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8【ふたりの再会】
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バルトルトは、数人の騎士を連れて、グロッスラリア王国に帰還していた。
すでに国王に報告――敵国の王を断首した旨、幽閉されていたはずの王弟が姿を消していること。謀反へと突き進まないために、王弟の行方を早急に探る必要があるという進言――を済ませて、自分の屋敷に戻る道すがらだった。
馬上の人になりながら、バルトルトは城でのやり取りを思い返す。
あの国王と宰相の驚いた顔は、今思い返しても間が抜けていた。
――「しばらく、休暇をいただきたいのですが」
休暇などを口にしたことがないバルトルトに、宰相は幾度も「本気か?」とたずねてきた。
牢獄を出てからも、まとまった休暇がなかった。敵国に攻め込むまでも心の休まる時間がなく、出立してしまった。
疲れが一気に来たのだと、そういう筋書きにした。真実みを出すために、牢獄での後遺症の話をした。怪我などとうの昔に消えていたが、折檻された時の話をした。主にマレクに引っ掻かれた心の傷だということは伏せたうえで。
はじめは訝しんでいた国王も宰相も納得した。
そういうことならばと、七日程度の休暇をもぎ取れた。
実のところ、この休暇は静養のためではなかった。すべてはマレクの行方を探すためだった。
マレクという名だけでは、アラバンドの戸籍を辿ることは難しい。貴族のように家名があるならば、辿ることは可能だが、調査には時間がかかるらしい。
アラバンドの王都に滞在中も、マレクに似た者がいないかどうか、普段よりも国民の顔を見て回った。
お望み通り国を滅ぼした。国王を討ち取ったのだ。約束を守ってもらえわなければ気が済まない。
どこかで見ているのではないのかと、(暇などなかったが)わずかな暇を見ては探し回った。
そのおかげで、バルトルトの顔は知られて、好意的な噂が流れた。
アラバンドでは貴族や権力者は、平民をいないものとして見てきた。それがきちんと顔を合わせて、「マレクという男を知らないだろうか」と聞いてくる。
しかも、知らないと言えば、「時間を取らせてすまない」と謝りを入れてくるのだ。バルトルト本人の知らないところで株は上がっていた。
そんなことになっているとは知らず、帰還せよというお達しが来て、泣く泣くアラバンドを後にした。騎士団の中でも頭の切れる団員に、戸籍の調査を引き続き任せた。
城での報告が終わる頃には、すっかり街は暗い幕に覆われていた。街頭の明かりが等間隔に連なっている。考え事のために馬もゆっくり歩かせていたが、早く帰ってやりたいことがある。馬の腹を足で押した。
◆
バルトルトは自分の屋敷に戻ると、素早く寝る支度をして、自室にこもった。
それまで詰めていた緊張が一気に解けて、男の生理的な現象が起きた。下衣を押し上げてくる自分の熱が恨めしい。
何度か、他の者を抱いてみようかと思ったが、マレクの顔がちらついて、気持ちが萎える。しかもマレクの顔を思い出して、下半身の熱がますます膨れ上がった。
三叉の燭台の明かりがバルトルトの大きな身体を照らす。静かな夜だった。うつむいて、前かがみになった。濡れた黒髪の先から水滴が落ちていく。
太い指を下衣の中に入れようとしたときに、バルトルトは異変に気づいた。
窓は開いていないのに、燭台の明かりが揺れた。嗅いだことのあるハーブの香りがした。予感がよぎる。
バルトルトは野生の勘というべきか、腕を出して、何かを掴んだ。すぐに寝台に押さえ込む。寝台の式布に手を突きながら、侵入者を見下ろした。
倒した際にフードが落ちて、侵入者の顔がはっきり見えた。バルトルトは呆気にとられながら、喉仏を上下させた。
枕に散らばった金色の髪と燭台の明かりに照らされた白い肌。青い瞳と少し低めの鼻は、左右に歪みなく精巧に作られている。
バルトルトを見つめる青い瞳は、細められている。口角が上がって、唇から覗く白い歯が、綺麗に揃っていた。
触れた足と重なった腹部が現実の温もりを伝えてくる。
