せつなときずな

岡田泰紀

文字の大きさ
21 / 55

せつなときずな 21

しおりを挟む
「せつなときずな」 21

40代とおぼしき、背が高く、一重の眼が無感情を醸し出す担当刑事は、刹那が去る直前に絶望的な助言をした。

「林さん、帰ったら身の回りの必需品を早急にまとめ、しばらく家を離れてください。

明日の新聞に実名で事件が報じられるでしょう。
有名人でもありませんし、過度の傷害や強盗容疑はないとはいえ、多分今までと同じ生活は送れないと覚悟された方がいい。

あと、マスコミには一切取り合わない方がいいです。
何を言っても良い印象を持ってもらえることは不可能です」

詰んだなと、刹那は聞こえないような小声で呟いた。
そこからは急いで事に当たった。

「考えるな、動け」
ずっとそう繰り返し口にした。
保育園に車を飛ばしながらサキに電話する。
旦那はレイプで逮捕された。
家には当分帰れないからしばらくホテルに身を隠す。
保育園は退園する。
福原興業も私を除籍して欲しい。
悪いけど、当面の経済的支援をして欲しい。

驚くほど業務的な報告を前に、サキもかける言葉が見つからない。
「わかった。滞在先が決まったら連絡して。
落ち着いたら必要な物を教えて。それを用意して落ち合おおう」

保育園には身内に不幸があったと話し、絆を早退させると、住んでいるマンションに戻るも車を駐車場には入れず、徒歩ではまあまあ距離がある最も寄りのコインパーキングに車を停めた。
エレベーターで部屋より階上に上がり、廊下に出てしばらく時間を置いてから階段で部屋に降りる。
絆には、一切話したり音を立てたりしてはいけないと言ってある。

部屋のカーテンを閉め、段ボール箱に当面の着替えなどの日用品を素早く詰めると、予め連絡しておいた宅急便の引き取りが来て、荷物をピックアップする。
宛先は実家のサキの離れ。

必要最低限の身の回りの荷物を鞄に詰め込み、先程と同じように迂回しながらパーキングに戻ると、携帯でホテルを検索する。
本当はラブホの方が身を隠すには都合がいい気がしたが、絆もいるしサキとも合流できないので諦める。

まだ事件が報道されていないのにもかかわらず、刹那には、もう何一つとして信じられるものなど無くなってしまった。
この世界は全てが、刹那と絆の敵になるのだとしか思えなかった。

そのタイミングで、サキから電話が入る。

「部屋は確保したわ。
さつきマンションは知ってるでしょ?405号よ。先に行って待ってるわ」

シングルマザー専用物件を運用するハートスタッフは、一宮市の社協と連携して、DVなどの被害者の保護にも関わっている。
ハートスタッフに空き部屋がない時のため、福原興業が持っている人気の無い旧い物件の部屋を、いつでも使える状態にしているのだ。
サキはそれを使うと決断した。

「会社には迷惑かけられないよ」

「そんな会社なら、私は辞めるわ」
サキは刹那の心配を却下した。

福原興業の物件で一番旧いそれは、サキが生まれる前に建っている。
4階建てでエレベーターは無く、トイレと風呂はあるものの公団と同じ仕様、部屋は全て和室で、今のご時世、お世話にも借り手がつくような部屋ではない。
しかしありがたいことに、いつでも使えるように電気、ガスを契約してあり、エアコンだけは新調してあった。

ペンキが捲れ上がったぼろぼろのスチールドアを開けると、サキが部屋に備えてあった小さな座卓に、割と高めの幕の内弁当を用意して待っていた。

「おつかれさま」
サキはそう言うと、刹那と絆に座るように言った。

「まずは食べなさい。 

話はそれからよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...