せつなときずな

岡田泰紀

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せつなときずな 25

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「せつなときずな」  25

離婚届けと共に送られてきた封書には、林の直筆の手紙が入っていた。

刹那はまるで儀式でもあるかのように、サキをアパートに呼んで、その手紙を読むことにした。
刹那の気持ちは、埋め合わせができないほどに開いた虫食いの穴のようだった。

サキを前にして朗読するまでその手紙には触れていなかったのだが、便箋を開くと、おそろしく拙い文字が、それは大きさも不揃いで、真っ直ぐに並ぶことが困難ですらあるかのような始末だった。

不貞をはたらき、挙げ句罪を犯したことの謝罪、自分としては別離たくはないが、前科がある身では絆の父親としては失格だから受け入れざるを得ない、勿論親権は福原家に譲るなどの言葉を、刹那は小さく低い声で読み上げた。

「汚い字は」
刹那は心からの軽蔑を隠さずに言い放った
「それだけで罪に値する。
それが誰の字であっても、私はマジでイライラする」

サキは刹那と向かい合いながら、何と言っていいのかまるでわからなかった。

「ハンコは押してくれたよ」

これで籍を戻し、旧姓の福原にできる。
とりあえず、絆を新たな保育園に入れることができるだけでも、この退っ引きならない閉塞感が少しは緩和できると、サキは内心安堵した。

しかし、刹那の偏執的ともいえる文字への不満は、終わることがない。

「仮に下手でも、何とか少しでも上手く書こうという気持ちがある人の字は、きちんとそれが伝わるよ。

でもさ、ぞんざいな心しかない奴は、ぞんざいな字を恥じない。
その気持ちの表れを見せつけられるのが、私は嫌いなんだ」

サキは困惑した。
娘は、自分が裏切られたこと、加害者家族にさせられたことと同じぐらい、元夫の字の汚さを怒っているのか。
もしくは、元夫への怒りを吐き出すことができず、無意識にその字の汚さを夫に見立てているのか。

どちらにしても、刹那はヤバい状況だとわかるのだが、人の内心を理解するのも、フォローするのも苦手なサキには極めて重い問題だった。

「私はさ、ダンナの一番嫌いだったところは、この小学生みたいな字だったんだよ

だから何か必要がある度、全部私が書類や挨拶を書かなくちゃいけなかった。
あいつは何回言っても真面目に書こうとしなかったし、最後までクソみたいな字でよこしてきて…」

そこまで言うと、自分で何を言っているのかわからなくなったのか、刹那は黙ってしまった。

「それはそうと、あんた、面会には行かないんだね?

もうあの男とは、再び会わない、そういうことでいいのかな。
そうすべきと言ってる訳じゃなくて、思ってることをぶつけずに、このまま最期で後悔しないんなら、別にそれで構わないとは思うんだけど」

刹那は何も言わなかった。

この娘が何も言わない時は、それをじっと考えてる時だと母親は知っている。

「こんな時に言うことじゃないんだけど」
サキは思ったことを口にした。

「あんたさ、本当は、私のこと苦手でしょ。

私はさ、ほら、こういう性格だし、あんたみたいな難しいこと考えるの苦手で、それで昔から娘のことがよくわからないまま、この歳まで来ちゃったんだ。

母親らしくないし、あんまり力になれなくて、本当にごめんね」

刹那はサキを見つめながら、そう、あの時、妊娠の不安を告白した時のように、その目からは涙がつたった。
それを拭いもせず、ただじっとしていた。

「私は…

泣くのはイヤなんだ。嫌いなんだ。

でも、私を泣かすのはお母さんだけ。
それはきっと、きっといいことなんだって、そう思う」

サキはありがとうと言うと、声を立てずにその目を拭った。
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