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2【騎士の療養】
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グロッスラリア王国の都は行き交う人々で溢れている。昼だけではなく夕闇に近い街灯の下も、人がすれ違っていく。雑踏の中を歩くシモンの腕に、人の肩が当たった。
「あ、ごめんなさい」
当たってきたのが女性だったので、シモンは「気にするな」と柔和に笑った。これが男ならば、「気をつけろ」と睨みつけていたかもしれない。
シモンは女性限定で優しさを発揮する。その優しさには下心しかない。寝台に連れ込めるなら、どんなことだってする考えだ。
先程の女性は一瞬しか確かめられなかったが、なかなか美しい顔立ちをしていた。胸も尻も大きかった。ただ首まで衣服で守られている女性は色恋に慎重な印象があった。
軽い気持ちでは付き合えない。残念ながら、対象外だ。
シモンは去っていく女性の姿に後ろ髪を引かれながらも、ふたたび歩き出した。
先日、前騎士団長と恋仲にあるマレクが攫われるという事件が起きた。場所は死の森深く。誰も近寄らない地に死神と呼ばれる犯罪集団が集落を作っていた。
マレクの活躍により、犯罪集団は大方削られた。命からがら生き残った残党は捕らえられて、取り調べを受けた。近いうちに、残らず処刑される見込みだ。
集落には、アラバンド国の王弟も捕らわれていた。どうやら連中は、王弟を担ぎ込んで、国の再建を目指していたらしい。
シモンは騎士として、その場にいた。
命令を受けて地下室を駆け下り、王弟を見つけ出した。白銀の髪が粗末な寝台に散らばっていた。瞼から僅かに覗いたのは氷のように青い瞳だった。
弱っているのか、動けない王弟の首の脈を測ろうとした瞬間、光に包まれた。すぐに腕に火傷のような痛みが走った。
こんな力は聞いてないと、この場にいない団長に憤っていたが、王弟の顔を見たときに怒りも痛みも忘れた。
なぜか、シモンに怪我を負わせた王弟のほうが苦しそうにしていた。
だからだろうか、「もう大丈夫だ」と毛布の上から身体を擦ったのは。「ごめんなさい」という弱々しい声に、心臓が締め付けられる思いをしたのは。涙を拭いたくなる手を、抱え直すことで誤魔化した。
泣き顔をあまり見ないようにしながら、丁重に抱えて地下室を後にした。
王都まで王弟を連れて行ったが、城に入ったところで別れた。別れ際も王弟は眠ったままだった。血の通っていない青白い顔をしていた。辛うじて聞こえる呼吸音が、生きていることを表していた。
それから一度も会っていない。
王都に戻ったシモンは、怪我の影響で、療養に入っていた。
怪我を負った当初は、熱を持ったように痛かったが、今は火傷の跡のように皮膚が引きつれるだけだ。跡も大分薄くなってきている。
近いうちに、傷の跡もなくなるだろう。疼きもなくなるはずだ。
医師からも「そろそろ復帰してもいいですよ」と太鼓判を押された。
騎士のための施療院を出た足で、王都に繰り出していた。溜まり溜まった性欲を解消するため、女を引っ掛けるつもりだった。
後腐れなさそうな浅い付き合いを望む女は、シモンを見るなり思わせぶりな目を向けてくる。
ひとことふたこと言葉を交わし、肩を抱いて、近くの酒場に連れ込んでしまえばいい。二階の宿で一晩休んでいけば、朝にはすっきりできるというものだ。
女に腕を引かれたとき、どういうわけか、腕の傷がうずいた。同時に脳裏に男の顔が浮かんできた。
いやいやとシモンが首を振る。そんな男の顔を浮かべる必要はない。
――あいつは俺に怪我を負わせた張本人だ。
それなのに、王弟の顔が阻んでくる。
「お兄さん、行かないの?」焦れた女の方から誘ってきた。
シモンは「今日はそんな気分じゃない」と首を振る。
女は気分を害した風でもなく、あっけなくシモンの腕を離した。身の引きどころもわかっている。どこまでもシモン好みの女なのに、なぜか食指が動かない。
誰だったらいいのか。
王都在住の自分好みの女は、大体把握している。パン屋の店員、酒場の奥さん、宿屋の看板娘……。
どれも飛ばして、またしても王弟の顔が浮かんできた。
青白い顔が頭から離れない。身体を抱えた時、苦しみに歪んだ顔から安心するような顔になり、涙が溢れて頬に流れていった。
綺麗だとは思うが、抱きたくはない。どうやっても女の柔らかさには変えられない。
それなのに、くそと悪態をつく。
――二度と会いたくねぇ。
こんなに頭の中をかき乱されるのは初めてだ。
