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6【馬車の中で】
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王都を出発した馬車の中で、シモンとルカーシュは対面に座っていた。
「ルカーシュ様、目が覚めましたか?」
「ああ、起きた」と、ルカーシュは軽く伸びをする。
シモンはルカーシュを見ていた。話す機会ても伺うようにじっと見てくるので、「何かあったのか?」と疑問を口にした。
「いえ、別に」と顔をそらされる。シモンの態度の素っ気なさは初めに会ったときから変わっていない。
馬車に揺られながら、丸一日が経った。
朝はシモンが同じ空間にいることに緊張しきりだったが、さすがに夜までも気を張っていられなかった。
いつの間にか、眠っていたらしい。
「私はずいぶんと長く、寝ていたのか……ふぁ」
あくびが出た。手袋をした手で口を押さえていると、シモンは鼻で笑った。バカにした笑い方だとしても、笑っている事実に、ルカーシュは胸が跳ねた。
ここに至るまでも、シモンは不機嫌そうにしていたし、ルカーシュの方を見ようともしなかった。それが笑ったのだから、大きな進歩だと思ってしまう。
「よく寝ていましたよ」
「シモンは疲れていないのか?」
「まあ、馬よりかは快適なんで」
シモンは椅子に手をかけて上から押した。「ほら」と言った具合で快適さを教えてくれる。
護衛が馬車に一緒に乗ることもないのだろうが、ルカーシュは渋った。ひとりで馬車に揺られるのが、退屈だったからだ。シモンの気配を近くで感じていたいという欲目もあった。
柔らかな椅子と馬上の鞍とでは、快適さは比べようがない。シモンも特に反対の声を上げず、「じゃあ、お言葉に甘えて」と同乗した。
快適だからとはいえ、断られなくてよかった。同じ空間にいるのも耐え難いと思われていたら、立ち直れないかもしれない。
ルカーシュを助け出してくれた日から、シモンのことはずっと好意的に見ている。
その思いは虚しく、視線を交わしたくないほど嫌われているのは知っている。敵国の王弟としては、友好的な方なのかもしれないが、目を逸らされる瞬間は傷つく。
ルカーシュの気持ちなど知る由もないのだろう。シモンは視線を合わさずに「ルカーシュ様は、どんな夢を見ていたんですか?」とたずねてきた。
「さあ、忘れてしまったな」
これまで覚えている夢はまったくない。目が覚めた瞬間にはすっかり頭から抜け落ちていく。
「そう、ですか」
――私の夢よりも、シモンの寝顔が気になる。シモンは寝ないのだろうか。
護衛の騎士が眠るわけもないのだが、無防備な寝顔を見たくなった。
ルカーシュがいる限り、警戒を怠らないのは騎士として正しい。親しいわけでもないし、こんな危なかっしい能力を持った男の前で寝顔をさらすわけがない。
――そんな私の前で眠るわけがないか。
ルカーシュは気晴らしに車窓の外を眺めた。
連なった木々の景色が後ろに流れていく。街の騒々しさはなかった。
石が荒く突き出している道を渡ると、ガタガタと大げさに車内が揺れた。
ルカーシュは長椅子の縁に指をかけて転げ落ちないようにしていたのに、シモンは体幹を揺らさずに座り続けていた。涼しい横顔をしながら、車窓に目を向けている。深緑の瞳は相変わらず、綺麗に輝いて見える。
「もう少しで着きそうですよ」
「なぜ、わかる?」
「さっき、村の中を通りました」
寝ている間に村を通過していたらしい。
都から遠く離れた僻地に、小さな村があった。ソノウ村といって、人口も少ない。木材を売ったり、酪農で生計を立てている村だ。
近隣の村と町を繋ぐ街道では、辻馬車が行き交う。道が整備されたため、隣村との距離は格段に縮まった。グロッスラリア王は交通、交易に力を入れているらしい。このような末端の村にまで街道を引いているとは。
――兄王とは違い、優秀な王のようだ。
やはり国を統べる力というのは、王族の血を継いだだけでは身につくものではないのだろう。兄王やルカーシュがそうだったように。
村から離れた森の一角に、空を切り抜いたような開けた空間がある。周りの木々が伐採されていて、黒く高い柵が取り囲んでいる。奥には建物がそびえ立っていた。
ここは処刑を免れた、王族を幽閉する際に使われている屋敷である。ルカーシュはここで過ごすことになった。
いつまでという期限は特にない。処刑されるよりはマシというぐらいの処置だ。
馬車は屋敷を囲んだ柵の前で止まった。両側の門扉が開かれて、その間を馬車が滑り込んでいく。
シモンは先に馬車から降りた。長く座り続けていたとは思えないほどの身軽さだった。
ルカーシュは台に足をかけて降りるところで足を止めた。
思えば、生まれ育った村を出てからは、違った牢獄を転々としてきた。本宮から離れた塔で過ごし、牢屋にも入れられた。死神事件では地下牢で過ごした。
ここから先、二度と出ることは叶わないかもしれない。その思いが足取りを慎重にさせた。降りたくはないと駄々をこねるつもりはないが、枷のない足なのに、ひどく重く感じる。
「ルカーシュ様?」
降りようとしないルカーシュの前に、シモンは手を差し伸べてきた。まったく交わらなかった視線がたやすく絡まった。
眉間に寄せられたシワは嫌悪や怒りではなく、心配しているのだと素直に受け取れた。
やはり、シモンの心根は温かいのだろう。きっと、差し出された手も温かいに違いない。
このまま触れてみたいという衝動があったが、一度、怪我をさせた記憶がちらついた。手袋ごしとはいえ、触れてはならない。
