せつなときずな

岡田泰紀

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せつなときずな 54 at last

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「せつなときずな」54  at last 

サキは携帯に、刹那の自宅の番号からの着信が鳴ったことに驚いた。
登録はしているが、刹那は自身の携帯からしか連絡してくることはない。
「刹那?どうしたの?」

しばらく沈黙があったが、少し遠く感じる音声が聞こえた。
「…ばっちゃん?」
絆の声にサキは更に驚いたが、やっと理解をした。
携帯を持たされていない絆は、家の固定電話からサキの自宅に電話をかけ、裕道と二人とも在宅していない時は転送に切り替えていることでここに繋がったのだ。
絆が自分で電話をしてきたのは、これが初めてだった。

「びっくりした。どうしたの?」
「ばっちゃん、話したいことがあるんだ。今すぐ家に来れないよね…」

サキは悪い予感がした。
「いいよ。今からすぐにそっちに行くから、待っててね」
たまたま事務所にいたサキは、スタッフに急用を告げると車に急いだ。

部屋に入ると、絆が不安そうな顔でサキを出迎え、自分の部屋の前で立ち止まった。

サキが絆が見つめる床に視線を向けると、そこには使用済みのコンドームが無造作に置かれていた。
サキは思わず息を飲んで、絆の目を手で覆った。

「これは… 絆、何が起きたの?」

絆は前々から、今日は朝から出掛けていないと刹那から聞かされていたという。
土曜日の休み、遅くに一人起きたら、これがあったと言った。
前日に刹那の会社の上司の杉山が泊まっていたようなこと、夜に聞いた音や声、最近の刹那の異変を、怯えながら少しずつ話し出した。
自分の自慰の話だけは隠して。

サキは絆を抱き締めて、目を見つめてしっかりと言った。
「絆、今から着替えをまとめなさい。
これからしばらくはばっちゃんと暮らすの。
お母さんにはばっちゃんから説明するから、とにかく急いで一緒に支度しよう」

サキは会社に電話すると、スタッフに段ボールの空き箱をすぐさま用意して台車と一緒に配車するよう手配し、部屋中から集めた空箱や収納ボックスに学習用品や身の回りの物を手当たり次第詰め込んだ。
DV被害者支援をしているハートスタッフは、緊急時の対応がなんたるかを熟知している。
躊躇している時間は無い。話は後だ。

到着したライトバンと自分の車に入るだけの荷物を積み込み、絆を拐うとサキは自宅に向かった。
裕道に緊急の連絡を入れ、事情は後で説明するから絆をみててほしいと伝えた。
絆を裕道に預けスタッフと共に荷物を運び込むと、サキは再び荷物を回収に行く前に絆を呼び寄せた。
「絆、お父さんと会いたい?」

絆はびっくりした。
「お父さん帰ってくるの?」

「お父さんはずっと日本にいるの。
辛い事情があってお母さんは絆に嘘をついていた。
これからばっちゃんと暮らす前に、大事ななことを話すから。
今日はゆっくり休んで、明日ばっちゃんとお話しよう」

サキはそう言うと、踵を返して車に走って行った。

再び刹那の部屋に戻ったサキは、スタッフに残りの荷物を頼み、刹那に電話をかけた。

「刹那、いい、何も聞かずに今すぐ家に戻ってきなさい。

私はここで待ってる」

刹那は返事をすると、電話を切って唇を噛み締めた。
あと少しで仕上げに入るのに、それは想定していなかった。
やり過ぎたのだ。
杉山に早退を告げると、心を落ち着かせようと大きく呼吸をするものの、吐きそうになる不安感はどうやっても拭えない。
ハンドルを握る手は汗で滑りそうだった。

サキは刹那を見ると、ダイニングテーブルの前に立ち上がった。

「絆の親権を解除してもらう。
私の養子にする。わかるわね?

いらないことを考えてもムダよ。私たちがどんな対象を相手にしてきたか、あんたは良くわかっているはず」
そう言うと、リビングにある収納の引き出しを思い切り引き、中にあった刹那の下着をぶちまけた。

「どうかしてるわ、あんた。

私はね、ずっと刹那のことがわからなかった。
ずっとわからなくて、それは辛かった。
私の頭が悪いと思っていた。

でも、そうじゃない。
もう刹那のことをわかろうとは思わない

今すぐハニーぶれっどを辞めなさい。
男と別れろ。
絆はもうここにはいない。刹那には会わさない。
もし再び会いたいなら、これは最低条件。
私は福原刹那をDVで告発する。

容赦はしない。そうなったらあんたは絆と面会すら出来なくなる。

それでも良かったら自分の人生を生きなさい。

言い訳は聞かない。
言いたいことがあるなら言いなさい」

サキは煙草を取り出して火を点けようとしたが、煙草を挟む手は微かに震えていた。

「何も無い…でも、しばらく考える時間を頂戴」

「あんたはもう十分考えたのよ。
考えた結果がこれだって、わからないの?

考える時間なんて要らない。
必要なのは決断する時間だけよ!」

サキは大声を張り上げた。
刹那は、感情的な母親を見た記憶がほとんど無かった。
身体中の血が魂の底に沈降していくような絶望感だけが、刹那を覆っていた。

「刹那、あんたさ、公彦さんがどうして二人の子供に"絆"って名付けたか、覚えていないでしょ。

彼は過ちを犯した。刹那は傷付いた。
でもあんたはそれから目を逸らし続けた。
そこから転落は始まっていたんじゃないの。

あんたは彼に会いに行くべきよ。
あんた達のことじゃない。
絆のことを、きちんと話し合うのよ」

サキの目から涙が流れ続けた。

「刹那、私はもうあんたを助けてやれないかもしれない。

ずっと足掻いてたし、ずっと助けてやれなかったし。

でも、もうそんなことどうだっていいのよ。

私はあんたの母親…
あんたがイヤだと言っても、私が生きている限り絶対諦めない」

そう言うと、サキは涙も拭わず、一瞥もせずに刹那の横をすり抜け立ち去った。

刹那は、煙草を取り出して火を点けようとした。
手が震える。
ライターは何故か点かない。

身体中の何かが爆発し、ライターを投げつけ、大声で絶叫しながらその場に崩れ落ちた。

何もかも、そんなことじゃなかったのだ。
私自身が。
お母さんが
お母さんが
それだけ、ただきっとそれだけだった…
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