櫻川准教授は今日も不機嫌

たぶん緒方

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     ◆


 颯と近田の訪問の翌日、昴星は普段通りに起床して大学へ向かった。
 今日の講義は二人とは被らないので、始まる直前に教室に滑り込み、出入り口付近の席を取る。そこはエアコンの効きが悪く、夏は暑く冬は寒い場所であまり人気がないのだが、昴星にとっては誰にも干渉されず落ち着いて講義が受けられるので重宝している。
 さらさらとノートに文字を走らせている人、ノートパソコンに講義の内容を打ち込んでいる人、スマホを弄っている人。色々な人がいるが、皆静かに講義を受けている。
 昴星は、水の中を揺蕩っているような心細さと孤独感を感じながら、同時に開放感も感じていた。
 常に誰かの視線を感じたり、声をかけられるのは、親から受け継いだ容姿のせいのため諦めている。しかし、諦めていても、慣れていても、どこか気を張って、本当の自分を曝け出せない。そうして常に息苦しさを感じていた。
 ───本当の自分って、何?
 ぽつりと、泡のように湧き上がる疑問。両親が亡くなったあの日から、昴星は何度となく問い続けてきた。その度、答えは出ないままやり過ごしてきたが、今の自分に不満などもなく、多少の不自由とも折り合いをつけながら過ごしている。だから泡になって湧き上がる疑問は、向き合うことも、見過ごすこともせず、消化不良を起こした産物だと思って生きてきたのだ。それに、いまさら本当の自分がわかったところで何かが変わるわけでもなく、今まで通り、少し息苦しさを感じながら生きていくだけだろう。
 両親が亡くなって、突然ぽっかりあいた大きな穴は未だに埋まらない。これからもその穴を埋めるでもなく、そのまま背負っていくつもりだ。昴星は、そういう生き方しか知らなかった。
「はい。この後もこの教室使うから、用のない人は退出してください」
 その声にはっと我に返る。
 いつのまにか終了のベルが鳴り、皆早々に片付けて教室を出て行く。昴星も慌てて荷物を片付け、バッグを肩に引っ掛けると、同じ講義を受けていた女子に声をかけられた。
「柊木くん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
 驚きつつも頷き、彼女の後をついて行く。彼女は人目を気にしながらも、なるべく目立たない廊下の隅へ並んで立つと、意を決して昴星を仰ぎ見た。
「私まだ名乗ってなかったよね。竹下、竹下仁美。知らないと思うけど柊木くんと同じ二年。単刀直入に聞くけど、柊木くんのバイト先、櫻川先生来てるよね? どのくらいの頻度で来てる? 来そうな曜日とか分かる? 時間帯は遅い感じ?」
 竹下と名乗った彼女は勢いよく捲し立て、無意識なのか昴星と距離を詰める。思わぬところで櫻川の名前が出て呆気に取られていたが、さり気なく周りを気にするふりをしながら距離を置く。
 何故だか警戒心が働いた。
「まず初めに教えてほしいのだけど、竹下さんは僕のバイト先に来たことがあるの?」
 薄っすら笑みを浮かべて、出来るだけ穏やかな口調で問いかける。
 バイト先は颯と近田にしか明かしていない。元々ブローチの件が片付いたら辞めるつもりでいたのだ。下手に友人知人がバイト先に来るようになってしまうと、櫻川と親しくなることが難しくなってしまう。そんな本末転倒なことはなるべく避けて、早々にけりを付けたかったのだ。
「ああ…。ごめんなさい、私もたまたまバイトしてるって知っただけで、どこでバイトしてるとか知らなかったの。でも櫻川先生と柊木くんの仲良さそうな画像がグループSNSで回ってきたから、櫻川先生との仲介をしてもらえないかと思って…」
 昴星は額に手を当てて天を仰いだ。
 まず第一に、盗撮されている事実。
 バイト先に同じ大学関係者が来ていたのは仕方ない。だが本人の許可無く画像を撮り、グループSNSとはいえ知らない人間に晒される気持ち悪さを想像しないのだろうか。行動原理がいかがわしい気持ちでなければ許されると思っているのだとしたら、到底理解し難い。
 次に、昴星がバイトをしていると知っているということは、おそらく撮られたのはバイト中の画像なのだろう。だとすれば店内での昴星と櫻川ということになる。第三者から見てその画像が、ただの常連客と一店員の関係に見えるのなら構わないが、親密な関係に見えるものだとしたら困る。現に昴星は自分の見た目を利用し、櫻川を口説き落とそうとしていた。もちろんブローチの修理のためではあったが、内情を知らない人間が見れば誤解を生む。櫻川に迷惑をかけるようなことになれば、修理どころではなくなってしまう。
 そして最も重要で、昴星の警戒心を爆上げしたこと。
 彼女は何故櫻川と繋がりを持ちたいのか。
 昴星と竹下が同じ講義を取っているということは、裏を返せば櫻川の学部ではないということになる。普通に考えれば、他学部の講義や教授准教授に用は無いはずだ。だとすれば、櫻川個人に興味を持っている。もしくは───、
 目を背けたい答えに辿り着き、昴星は観念して静かに息を吐いた。
 竹下は、櫻川に好意を抱いているのだろう。
 額に手を当て天を仰いでいた昴星は、腕を下ろし竹下に向き直る。
「……悪いけど、先生はプライベートで来店されてるから、仲介はできない」
 そう言うと、竹下はみるみる間にがっかりした表情になる。それを見て小さな棘のような罪悪感が生まれ、昴星は無意識に口を開いていた。
「でも、週後半あたりに……来店されることが多いと思う」
「あ……そうなんだ。ありがとう。本当に、ありがとう! あとは自分で何とかしてしてみる。今度お礼させてね!」
 竹下は、昴星の言葉を最後まで食い入るように聞き、弾けるような笑顔で礼を言ってこの場を後にした。
 一人残された昴星は、近くの壁に凭れかかり、そのままずるずると滑って蹲る。もう一歩も動く気力がない。
「しんどいなぁ……」
 昴星はため息まじりにそう呟くと、講義開始のベルが鳴ってもその場から動けずにいた。
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