せつなときずな

岡田泰紀

文字の大きさ
38 / 55

せつなときずな 38

しおりを挟む
「せつなときずな」38

実家から帰る道は、なんだかぼやけて見えた。

せつなは「黒猫」のシフトが無い日曜日に、サキに呼ばれた会見に臨むことにした。
想定内のことと、想定外のこと、どちらも自分に深く関わることだったが、後者の方がずっと多く、それを理性や感情の中で整理することに困難を感じていた。

唐突といえば唐突だったが、「あなたがお店で働くって話の方が、私には唐突だったわ」とサキに言われた。
お母さんにとっては、決して唐突ではなかったんだ。
それは、理解できる。

リビングでは田辺裕道をあらためて紹介された。
「ハートスタッフ」に在籍していた頃、ビジネスパートナーの一人としてよく事務所に訪れていたその男が、サキが付き合っている彼氏だとは感じていた。
サキはプライベートのパートナーがいることは明かしていたが、若い頃とはうって変わり、その存在について一切語ることは無かった。

刹那は娘でありながら、母親がやっと大人になったなと思っていた。
しかし、お互いこの歳で親子を新しくやる覚悟までは持っていなかった。

田辺はそれを言及した。

「刹那さん、私はお母さんからプロポーズされました。謹んでそれをお受けしました。

ただし、刹那さんのご理解がなければ、籍は入れません。
ご存知かもしれませんが、今までサキさんとは長くお付き合いしてきました。
しかし私は、サキさんが刹那さんと気持ちが共有できない限り、紹介しないで欲しいとお伝えしてきました。
今回、プロポーズいただいた事で結果として事後承諾となってしまい、本当にすいません」

誠実な男だなと刹那は思った。
サキが変わったきっかけは、この恋人との付き合いだったことをあらためて思い知った。

「お母さん、田辺さん、おめでとう。
私は…それでいいです」

刹那はどう答えていいのかわからなかったのだ。
「祝福します」「大丈夫です」「嬉しいです」どれも違った。
だからと言って「それでいいです」は無いだろうが、その言葉に嘘偽りは無かったのも事実だ。
言って後悔したが、じゃあどう言えば良かったのかはわからない。

その後、サキの口から新居を建てる話を聞いた。
想定外はそこからどんどん大きくなる。

「刹那と一緒に住む二所帯住宅にしたいの。
刹那さえ良ければ。

カフェのアルバイトでシンママはやれないこと、わかるよね?
今は援助してるし、経済的なことはどうでもいいのだけど、いつまでも自立できないのでは絆にとってもいい親にはなれないと思う。

ハートスタッフに復帰して欲しい。
それができなければ、私たちと一緒に暮らす選択をして」

田辺は、強制的な提案だと案じるのでサキの考えには同意しないとほのめかした。
義父になろうとする男の率直な気持ちは嬉しかったが、つまりこれは母娘の問題なのだ。

「それは…」
刹那は口ごもった。
自分の人生を母親にグリップされることへの不満が、一気に心に拡がった。
「そんなこと…直ぐには決められない」

会見の後、絆を預けた託児所に向かう車で、まだ時間はあるのだからと街を流した。
設計のタイムリミットがあるから1週間以内に返事が欲しいとサキは口にした。

何なんだ、一体…

久しぶりにできたはずの居場所、それは私にとって必要ではないと、そういう事なのか?

人にはそれぞれの人生があって、確かに私は経済的に親を頼ってはいるが、もう少し時間をくれてもいいのではないか。
私のわがままなのか?
私は、これまでわがままに生きてきたつもりはなくて、結果的にそんな状況になってしまったことは、理解してくれてたのじゃなかったのか。

私は…

刹那は名鉄本線の一本東の裏道に入った。
安藤毛織の旧い社屋の前に車を停めて、どうにもならない気持ちを砂のような時に溶かした。

泣くなと呟いた。
泣きはしなかったが、無力であることは変わらなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...