天使は女神を恋願う

紅子

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ここは、天国ですか?

―どうか、あの子を救って―






ゆるゆると何かが頬を掠める。優しく暖かいそれに無意識に頬を擦り寄せると、ピタリと動きが止まってしまった。それを不満に思っていると、再び、それは動き出した。ゆっくりと慈しむかのように撫でられ、ふわふわと漂っていた意識が浮上してきた。パチリと瞼をあげると、そこには・・・・。

美しいと評される絵画も霞むほどの美青年がビックリした顔で私を覗きこんでいた。

「美しい天使様、ここは、天国ですか?」 

まだ覚めやらぬ意識の中で、ああ、あの時階段から落ちて死んだのか、とぼんやりした頭で納得した。

「ふふ、貴方のような綺麗な天使様にお迎えに来てもらえるなんて、夢みたい」

ボーと霞がかったような頭で天使様から目を離せないでいると、その天使様は慌てたように仮面を被ってしまわれた。

「あっ」

残念。素晴らしく美しいお顔が隠されてしまった。
仮面を被った天使様は、横になっている私をゆっくりと起こすと私から離れていった。

「貴女は、何故ここに?」

言っている意味がわからない。天使様を見つめたままま、思考を巡らせるように首を傾げた。

「それは、私が死んだから、ではないのですか?ここは、天国ですか?それともここから天国へ向かうのですか?」

「私は天使ではないし、ここは、天国でもない」

「では、貴方は死神様ですか?死神様とは、こんなに美しいものなのですか?」

私の問いかけに、天使様の顔が歪んだ気がした。仮面に覆われているから表情は全くわからない。でも・・・・。

「ここは、ロールウッド王国の禁足地。貴女は突然、私の隣に姿を現したのだが?」

ロールウッド王国の禁足地?この天使様は何を仰っているのだろうか?

「ここは、天使様方のお国でしたか。どうやら私は死んだ後にここに迷い込んだようです。死者の国へはどう行けばいいのでしょう?」

「貴方は、死んでなどいないだろう?こんなにも温かい血が流れているのに」

天使様の手が私の頬に触れる。そこからふわっと温もりが拡がり、思わずその手に頬を寄せると、さっとその温もりは離れてしまった。なんだか、寂しくて切なくなる。父以外の温かくて優しい手。ずっと仮面の天使様を映していた視界が滲み始めて、ポロリと小さな滴が頬を転がった。

「申し訳ありません。私のような者が美しい貴女に触れるなど。ご無礼をお許しください」

天使様は、ますます私から距離を取ってしまわれた。やっぱり私はどこへ行っても避けられる存在なのだろうか。天使様を見つめていた瞳は、今は足元の草だけを映している。階段から落ちたのも、異母兄から逃げたためだ。

ー「お前の価値など、その身体だけなんだから、その身体で償え」ー

7歳で一緒に暮らしていた母が亡くなり、父に引き取られた。母は、愛人だった。暮らしはそこそこに裕福で時々やってくる父は私を大切に可愛がってくれた。だから、母を亡くして寂しかったが父と暮らせると思うと嬉しかった。だが・・・・。引き取られた先で待っていたのは、義母による虐待と異母兄のセクハラだった。唯一、頼りにしていた父は、殆ど帰ってこない。毎日、義母から罵られ、食事を抜かれた。学校でも愛人の娘だと後ろ指差され誰も近づいては来ない。近づいてくるのは、下心のあるやつらばかりだ。襲われそうになったこともある。5歳違いの異母兄は私の胸が膨らみ始めると、人目のないところで、昼・夜関係なく私の身体をまさぐった。抵抗すると殴られた。そのうち、寝ている私を襲おうと部屋へ侵入するようになった。なんとか抵抗して、事なきを得ている間に、私は独り暮らしを父に許してもらうことができた。なのに、異母兄がバイト先まで来て、私を呼び出し階段の踊り場で・・・・。私は抵抗の末、階段から落ちた。本当に、こんな身体、無くなってよかった。




・・・・ん?
死んでいない?
温かい血が流れている?

「あの、天使様。私は生きているのですか?」

「貴女は先程から何を言っているのだ?ここは、ロールウッド王国の禁足地。王族以外の者が入ることは叶わない。貴女は、突然、私の隣に姿を現したのだと先程から説明しているであろう?」

そういえば、そんなことを言っていた気がする。天使様の余りの美しさに気を取られ、階段から落ちたはずなのに広い草原の中にいるという非現実的な出来事に、死んだと思い込んでいた。

「えっと、ここは、何処でしょう?あっ、ロールウッド王国の禁足地ということではなく。私は結婚式場にいたはずなのですが。階段から落ちた記憶はありますけど、階段の下はこのような草原では無かったです。ですから、てっきり死んで天国にでも来たものと」

そこまで言って、恐る恐る天使様を見た。ここが天国でなく私も死んでいないなら、この超絶に美形の天使様は人間なのだろうか?そう思ってよく見ると、この天使様は腰に剣を提げ、まるで中世の騎士のような居で立ちをしている。

本当にここは何処?

「どうやら貴女は女神に遣わされた贈り人のようだ」

「贈り人?」

天使様は頷いて肯定を示した。

「贈り人とは、女神様がこの世界の発展を願って、別の世界より遣わす特別な者のこと。貴女は、ここではない世界からやって来たのであろう?その煌びやかな衣装もこの世界には見られないものだ」

あっ!と自分を見る。バイト先の結婚式場で衣裳のモデルをしたままの格好だ。かなり、絢爛豪華でお洒落な和装を着ている。

「天使様、私はこれからどうなるのでしょう?」

この先のことに不安を感じて、天使様を見上げた。

「ハァ、私は天使ではない。ランスロット・ミカエル・ロールウッド。ミカエルとでも呼べばいい。貴方の名前を聞いてもいいだろうか?」

天使様は、大天使様だった。

「名前も名乗らず、失礼いたしました。私は、神崎菫。神崎は家名、菫が私の名前です」

「スミレ・・・・。スミレと呼んでも?」

「勿論です、天使様。・・じゃなくて、ミカエル様」

「スミレ、先程も言った通り貴女は贈り人だ。贈り人は王宮で手厚く保護されるから、今後の心配はいらない。まずは、王宮に行かなくては。送っていこう」

どうやら私は元いた世界とは全く異なる世界に来てしまったらしい。会ったこともない女神様によって。

・・・・あれ?何か引っ掛かるような?
目覚める前に、何か・・・・。


―どうか、あの子を救って―


そうだ!あの声。あれが女神様?
でも、誰を救うの?
私が救うの?
ハァ、また、無理難題を。私を救ってほしいよ。

私は無意識にミカエル様の服を掴み思考の渦に飲まれながら、禁足地を後にした。

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