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 縁側から続く十畳ほどの居間に仏壇がある。その正面に颯は正座して手を合わせている。仏壇の中央に飾られている二つの写真立てには、四十歳前後の男女と七十歳前後の白髪の男性が、どちらも笑顔で写っていた。
「左側の写真は俺の両親で、右側がお祖父ちゃん」
 初めて来訪して仏壇を前に佇んでいる近田に、昴星は簡単に説明する。
「……昴星くんはお父さん似なんですね。イケメンなのに雰囲気が可愛いというか」
 近田は写真と昴星をじっくり見比べ、驚きに目を見開いている。父と似ている、と久しぶりに聞く言葉に、昴星は目を瞬いた。
 亡くなった両親のことを知っている人は、もうあまり居ない。だから、こうして仏壇に手を合わせている颯の存在も、両親の写真を見て父親似だと言う近田の言葉も、昴星にとってはどちらも有り難いものだ。
 それなのに、いつも胸が苦しくなる。折り合いのつかない何かが、蟠ったままそこにあるのに、吐き出すことも飲み込むこともできない。
 昴星は、不自然にならないように近田から視線を外し、仏壇の中の両親を見つめる。
「……ありがとう。父も喜ぶと思う。そう言われると、いつも嬉しそうにしてたから」
 少しだけ口角を上げ、笑顔を作る。
 近田も颯に倣って手を合わせる。それを合図に昴星はキッチンへ向かった。
 ちゃんと笑えてただろうか、と頬をつまむ。平常心、平常心、と心の中で呟いて、気持ちを波立たせないよう落ち着かせる。
 昴星は二人の視界から見えない場所で小さく息を吐き、気を取り直して冷蔵庫を開けた。ガラス瓶に入った麦茶を取り出し、人数分のグラスに注ぐ。
 交通事故だった。
 大型トラックの居眠り運転で玉突き事故が起き、その反動で飛び出した車が、反対車線を走行していた父が運転していた車と正面衝突した。不幸な事故だった。
 警察から報せを受け、取り急ぎ向かったが、遺体の損傷がひどくて昴星は確認させてもらえなかった。扉越しに、祖父母の号泣する声を聞きながら震え、気を失い気が付けば病院のベッドだった。
 葬儀は家族だけで執り行い、それから昴星は十日ほど学校を休んだ。一度に両親を喪い、ストレスで言葉を発することができなくなってしまったのだ。
 その間、颯が二度訪ねて来たが、昴星は部屋から出ることはなかった。自室の窓から颯の後ろ姿をそっと見ながら、家に帰れは両親に会える、ただそのことが酷く妬ましくて苦しかった。だけど、涙で頬を濡らしても、どんなに帰って来てと願っても、二度と叶わないこの現実が、一番妬ましくて苦しかった。
「飲み物、冷たい麦茶でよかった? うち年中麦茶なんだよね」
 居間の座卓にグラスを並べ、昴星は二人に尋ねる。
「うちも似たようなもん。季節的には秋だ、つっても、微妙に暑いし冷たい方がいい」
「歩いているうちに汗をかきますしね。ありがとうございます」
 言葉通り喉が渇いていたのか、二人ともごくごくと麦茶を流し込む。
「おかわりいる?」
「いや、それより。俺ら見舞い用に色々買って来たんだわ。元気そうだしいらねーだろうけど、スポドリとゼリー冷やしといて」
「ごめん、元気で。近ちゃんもお見舞い品、ありがとうね」
 颯の遠慮のなさに昴星も負けじと言い返し、近田には礼を述べる。
「大したものではないのですが、ゼリーは完全に近田の好みです」
「うん、わかった。美味しいやつだね」
 何故か得意気な近田に笑いを噛み殺しながら頷いて、冷蔵庫へ仕舞う。
 二人と会話しているうちに、気持ちがほぐれてくる。一人であれこれ考えると気持ちも沈み、どうしてもネガティブな感情に飲み込まれてしまう。
 昴星は胸のうちで二人に感謝しながら、鬱々とした気持ちを振り払うように、よし、と小さく頷いた。
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