化け物騎士は元令息の血塗られた手を離さない

コムギ

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6【騎士の妄想】※R18

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 アラバンド王国から遠く離れた山道を急ぐのは、バルトルトとシモンの両名だった。

 三日三晩、休まずに馬を飛ばし続けてきた。わざわざ迂回するように山を越えたのは、追手を振り切るためだ。

 国境を突き進んで行くのは、賢くない。敵国の兵士に先回りされていたらと考えると、その危険は侵せない。検問を通らずに、誰の目にも触れないように進むには、山道が一番都合がよかった。

 野営をして、火の番をしているとき、バルトルトはしばしばアラバンド王国の方向を見た。

 目を凝らしても、闇の中に何があるわけでもない。追手が迫ってきたわけでもなかった。

 ただ、アラバンドにいる青年を思い出していた。

 想像の中で、マレクの深く青い目がこちらを見つめてくる。低すぎない声で「バルトルト」と呼ぶ。笑うと、綺麗に並んだ白い歯がのぞく。

 怪我をなぞる指の感触に、逞しい腹筋が震えた。耳にかかった吐息にいたるまで、つぶさに思い出すことができる。

 自分の欲望がもたげてくるのがわかった。ひとり旅なら、とっとと下衣を脱ぎ去って、欲のままに扱き、達するだろう。本能のまま、手が伸びかけてやめる。

 シモンの寝言と身動ぎする音で、我に返った。

 バルトルトはため息をつく。無理やり炎に意識を向けた。騎士が読むべきと言われた本の一文を唱えてやり過ごした。
 
 追手よりも厄介な欲望に耐えながら、五日かけて、国境を越えることができた。

 グロッスラリア王国は堅固な外壁で守られている。門の前でフードを取ると、衛兵が敬礼してきた。この国では化け物と称される騎士団長は有名だった。バルトルトの名を知らないものはいない。

 騎士団長の帰還に、周囲の人々から歓声が上がった。鎧を纏っていなくとも、馬上の姿は貫禄があり、歓声に答えない一貫した姿勢は、男たちの憧れだった。

 妙齢の女性たちも遠巻きに野性的な顔立ちを見て、うっとりと惚けている。子どもは拳を突き上げて、憧れの騎士を出迎えた。

 反対にシモンは軽々と手を振り続けて、あわよくば可愛い娘を見つけようと、馬上から忙しなく目を向けていた。

「団長、あの娘、綺麗ですよね」

 シモンはこちらに手を振る美しい娘を差して言った。バルトルトは一瞥して「そうか」と呟いただけだ。すぐに正面に向き直った。

 牢獄を出て、女を見るのは久しぶりだったが、まったく心は揺れない。戦地から帰ってくると、欲を発散するために女を抱くことはあったが、下腹部は冷静そのもの。今回は必要なさそうだ。

 シモンはぐちぐちと何か非難めいたことを言っていたが、バルトルトは我関せずで、馬の腹を押した。必然と、駆ける速度が上がる。

 壁の内側には城下町があり、国交のある隣国からの商人や旅人が多い。劇場を中心にして、音楽にも溢れていた。

 水路が流れていて、噴水広場、住居区、商業区など、区分けもしっかりされていた。

 住居区には地方貴族が滞在するタウンハウスがあった。

 その一角に、バルトルトの屋敷もあるにはあるのだが、ほぼ帰っていない。普段は城内にある宿舎に泊まり、団長の執務室の椅子で寝ることも多かった。

 囚人の姿で城に向かうのは、さすがに格好がつかないため、バルトルトは久方ぶりに屋敷に戻った。

 主人よりも屋敷の内情に詳しい執事が迎えてくれた。使用人がすぐに風呂と着替えを用意してくれる。こびりついた黴を落とすように身体を強く洗って、どうにか臭いは無くなった。

 清潔な絹のシャツと足首まで隠れる下衣に身を包んだ。伸びた黒髪を後ろでひとつに縛る。

 執事は上着を広げて待っていた。主人は袖を通して、襟を正す。

 改まった時にしか着ない騎士団の服である。黒を基調として、袖口や衿口は金の刺繍が施されている。右肩には騎士団を表す盾と剣の紋章があり、胸元には色とりどりの勲章がさげられていた。

 個人的には人を殺して得た勲章など、さげたくもないが、自分の枷のようにつけている節がある。

 磨かれたブーツを履いて、地面を確かめるように靴音を鳴らす。今から城に向かって、これまでの経緯を報告する。手短に話して、国王陛下に進言するつもりだった。

 可及的速やかに、敵国のアラバンドを討ち滅ぼす計画を立てなければならない。



 緊急の会議は、夜までかかった。

 報告によれば、アラバンドの国王は噂に違わぬ暴君らしい。自国優位の貿易や挑発的な国境侵犯を繰り返して、周辺国に喧嘩をふっかけているという。

 アラバンドからの亡命者には没落貴族も多い。暴君の逆鱗に触れ、処刑されそうだったところを命からがら逃げおおせた者たちだ。中には大臣だった者もいる。その者たちの証言は役に立った。

