亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ

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5【最悪の面会】

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 ――寝癖だ、寝癖がついている。

 ルカーシュは部屋に入ってきたシモンの髪の毛が跳ねていることに気づいた。自然を思わせる小麦畑の一房が変な方向に折れている。

 同じ色の太眉の間にはシワができていた。耳下から顎の輪郭は鍛えた騎士らしく、無駄な肉は一切無かった。首筋がはっきりと出ていて、固く張っている。

 服は質素で、訓練した後の状態だといっても差し支えなかった。

 本人は何が悪いというように、ふてぶてしく、たたずんでいる。

 目線も合わない。横を向いているせいか、ルカーシュだけがシモンの横顔ばかり見ている。

 シモンの態度を見て、顔合わせに前向きでないのは想像できた。向こうの期待通りに早めに挨拶を交わして、終わりにするべきだろうか。せっかく会えたのに勿体ない気がする。

 ルカーシュは立ったまま、考えを巡らせた。

 ――こういうとき、はじめに何を言えばいいのだろうか。

 何か言わなければと思うほど、言葉が出てこない。騎士団長であるラデクは、こちらが黙っていても勝手に話しかけてきていた。会話といっても質問形式だったので、答えを用意すればよかった。

 積極的に話をしてくれる人ではないと、きっかけすら難しい。

 人との関わり方がまったくわからない。この歳になっても、その問題がつきまとう。

 王弟になる前も母以外と関わる機会がなかった。王弟となってからも、長く幽閉されていたせいで、その機会は奪われた。

 話す機会をうかがって、じっと観察していると、視線が交じった。

 一瞬のことで、シモンの方がすぐに目を逸らした。そればかりか、軽く舌打ちする。

 少なからず好印象を持った人に舌打ちされるというのは、かなり衝撃だった。膨れ上がった心が急激に萎んでいく。

「ごめんなさい」

 反射的に子供のように謝ると、シモンはルカーシュを睨みつけた。あれほど視線が交じらなかったというのに、きつく絡み合っている。

 眉間にシワが寄って、顔が強張って見える。警戒心よりかは、嫌悪感に近いように捉えた。

 やはり自分には、誰かに不快な顔をさせてしまう性質がある。相手がどんなに良い人でも、自分がそうさせてしまうのだ。石を飲み込んだように胸の辺りが重く感じた。

 シモンは呆れたような長い息を流した。大して大きくない音にも、ルカーシュの怯えきった体は跳ねた。

 次の言葉が怖い。両耳を手で塞ぎたいほどの怯えが身体を支配する。

「何に対して謝っているのか知りませんが。護衛の任に就いたシモン・クルシナです。よろしく」

 想定外のシモンの言葉に、ルカーシュは目を瞠った。これまで生きてきた中で、よろしくと素っ気なく言われたことはなかった。

 王弟でいるときには、周囲はそれなりに言葉に気を使ってきた。

 自分が王弟であったがために、本来は敬意など感じていなくても、取り繕った言葉が常だった。

 シモンにはそれがなかった。対等か、それ以下であるような言葉の響きに、驚きを覚えた。

 選んだ言葉が嫌悪感から来るものだとしても、心を偽った文言を吐かれるよりかは何倍もマシだった。胸の辺りの重みが抜け落ちていくようで軽くなってきた。

 ――嬉しいかもしれない。

 口の端を上げる。自分が笑っていると自覚すると、ますます愉快な気持ちに支配される。どんどんと笑いがこみ上げてくる。次第に笑い声を上げた。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。

 手を口元にやって肩を震わせていると、シモンは上瞼を張り付けられたかのように見開いた。丸い大きな瞳は深い緑色をしている。髪色といい、瞳の色といい、どこまでも畑や森を思わせる。

 胸を押さえているのは、敬礼だろうか? 騎士の習慣をよく知らず、疑問に思って首を傾げる。

 シモンはようやく気がついたかのように瞬きをすると、眉を寄せる。敬礼を解いた。

「何を笑っているんですか?」

 シモンの顔が紅潮して見えるのは、ルカーシュの笑い方が気に障ったのかもしれない。

 急に愉快な気持ちは萎んだ。またやってしまった。浮かれていた自分を俯瞰で見ると、羞恥で奥の方から体が熱くなってきた。

「そのような話し方をされたのは初めてで、おそらく嬉しかったのだ。気に障ったのなら謝る。すまなかった」

 浮かれていたせいで、すっかり名乗るのも忘れていた。シモンの態度よりも不躾だと、自分でも思う。背を正して、顎を上げた。

「私はルカーシュ。もはや王弟でも何でもない。私のことはルカーシュと呼んでほしい」

 ラデクは「王弟殿下」と呼んでいたが、国は滅んだし、王族ではない。シモンにはルカーシュとただ呼んでほしい。過ぎた願いだろうか、不安を抱えながら、シモンの返答を待った。

 シモンは髪の毛をかきながら、目を泳がせた。考える仕草も隠さない。低くうなってから、「ルカーシュ王弟殿下じゃ、ダメなんですか?」と聞いてきた。

「王弟殿下は嫌だ。ルカーシュと呼んでほしい」

 シモンとだけは距離を開けたくなかった。深緑の瞳が彷徨ってから、ようやくルカーシュを中心に捉えた。

「じゃあ、ルカーシュ様っていうのはどうです?」
「様はいらない」
「無理ですって!」

 敬称をつけられるほどの人間ではない。所詮、平民上がり。王弟であろうとしても、貴族の振る舞いなど身につかなかった。兄のような横柄な口調を真似して、固い言葉を使っているが、自分の身から出たものではない。すべては紛い物だと思っている。

 ルカーシュという名だけは、母から与えられたものだ。嘘偽りない自分の証といっていい。

 譲る気はなかったのだが、シモンが困るというのなら、こちらが折れるより他ないのだろう。

「わかった。それでいい」

 安心したように肩を下ろすシモン。ルカーシュは初めて自分から手を差し出した。

 被害を与えないように手袋をしていても、シモンは触るのをためらうかもしれない。

 そればかりは仕方ない。一度怪我を負わせているからだ。

 今も痛みや傷が残っているのなら、申し訳ない。やはり、握手は無理だろうか。

 そう判断して、手を引っ込めようとしたとき、逞しい手が手袋の上から握ってきた。

 布越しの温かさに目頭が熱くなってくる。ためらいなく触れてくれた。シモンは片膝を床につけると、ルカーシュの手をおのれの額に当てた。

「必ずや、ルカーシュ様をお守りいたします」

 グロッスラリア王国の騎士にはこういうときに作法があるのだろう。

 ルカーシュは内心、興奮していて、平静を装うのに時間がかかった。作法についてはわからなかったが、「それは頼もしい」と心の底から言った。

「シモン、これからよろしく頼む」と。

 この面会後、ルカーシュとシモンは王都から遠く離れた僻地へと旅立つことになった。
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