せつなときずな

岡田泰紀

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せつなときずな 13

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「せつなときずな」 13

刹那と林に3年の4月が訪れた。

林は刹那と同じで部活動はしていない。
週5日、スーパーの生鮮売場のアルバイトの日以外は、林は刹那との時間を求め、そのほとんどを行為に費やした。
林の両親は近くで総菜屋を営んでいて、いつも家には遅くにしか戻らない。
林の部屋で、若い二人はいつもけだものだった。

刹那は、林の両親と会ったことがないが、自分とて、サキに林を紹介する気はあまりしなかった。

林はかつて地元のサッカークラブでレギュラーを張っていて、高校に入ってサッカー部に所属したが辞めたらしい。
それを人づてに聞いた刹那は、いつもあまり会話のない林に尋ねてみた。

「ねぇ、どうして部活辞めたの?」
林は無表情のまま、仰向けに並んだ刹那を腕に抱きながら、天井を見上げている。
「俺はサッカーをしに行っただけで、たかだか一つや二つしか歳が変わらない奴らから、後輩扱いされるために時間を使うのが下らなくなっただけだよ」

それはちょっと格好いいなと刹那は思ったが、口にはしなかった。
サッカーやめて女に溺れているのも考えものだ。

林はいつも避妊しなかった。
刹那はそれに驚いたが、外に射精するから大丈夫だと言われた。
刹那はそんなものかと思ったが、性に興味があった訳ではなく、なしくずしに男と身体を重ねる関係になったことで、林の言葉をそのまま受け止めるしかなかった。

「濱田さんにも、そうだったの?」
「彼女とはしてないよ」
「してなかったら、そんなの大丈夫なんて言えないじゃん」
林は苦笑いして、刹那に降参した。

「ごめん、濱田とした」

新学年のクラスで、刹那は林や濱田美由と同じクラスにはならなかった。
どっちでも構わなかったけど、新しいクラスでも刹那は影で噂されていると思った。
それも、別にどうでもいい。

あまり考えたくなかったけど、進路のことは考えなくてはならない時期に差し掛かった頃、刹那に生理が来なかった。
そこで覚える恐怖と不安は、苛めにあっていた頃の比ではなかった。

なぜなら、苛めは相手の問題でしかなく、妊娠は徹底追尾自分自身の問題だからだ。
自分から自分自身が逃げ出すことはできない。

…本当は、避妊しなかったことは不安だったんだ。
不安だから、なかったことにしていたんだ。
公彦の言葉を信じていたら大丈夫だと思い込もうとしていたんだ…

ドラッグストアで妊娠検査薬を買うのは、恥ずかしくて情けない。
どうして独りで不安と戦わなければいけないのか、それは理不尽だという、怒りにも似た感情が刹那を圧迫した。
しかしそれ以上に、単なる不安で済んで欲しいという祈りのような気持ちで、震えを堪える足取りで帰る家路は、まるで地獄のようにしか刹那には思えなかった。

刹那の願いは届かなかった。
独りの部屋は、心が凍える。

陽性反応を示す試薬を眺めながら、刹那はこの先どうしていくべきか、何から始めればいいのか、いくら考えようとして頭の中は真っ白なままだった。
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