ここはカフェではありません

たぶん緒方

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12-ラストオーダーのお時間です1

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 公園のベンチに親子ほど歳の離れた男女が座り、手製の焼き菓子を片手に楽しそうに談笑している。渡貫と旭探偵事務所の松田花である。
 一時はどうなることかと思っていたが、渡貫は公園に着く頃には落ち着きを取り戻し、マツの手作り菓子を頬張れば憑き物が落ちたように笑顔を見せた。
「本当に美味しいです! 洋菓子店に並んでてもおかしくない味だし、買ってきたって言っても分からないです」
「日向さんったら。そんなに褒めてもお菓子くらいしか出てこないですよ」
 マツはまだまだあるぞと袋から焼き菓子を取り出しベンチに並べる。
「ふふふ。だって本当に美味しいだもん」
 旭探偵事務所がテナントとして入っているビルの裏の公園で、二人はティータイムと相なったのだが、本来ならこんなところでお茶をしている場合ではない。
「鴻之池さんも、同じように褒めてくださったんですよ」
「……僕たち、色々違うのに、味覚は一緒なんですよねー」
 頬をぱんぱんに膨らませていたのを一旦落ち着かせ、苦笑いしながら渡貫は話す。マツにすすめられるがまま菓子を頬張っているうちに、緊張が解けて素直な言葉がこぼれ落ちる。
「それにしても……、鴻之池さんはとっても見目麗しい方ですねぇ。佇まいに品があって」
「それは本当に。僕も初めて会ったとき芸能人かと思いましたよ」
 出会った頃を思い出しているのか、渡貫はどこか遠くを眺めながら静かに息を吐いた。手に持つ残りの菓子をまた口へと運ぶ。
「それが芸能人よりも厄介な人だなんて、聞いてないし」
 渡貫は半目になって後ろを振り返った。
 二人から離れた公園を囲む植木越しから、スーツ姿の男女が等間隔に五人、事務所と渡貫たちの方を交互に見ながら連絡を取り合っている。
「……あれ?」
 不意に声を洩らし、渡貫は首を傾げる。
「どうかしました?」
 マツに声をかけられ渡貫は勢いよく前を向く。表情を硬くさせ、小声でマツに伝える。
「池田くんのお母さんがいます」
「……池田くんって、もしかして」
「月彦さんの、奥さんです……」
 さすがのマツも返す言葉が見つからないのか、二人の間に重い沈黙が流れた。
「見間違い、ではないですよね?」
 しばらくしてマツが慎重にそう問うと、渡貫は小さく頷く。
「校長と話している姿を何度か見かけたことがあって、気になって先輩に尋ねたら、池田くんのお母さんだと……」
「そうですか……」
 マツは思案しながらひとつ頷き、念の為渡貫の言う母親を確認する。不自然にならないよう後ろに手荷物を入れた袋を落とす。ベンチを半周しながら公園の入り口付近に立っている人の顔を確認していく。すると一人、パンツスーツを纏った一際容姿の整った、鴻之池のような華やかな女性が立っていた。長い髪をハーフアップにし、淑やかさとパンツスーツのスタイリッシュさが相まって、凛とした潔さを感じる。もっと具体的に述べるなら『渡貫では到底渡り合えないような修羅場を潜り抜けた歴戦の兵士』のような風格があった。偏りすぎているイメージである理由は、マツが最近読んだライトノベルに出てきた主人公とライバルである、騎士団副団長の女性騎士を思い浮かべていたからであった。
 マツは見惚れてしまいそうになるのを堪え、荷物を拾い終えるとスマホを取り出し時間を確認する。事務所を出てから三十分ほど経っていたようだ。鴻之池ともある程度話は終わっているだろう。
 立ち上がり渡貫に声をかける。
「そろそろ戻りましょうか。次は日向さんのお話を聞く番ですからね」
 マツはにっこり微笑み、渡貫に帰り支度を促す。すると公園の外で待機していたはずの男女五人が既に立ち去っていることに気づいた。
「一瞬の間に居なくなるなんて。忍者かしら……」
 渡貫はマツのぽろりと溢した言葉に反応を見せず、ただじっと事務所のある方を見つめていた。
「日向さん?」
「……そうですね。田上さんに文句言わなきゃ」
「そうそう。田上に愚痴のひとつやふたつ言ったところで、追加料金なんか取らないですからね」
 渡貫の視線の先を見ないように、マツは軽口を叩く。
 だからそんな悲しい顔をしないで、という想いを込めて、そっと渡貫の背を押した。


