知る歴史では、残虐な行為が繰り返されるわけではない。これは一種の強烈な植え付けだ。
冷酷で残酷な行いは一度で行って、他者に対して君主は決断できる人間だと示すのだ。
「……お前は相変わらずだな、フライ・エルトール」
低く響く声には、感情の起伏がほとんどない。
この場に集まった貴族たちの多くは、戦々恐々としていることだろう。私は後を振り返っていないので、わからない。
だが、空気は未だに重く。
先ほどまでの粛清の光景が、まだ脳裏に焼き付いている。
王座の間に響くのは、騎士が剣の血を拭き取る音だ。
処刑された者たちの身体が無造作に放置され、宴とは思えない、処刑場へ様変わりしている。普通の神経ならば、吐き気を覚えこの場で笑顔を向けることも難しい。
だが、私は気にしない。
いや、言葉が違うな。すでに公爵になる前から、私は戦いを体験した。前世の記憶を持つ私が普通に戦闘が行えるのか疑問ではあったが、魔物を倒し、盗賊を断罪し、そして、この手を汚した。
転生してから、何度も覚悟を決める準備をした。
「皇帝陛下の治世がどのようなものになるか、僕は楽しみにしております」
私は穏やかに微笑みながら言った。
この場では、私の笑顔が一番似つかわしくない。不気味に見えることだろう。
皇帝ブライドは、じっと私を見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「お前は実に面白いな」
そう呟くと、彼は手を軽く振った。
「貴様にはまだ用がある。その時が来たら、再び帝都へ呼ぶだろう」
「光栄です」
私は優雅に礼をし、そのまま立ち上がって宴の場を後にした。
会場を出ると、まだ外は静まり返っていた。
何人もの貴族たちが青ざめた顔で、壁際にへたり込んでいる。
だが、数名の貴族は私の後で膝を折って頭を下げていた。どうやら彼らは覚悟を決めたようだ。ブライド皇帝と生きていく帝国の道を。
小説の時よりも、その人数は多いのかな? 私にはわからない。
「……ふぅん」
私は深く息を吐きながら、馬車へと向かった。
血の宴は終わった。
だが、これは始まりに過ぎない。
次に皇帝ブライドが動く時、帝国はさらに大きなうねりを見せるだろう。
そして、私はどう動くべきか、考えるのはまだ早い。
♢
帝都を訪れる機会が増えることになる。
そのため屋敷の一つくらい持っておくのも悪くない。
ブライド皇帝が即位して以降、帝都の情勢は大きく変わりつつある。貴族たちは様子見に徹し、商人たちは新たな権力構造に怯え、街の空気はどこか張り詰めていた。
滞在するたびに宿を手配するのは手間だし、王城の賓客として長居するのも気が引ける。だったら、自前の屋敷を一軒持っておくのが最適解だ。
公爵家なら帝都に屋敷を持っていても不思議ではないと思うが、これまでの公爵家はあくまで帝都に屋敷を持たず、ホテルで滞在することが多かった。
それは、帝国の親戚筋として、野心がなく皇帝を狙わないという意思を込めていた。
だが……。
「なるべく静かで、そこそこ広くて、出入りしやすい場所がいいんだけど」
不動産屋の初老の男は、しばらく考え込んでから、ある物件を紹介してくれた。
「エルトール公爵様ならば、こちらはいかがでしょう?」
彼が示したのは、帝都の中心から少し離れた高台に位置する屋敷だった。
王城にも程よく近く、商業地区や貴族街へのアクセスも悪くない。それでいて、貴族の住まう区域の中では比較的静かな環境だという。
「いい場所だね。設備は?」
「広い中庭に迎賓室、書斎も完備されております。地下室もございますので、貴族の皆様には重宝されているかと」
「地下室か、それは助かる」
万が一の事態を考えるなら、地下に隠し部屋があるのは悪くない。
「それなら、ここを買います」
「え? もうお決めに?」
不動産屋は目を丸くする。
「じっくり考えるほどのことでもないでしょう?」