今度はルカーシュが目を逸らした。口の端を上げて、笑みを作る。
「大丈夫だ、ありがとう」と断って、自力で降りた。
「ルカーシュ様、目が覚めましたか?」
「ああ、起きた」と、ルカーシュは軽く伸びをする。
シモンはルカーシュを見ていた。話す機会ても伺うようにじっと見てくるので、「何かあったのか?」と疑問を口にした。
「いえ、別に」と顔をそらされる。シモンの態度の素っ気なさは初めに会ったときから変わっていない。
馬車に揺られながら、丸一日が経った。
朝はシモンが同じ空間にいることに緊張しきりだったが、さすがに夜までも気を張っていられなかった。
いつの間にか、眠っていたらしい。
「私はずいぶんと長く、寝ていたのか……ふぁ」
あくびが出た。手袋をした手で口を押さえていると、シモンは鼻で笑った。バカにした笑い方だとしても、笑っている事実に、ルカーシュは胸が跳ねた。
ここに至るまでも、シモンは不機嫌そうにしていたし、ルカーシュの方を見ようともしなかった。それが笑ったのだから、大きな進歩だと思ってしまう。
「よく寝ていましたよ」
「シモンは疲れていないのか?」
「まあ、馬よりかは快適なんで」
シモンは椅子に手をかけて上から押した。「ほら」と言った具合で快適さを教えてくれる。
護衛が馬車に一緒に乗ることもないのだろうが、ルカーシュは渋った。ひとりで馬車に揺られるのが、退屈だったからだ。シモンの気配を近くで感じていたいという欲目もあった。
柔らかな椅子と馬上の鞍とでは、快適さは比べようがない。シモンも特に反対の声を上げず、「じゃあ、お言葉に甘えて」と同乗した。
快適だからとはいえ、断られなくてよかった。同じ空間にいるのも耐え難いと思われていたら、立ち直れないかもしれない。
ルカーシュを助け出してくれた日から、シモンのことはずっと好意的に見ている。
その思いは虚しく、視線を交わしたくないほど嫌われているのは知っている。敵国の王弟としては、友好的な方なのかもしれないが、目を逸らされる瞬間は傷つく。
ルカーシュの気持ちなど知る由もないのだろう。シモンは視線を合わさずに「ルカーシュ様は、どんな夢を見ていたんですか?」とたずねてきた。
「さあ、忘れてしまったな」
これまで覚えている夢はまったくない。目が覚めた瞬間にはすっかり頭から抜け落ちていく。
「そう、ですか」
――私の夢よりも、シモンの寝顔が気になる。シモンは寝ないのだろうか。
護衛の騎士が眠るわけもないのだが、無防備な寝顔を見たくなった。
ルカーシュがいる限り、警戒を怠らないのは騎士として正しい。親しいわけでもないし、こんな危なかっしい能力を持った男の前で寝顔をさらすわけがない。
――そんな私の前で眠るわけがないか。
ルカーシュは気晴らしに車窓の外を眺めた。
連なった木々の景色が後ろに流れていく。街の騒々しさはなかった。
石が荒く突き出している道を渡ると、ガタガタと大げさに車内が揺れた。
ルカーシュは長椅子の縁に指をかけて転げ落ちないようにしていたのに、シモンは体幹を揺らさずに座り続けていた。涼しい横顔をしながら、車窓に目を向けている。深緑の瞳は相変わらず、綺麗に輝いて見える。
「もう少しで着きそうですよ」
「なぜ、わかる?」
「さっき、村の中を通りました」
寝ている間に村を通過していたらしい。
都から遠く離れた僻地に、小さな村があった。ソノウ村といって、人口も少ない。木材を売ったり、酪農で生計を立てている村だ。
近隣の村と町を繋ぐ街道では、辻馬車が行き交う。道が整備されたため、隣村との距離は格段に縮まった。グロッスラリア王は交通、交易に力を入れているらしい。このような末端の村にまで街道を引いているとは。
――兄王とは違い、優秀な王のようだ。
やはり国を統べる力というのは、王族の血を継いだだけでは身につくものではないのだろう。兄王やルカーシュがそうだったように。
村から離れた森の一角に、空を切り抜いたような開けた空間がある。周りの木々が伐採されていて、黒く高い柵が取り囲んでいる。奥には建物がそびえ立っていた。
ここは処刑を免れた、王族を幽閉する際に使われている屋敷である。ルカーシュはここで過ごすことになった。
いつまでという期限は特にない。処刑されるよりはマシというぐらいの処置だ。
馬車は屋敷を囲んだ柵の前で止まった。両側の門扉が開かれて、その間を馬車が滑り込んでいく。
シモンは先に馬車から降りた。長く座り続けていたとは思えないほどの身軽さだった。
ルカーシュは台に足をかけて降りるところで足を止めた。
思えば、生まれ育った村を出てからは、違った牢獄を転々としてきた。本宮から離れた塔で過ごし、牢屋にも入れられた。死神事件では地下牢で過ごした。
ここから先、二度と出ることは叶わないかもしれない。その思いが足取りを慎重にさせた。降りたくはないと駄々をこねるつもりはないが、枷のない足なのに、ひどく重く感じる。
「ルカーシュ様?」
降りようとしないルカーシュの前に、シモンは手を差し伸べてきた。まったく交わらなかった視線がたやすく絡まった。
眉間に寄せられたシワは嫌悪や怒りではなく、心配しているのだと素直に受け取れた。
やはり、シモンの心根は温かいのだろう。きっと、差し出された手も温かいに違いない。
このまま触れてみたいという衝動があったが、一度、怪我をさせた記憶がちらついた。手袋ごしとはいえ、触れてはならない。
今度はルカーシュが目を逸らした。口の端を上げて、笑みを作る。
「大丈夫だ、ありがとう」と断って、自力で降りた。
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