むしゃくしゃしたときには酒で忘れるに限る。酒をたらふく飲めば、下半身の疼きも収まるだろう。
今宵、女を諦めて、シモンは酒を飲むことにした。
「あ、ごめんなさい」
当たってきたのが女性だったので、シモンは「気にするな」と柔和に笑った。これが男ならば、「気をつけろ」と睨みつけていたかもしれない。
シモンは女性限定で優しさを発揮する。その優しさには下心しかない。寝台に連れ込めるなら、どんなことだってする考えだ。
先程の女性は一瞬しか確かめられなかったが、なかなか美しい顔立ちをしていた。胸も尻も大きかった。ただ首まで衣服で守られている女性は色恋に慎重な印象があった。
軽い気持ちでは付き合えない。残念ながら、対象外だ。
シモンは去っていく女性の姿に後ろ髪を引かれながらも、ふたたび歩き出した。
先日、前騎士団長と恋仲にあるマレクが攫われるという事件が起きた。場所は死の森深く。誰も近寄らない地に死神と呼ばれる犯罪集団が集落を作っていた。
マレクの活躍により、犯罪集団は大方削られた。命からがら生き残った残党は捕らえられて、取り調べを受けた。近いうちに、残らず処刑される見込みだ。
集落には、アラバンド国の王弟も捕らわれていた。どうやら連中は、王弟を担ぎ込んで、国の再建を目指していたらしい。
シモンは騎士として、その場にいた。
命令を受けて地下室を駆け下り、王弟を見つけ出した。白銀の髪が粗末な寝台に散らばっていた。瞼から僅かに覗いたのは氷のように青い瞳だった。
弱っているのか、動けない王弟の首の脈を測ろうとした瞬間、光に包まれた。すぐに腕に火傷のような痛みが走った。
こんな力は聞いてないと、この場にいない団長に憤っていたが、王弟の顔を見たときに怒りも痛みも忘れた。
なぜか、シモンに怪我を負わせた王弟のほうが苦しそうにしていた。
だからだろうか、「もう大丈夫だ」と毛布の上から身体を擦ったのは。「ごめんなさい」という弱々しい声に、心臓が締め付けられる思いをしたのは。涙を拭いたくなる手を、抱え直すことで誤魔化した。
泣き顔をあまり見ないようにしながら、丁重に抱えて地下室を後にした。
王都まで王弟を連れて行ったが、城に入ったところで別れた。別れ際も王弟は眠ったままだった。血の通っていない青白い顔をしていた。辛うじて聞こえる呼吸音が、生きていることを表していた。
それから一度も会っていない。
王都に戻ったシモンは、怪我の影響で、療養に入っていた。
怪我を負った当初は、熱を持ったように痛かったが、今は火傷の跡のように皮膚が引きつれるだけだ。跡も大分薄くなってきている。
近いうちに、傷の跡もなくなるだろう。疼きもなくなるはずだ。
医師からも「そろそろ復帰してもいいですよ」と太鼓判を押された。
騎士のための施療院を出た足で、王都に繰り出していた。溜まり溜まった性欲を解消するため、女を引っ掛けるつもりだった。
後腐れなさそうな浅い付き合いを望む女は、シモンを見るなり思わせぶりな目を向けてくる。
ひとことふたこと言葉を交わし、肩を抱いて、近くの酒場に連れ込んでしまえばいい。二階の宿で一晩休んでいけば、朝にはすっきりできるというものだ。
女に腕を引かれたとき、どういうわけか、腕の傷がうずいた。同時に脳裏に男の顔が浮かんできた。
いやいやとシモンが首を振る。そんな男の顔を浮かべる必要はない。
――あいつは俺に怪我を負わせた張本人だ。
それなのに、王弟の顔が阻んでくる。
「お兄さん、行かないの?」焦れた女の方から誘ってきた。
シモンは「今日はそんな気分じゃない」と首を振る。
女は気分を害した風でもなく、あっけなくシモンの腕を離した。身の引きどころもわかっている。どこまでもシモン好みの女なのに、なぜか食指が動かない。
誰だったらいいのか。
王都在住の自分好みの女は、大体把握している。パン屋の店員、酒場の奥さん、宿屋の看板娘……。
どれも飛ばして、またしても王弟の顔が浮かんできた。
青白い顔が頭から離れない。身体を抱えた時、苦しみに歪んだ顔から安心するような顔になり、涙が溢れて頬に流れていった。
綺麗だとは思うが、抱きたくはない。どうやっても女の柔らかさには変えられない。
それなのに、くそと悪態をつく。
――二度と会いたくねぇ。
こんなに頭の中をかき乱されるのは初めてだ。
むしゃくしゃしたときには酒で忘れるに限る。酒をたらふく飲めば、下半身の疼きも収まるだろう。
今宵、女を諦めて、シモンは酒を飲むことにした。
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