「い、いや、公爵様ほどの方が、そんなにあっさり決めてしまわれるとは……」
帝都に来るたびに宿探しをするのも面倒だし、ブライドがどのように動くか分からない以上、帝都内に拠点を持っておくに越したことはない。
私はすぐに契約を交わし、屋敷の整備を進めるように指示を出した。
「使用人を派遣するまで。とりあえず清掃員と管理人を手配しておいてください」
「かしこまりました、公爵様」
購入手続きを終え、屋敷の鍵を受け取ろうとしたその時、慌ただしく駆け込んできた使者が、一通の報せを持ってきた。
「フライ・エルトール公爵様はこちらでしょうか?! ユーハイム伯爵様より、急報です」
「僕がエルトールです」
「はっ! ユーハイム様から急報です」
渡された手紙は、王国の王座が代替わりいたという内容だった。
使者は普通の配達員ではなく、ユーハイム伯爵の遣いだろう。
「……王座の代替わり?」
手渡された書状を開くと、予想通りの名前が記されていた。
アイス・ミルディ・ディフェが、新たな王国の王として即位した。
「……ふぅん」
アイス王子が王になることは、さほど驚くことではない。
だが、問題は、その先にある。
ブライド皇帝と、アイス王。
冷徹な覇王と、理知的な氷の王。
この二人が並び立つことは、決してない。
私はすぐに、祝いの品を用意するよう使用人に指示を出した。
「王国の新たな王に対し、祝辞を送るのは当然の礼儀だね」
言いながらも、その言葉の裏に隠された意味を考えざるを得なかった。
帝国と王国、それぞれが新たな王を迎えた。
これは、単なる祝賀ではない。
新たな時代の幕開けを告げているのだろう。
「ブライド皇帝陛下、ご即位おめでとうございます」
私は粛清が終わりに近づいている気配を察して、誰よりも早くブライド皇帝へと頭を下げた。
彼は玉座に座ったまま、じっと私を見下ろしている。学園時代から、ブライド皇帝を観察していたから、彼を理解している。
彼は能力がある者、有能な者を無碍に殺しはしない。
何よりも、私の知る歴史では、残虐な行為が繰り返されるわけではない。これは一種の強烈な植え付けだ。
冷酷で残酷な行いは一度で行って、他者に対して君主は決断できる人間だと示すのだ。
「……お前は相変わらずだな、フライ・エルトール」
低く響く声には、感情の起伏がほとんどない。
この場に集まった貴族たちの多くは、戦々恐々としていることだろう。私は後を振り返っていないので、わからない。
だが、空気は未だに重く。
先ほどまでの粛清の光景が、まだ脳裏に焼き付いている。
王座の間に響くのは、騎士が剣の血を拭き取る音だ。
処刑された者たちの身体が無造作に放置され、宴とは思えない、処刑場へ様変わりしている。普通の神経ならば、吐き気を覚えこの場で笑顔を向けることも難しい。
だが、私は気にしない。
いや、言葉が違うな。すでに公爵になる前から、私は戦いを体験した。前世の記憶を持つ私が普通に戦闘が行えるのか疑問ではあったが、魔物を倒し、盗賊を断罪し、そして、この手を汚した。
転生してから、何度も覚悟を決める準備をした。
「皇帝陛下の治世がどのようなものになるか、僕は楽しみにしております」
私は穏やかに微笑みながら言った。
この場では、私の笑顔が一番似つかわしくない。不気味に見えることだろう。
皇帝ブライドは、じっと私を見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「お前は実に面白いな」
そう呟くと、彼は手を軽く振った。
「貴様にはまだ用がある。その時が来たら、再び帝都へ呼ぶだろう」
「光栄です」
私は優雅に礼をし、そのまま立ち上がって宴の場を後にした。
会場を出ると、まだ外は静まり返っていた。
何人もの貴族たちが青ざめた顔で、壁際にへたり込んでいる。
