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8【昼寝】
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シモンに誘われて、ルカーシュは初めて屋敷の周りを歩いた。今までの牢獄とは違い、空は大きく開けている。窮屈なものは何もない。
しゃがみこんで、注意深く草花を見ても、一緒になってシモンも目線を下げてくれる。これはどういった花なのかと聞いても、シモンは花々には詳しくないらしく、「俺にはまったくわかりません」と清々しい答えをくれた。
ルカーシュが笑いかけると、シモンの深緑の瞳は丸くなる。すぐに逸らされてしまうのだが、時が経つと戻ってくる。まるでルカーシュを見ずにはいられないとでもいうように。その瞬間がたまらなく嬉しい。また笑うと、その仕草が繰り返される。終わりがない。
花をもらい、散歩に誘われたのはその日だけ。シモンの気まぐれだとばかり思っていた。
翌日になると、朝食が終わる頃に、シモンがやってきた。「今日も行きますか」と散歩に誘導した。ルカーシュは戸惑いつつも嬉しくて、うなずいた。
それから毎日、約束もしていないのに、ふたりで出かけるようになった。
部屋の卓に積んでいた本は少なくなり、読み進める暇もなくなってきている。夜寝る前に数頁ほど、読むだけだ。
シモンと目的もなく散歩するだけで、心が浮き立つ。この頃は手袋を取って直に花に触れるのも怖くなくなった。花々を渡る蜜蜂、蜜を吸っている蝶にすら愛しく思えてきていた。
今日も気ままに歩き、疲れたところで木陰で休む。シモンがしたように足を投げ出して、木漏れ日を見上げた。細やかな光なのに、欠片に手をかざすと温かい気がする。
幼い頃、母に膝枕をしてもらったことがあった。頭を撫でてもらった。こんな毎日が続いていくと疑わずに、子供のルカーシュはまどろんだ。心地よい風が母の匂いも連れてきた。
今も耳に残っている、母の優しい子守唄を思い出すと、切なく胸を締め付けられた。
あと何度か瞬きすると涙が落ちそうになったところで、
「膝を貸してください」
シモンは答えを待たずにルカーシュの膝の上に頭を乗せた。初めて誰かの重みを膝に感じた。涙がひいて、どくどくと心音が高鳴っていく。
「な、何して」
「もうちょっと肉付きの良いほうが寝心地がいいかもしれません。だから、もっと食べてください」
シモンは瞼を閉じて、口の端を上げる。からかわれたとわかるのに、ルカーシュは軽く受け流せない。いつも正面から受け取り、むきになって反論する。そこからさらにシモンに馬鹿にされるというのに、無視できない。
「それなら、私の膝を使わなくてもいいのに」
「ルカーシュ様の膝だから、いいんですよ」
シモンは意味深な言葉を残して、寝息を立てる。あまりの寝つきの良さにルカーシュは目を丸くした。
「そんなに疲れていたのか?」
疲れていたとはいえ、警戒心を捨てて他人の膝枕に乗っていていいのだろうか。
騎士は寝ている時も警戒を怠らない印象があった。しかもルカーシュは敵国(今は無くとも)の王弟だった。そんな存在に対して、ここまで心を許してくれるのかと戸惑いもあった。
シモンがルカーシュの腹部に向かって、寝返りを打った。温かい息がちょうど腹部に当たる。
横向きになった顔を見ていると、項辺りの毛先がはねていた。仰向けで寝ていると、ちょうど毛先が折れて、癖ができるのかもしれない。
初めて会ったときも、寝癖が残っていた。
――今もついてる。直さないのだろうか?
