転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています

柚吉猫

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出会いと別れ

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俺には学生時代、大切で大好きな恋人がいた。

文武両道、人望が厚く、大企業の御曹司、誰もが振り向く美しい容姿…全てを神が与えた神に愛されし存在だと誰かが噂話をしていた。

そんな彼と俺が出会う事すら奇跡に近いのに、それ以上になるとは思わなかった。

出会いは病院の一室だった。

元々身体が弱くて、入退院を繰り返していた。
暑すぎても寒すぎても体調が悪くなって倒れてしまう。
周りは俺の事を気にして気を遣わせてしまう。

それも嫌だった、誰かに迷惑掛かるならこのまま退院しない方がいいのかもしれない。

あの日も熱い日が続いて、倒れて入院していた。

夜の事、急にトイレに行きたくて病室を出た。
病院内を歩く事は許されているとはいえ、さすがに夜中にうろついていたら怒られる。

トイレでも嘘ついて抜け出す人がいるから信じてもらえなかった事があった。
俺は真面目にしてきたつもりだったけど、子供だから信用してもらえないのかもしれない。

早くトイレに行って戻れば看護師さんに怒られる心配はない。

トイレを済ませて病室に帰ろうとした時、隣の病院から声が聞こえた。
理由は分からないが、隣の病室には入ってはいけないと看護師さんに言われていた。
その顔がとても怖くて、好奇心がなくなるほどだ。

病室から聞こえる声はとても苦しそうで、胸が締め付けられそうだった。
ここは病院、なにかあっても不思議じゃない。
一分一秒が命取りになると、ずっと見てきた。

一大事だ、看護師さんを呼ぶだけだと自分に言い聞かせた。

病室を開けると身体を丸めている背中が見えた。
慌ててナースコールのボタンを押して、苦しんでいる背中を撫でた。

看護師さんが到着して、病室から追い出されてしまったけどそれが俺と彼の出会いだった。

次の日、こっそり様子を見に行ったら窓を眺めている少年がいて、俺に微笑んでいた。
それからいろんな話をして、足の怪我で入院していた彼はすぐに退院してしまった。

その後、高校でまさか再会するとは思わなかった。

頭は良かったから退院して名門難関校に入学する事が出来た。
そこの生徒会長にして全校生徒の憧れの的だったのは彼だった。

頭がいいとはいえ、この学校では平均よりやや下くらいで容姿も合わせて凡人だった。

さすがに馴れ馴れしく話しかけるのは悪いし、五年も前の話だ。
覚えていないし、別の世界の人のようで思い出は思い出として俺だけが覚えていようと思った。

そんな時、声を掛けてくれたのは彼の方からだった。
同じ学校だからすれ違う事もあるとは思ったが、またこうして話す事が出来て嬉しかった。

そして半年が経った時、彼から告白をされた。

人に好かれた記憶がなくて、これはなにかの夢ではないのかと思うほど夢のような話だった。

男の人どころか、誰かを好きになった事がなくて愛とは何なのか分からない。
でも、きっと人を愛すのはこんなに苦しいものなのかもしれない。

俺は彼と居て、初めて愛しい気持ちを知った。
幸せだった、一緒にいるだけで良かった…まさかそれがこんなに早く終わるとは思わなかった。

それはある晴れた日の放課後での出来事だった。

いつも通り帰り道を歩いていたら、遠くの方で彼の後ろ姿を見つけた。
声を掛けようと思っていたが、誰かと一緒に歩いていて口を閉ざした。

黒髪の清楚系の美女と仲良さそうに歩いていて、あの美女には見覚えがあった。
彼の幼馴染みで婚約者という噂があり、噂される度に彼は否定をしていた。

幼馴染みだし、仲が良くても別に普通だよな。

気持ちが少しもやもやしてきたから、別の方向を歩いて帰ろうと思った。
彼と美女のキスをする場面を見るまでは平常心だった。

俺はその場を逃げるようにして帰り、家の中で過呼吸になって倒れた。

確かに二人はお似合いの美男美女だけど、好きな人がいるならどうして俺と付き合ったりしたの?

なにかの見間違いだと、そう自分に言い聞かせないと壊れてしまいそうだった。








本人の口から聞きたいと思っていたが、別れとはあっさりしているものだ。

再び入院した俺の病室に彼が来て「別れてほしい」と口にして、俺は一目だけ見て逃げるように布団を被った。
彼の顔を見ると、二人のキスシーンが重なって見える気がした。

「好きな子がいる」「お前なら分かってくれるよな」「俺の家は厳しいからあの子の事を隠すために付き合っただけなんだ」と俺の心を抉る言葉を続けて言う。
目元が熱くて、苦しいけど…俺の事を好きじゃないなら無理矢理付き合ってもお互いのためにはならない。

震える声で「分かった」とだけ言うと、足音が響いた。
布団から顔を覗かせると、彼が病室から出ていくところだった。

俺の初恋はこうして残酷なカタチで終わった。

あれから俺は病院から退院する事はなくなった。
すぐに発作になり倒れるから危ないと両親は判断した。

俺は十八歳になり彼は二十歳になった時、あの幼馴染みの子と結婚する報告を幸せそうに寄り添う写真付きで送るなんて、何を考えているんだ。
二年経ったからって、そう簡単に忘れられないのに…

俺もそろそろ吹っ切れろって事なんだよなとサイドテーブルに置いてあるゲーム機を手にした。
あまりゲームをしない俺が一つだけやっているゲームがあった。

きっかけはインターネットを見ていた時に出てきたゲームの広告。
アニメ化もされている女性向けの恋愛ゲーム。
五人の男キャラクターと一人の少女が恋愛する。

あの時はまだ付き合っている時で、彼に似たキャラクターがいると思って始めた。

スマホをあまり弄らない俺の暇つぶしとして母が持ってきてくれた。
あの時はゲームだし、完全クリアをしても何とも思わなかった。

今では全然見方が変わってきているな、とため息を吐く。
ヒロインの子があの幼馴染みに容姿が似ているな。
ゲームでも幼馴染みだし、暗い気持ちになるから他の人の好感度を上げてなるべく避けていた。

俺は過去の恋愛を吹っ切るために、彼に似たキャラクターのストーリーを見る事にした。

クリア間近になってやっと忘れられると思った時の事だった。
肺から迫り上がってくるような咳が止まらなくなる。
いつもなら少ししたら落ち着くのに、今日は可笑しい。

看護師さんを呼ぶためにナースコールに手を伸ばした。
なんでこんな時に彼とのきっかけを思い出すんだろう。

俺の病気は身体を蝕んでいき、もうボロボロなんだと分かっている。
二十歳を迎えられるかどうか分からないと両親と担当医師が話しているのを偶然聞いた事がある。

今の俺には何もない、生に執着する事はなかった。

口から血を流しながら、せめて彼より幸せになりたかったなと思った。

十八年の人生の幕が下りても、少年の記憶にあるのはたった一人だけだった。
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