「マレク」
ずっと呼びたくて仕方なかったその名を呼ぶ。まだ夢心地だった。ここで声が返ってこなければ、いつものように想像に過ぎないのだろう。小さく息の漏れる音がした。
「バルトルト、元気だった?」
夢にまで見た再会の場面が、まさか寝台の上だとは思わなかった。
動揺を悟られたくなくて、「ああ」と唸るような低い声になった。
マレクを無防備に寝台に転がせておくことなどできない。そう思って、腕を引っ張った。
身構えることを忘れて、股間がうずいたのは知られてはならない。決して手を出してはならないと、腕組みをした。あまり視界に入らないように目をそらす。今は話に集中しろとおのれに念じた。
「どうやって、入ったんだ?」
「アラバンドで懐かしい人に再会したんだよ。ほら、シモン・クルシナだっけ? そのシモンに会って、バルトルトの屋敷の話を聞いたんだ」
「簡単に口を割るとは、騎士として向いていないな」
「僕がちょっと女の人を紹介するって言ったら、シモンが全部しゃべってくれたよ」
マレクはバルトルトの名はすんなり呼んだが、シモンの名は不確かだったようだ。それがなぜか、気分がいい。できれば、二度とマレクの口からシモンの名が出てきてほしくなかった。
「場所がわかってしまえば、団長の家なんて、すぐに見つけられたよ。詳しい間取りを聞いて、一瞬だけ警備が手薄になる瞬間に忍び込んだってわけ」
「なるほどな」と相づちを打ちながら、バルトルトは内心で息をついていた。シモンをアラバンドに置いたのも、マレクが接触してくるかもしれないと踏んだからだ。ちなみに、わざと屋敷の警備も手薄にした。
屋敷を離れている間も、執事やシモンにマレクが接触してきたら報告するようにと言っている。ここひと月は、屋敷はこそ泥にも楽な場所だと言えたのだが、バルトルトは無駄口を好まない。普段の行動から、口をつぐんでいても怪しまれない。
寝台の横にふたりは立ち尽くした。
「お前は何をしに来た?」
「そんなの決まってるよ。バルトルトに会いたくて」
うぐっと胸が詰まる。紅茶か酒を口に含んでいたとしたら、吹き出していたところだ。「会いたくて」の部分を頭の中で何度も復唱してしまう。
「どうしても会って直接、お礼を言いたかったんだ。あの暴君を討ち取ってくれてありがとう」
頬を上げて笑う。満面の笑みをたたえている。同性の笑顔を可愛いと思ったのは初めてだった。子供の無邪気な笑顔を見ても、可愛いとは思わない。
惚けたままのバルトルトにマレクは首を傾げた。
この傾げ方も小鳥のように可愛らしい。小鳥を愛でる趣味はないのに、マレクならば鳥かごで愛でられるかもしれないと本気で思った。
「バルトルト?」
呼ばれて我に返った。男に見惚れたなど、気づかれてはいけない。しかも、想像とはいえ、鳥かごにマレクを入れて、愛でるなどあってはならないこと。気の迷いでしかない。
元々、剣を振るうことで、おのれの道を見つけてきた。頭を使うことはない。
血が上るように頭が熱を持っているのは、知恵熱だろう。バルトルトは頭を振った。
マレクをこの屋敷に誘導したのも、捕まえて問い詰めるためだ。厳しく尋問し、正体を暴くこと。もし、この国にとって不利益をもたらすものであったら、この場で処す。
鳥かごに入れて愛でる気は毛頭ない。
「……お前は何者だ? ただの看守ではないだろう」
「僕はマレクだけど」
その言葉は説明と捉えるには不十分だった。
バルトルトはマレクに近づいた。目を据わらせて、真っ直ぐ射抜く。
「ちょっと待ってよ、バルトルト!」
ただならぬ殺気を感じたのか、壁際に逃げる獲物を追い込んでいく。とうとう背中に壁が当たった。肘を壁につけて、至近距離でマレクを見下ろす。
マレクの顎下に肘を入れて、身動きを取れないようにした。軍人よりも華奢な肩がぴくっと動く。
「少しでも変な真似をすれば、殺す。そうしなければ、俺は……」
全身が熱く、火照っていた。吐き出す息が荒くなって、マレクの長いまつ毛を揺らす。
「バルトルト?」
熱い。そう一言こぼした後に、バルトルトはきつく瞼をつむり、マレクの肩に額を押し当てた。腕をだらけさせて、床に崩れ落ちた。