 乗り気ではなかった国王陛下も、同盟国との足並みを揃えてから、アラバンドに攻め入ると明言した。

 そこまでが本日の会議で決まった。翌日も忙しくなる。

 普段なら団長の執務室で適当に朝を明かしてもいいのだが、今宵はできそうになかった。

 昼間は欲望などないと思っていた。
 
 城勤めの令嬢や侍女にも会った。自分を見てくる熱っぽい瞳にも気づいていたが、どうも興味をそそらなかった。

 繁華街を通ると、客引きの女性が腕に胸を当ててきたが、すべてかわした。どの女性を見てもその気にはならなかった。

 街中で金髪の後ろ姿を見つけたとき、そこだけはっきり浮かび上がったように見えた。

 思わず肩を掴んで、こちらを振り向かせた。どこかで期待していた。再び会いたいと。

 しかし、訝しげにこちらを睨みつける顔は、マレクとはまったく似て非なるものだった。がっかりして手を離す。

 もし本当にマレクだったらと想像して、抑えつけていた欲望がふつふつと湧き上がるのを感じた。一度想像すると手に負えなくなる。

 悠長に歩いていた足を早めて、屋敷に近づく頃には完全に走っていた。

 バルトルトは屋敷に戻るなり、すぐに自室に引き上げた。一音でも溢れないように、扉やカーテンを締め切る。執事には朝までこの部屋に近づくなと命令した。

 バルトルトは身を清めてから、ガウン姿で、ベッドの端に腰をかけた。濡れた髪を後ろに撫でつけてから、うつむいて不自然に膨らんだ股間に目をやった。

 野宿をした時はシモンがいる手前、想像だけで済んだが、自室にひとりでいると、邪魔をするものはない。

 バルトルトはため息をついて、目を閉じた。下衣に手を伸ばし、その中に指を差し入れる。

 自分で慰めたことなどあっただろうか。

 考えてみるが、従騎士の時もなかった。騎士になっても、相手に自身を握らせることはなかった。突っ込んで腰を振るのみ。

 ――「バルトルト」

 色気など何もない。ただマレクに呼ばれただけで、手の中の熱は、また一段と膨らんだ。息が上がる。

 看守服を脱いだマレクの肌はきめ細やかで、張りがある。細身だが、筋肉は程よくついている。裸を見られることに慣れていないのだろう。恥ずかしそうに目を伏せながら股間を手で隠している。

 初々しいマレクの腕を引いて、膝の上に座らせた。背後から手を回して、胸板に触れていく。女のように膨らみはなくとも、可愛らしい乳頭が立っていて、バルトルトは横から吸い付いた。

 ――「んっあ!」

 唾液で滑りが良くなった乳頭を、指でこねくり回す。鼻にかかった甘い声が頭の芯だけでなく、下半身までも刺激した。そそり立ったおのれをマレクの割れ目に擦り付ける。

 ――「あっうん、そこいいのぉ!」

 喘ぎ声に気を良くして、マレクの性器を扱う動きを早くする。

「マレクっ、マレク……」

 何度も名を呼ぶ。想像のマレクは尻を突き出して、バルトルトの熱を受け止めていた。素股では足りずに、奥深くに突き刺した。

 ――「んぐっ、やだぁ、あ、あ、あっ」

 腰を激しく打ち付ける。腹部に近い場所にしこりがあった。そこを突きまくれば、マレクはおもしろいように体を跳ねらせる。

 太く長い性器で、中のしこりをごりごりと押し潰す。「あああっ!」とあられもない声を上げる。マレクのつま先が丸まって、太腿と腰がびくっと痙攣した。

 達した余韻なのだろう。マレクは「あ、あ」と口を開けながらよがった。

 体を持ち上げて仰向けにすると、マレクの顔がはっきりと見えた。

 笑みを浮かべているが、意識は飛んでいるのだろう。涎が口の端から溢れていて、バルトルトは顔を近づけて舐め取った。

 まだ達していないバルトルトは腰を振るのを再開した。軽く揺すったのは余興に過ぎない。もっと先がある。
 
 マレクの腰を掴みながら、先端が現れるほど腰を引いてから、一際深く押し込んだ。

 不穏な動きに気がついたマレクが手を差し出して、「待って! いったばっかりだから!」とやめさせようとする。

 しかし、バルトルトはその手を掴むと、構わずに腰を振り続けた。律動によってできた、泡が潰れる音と肌のぶつかる音とが、共存している。

 マレクは獣が熱を逃がすかのように舌を突き出している。赤く濡れた舌先に誘われて、己の舌を絡めてから、腰の動きを大きくした。

 マレクの目は開いているのに焦点が合っていない。搾り取るように中が収縮して、バルトルトに絡みついてくる。戯言のように「バル」と呼んだ。

「ぐっ、出るっ!」

 マレクの中にすべてを出すように腰を数度振ってから体を離した。

 吐き出した白濁液が泡になって、割れ目から落ちていった。



 バルトルトが目を開けると、マレクは当然いなかった。吐き出した液体を自分の手で受け止めていた。先程までの熱が急激に冷めていった。

 何をしているのだろう。なぜ自分がこんなことを? 真面目に考える。

 これまで愛とは無縁の人生を送ってきた。

 バルトルトの人生のはじまりは七歳か、八歳の頃だった。それ以前の記憶はまったくない。

 人には誰しも父と母が存在している。ふたりが愛し合い(中には愛はないかもしれないが)、繋がって生命は生まれていく。

 しかしバルトルトの隣に、親はいなかった。

 生まれた年も正確には知らない。名前は先代の国王によって適当につけられた。その頃から、バルトルトとしての人生が始まっている。

 愛情を向けられたことのない男が、どうやって自分の想いに気づけるのだろうか。気づくすべはあるのだろうか。

 バルトルトはさらに思考に沈んだ。

 マレクは今どこにいるのだろう。今何をしているのだろう。きちんと、逃げおおせたのだろうか。怪我はしていないか。

 あの時、無理やりでも連れて帰るべきだったのか。いや、連れて帰っても手に余る。それでもとどまって戦うべきだったか。

 後悔と自問自答が頭をめぐる。答えはない。眠れない夜だった。
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