せつなときずな

岡田泰紀

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せつなときずな 9

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「せつなときずな」 9

冷たく乾いた風が、刹那の髪を巻き上げ、頬をなめ返した。
ヒールを鳴らして歩く街は、いつもと違って見える。
私もきっと違うし、私を見るこの街も、きっといつもと違う街に変わっているのだ。

土曜日の昼下がり、国道沿いにある大手ビデオレンタル店で二人は待ち合わせた。
「白猫」には申し訳程度の軽食しかメニューにないので、食事はとらない。
それにしても、カフェで向かいあったとして、私はあの男と一体何を話せばいいんだろう?

刹那は、いやいやという気分まではいかないものの、自分の感情の置き場に迷っていた。
誘われたのは、あの男に魅力的に思われたからだと考えれば、サキのいう「あんた、男を泣かす女になるわよ」の戸口に立ったのかもしれないけど、やっぱり、いくら背伸びしたところでそんな女になれる気はしない。

結局交換してしまったメールで、先日とは違うコートを着てるから見間違わないでと連絡してしまう刹那は、どっちつかずだった。

店に入って見渡すと、CDコーナーで時間をつぶしている林の姿が目に入った。
カーキ色のミリタリージャケットを着ていて、ブーツカットのジーンズを履いていたが、それは似合ってると刹那は思う。
あまり背が高くない林には、 気張った衣装は似合わない。

「来たよ」
小さな声で、林の横に並んだ。

「ありがとう」
林の意外な返事に、刹那は戸惑った。
そんなやさしい言葉が出てくる印象を、一度としても持ったことが無かったのだ。

「ありがとうって…なんか、ヘンだね」
刹那はちょっと作り笑いをして、それでも、あまり気乗りしない今日のアトラクションを林にリードしてもらいたかった。
別に自分が望んだ訳ではないのだから。

「じゃあ、行こうか」
林は刹那を促した。
「福原、これから名前で呼んでもいい?」

それは嫌だなと少し思ったが、こうして二人で会うような関係なんだから、今更どうもこうもないよなと刹那は思った。

「まあ、いいよ…

そしたら私は、林君をどう呼んだらいいの?」

「林君以外なら、刹那の好きなように呼んでくれたらいいな」

「名前、なんだったっけ?」
失礼だけど、忘れてしまったのだから仕方ないではないか。
それに、異性に名前で呼ばれるのは、新鮮で奇妙な感じだ。

「公彦」林は刹那の前ではなく、横に並んで歩いた。

刹那はしばらく考えたが、名前以外の呼び名が思く付く気がしない。
「じゃあ名前で、公彦って呼ぶね。
言っとくけど、私、男の人を名前で呼ぶの、公彦が最初だから」

「そう思ったよ」
そう口にして、刹那の腕に自分の腕を通そうとした林を、刹那はさりげなくスルーした。
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