「えっ! どうしたの? バルトルト! バルトルト!」
マレクが目撃したのは、化け物と称される軍人が、高熱に負けた姿だった。
すでに国王に報告――敵国の王を断首した旨、幽閉されていたはずの王弟が姿を消していること。謀反へと突き進まないために、王弟の行方を早急に探る必要があるという進言――を済ませて、自分の屋敷に戻る道すがらだった。
馬上の人になりながら、バルトルトは城でのやり取りを思い返す。
あの国王と宰相の驚いた顔は、今思い返しても間が抜けていた。
――「しばらく、休暇をいただきたいのですが」
休暇などを口にしたことがないバルトルトに、宰相は幾度も「本気か?」とたずねてきた。
牢獄を出てからも、まとまった休暇がなかった。敵国に攻め込むまでも心の休まる時間がなく、出立してしまった。
疲れが一気に来たのだと、そういう筋書きにした。真実みを出すために、牢獄での後遺症の話をした。怪我などとうの昔に消えていたが、折檻された時の話をした。主にマレクに引っ掻かれた心の傷だということは伏せたうえで。
はじめは訝しんでいた国王も宰相も納得した。
そういうことならばと、七日程度の休暇をもぎ取れた。
実のところ、この休暇は静養のためではなかった。すべてはマレクの行方を探すためだった。
マレクという名だけでは、アラバンドの戸籍を辿ることは難しい。貴族のように家名があるならば、辿ることは可能だが、調査には時間がかかるらしい。
アラバンドの王都に滞在中も、マレクに似た者がいないかどうか、普段よりも国民の顔を見て回った。
お望み通り国を滅ぼした。国王を討ち取ったのだ。約束を守ってもらえわなければ気が済まない。
どこかで見ているのではないのかと、(暇などなかったが)わずかな暇を見ては探し回った。
そのおかげで、バルトルトの顔は知られて、好意的な噂が流れた。
アラバンドでは貴族や権力者は、平民をいないものとして見てきた。それがきちんと顔を合わせて、「マレクという男を知らないだろうか」と聞いてくる。
しかも、知らないと言えば、「時間を取らせてすまない」と謝りを入れてくるのだ。バルトルト本人の知らないところで株は上がっていた。
そんなことになっているとは知らず、帰還せよというお達しが来て、泣く泣くアラバンドを後にした。騎士団の中でも頭の切れる団員に、戸籍の調査を引き続き任せた。
城での報告が終わる頃には、すっかり街は暗い幕に覆われていた。街頭の明かりが等間隔に連なっている。考え事のために馬もゆっくり歩かせていたが、早く帰ってやりたいことがある。馬の腹を足で押した。
◆
バルトルトは自分の屋敷に戻ると、素早く寝る支度をして、自室にこもった。
それまで詰めていた緊張が一気に解けて、男の生理的な現象が起きた。下衣を押し上げてくる自分の熱が恨めしい。
何度か、他の者を抱いてみようかと思ったが、マレクの顔がちらついて、気持ちが萎える。しかもマレクの顔を思い出して、下半身の熱がますます膨れ上がった。
三叉の燭台の明かりがバルトルトの大きな身体を照らす。静かな夜だった。うつむいて、前かがみになった。濡れた黒髪の先から水滴が落ちていく。
太い指を下衣の中に入れようとしたときに、バルトルトは異変に気づいた。
窓は開いていないのに、燭台の明かりが揺れた。嗅いだことのあるハーブの香りがした。予感がよぎる。
バルトルトは野生の勘というべきか、腕を出して、何かを掴んだ。すぐに寝台に押さえ込む。寝台の式布に手を突きながら、侵入者を見下ろした。
倒した際にフードが落ちて、侵入者の顔がはっきり見えた。バルトルトは呆気にとられながら、喉仏を上下させた。
枕に散らばった金色の髪と燭台の明かりに照らされた白い肌。青い瞳と少し低めの鼻は、左右に歪みなく精巧に作られている。
バルトルトを見つめる青い瞳は、細められている。口角が上がって、唇から覗く白い歯が、綺麗に揃っていた。
触れた足と重なった腹部が現実の温もりを伝えてくる。
「マレク」
ずっと呼びたくて仕方なかったその名を呼ぶ。まだ夢心地だった。ここで声が返ってこなければ、いつものように想像に過ぎないのだろう。小さく息の漏れる音がした。
「バルトルト、元気だった?」