だが、数名の貴族は私の後で膝を折って頭を下げていた。どうやら彼らは覚悟を決めたようだ。ブライド皇帝と生きていく帝国の道を。
小説の時よりも、その人数は多いのかな? 私にはわからない。
「……ふぅん」
私は深く息を吐きながら、馬車へと向かった。
血の宴は終わった。
だが、これは始まりに過ぎない。
次に皇帝ブライドが動く時、帝国はさらに大きなうねりを見せるだろう。
そして、私はどう動くべきか、考えるのはまだ早い。
♢
帝都を訪れる機会が増えることになる。
そのため屋敷の一つくらい持っておくのも悪くない。
ブライド皇帝が即位して以降、帝都の情勢は大きく変わりつつある。貴族たちは様子見に徹し、商人たちは新たな権力構造に怯え、街の空気はどこか張り詰めていた。
滞在するたびに宿を手配するのは手間だし、王城の賓客として長居するのも気が引ける。だったら、自前の屋敷を一軒持っておくのが最適解だ。
公爵家なら帝都に屋敷を持っていても不思議ではないと思うが、これまでの公爵家はあくまで帝都に屋敷を持たず、ホテルで滞在することが多かった。
それは、帝国の親戚筋として、野心がなく皇帝を狙わないという意思を込めていた。
だが……。
「なるべく静かで、そこそこ広くて、出入りしやすい場所がいいんだけど」
不動産屋の初老の男は、しばらく考え込んでから、ある物件を紹介してくれた。
「エルトール公爵様ならば、こちらはいかがでしょう?」
彼が示したのは、帝都の中心から少し離れた高台に位置する屋敷だった。
王城にも程よく近く、商業地区や貴族街へのアクセスも悪くない。それでいて、貴族の住まう区域の中では比較的静かな環境だという。
「いい場所だね。設備は?」
「広い中庭に迎賓室、書斎も完備されております。地下室もございますので、貴族の皆様には重宝されているかと」
「地下室か、それは助かる」
万が一の事態を考えるなら、地下に隠し部屋があるのは悪くない。
「それなら、ここを買います」
「え? もうお決めに?」
不動産屋は目を丸くする。
「じっくり考えるほどのことでもないでしょう?」
「い、いや、公爵様ほどの方が、そんなにあっさり決めてしまわれるとは……」
帝都に来るたびに宿探しをするのも面倒だし、ブライドがどのように動くか分からない以上、帝都内に拠点を持っておくに越したことはない。
私はすぐに契約を交わし、屋敷の整備を進めるように指示を出した。
「使用人を派遣するまで。とりあえず清掃員と管理人を手配しておいてください」
「かしこまりました、公爵様」
購入手続きを終え、屋敷の鍵を受け取ろうとしたその時、慌ただしく駆け込んできた使者が、一通の報せを持ってきた。
「フライ・エルトール公爵様はこちらでしょうか?! ユーハイム伯爵様より、急報です」
「僕がエルトールです」
「はっ! ユーハイム様から急報です」
渡された手紙は、王国の王座が代替わりいたという内容だった。
使者は普通の配達員ではなく、ユーハイム伯爵の遣いだろう。
「……王座の代替わり?」
手渡された書状を開くと、予想通りの名前が記されていた。
アイス・ミルディ・ディフェが、新たな王国の王として即位した。
「……ふぅん」
アイス王子が王になることは、さほど驚くことではない。
だが、問題は、その先にある。
ブライド皇帝と、アイス王。
冷徹な覇王と、理知的な氷の王。
この二人が並び立つことは、決してない。
私はすぐに、祝いの品を用意するよう使用人に指示を出した。
「王国の新たな王に対し、祝辞を送るのは当然の礼儀だね」
言いながらも、その言葉の裏に隠された意味を考えざるを得なかった。
帝国と王国、それぞれが新たな王を迎えた。
これは、単なる祝賀ではない。
新たな時代の幕開けを告げているのだろう。
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