   ***


「それでは状況は逐一報告しますね。はい。気をつけてお帰りください」
 マツの見送りの声掛けを聞きながら、田上はゴミ箱に捨てられた封筒を拾う。鴻之池にぐしゃりと握られたそれはかなり力が込められていたようだ。
 封筒から写真を取り出し、一枚一枚皺を伸ばしながらテーブルに並べる。写真を時系列に順を追ってその日の行動を振り返る。
「なんですか、その写真」
 本日最後の見送りを終え、扉を閉めて戻ってきたマツは、ソファに座る田上の向かいに腰を下ろし、写真を訝しげに見ている。
「鴻之池から渡された。あっちには優秀な〝スパイ〟がいるようだ」
「どういうことですか? 鴻之池さんと何を話されたんです?」
 マツは眉間に皺を寄せ、室内だというのに声を顰める。
「彼との話はどちらかというと、渡貫くんの事というより、渡貫くんと付き合うことによって生じたアレコレの原因を探して欲しいそうだ」
「益々わからないです。ちゃんと説明してください。こちらも擦り合わせないといけないことがありますし」
「擦り合わせ?」
「ええ。さっき二人で裏の公園へ行ったでしょう? その時、おそらく鴻之池さんの関係者五人が付いていたみたいなんですけど」
「ちょっと待った」
 田上はマツの話しを途中で遮る。
 先ほど田上が上からビルの裏の様子を確認したときには四人だったはずだ。鴻之池が人払いした事務所の扉に張り付いていたのは二人。その二人は階下で待機させたと聞いた。数が合わない。
「公園に五人?」
「ああ、正確には四人はSPみたいな風体の男性が四人と、女性が一人いて、その人が日向さん曰く〝池田くんのお母さん〟だそうです」
 公園にいた男性は見るからに会社の一般社員とは違う、隙のない佇まいと皆イヤホンを使用して常に連絡を取り合っているようだったとマツは説明する。
「お母さん!?」
 鴻之池と話していた内容と、渡貫の認識にズレがあるというのだろうか。それとも誤解か何かで話が行き違っているのか。
 そもそも鴻之池は妻の状況を話していないのだろうか。渡貫の態度は鴻之池からとても話など聞ける状態ではなかったからそれはあり得るだろうが、母親の存在が学校で認識されているのは辻褄が合わない。
 田上が頭を抱えて「分からん」と唸り声を上げる。固唾を飲んで見守っていたマツも段々まどろこしくなり、田上に順を追って説明をさせる。
 そして話を聞くにつれマツの表情が曇り、もしかして、と呟く。
「もしかして……どちらかが嘘をついている?」
 二人は顔を見合わせ、その可能性を否定できないことに沈黙した。田上もマツも依頼人の言葉を信用しすぎることはしないが、嘘や隠し事をされればこの仕事は立ち行かなくなる。必要のない情報まで暴き立てるようなことはしないとしても、大前提が違うのなら疑わなければならなくなる。
 先に口火を切ったのはマツだった。
「日向さんが嘘をつくならメリットはなんですかね……。もともと穏便にお別れしたいと言ってここに来て、唯一あるとすれば、奥様の顔を知っていて恐れている、といった別れる口実くらいですけど、それだったら息子に襲われたし父親との関係を知られている時点で、ねえ?」
「そこなんだよな。鴻之池も妻の存在を否定しているわけではなく行方不明と言っているし、その妻がこんな近くに堂々と現れて、鴻之池のところに顔を見せないのはおかしいだろ。マツさんが確認した女性の人相分かる?」
「遠目だったから顔の特徴は分からないですけど、とても凛として鴻之池さんのようにスタイルも良くて、佇まいが素敵でした。手足が長くて髪をハーフアップにされてて、お仕事バリバリこなしそうなのに上品な感じでしたよ」
 マツがきらきらした目をして頬に手を添え、件の女性を思い浮かべながら話す。
「……主観多めに入ってない?」
「そんなことないですよ。ただただ事実を述べただけです」
「まあいいや……。あとはその女性の写真を撮って鴻之池と渡貫くんに確認してもらおう」
「それはそうと誠一郎さん、この写真、誠一郎さんのお部屋に入るところみたいですけど、何で日向さんご自宅に送らなかったんですか?」
 マツが見送りから戻ったとき、写真を訝しげに眺めていたのはそこが気になっていたのか、と内心冷や汗をかく。マツは小さなほころびや機微に目敏い。
「渡貫くんが深酔いして、自宅の住所も喋れなかったから連れて帰ったんだよ」
 嘘ではない。嘘ではないから、田上は普段通りのなんてことはないトーンで話す。そのことに後ろめたさは何もない筈なのに心臓の音が妙にうるさい。
「あら、そうだったんですね。何も聞いてなかったので何事かと」
「俺もどうしようかと思ったけど、仕方なくね」
「あんな無防備な可愛らしい子ですからね、心配ですよね」
「そうそう。すっげー久しぶりに朝食まで作ったよ」
「珍しい。元カノさんには作ったことないでしょう? 以前言ってましたよ。朝食ぐらい作れって怒られたって」
「あ、うん、そう。あれから改心して毎日作ってる」
「はい、嘘」
「え!! 何が!? 何が嘘!?」
 マツはこれ見よがしに大袈裟に溜め息を吐いて、これ以上は面倒だと腰を上げた。田上はまだ「何で、どこが」と喚いているが、下手に話を掘り下げると面倒ごとに巻き込まれてしまうこともあるので深入りはしない。探偵業を始めてからのマツの信条である。
 第一、田上は朝食にまともな物を食べているところを見たことがない。事務所で寝起きするときでさえ、コーヒーだけだったり、マツが作った焼き菓子の残りを摘んだりする程度だ。
 それに彼女に振られてから「改心して毎日作っている」のに「久しぶりに作った」と、自ら矛盾を述べている。
 まだまだ詰めが甘いな、とマツは肩を竦め、本日の締めの作業に取り掛かった。
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