一度視線をそらすも、寝癖の存在が気になって、戻ってきてしまう。
――手袋ごしならきっと、大丈夫。
癖を直すように髪を撫でていると、ルカーシュも瞼が重くなってきた。ふと気を抜くと、意識が遠のきそうだ。首が何度もかくっと落ちた。その度に目を覚まそうとするのだが、どうも難しい。
――もう、寝てしまおう。
誰かの寝息を聞きながら、眠るのはいつぶりだろう。
母がこの世を去ってからは、ずっとひとりだった。隣で眠るくらい心を許せる相手など、自分にはいないと思っていた。
ルカーシュは初めて、誰かと外で眠るという経験をした。
しゃがみこんで、注意深く草花を見ても、一緒になってシモンも目線を下げてくれる。これはどういった花なのかと聞いても、シモンは花々には詳しくないらしく、「俺にはまったくわかりません」と清々しい答えをくれた。
ルカーシュが笑いかけると、シモンの深緑の瞳は丸くなる。すぐに逸らされてしまうのだが、時が経つと戻ってくる。まるでルカーシュを見ずにはいられないとでもいうように。その瞬間がたまらなく嬉しい。また笑うと、その仕草が繰り返される。終わりがない。
花をもらい、散歩に誘われたのはその日だけ。シモンの気まぐれだとばかり思っていた。
翌日になると、朝食が終わる頃に、シモンがやってきた。「今日も行きますか」と散歩に誘導した。ルカーシュは戸惑いつつも嬉しくて、うなずいた。
それから毎日、約束もしていないのに、ふたりで出かけるようになった。
部屋の卓に積んでいた本は少なくなり、読み進める暇もなくなってきている。夜寝る前に数頁ほど、読むだけだ。
シモンと目的もなく散歩するだけで、心が浮き立つ。この頃は手袋を取って直に花に触れるのも怖くなくなった。花々を渡る蜜蜂、蜜を吸っている蝶にすら愛しく思えてきていた。
今日も気ままに歩き、疲れたところで木陰で休む。シモンがしたように足を投げ出して、木漏れ日を見上げた。細やかな光なのに、欠片に手をかざすと温かい気がする。
幼い頃、母に膝枕をしてもらったことがあった。頭を撫でてもらった。こんな毎日が続いていくと疑わずに、子供のルカーシュはまどろんだ。心地よい風が母の匂いも連れてきた。
今も耳に残っている、母の優しい子守唄を思い出すと、切なく胸を締め付けられた。
あと何度か瞬きすると涙が落ちそうになったところで、
「膝を貸してください」
シモンは答えを待たずにルカーシュの膝の上に頭を乗せた。初めて誰かの重みを膝に感じた。涙がひいて、どくどくと心音が高鳴っていく。
「な、何して」
「もうちょっと肉付きの良いほうが寝心地がいいかもしれません。だから、もっと食べてください」
シモンは瞼を閉じて、口の端を上げる。からかわれたとわかるのに、ルカーシュは軽く受け流せない。いつも正面から受け取り、むきになって反論する。そこからさらにシモンに馬鹿にされるというのに、無視できない。
「それなら、私の膝を使わなくてもいいのに」
「ルカーシュ様の膝だから、いいんですよ」
シモンは意味深な言葉を残して、寝息を立てる。あまりの寝つきの良さにルカーシュは目を丸くした。
「そんなに疲れていたのか?」
疲れていたとはいえ、警戒心を捨てて他人の膝枕に乗っていていいのだろうか。
騎士は寝ている時も警戒を怠らない印象があった。しかもルカーシュは敵国(今は無くとも)の王弟だった。そんな存在に対して、ここまで心を許してくれるのかと戸惑いもあった。
シモンがルカーシュの腹部に向かって、寝返りを打った。温かい息がちょうど腹部に当たる。
横向きになった顔を見ていると、項辺りの毛先がはねていた。仰向けで寝ていると、ちょうど毛先が折れて、癖ができるのかもしれない。
初めて会ったときも、寝癖が残っていた。
――今もついてる。直さないのだろうか?
一度視線をそらすも、寝癖の存在が気になって、戻ってきてしまう。
――手袋ごしならきっと、大丈夫。
癖を直すように髪を撫でていると、ルカーシュも瞼が重くなってきた。ふと気を抜くと、意識が遠のきそうだ。首が何度もかくっと落ちた。その度に目を覚まそうとするのだが、どうも難しい。
――もう、寝てしまおう。
誰かの寝息を聞きながら、眠るのはいつぶりだろう。
母がこの世を去ってからは、ずっとひとりだった。隣で眠るくらい心を許せる相手など、自分にはいないと思っていた。
ルカーシュは初めて、誰かと外で眠るという経験をした。
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