せつなときずな

岡田泰紀

文字の大きさ
26 / 55

せつなときずな 26

しおりを挟む
「せつなときずな」 26

執行猶予がつかそうもないというのは、濱田美由が和解を拒否したことを意味する。

林の代理人から様子を聞いたサキは、それを刹那に伝えた。

刹那がかつての夫に面会に行くことはなく、サキは代わりに行ってみようかと思いつつ、娘が選択しないことを自分がするのもどうかとは思う。
絆が新たな保育園に入ることができたのは、シングルマザー支援をしてきたサキの信頼があってのことだが、刹那自身の社会復帰をどうすべきなのかは未だに考えがまとまらなかった。

第一に、刹那自身が何を考えているのか測りかねるているのが、物事をあまり深刻に捉えることができないサキですら悩ましかったのだ。
仕事もなく、絆と二人で過ごす毎日に、元々朗らかとは言い難い刹那の性格に微妙な影が射していることに気付かない訳にはいかない。

かといって、何を言うべきかもわからないし、放っておくこともできない。

サキは、珍しくパートナーに助言を求めた。

若い頃はだめんず一直線だったサキは、福原興業に入った時に地元の商工会で知り合ったNPO法人の若い代表の男と付き合うことになった。
それ以来、事実婚のような関係にある。

サキの事業経営に助言し、「ハートスタッフ」の立ち上げと、一宮市の社協、子ども福祉課との繋がりを仕掛けた裏方は、貧困家庭の支援をする社会事業家だった。
サキにとってそれは、生涯で初めてまっとうな異性との付き合いで、なおかつ最も長く続く関係となっている。

「僕からは会いません」
付き合い出した頃、娘の刹那に紹介したいと言ったサキに、田辺裕道ははっきりと言った。
「サキさんと娘さんの関係には入りません。
娘さんがそれを希む時、初めて僕は挨拶できます」

田辺はサキとの同居も否定した。
「家庭」の脆さを知っているからだと言って、サキと刹那の母娘を尊重するのだ。
まるで似合わない性格の二人をサキは奇妙に思ったが、若い男は「サキさんみたいな人会ったことがないから、僕は面白いんですよ」といつも笑う。
サキは初めて、「ただ、男といい感じになりたいだけ」の恋愛ごっこではなく、人生のパートナーを得ることで、自立した女へと変貌した。

その自身の成長の最中、刹那は在学中に妊娠し、サキは刹那を支えた。
田辺との関係がなければ、自分の娘にあそこまで思いきったサポートはできなかったはずだと、いつも思い返す。

林の事件のことも話してはいた。
田辺はいつも、サキの話をじっくり聞いたが、安易な言葉は一切言わない。
いつも自分から助言しようとはしない。

「で、サキさんはどうしたい?」

田辺はどんな時も、サキの心の裡の願望を掘り下げることに時間をかける。

物事を深く考えるのが苦手なサキは、それが時には面倒くさいと感じるので、余程のことがないと仕事以外の相談はしない。
悩みは、自分と向き合うことでしか解決できない。
悩みは、自分以外の誰にも解決はできない。
それは、おそろしく労力を必要とする苦行だ。

セラピーもカウンセリングも食わず嫌いなサキの、それはきっとプライベートレッスンなのだろう。

「前から言ってるんだけど、私、刹那のことがよくわかんないし、多分理解できないんだ。
私よりきっと頭が良くて、子どもの頃からあまり懐かなくて、かといって嫌われてもいなくて…

刹那が妊娠する前ぐらいから、ちょっと大人び出した瞬間があって、その頃ぐらいから親子の関係が近くなったと思う」

「でも、今の私は以前のように、また刹那を見失っている。
どうフォローしていいかわからない」

田辺はいつものように、黙って聞いていた。
サキがひとしきり話終えた後、しばらくの間を置いて口を開いた。

「わからなくていいです。
わからないことは不安でしょう。
わからないサキさんも、サキさんがわからない刹那さん自身も、二人とも不安なんじゃないのかな。

だから、とにかく、二人でいることです。
ただそこにいてください。
それに尽きます」

何の説明にもなってない言葉なのに、「それに尽きます」のやさしい力強さが、サキには何となく伝わるものがあった。

「オッケー、ありがとう

で、今夜は泊まってってもいいんだよね」

田辺が何も言わないから、サキは田辺の耳元にキスをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...