せつなときずな

岡田泰紀

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せつなときずな 49

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「せつなときずな」49

サキと裕道の新居が竣工した。
一宮インターを北西に流れる166号線沿いに土地を購入し、在来工法の平屋建てながら、外壁面はカラーモルタルのかき落とし、内壁は全て漆喰、サッシュは国産メーカーの木製サッシュと、こだわりが一際人目をひく美しい住宅だった。
刹那に再婚を話してから、既に2年以上経っていた。

サキは正式に、有限会社福原興業の代表取締役となり、会社を株式会社ハートスタッフに改変した。
田辺は自身のNPOはそのままに、ハートスタッフの社外取締役兼行政渉外アドバイザーとしてハートスタッフに加わり、婿養子として福原姓となった。
サキは、未来を黙って待っている女ではなかった。

自分がコントロールできることならば…

住むあてもある訳は無いのに、刹那と絆のための部屋を設けた新居で、ささやかな完成披露パーティーは開かれた。
会社のスタッフとサキの両親、ハートスタッフの取引相手、そして小学校に上がった絆を連れて、刹那もその場にあった。

庭は広く、稲沢の著名な造園家の手による外構デザインを見渡せるリビングを解放し、めいめいが感嘆の声を上げて心尽くしの料理を楽しむ中、それでもサキには、どこか空虚な気持ちを抱えたままホストを演じている。

カラーコンタクトを嵌め、周囲から浮いている娘は、小学生の息子の母親には見えない。
一時託児所ハニーぶれっどで働き出してから、刹那は忙しさを理由にサキからあからさまに距離を置くようになった。
絆と会う機会も減り、この日は、絆の入学式の日以来の再会となった。

刹那は参加者に一通り笑顔で挨拶だけは済ましたが、一人離れて庭の隅で煙草を喫っている。
その背中に、サキはなんともいえない感情を覚えるしかなかった。

自分は果たして幸福なのだろうか。
このような立派な住まいを見れば、女性ながら40代でそこそこの企業の代表であるならば、それはきっと幸福の部類だろう。

刹那は果たして幸福なのだろうか。
娘は、得体の知れない女性と出会い、自分の人生に頑なになっていった。
その姿に、笑顔はほとんどない。
どこか張り詰めていて、研ぎ澄まされている。
そんな母親の姿を、絆はどう感じているのだろうか。

私は、母親として間違っていた。
それを取り戻すのは、遅すぎたのだろうか。

刹那は無意識のうちに、自分への意趣返しを絆にしてはいないだろうか。

「お母さん」

気がつくと、刹那がサキの横に来ていた。

「ちょっと二人で話したい」

サキは刹那を伴って、刹那のためにあしらえた部屋に入った。
いつものようにアールグレイを用意して、小さなテーブルを裕道に運んでもらい、二人きりになった。

「どんな話?」

「私、この数年思っていたんだけど、早くに親になったことで自立の機会を失ったの。
それって、成長の機会を逸したのと同じ。

社会に出ることなく、公彦やお母さんの手の中で、なんとなくもやもやした気持ちをもて余していて、そんな時に公彦が捕まり、お母さんのお世話になって…

今まできちん口にしなかったけど、お母さん、あの時は本当にありがとう」

サキは刹那の顔を凝視した。
嬉しかった。
嬉しかったけど、その言葉の続きが怖い気がして、素直に受け止められなかった。

「ハニーぶれっどで頑張ってて、やっと社会の一員になれた気がした。

私は、ようやく一人の人間になれた気がする。

お母さんはすごくて、おじいちゃんから会社を引き継いで社長になって、立派な家も建てて…

でも、私は、そこにいたくないの。
もう、福原刹那は、福原家の刹那じゃなくて、一人の福原刹那って人間だから。

ごめんなさい、しばらくは、私のことはほっておいて欲しい…」

「もし仮にそうだとしても」
サキは苦しそうにそう口にした
「どうしてほっておいて欲しいのか、刹那の説明じゃ何もわからないわ。

裕道さんとの再婚が嫌だったのか、私がハートスタッフへの復帰にこだわったからなのか、それとも、私のことが嫌いなのか、思っていることをはっきり言って」

「ごめんなさい」
カラーコンタクトの刹那の瞳では、感情を読み取ることはできない。
「何もかも、そんなことじゃないの」

サキは、ずっとそんな気がしていたのだ。
その曖昧で理由も定かでない断絶は、身体の中に深く刺さっていくナイフなのだ。

「ほっておくかどうかは私が決める」
サキは迷いを断って毅然といい放った。

「刹那がどう感じていようが、私は福原刹那の母親なのよ」
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