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7【別れた後で】
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アラバンド王国でバルトルトと別れてから、ひと月が経った。
マレクは辻馬車に揺られながら、幌の隙間に見える風景をただ眺めていた。流れる風景を楽しむという脳天気さはない。
青い瞳は外に向かっているだけで、何も見ていなかった。
久方ぶりに見た夢の影響か、兄のことが頭から離れない。
マレクには兄がいた。歳の離れた長兄ルジェクは、母の連れ子だった。
母は前の夫と死に別れた後、マレクの父と再婚を果たした。その再婚にいたっては様々な憶測が流れたが、真意ははっきりしていない。
ルジェクは聡明でありながら、剣術も舞踏も得意だった。兄弟の中では抜きん出ていた。
顔の造形は母に似ていて美しく、がっしりとした体格は実父が騎士であったことも手伝っていただろう。
マレクが困ると手を貸してくれた。幼い弟が父の機嫌を損ねると、必ず間に入ってくれた。自分が殴られ、蹴られるのに、弟のために受け入れるような人だった。
領民や使用人からも好かれていた。皆、ルジェクが家督を継ぐことを望んでいた。周りの貴族からもルジェクの評判を聞いて、口々に噂をしていたくらいだ。
プローポス家はルジェクのおかげで、より繁栄すると。
周囲の期待が父のくだらない自尊心を傷つけたのだろう。マレク以上に手ひどくやられていた。
ルジェクは父よりも体躯はよかったし、反撃もできたのにしなかった。傷ついても、決しておのれの強さと輝きを忘れなかった。
――「どうか、自分の矜持を、これからもずっと、守り続けて、生きてほしい」
ルジェクの助言により、マレクは幼いながらも努力を重ねた。政治や経済を学び、父の機嫌を取るようになった。努力のおかげか、折檻は減っていった。
傷は薄くなっても、これまでの痛みと憎しみは簡単には捨てられない。
自分が父を捨てることを念頭に置いて、奮闘した。辛抱して、成人するまで待てばいい。自分が跡継ぎになって、この家を変えるのだ。
しかし、十二歳になった頃、その希望も潰えた。
領主だった父は不敬罪を告発された。囚われるところだったが、行方をくらましたらしい。
百年続いた侯爵家は呆気なく没落した。今や見る影もない。あるのは荒れ果てた屋敷と、領民のいない土地だけ。
今のマレクは帰る家もないし、継ぐ家督もない。そのおかげで自由に生きられているのかもしれない。
◆
過去を振り返っている間に、馬車の揺れが止まった。乗客たちは降りていく。マレクも最後に馬車を降りた。
ここは王都アバンドだった。石畳が綺麗に敷かれた新道があり、区画できっちり整備されている。訪れた観光者は、建物の高さや白亜に統一された壁の美しさに、感嘆の息を漏らすという。
皆が裕福で不満のない、理想的な街。
表向きは洗練された街だったが、その裏では貧困層が暮らしている旧市街があった。マレクは新道よりも旧道をよく通る。ここには本当の国の姿があるからだ。
現在は旧道を通らなくても、新道でも怒号が飛び交っている。
広場では首をもがれて倒された暴君の像を見た。首はどこにもなかった。
報せによると、アラバンド国の王は、バルトルト・ガドリンの手によって、呆気なく首をはねられたらしい。
その報せは瞬く間に、国中に広まった。遠くにいたマレクの耳にも入ったくらいだ。
暴君を恐れていた民衆は、悪夢を見なくても良いという安堵を得た。同時に、まだ見ぬ未来への不安でざわついていた。
金目のものを身に着けた世間知らずは追い剥ぎに合い、気晴らしに殴られる。根っからの貴族には辛い世の中になった。
まだ落ち着きのない街を歩きながら、騎士団の功績を聞いて回った。
ガドリン団長率いる団員たちは街には手を付けなかった。あくまで暴君と、それを守ろうとした兵士たちだけを殺した。
投降するものには慈悲を与えて、殺さずにおいたという。捕虜となった貴族もいたらしい。敵国の騎士団長ながらあっぱれと、民衆は口々に言っていた。
暴君の支配下で私腹を肥やしていた者は、そうは思わないだろうが、そいつらの意見を聞く必要はない。時代は大きく変わった。
当面は残党を見つけ次第討伐したり、落ち着くまで騎士団は城に残るようだ。騎士団長は現状報告のため、一時的に帰還しているらしい。
――英雄バルトルト・ガドリンか。
マレクは捕虜だった頃の男の顔を思い出す。
まさか本当に、この国を滅ぼすとは思わなかった。近い将来、そうなればいいとは思っていたが、早急に実現するとは予想外だった。
これは本人に直接会って、お礼を言っておかなければならない。
