亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ

文字の大きさ
2 / 32

2【騎士の療養】

しおりを挟む
 グロッスラリア王国の都は行き交う人々で溢れている。昼だけではなく夕闇に近い街灯の下も、人がすれ違っていく。雑踏の中を歩くシモンの腕に、人の肩が当たった。

「あ、ごめんなさい」

 当たってきたのが女性だったので、シモンは「気にするな」と柔和に笑った。これが男ならば、「気をつけろ」と睨みつけていたかもしれない。

 シモンは女性限定で優しさを発揮する。その優しさには下心しかない。寝台に連れ込めるなら、どんなことだってする考えだ。

 先程の女性は一瞬しか確かめられなかったが、なかなか美しい顔立ちをしていた。胸も尻も大きかった。ただ首まで衣服で守られている女性は色恋に慎重な印象があった。

 軽い気持ちでは付き合えない。残念ながら、対象外だ。

 シモンは去っていく女性の姿に後ろ髪を引かれながらも、ふたたび歩き出した。

 先日、前騎士団長と恋仲にあるマレクが攫われるという事件が起きた。場所は死の森深く。誰も近寄らない地に死神と呼ばれる犯罪集団が集落を作っていた。

 マレクの活躍により、犯罪集団は大方削られた。命からがら生き残った残党は捕らえられて、取り調べを受けた。近いうちに、残らず処刑される見込みだ。

 集落には、アラバンド国の王弟も捕らわれていた。どうやら連中は、王弟を担ぎ込んで、国の再建を目指していたらしい。

 シモンは騎士として、その場にいた。

 命令を受けて地下室を駆け下り、王弟を見つけ出した。白銀の髪が粗末な寝台に散らばっていた。瞼から僅かに覗いたのは氷のように青い瞳だった。

 弱っているのか、動けない王弟の首の脈を測ろうとした瞬間、光に包まれた。すぐに腕に火傷のような痛みが走った。

 こんな力は聞いてないと、この場にいない団長に憤っていたが、王弟の顔を見たときに怒りも痛みも忘れた。

 なぜか、シモンに怪我を負わせた王弟のほうが苦しそうにしていた。

 だからだろうか、「もう大丈夫だ」と毛布の上から身体を擦ったのは。「ごめんなさい」という弱々しい声に、心臓が締め付けられる思いをしたのは。涙を拭いたくなる手を、抱え直すことで誤魔化した。

 泣き顔をあまり見ないようにしながら、丁重に抱えて地下室を後にした。

 王都まで王弟を連れて行ったが、城に入ったところで別れた。別れ際も王弟は眠ったままだった。血の通っていない青白い顔をしていた。辛うじて聞こえる呼吸音が、生きていることを表していた。

 それから一度も会っていない。

 王都に戻ったシモンは、怪我の影響で、療養に入っていた。

 怪我を負った当初は、熱を持ったように痛かったが、今は火傷の跡のように皮膚が引きつれるだけだ。跡も大分薄くなってきている。

 近いうちに、傷の跡もなくなるだろう。疼きもなくなるはずだ。

 医師からも「そろそろ復帰してもいいですよ」と太鼓判を押された。

 騎士のための施療院を出た足で、王都に繰り出していた。溜まり溜まった性欲を解消するため、女を引っ掛けるつもりだった。

 後腐れなさそうな浅い付き合いを望む女は、シモンを見るなり思わせぶりな目を向けてくる。

 ひとことふたこと言葉を交わし、肩を抱いて、近くの酒場に連れ込んでしまえばいい。二階の宿で一晩休んでいけば、朝にはすっきりできるというものだ。

 女に腕を引かれたとき、どういうわけか、腕の傷がうずいた。同時に脳裏に男の顔が浮かんできた。

 いやいやとシモンが首を振る。そんな男の顔を浮かべる必要はない。

 ――あいつは俺に怪我を負わせた張本人だ。

 それなのに、王弟の顔が阻んでくる。

「お兄さん、行かないの?」焦れた女の方から誘ってきた。

 シモンは「今日はそんな気分じゃない」と首を振る。

 女は気分を害した風でもなく、あっけなくシモンの腕を離した。身の引きどころもわかっている。どこまでもシモン好みの女なのに、なぜか食指が動かない。

 誰だったらいいのか。

 王都在住の自分好みの女は、大体把握している。パン屋の店員、酒場の奥さん、宿屋の看板娘……。

 どれも飛ばして、またしても王弟の顔が浮かんできた。

 青白い顔が頭から離れない。身体を抱えた時、苦しみに歪んだ顔から安心するような顔になり、涙が溢れて頬に流れていった。

 綺麗だとは思うが、抱きたくはない。どうやっても女の柔らかさには変えられない。

 それなのに、くそと悪態をつく。

 ――二度と会いたくねぇ。

 こんなに頭の中をかき乱されるのは初めてだ。

 むしゃくしゃしたときには酒で忘れるに限る。酒をたらふく飲めば、下半身の疼きも収まるだろう。

 今宵、女を諦めて、シモンは酒を飲むことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

憎くて恋しい君にだけは、絶対会いたくなかったのに。

Q矢(Q.➽)
BL
愛する人達を守る為に、俺は戦いに出たのに。 満身創痍ながらも生き残り、帰還してみれば、とっくの昔に彼は俺を諦めていたらしい。 よし、じゃあ、もう死のうかな…から始まる転生物語。 愛しすぎて愛が枯渇してしまった俺は、もう誰も愛する気力は無い。 だから生まれ変わっても君には会いたく無いって願ったんだ。 それなのに転生先にはまんまと彼が。 でも、どっち? 判別のつかないままの二人の彼の愛と執着に溺死寸前の主人公君。 今世は幸せになりに来ました。

ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。 ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。 平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。 しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。 エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。 さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。 特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。

【本編完結】おもてなしに性接待はアリですか?

チョロケロ
BL
旅人など滅多に来ない超ド田舎な村にモンスターが現れた。慌てふためいた村民たちはギルドに依頼し冒険者を手配した。数日後、村にやって来た冒険者があまりにも男前なので度肝を抜かれる村民たち。 モンスターを討伐するには数日かかるらしい。それまで冒険者はこの村に滞在してくれる。 こんなド田舎な村にわざわざ来てくれた冒険者に感謝し、おもてなしがしたいと思った村民たち。 ワシらに出来ることはなにかないだろうか? と考えた。そこで村民たちは、性接待を思い付いたのだ!性接待を行うのは、村で唯一の若者、ネリル。本当は若いおなごの方がよいのかもしれんが、まあ仕方ないな。などと思いながらすぐに実行に移す。はたして冒険者は村民渾身の性接待を喜んでくれるのだろうか? ※不定期更新です。 ※ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。 ※よろしくお願いします。

歳上公爵さまは、子供っぽい僕には興味がないようです

チョロケロ
BL
《公爵×男爵令息》 歳上の公爵様に求婚されたセルビット。最初はおじさんだから嫌だと思っていたのだが、公爵の優しさに段々心を開いてゆく。無事結婚をして、初夜を迎えることになった。だが、そこで公爵は驚くべき行動にでたのだった。   ほのぼのです。よろしくお願いします。 ※ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

処理中です...