夢にまで見た再会の場面が、まさか寝台の上だとは思わなかった。
動揺を悟られたくなくて、「ああ」と唸るような低い声になった。
マレクを無防備に寝台に転がせておくことなどできない。そう思って、腕を引っ張った。
身構えることを忘れて、股間がうずいたのは知られてはならない。決して手を出してはならないと、腕組みをした。あまり視界に入らないように目をそらす。今は話に集中しろとおのれに念じた。
「どうやって、入ったんだ?」
「アラバンドで懐かしい人に再会したんだよ。ほら、シモン・クルシナだっけ? そのシモンに会って、バルトルトの屋敷の話を聞いたんだ」
「簡単に口を割るとは、騎士として向いていないな」
「僕がちょっと女の人を紹介するって言ったら、シモンが全部しゃべってくれたよ」
マレクはバルトルトの名はすんなり呼んだが、シモンの名は不確かだったようだ。それがなぜか、気分がいい。できれば、二度とマレクの口からシモンの名が出てきてほしくなかった。
「場所がわかってしまえば、団長の家なんて、すぐに見つけられたよ。詳しい間取りを聞いて、一瞬だけ警備が手薄になる瞬間に忍び込んだってわけ」
「なるほどな」と相づちを打ちながら、バルトルトは内心で息をついていた。シモンをアラバンドに置いたのも、マレクが接触してくるかもしれないと踏んだからだ。ちなみに、わざと屋敷の警備も手薄にした。
屋敷を離れている間も、執事やシモンにマレクが接触してきたら報告するようにと言っている。ここひと月は、屋敷はこそ泥にも楽な場所だと言えたのだが、バルトルトは無駄口を好まない。普段の行動から、口をつぐんでいても怪しまれない。
寝台の横にふたりは立ち尽くした。
「お前は何をしに来た?」
「そんなの決まってるよ。バルトルトに会いたくて」
うぐっと胸が詰まる。紅茶か酒を口に含んでいたとしたら、吹き出していたところだ。「会いたくて」の部分を頭の中で何度も復唱してしまう。
「どうしても会って直接、お礼を言いたかったんだ。あの暴君を討ち取ってくれてありがとう」
頬を上げて笑う。満面の笑みをたたえている。同性の笑顔を可愛いと思ったのは初めてだった。子供の無邪気な笑顔を見ても、可愛いとは思わない。
惚けたままのバルトルトにマレクは首を傾げた。
この傾げ方も小鳥のように可愛らしい。小鳥を愛でる趣味はないのに、マレクならば鳥かごで愛でられるかもしれないと本気で思った。
「バルトルト?」
呼ばれて我に返った。男に見惚れたなど、気づかれてはいけない。しかも、想像とはいえ、鳥かごにマレクを入れて、愛でるなどあってはならないこと。気の迷いでしかない。
元々、剣を振るうことで、おのれの道を見つけてきた。頭を使うことはない。
血が上るように頭が熱を持っているのは、知恵熱だろう。バルトルトは頭を振った。
マレクをこの屋敷に誘導したのも、捕まえて問い詰めるためだ。厳しく尋問し、正体を暴くこと。もし、この国にとって不利益をもたらすものであったら、この場で処す。
鳥かごに入れて愛でる気は毛頭ない。
「……お前は何者だ? ただの看守ではないだろう」
「僕はマレクだけど」
その言葉は説明と捉えるには不十分だった。
バルトルトはマレクに近づいた。目を据わらせて、真っ直ぐ射抜く。
「ちょっと待ってよ、バルトルト!」
ただならぬ殺気を感じたのか、壁際に逃げる獲物を追い込んでいく。とうとう背中に壁が当たった。肘を壁につけて、至近距離でマレクを見下ろす。
マレクの顎下に肘を入れて、身動きを取れないようにした。軍人よりも華奢な肩がぴくっと動く。
「少しでも変な真似をすれば、殺す。そうしなければ、俺は……」
全身が熱く、火照っていた。吐き出す息が荒くなって、マレクの長いまつ毛を揺らす。
「バルトルト?」
熱い。そう一言こぼした後に、バルトルトはきつく瞼をつむり、マレクの肩に額を押し当てた。腕をだらけさせて、床に崩れ落ちた。
「えっ! どうしたの? バルトルト! バルトルト!」
マレクが目撃したのは、化け物と称される軍人が、高熱に負けた姿だった。
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