マレクは荒れる街並みを歩きながら、バルトルトを思い浮かべた。今何をしているだろうかと。
マレクは辻馬車に揺られながら、幌の隙間に見える風景をただ眺めていた。流れる風景を楽しむという脳天気さはない。
青い瞳は外に向かっているだけで、何も見ていなかった。
久方ぶりに見た夢の影響か、兄のことが頭から離れない。
マレクには兄がいた。歳の離れた長兄ルジェクは、母の連れ子だった。
母は前の夫と死に別れた後、マレクの父と再婚を果たした。その再婚にいたっては様々な憶測が流れたが、真意ははっきりしていない。
ルジェクは聡明でありながら、剣術も舞踏も得意だった。兄弟の中では抜きん出ていた。
顔の造形は母に似ていて美しく、がっしりとした体格は実父が騎士であったことも手伝っていただろう。
マレクが困ると手を貸してくれた。幼い弟が父の機嫌を損ねると、必ず間に入ってくれた。自分が殴られ、蹴られるのに、弟のために受け入れるような人だった。
領民や使用人からも好かれていた。皆、ルジェクが家督を継ぐことを望んでいた。周りの貴族からもルジェクの評判を聞いて、口々に噂をしていたくらいだ。
プローポス家はルジェクのおかげで、より繁栄すると。
周囲の期待が父のくだらない自尊心を傷つけたのだろう。マレク以上に手ひどくやられていた。
ルジェクは父よりも体躯はよかったし、反撃もできたのにしなかった。傷ついても、決しておのれの強さと輝きを忘れなかった。
――「どうか、自分の矜持を、これからもずっと、守り続けて、生きてほしい」
ルジェクの助言により、マレクは幼いながらも努力を重ねた。政治や経済を学び、父の機嫌を取るようになった。努力のおかげか、折檻は減っていった。
傷は薄くなっても、これまでの痛みと憎しみは簡単には捨てられない。
自分が父を捨てることを念頭に置いて、奮闘した。辛抱して、成人するまで待てばいい。自分が跡継ぎになって、この家を変えるのだ。
しかし、十二歳になった頃、その希望も潰えた。
領主だった父は不敬罪を告発された。囚われるところだったが、行方をくらましたらしい。
百年続いた侯爵家は呆気なく没落した。今や見る影もない。あるのは荒れ果てた屋敷と、領民のいない土地だけ。
今のマレクは帰る家もないし、継ぐ家督もない。そのおかげで自由に生きられているのかもしれない。
◆
過去を振り返っている間に、馬車の揺れが止まった。乗客たちは降りていく。マレクも最後に馬車を降りた。
ここは王都アバンドだった。石畳が綺麗に敷かれた新道があり、区画できっちり整備されている。訪れた観光者は、建物の高さや白亜に統一された壁の美しさに、感嘆の息を漏らすという。
皆が裕福で不満のない、理想的な街。
表向きは洗練された街だったが、その裏では貧困層が暮らしている旧市街があった。マレクは新道よりも旧道をよく通る。ここには本当の国の姿があるからだ。
現在は旧道を通らなくても、新道でも怒号が飛び交っている。
広場では首をもがれて倒された暴君の像を見た。首はどこにもなかった。
報せによると、アラバンド国の王は、バルトルト・ガドリンの手によって、呆気なく首をはねられたらしい。
その報せは瞬く間に、国中に広まった。遠くにいたマレクの耳にも入ったくらいだ。
暴君を恐れていた民衆は、悪夢を見なくても良いという安堵を得た。同時に、まだ見ぬ未来への不安でざわついていた。
金目のものを身に着けた世間知らずは追い剥ぎに合い、気晴らしに殴られる。根っからの貴族には辛い世の中になった。
まだ落ち着きのない街を歩きながら、騎士団の功績を聞いて回った。
ガドリン団長率いる団員たちは街には手を付けなかった。あくまで暴君と、それを守ろうとした兵士たちだけを殺した。
投降するものには慈悲を与えて、殺さずにおいたという。捕虜となった貴族もいたらしい。敵国の騎士団長ながらあっぱれと、民衆は口々に言っていた。
暴君の支配下で私腹を肥やしていた者は、そうは思わないだろうが、そいつらの意見を聞く必要はない。時代は大きく変わった。
当面は残党を見つけ次第討伐したり、落ち着くまで騎士団は城に残るようだ。騎士団長は現状報告のため、一時的に帰還しているらしい。
――英雄バルトルト・ガドリンか。
マレクは捕虜だった頃の男の顔を思い出す。
まさか本当に、この国を滅ぼすとは思わなかった。近い将来、そうなればいいとは思っていたが、早急に実現するとは予想外だった。
これは本人に直接会って、お礼を言っておかなければならない。
マレクは荒れる街並みを歩きながら、バルトルトを思い浮かべた。今何をしているだろうかと。
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