せつなときずな

岡田泰紀

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せつなときずな 39

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「せつなときずな」 39

サキに選択を促された翌日、刹那の中には曖昧で刹那的(という言葉はもちろん嫌いだった)な覚悟、一つの決断が、それは迷いに揺れる弱気な心に押し出されるように導かれた。

食事の遅い絆に苛立つ毎朝の一こま、保育園の準備をしながら、刹那は心にも無いことを口にする。

「あんたさ、そうやっていつも食べるの遅いけど、いい加減にしないとお母さんあんたを置いてどっか行っちゃうよ。
これから一人で生きていきな」

絆は怖くなって、しくしく泣き出した。
「面倒くせえな」と心の中で舌打ちし、朝食の途中で乱暴に着替えさせて、絆を引きずるように部屋を出た。
どうしてこんなに冷たい母親になったのか、そんなことを考えはするが、それは私のせいじゃないと平気でうそぶけるほど、刹那はどこか他人事のように自分の親子を捉えてるようになってしまった。

いろいろなことがあり、私の人生は外堀が埋められていく。
もう、普通の生き方では進んでいけないのかもしれない。
私は、いつもそんなことを望んではいなかった。
観たことはないが、「嫌われ者松子の生涯」って、そんな感じかもしれない。

嫌われてすら、いないけど…

「黒猫」に着くと、車内でバックミラーに自分の顔を映し、睨み付けるように気合いを入れた。
嫌な話をするんだ。しっかりと目を見て、美緒さゆりに伝えなくてはならない。

店に入り「おはようございます」と声をかける。
「刹那さん、おはよう」
美緒はいつものように笑顔だ。

仕事に入る前に片付けてしまおう。

「さゆりさん、私、昨日お母さんに呼ばれたの。
薄々知ってはいたけど、付き合っていた人と結婚するって話で」

「で、それは、刹那さんには嬉しい話なの?」

美緒は「おめでとう」とは言わなかった。
何でもないように確信をついてくるところが、本心なのか天然なのか、相変わらず読み取れない。

「嬉しいかどうかは正直どうでもよくて、ただ、いいよとだけ言いました」

「刹那さんらしいわね」
美緒はそう言ったが、何が「らしい」のかは刹那にはまるでわからなかった。

「母は家を新築するから一緒に住もうと言ってきました。
それが嫌なら、以前勤めていた母の会社に復帰しなさいとも言われました。
私は、どっちも嫌です」

美緒はパンを切る手を止めて、刹那を凝視した。
「じゃあ、刹那さんはどうしたいの?」

「家にも入らない、家業にも戻らないとなれば、今母から受けている経済的援助は断たれます。
私は、生活保護を申請します。
さゆりさん、すいません。今週でお店を辞めさせてもらいます」

美緒は再びパンを切り出した。
刹那は、美緒が視線を落として作業に戻る様に、とてつもない恐ろしさを覚えた。

「働ける、家族が支援できる、そんな状態で生活保護が受けられるのかしら」
美緒は切り終わったパンをトレーに乗せると、起伏のないトーンのまま刹那に言った。
「仕方ないわね。残念だけど、こればかりは私の範疇じゃないから」

「私は以前、ハートスタッフでDV案件のシングルマザーのために生活保護申請に何度も同行しました。
できるかどうかはわかりませんが、犯罪加害者家族になったことで精神疾患となって就業が困難というストーリーを描いています」

「不正受給、私は別に咎めはしないけど、刹那さん、本当にそれでいいの?」

美緒は刹那の目をじっと見つめながら、はっきりと「不正受給」と断じたのだ。
刹那は気持ちが引いた。
もちろん、本当にいい訳がないのだ。そんなことは、望んでなどいないのだ。

「普通に働いていては絆と二人でやっていくことなんてできない…」

実は林公彦が実刑になる前に、口座に入っていたわずかな貯えは公彦の代理人によって凍結され、裁判費用と被害者への弁済に充てられてしまった。
刹那が公彦を許せないのは、自分たちを犯罪加害者家族に貶めただけでなく、自分の家族を蔑ろにしたことも大きな要因でもあったのだ。

「今の私には、お金は全くありません」

「私と一緒ね」
美緒は店を一瞥して苦笑した。
「ここにすべてを投下した。でも、好きでやったことだから問題はないけどね」

そう言ってカップにカモミールティーを淹れると、刹那に出した。

「もしかしたら誰かを紹介できるかもしれない。
それまで、申請は少し待てるかな。

ただし、覚悟は必要よ」

刹那は美緒の言葉にどきっとした。
美緒さゆりは、きっと普通ではない。

覚悟を必要とする仕事と、不正受給。
天秤にかけなくてはいけないほど、退っ引きならない人生なのかと、刹那はなんともいえない気持ちになった。
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